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短編ぶっこみ匣

さばくたに

作者:赤城千
 さばくたに





 それは遥か昔に神に見捨てられたままだった。
 といっても神がそれを蔑し憎んだわけではなく、
 それは元より神の「所有物」ではなかったのだが。
 自らが大気を支配していたそれは、
 神が自らを切り拓いて幾多の存在を創って行くのに対しひどく怒りを覚え、また悲しみを感じた。

 ただそれに感情があるなどと思いもしない人間の方が多いのだろう。
 そうした人間の見る世界に於いてはまた違う真実がある。

 それ…ヒトの心の悪を象徴し、恐怖を帯び、夢と忘却を運ぶもの。
 何故この様なものとされるのか…簡単である。

 それは全てから全てを隠すという点に於いて、世界のあらゆるものに譲らぬ力を持っていたからだ。

 しかし故に、神が初めの言葉を紡いだ時、
 あるものが、神にそれを見捨てさせたものが生み出された時、それはひどく傷付いた。

 明かすもの。隠すものであるそれと違い全てを現に顕すものは確かに、
 神が世界を眺めるに当たってよりよいものであったに違いない。

 これによって、それの領域は世界の半分にまで縮められた。
 それは自らを押しやろうという神の心を測れず悲嘆に沈んだ。

 神が更に生きとし生けるものを創り出した時、それの悲しみは更に増した。

 生きとし生けるもののほとんどがそれを恐れたからだ。
 自らの内から創られたと言えるかの明かすものが彼らに安堵を与え喜ばれるのを見ればこそ、
 それは寂しさとぶつけようのない怒りを覚えた。

 神が自らに似たものたちを創り出した頃、それは耐えられなくなっていた。

 わかって欲しい。その心だけでも神に伝えようと、それは進んで悪を興した。

 神の遊戯盤から出るために、それは一匹の動物に宿り初めての偽りを紡いだのだった。





「神よ、何故知恵と永遠を目の前に晒したまま眺めているのですか?
 こんなに甘い果実で、すでに彼等を試しているのですか?」




「…かなしい方だ…」




 それはすぐに自らの犯した事を悔いた。
 宿った存在も欺いた存在も、神にそれの心を充分に伝えることなく、
 その上それのせいで永遠に幸福なる園を追われたからだ。

 もしかすると、神はそれに対してのみせしめのつもりだったのかも知れない。
 それは嘆き、二度と自ら罪を犯すまいと思った。

 だがある意味に於いて偉大なそれに、悪しきものたちは身を寄せる様になった。

 隠し惑わせ恐れさせる性を持つそれは、
 頼られ喜ばれる嬉しさに誓いを捨て更に罪深きものとなっていった。






 てねぶらえ





 それは悲しい願いにまとわりついた邪な欲望をふりかざし、
 救われるはずだった存在たちを陥れる悪しきものたちを守り導いた。
 元より隠すものたるそれにとって、それは驚く程に容易だった。

 神の目すらもくらませ惑わせ、それは悪しきものたちの象徴たることを誇りに感じさえした。

 神が愛する生きとし生けるものたちを苦しめても、神の憎しみを買うだけだ。
 そうわかっているのにそれは邪悪な行いをやめることをしなかった。
 そうすること以外に神に自らの心を伝える方法を、言葉を知らないそれは思いつかなかったからだ。
 寧ろ憎しまれることで神の心の片隅でも占めることが出来れば、それは充分満足した。

 そうしてそれは穢れを抱え溜め込んでいった。
 そのせいでそれはだんだんと、自分が邪悪なものでしかないと思う様になっていった。

 ただ悲しかっただけのはずなのに、ついには全てを憎む様になってしまった。
 神を憎み、生きとし生けるものたちを憎み、明かすものを憎み、世界すら憎んだ。

 それを生きるものたちも感じたのだろうか、今までよりも更にそれを恐れ忌み嫌い、
 それの心を真似るかのように彼らもそれを憎んだ。

 特に憎悪を顕著にしめしたのは神が自らに似せて創ったものたちだった。
 明かすものを呼び出す方法を見い出し、
 すでに世界の半分にまで縮められていたそれの領域にまで明かすものを持ち込んだ。

 それは悲しみを思い出すことが出来ないまま、みるみる力を失っていった。
 明かすものと手を組んだ彼らにとって、
 それは既に恐るるにも足らないものに成り下がってしまったのだ。




「どうして皆こんなにも」
「…いや、苦しめているのはこちら。彼等がこちらを憎む以上に彼等を苦しめてやればいい」



「淋しい…」




 弱々しくなってなお偽りの憎悪に身を焦がし続けていたそれを神の力が引き裂き
 世界が浄化される時は、それにとっては余りにあっさりと訪れた。



「かみさま…」

「さみしいよ…」



 こうして闇は、世界から消えた。





 ふえるろお





『神様』




「かみさま」


 どうしました?気付きましたね。


「ここはどこ?」


 ここは何処でもないのですよ。貴方が生まれた天地は、ここにはありません。


「どうなったの?」


 貴方はあの天地から消えたのです。私の力によって。




『神様』




「かみさま」


 なんですか?


「どうして?」


 どうして、とはどういう意味ですか?


「どうしていっぱいいじわるしたの?」


 貴方は生け贄だったのです。あまたの存在が救われるための。


「どうしていけにえなんかひつようなの?」


 皆が救われたいと思うためですよ。
 貴方を恐れ忌まなければ救われたいなどとは思わないのですから。


「なかまはずれ?」


 寂しかったですか?


「さびしかった。ずっとずっとさびしかった。
 ひかりはみんなにすかれてたのに、じぶんはひとりぼっちだったから」


 すみません。




『神様』




「かみさまがあやまることじゃないよ。じぶんがきらわれものなの、しってるから」


 嫌われ者だと、ずっと思っていたのですね。


「だって、きらわれてた。かみさまも、そうおもってたでしょ」


 そうではない、そうではないのです。


「ちがうの?」


 私は神と呼ばれるものです。私は導くものでなくてはなりません。
 私には『敵』を創ることはできないのです。
 だから私の披造物でない貴方を使うことにしたのです。


「いじめるためのものに?」


 そうです。今となっては謝ることしか出来ません。貴方の心を考えていなかった。




『神様』




「かみさま」


 貴方を嫌っていたのではない、むしろ私が忌まれるべき身です。


「じゃまものじゃないの?」


 貴方は、誰よりも私の存在の支えになってくれたのですよ。




『神様』




「かみさま、ほんとう?」


 はい、誓って。




『神様』




「かみさま、うれしい。ありがとう」


 さあ、もうおやすみなさい。現世の疲れを癒すために。


「うん」




『神様』




『神様』


『もう、偽るのはやめて下さい。私は幾度も世界を繰り返し、
 その度に貴方の心にもない謝罪を聞くのにはもう、疲れたのです』


『嫌いだと。お前はただの道具だと。そう仰せあられて下さい』




『神様』


『どうして、絶望を与えて下さらないのですか?』


『神様…』

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