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短編ぶっこみ匣

センシノウタ

作者:赤城千
 
 その手品師の前から、私は離れられずにいた。
 私は色々な手品のタネを見破ってきたのに、彼が今日やった手品だけは全く理屈がわからなかった。
「どうした、嬢ちゃん」
 客がぱらぱらと去っていく中、青い目の手品師が私に笑いかけた。
 それなりに見た目のいい、気さくそうな若い手品師。
 こんな町の片隅で、彼は毎日のようにショーをしている。
「今日の手品…わかんなかった」
 私が思わずそう言うと、手品師はひょうきんな動きで首をひねる。
「おやぁ、嬢ちゃんいつも見抜いてたり?」
 私が少し誇らしい気持ちで頷くと、彼は苦笑して頭をかいた。
「こんな可愛い嬢ちゃんに見抜かれてるかー。参ったな」
 どことなく嬉しそうな。
 私は笑いを誘われてしまう。
「でも手品師さん上手だよ」
「そうかい?」
 けらけらと彼は笑った。
「俺が良くやるのは糸を使った手品なんだよ。今日のもさ。
 明日も同じの最後にやったげるから、注意して見ときな」
 手品師の言葉に驚く。
「私が毎日来るの、気付いてたの?」
 彼は愉快そうに笑う。
「お客様は神様ですから?」
 彼の金色の髪が、青空に映えていた。




 ぐいぐいと引っ張って、結んで、繋いで。



 ぐいぐいと引っ張って、結んで、繋いで。




 ぼんやりと、片付けを始める彼を見ていた。
 鼻唄を歌いながら片付けている彼がどことなく私をからかっている気がしてしまう。
「手品師さん」
 私が悔し紛れに大声を出すと、分かっていたかのように彼はポーズを決めて振り返った。
「何だい、常連さん」
 気勢を削がれて笑いを溢す。
「かっこつけ」
「手品師はそんなもんだろぉ」
 彼が歩みよってきて言う。
 私は笑いやまないまま言う。
「やっぱりわかんなかったよ」
 手品師がにやりとした。
「見破られっぱなしはやだしな」
「…本当に糸なんか使ってた?」
 きくと、手品師はすごく楽しそうに言った。
「保証しよう。嘘吐き手品師でもあればかりはホントだ」
 私は悩んだ。
 確かに今日見たかぎりでは、糸をつかんで引っ張るような動きが一瞬
 あった。けど…あるとしても糸だけで、あんな鉄塊が宙に浮くだろうか…
「そんな深刻そうな顔すんなよ、ただのエンターテインメントだろ?」
 彼が明るく笑う。私は曖昧な表情。
「明日は悪いけど休むよ。明後日もう一回見してやるからさ」
 晴れた空。彼の目に似た色。




 ほどいて、まとめて。
 風に吹かれて、流れていく。




 次の日、雨が降った。
 もともとこの町は雨の少ない町だ。
 けれど私が長らく疑問なのは…
 あの手品師がショーをする日には、今まで一度も雨が降ったことがないということ。
 そして彼がショーを休む日は、必ず雨が降るということ。
 天気予報を手掛りにすることはできるだろうが…
 どんなに晴れた日も彼が手品を見せない日には必ず雨になり、
 どんなに嵐になりそうな日でも彼が手品をする日は絶対に雨が降らない…とまでくると、何だか関連がありそうに思えてくる。
 しばらく悩んで、私は家を飛び出した。

 静かな雨音。
 そんなに降っていないと思って傘を持たずにきたら、どんどん強く降ってきた。
 冷たい雨が石畳に溜る。
 目的地まで走りついて、私は溜め息した。
 誰もいない。
 私が来たのは彼が手品をする町角。
 あの手品師に会ってみたくて来たけれど、休みの日に来ても仕方ないじゃないか。
 私はなんとも情けない気持ちになって、家へ帰ることにした。
 けど、あの手品師は、雨の日何をしているんだろう。




 紡いで、繋いで、引っ張って、どけて、放す。
 もう一度。
 もう一度。
 …青空にならない。




 次の日も雨が降り、私は家で悩んでいた。
 ショーをしない日は雨が降る…つまり、いまだかつて雨の日に彼はショーをしたことがないのだ。
 しかし彼は一昨日、今日見せてくれると言っていたし…
 軽そうなところのある青年だったけど、こういうことで嘘をつくタイプではない気がなんとなくする。
 もういつもショーが始まる時間はすぎてしまったけど、私は行ってみることにした。
 なにしろ場所は家からかなり近いのだし。

 今度は傘をさして歩く。お気に入りの黄緑の傘だ。
 黄緑は…あの手品師には似合わなさそうだと、ふと思った。
 そもそもあの手品師が傘をさすところも思い付かないけれど。
 角を、曲がる。
「おっそいぞ、嬢ちゃん」
 手品師は、そこにいた。傘もささずに。
「やってくれるの?こんな日に、本当に?」
 彼は苦笑いを浮かべる。
「ま、するって言っちまったことはしないと」
「傘…いる?」
「いや。ただ雨の中でやるとバレやすくなるのもあるってだけだしな」
 それから彼は、あの手品を始めた。



「糸…」
 私は呆然と立ち尽くしていた。
 かなりの大きさの鉄塊。それが平然と浮かんでいる。
 それを吊りさげている糸が…雨を絡めて光って見える。
「それ…糸じゃない…」
 私がそれだけ呟くと、彼は楽しそうに笑った。
「糸は糸だろぉ」
 私は彼がつまんでいるもの、鉄塊をぶら下げているもの…があるべき場所を凝視する。
「…本当に糸があるの…?」
 そこには本当に何も見えない。
 絡み付く雨水と、糸をつまむ彼の指の僅かな開きと、浮いている鉄塊は、
 そこに糸があるように振る舞ってはいる。けどこれは…
「やっぱり嬢ちゃん注意力が違うなぁ」
 軽々しい彼の声に顔をあげる。
 金色の髪がずぶぬれになっている。
「実はな、嬢ちゃん、この糸は空気で出来てるんだ」
「…え?」
 彼が愉快そうに言った。
「嘘みたいなホントの話。空気を紡いで糸にして、こうして手品に使う訳」
 触ってみ、と言って彼は鉄塊を下ろし、糸を巻きとるような動きをしてから両手をこちらにつきだした。
 そっと手を出し、彼の手の間に指をのばして…
「…あ!」
「あるだろ?」
「う、うん」
 何かとても細くて柔らかくて弾力のあるものが…見えないけどある。
「あるよ…本当」
「内緒だぞ」
「これ…手品じゃなくて魔法だよ!」
「そか?同じようなもんじゃん」
 言ってから彼はぶるぶると頭を降って雨水を飛ばす。本当にびしょぬれだ。
「傘、いいの?」
 きいてみると、彼は手で遠慮を示した。空気の糸が水で光る。
「てか、嬢ちゃん。結構スルーだな」
「え、あー…だってその、手品師さんそれくらい出来そうかなって」
「俺胡散臭い?」
「うーん、ほどほどに」
 彼は笑った。
「悪いけどさ、どっか屋根の下行かねぇか?」



 今日は閉まっているパン屋のひさしの下に来て、手品師は話しだした。
「再び嘘みたいなホントの話…俺、神さまの使いで来てんだ」
「…えぇ?!」
 疑う前にびっくりした。彼はやたらと照れくさそうな笑顔。
 真面目な顔でない辺りが真実味を増している。
「いや、まあ有り得ない話でございますんで、信じなくても」
「えっえっ、じゃあでも手品師さん天使なの?」
 金色の髪を揺らして手品師はこちらを向く。青空の色をした目。
「そんな感じかねぇ」
 軽い口調がやっぱり真実味を高める。
 でもそんなことってあるんだろうか。
 確かにでも、彼ならそういうこともありそうだ。空気の糸は多分本当だし。
「でもどうして天使が手品なんか…?」
 黄緑の傘を石畳に突きながら聞く。
「いや、ね…比較的普段暇でさ。人に害与えなきゃいいだろってことで。せっかく素敵パワーがあるんだし?」
「す、素敵パワー…」
 彼は強くなってきた雨を眺めて呟く。
「一応なんでも紡いで糸に出来るんだよ、俺」
「へぇ…」
 ふしぎな手品師だなと思って見ていると、彼がふいとこっちを見て微笑んだ。
「なんか見してやろうか」
「え、いいの?」
「おう」
「でもその、神さまに怒られたりは」
 一応心配してみると、手品師は一瞬驚いた顔をしてから笑いだした。
「あの方そんなお堅くねぇと思うぞ。それだったら手品やってる時点でめちゃめちゃ怒られてるって」
「そ、そっか」
 私は納得して、しばらく悩んで言ってみた。
「石畳…とか」
「紡ぐの?」
「無理?」
「まさか」
 彼は自信たっぷりに言うと身を屈め、石畳をつまむようにした。
「見てろよー」
 彼はゆっくりと手を引き上げていく。
 指先でよるようにしている!本物の糸を紡ぐように!
 最初は何も見えなかった。
 が、よくよく目を凝らすと…とても細い、石の色をした糸が…ちゃんと紡がれていっているのがみえた。
「やっぱ石だと固くなるわ」
 言いながら身を起こしきった彼の指と、石畳の間に、本当に糸が、あった。
「すごい…」
 溜め息する私を、彼が見る。
「でもほとんど石のままなんだぜ」
 彼がぱっと指を放す。
 石色の糸がある程度わずかにたわんで…そのまま。
「石だ…」
「な」
 手品師の言葉に私はうなずきまくり…ちょっとして落ち着きを取り戻す。
「天使っぽくない力だね」
「俺もそう思うよ」
 楽しそうだった。
 手品とか、観てもらうのが好きな天使もいるんだな、と妙に感動する。
「…あれ?」
 ふと悩んだ。
 天使が何しに来たんだろう。
「どした、嬢ちゃん」
「…何でこの町に来たの?」
 すると、彼は急に申し訳なさそうに頭を掻いた。
「実はな、嬢ちゃん」
 青い目。曇り空の似合わない目。
「この町はもともとすごく雨の多い町なんだよ」
「そうなの?」
 私は本当に驚いた。
 雨で困ったことなんかない。大人達もそんなこと一度も話していたことはない。
「ほっといたら洪水になりっぱなしでろくな生き物が育たねえってんでさ、神さま俺を此処に派遣してんのさ」
「じゃあ…手品師さんが雨を減らしてくれてたの?」
「そー。で、仕事上がりに手品してる、と」
 それで…手品のショーがある日は晴れてるんだ…
「雨を多すぎず少なすぎずに調節してんだけど…今、なあ」
「どうしたの?」
「今日雨雲どけられなかったんだよ。でかいやら厚いやらで」
 彼は悔しそうというより辛そうな、申し訳なさそうな表情をする。
 天使らしいところもあるんだな、と思いつつ、声をだした。
「だから、手品の日なのに雨だったんだ…」
 彼は苦笑する。
「約束してなきゃ休んだんだけどな」
「ごめん…」
 いやいや、と彼は許してくれた。
 が、すぐに悩む顔。
「でもなー…何か雨雲やたらなサイズだからな…このままじゃ町のみん
 な洪水でやられちまうよ」
 私はびっくりして、ひさしの向こうに見える空を見た。
「そんなにヤバいの?」
「これはマジにヤバいかも。そんなことになったら神さまに殺されるぅ…ってことはさすがにないだろうけど…」
 はっきり言って洪水被害に遭うのは私達だ。
 正直…死にたくない。
「手品師さん」
「あ?」
「どうやって雨雲どけるの?」
 彼は自分の手を広げて見つめる。
「雨雲…念で?紡いで引っ張って」
「重かったの?」
「おぅ…引っ張ってもすぐ千切れてさ」
 段々手品師は深刻そうな顔になっていた。それはもちろん深刻だ。私達は命がかかってる。
「神さまは助けてくれないの?」
「年末とか祭りとかで報告があるときしか会えねぇから…」
「なんとか…」
「あー…」
 彼は考えこみ、私の方を困った目でみた。
「そういう時以外俺も人と大して変わんないからさ、紡げるぐらいで…しかも一応雲より上におわすからさあの方…」
 そうなのか、本当に今は天使じゃなくて手品師なんだ。
 私も悩んだ。
 手品を見たいだけだったのに信じられないことに巻き込まれてる…
 町のみんなが危ない。
 多分手品師が言った『みんな』は、動物みんな、植物みんな、そんな感じなんだろう。
 ふと思い出した。手品師の回りには、鳥なんかが集まっているときもあったっけ…
 ああ、それどころじゃない。
「何か雲より高いとこまで持ってけば気付いてくれるんだろうなあの方…でも今飛べもしねぇし…」
 え?
 雲より上まで?
「手品師さん!」



 私と手品師は町のすぐ外の平原に出ていた。
 広い空を、もはや赤黒く見える雲が完全に覆っている。
「いつも此処で雲をどけてるの?」
 私がきくと、彼は足元をみながら答える。
「そうだ。ここ意外と人来ないし、ここなら雲動かしててもたこあげに見えんだろ?…っと、あった…」
 微かに笑顔を取り戻して、彼は地面から大きめの石を拾いあげる。
 それから気遣うような目でこちらを見た。
「マジに平気か?ずぶぬれなんぞ」
 雨は土砂降り。滝のよう。確かに風邪はひきそう。
 けど、雨がやむなら。
「大丈夫。手品師さんも頑張って」
 私はさしていた傘を、開いたまま手品師に渡す。
 雨が私に降り注ぐ。
 冷たくて重い雨。当たると少し痛いほどの、大粒の雨。
 彼が傘を持つ。
 石の表をつまむようにし、すいっと引く。
 石の細い糸。固くて、みかけより強い糸。
 それからその端を、私の黄緑の傘の柄に結び付ける。
「なんか、馬鹿みたいな方法だよね」
「いや、でもうまくいけばあの方なら」
 不安になる私に、手品師は勇気づけるような口調で言ってくれた。
 それからいたずらっぽく私の肩を叩く。
「うまくいくように神さまに祈ってくれねぇか?」
 私は笑った。
 でも、そのとおりにした。
 気付いて下さい、神さま。手品師さんが、天使さんが頑張ってくれてるんです。
 彼は片手に傘を、もう一方に石を持つ。
 深呼吸。
「いくぞ…」
 手品師が微笑して、そして叫んだ。祈る様に。
「町のしがない手品師の、世紀の大魔術!…天よ、御照覧を!」
 傘を軽く放り、石を掲げるように、『つまんだまま』投げる!
 傘を先端につけたまま、もう一端を彼の手に残し、石が糸に、極細の強靭な糸になりながら雲を目指して伸びていく。
 黄緑がまがまがしい雲に…突っ込む。
「行けそう!」
 思わず叫び、彼の方を見ると、彼はどことなく苦しげな表情でただ上を見上げていた。
「雹かなんかが…傘に当たってくるっ」
 雹…
 確かにこんなに大きな雲なら、中に雹を抱えていてもおかしくない。
 いくら元が石でも、こんな細い糸なんかが耐えきれるだろうか。
 私には見守るしかできない。


 何故かまた笑えてきた。
 傘と糸で、町ひとつ救おうとしているのだ。それも、冷静な目で見ればかなり滑稽なやり方で。
 でも…これで救えたら、ちょっと素敵じゃないだろうか。
 もっと滑稽なのは、やってるのが天使だってこと…
 町中で平然と手品師をしていた天使と、手品破りが趣味の女の子が傘と糸で町を守るのだ。





 面白くてたまらなくて、私は凍えるような雨の中で笑いだした。

「手品師さん」

 彼がこっちを向く。真剣な表情が、少し弛む。

「何笑ってんだよ、俺頑張ってんのに」

 言いながら彼もちょっと笑った。

「…私達変だよね」
「そう思う」
「雨、やむかなあ」
「もはやわからん」

 笑いながら話す。
 平原の水溜まりが広がっていく。

「雲、厚いんだね」
「まだ抜けてねぇみたいだからなあ」
「神さまきづくかな」
「雲抜けたら、多分…いや、絶対」

 笑いながら見上げた。
 暗い。
 寒い。

「止むと思う?」
「さあなー」
「…怖いね」
「…ああ」






 いつか晴れる。
 多分晴れる。



 世界中が土砂降りだなんて、知らなかったから、私達はずっと笑いながら見上げていた。






「…天使って、死ぬの?」
「たぶん死なない。…ん、なんかでも…死にそうな気してきた」
「なんかさ、水が…すごいね」
「…」
「死ぬかな、やっぱり」
「…昇ってみるか?この糸」
「うん…もうちょっと、待つよ」









 世界が浄化されつつあるなんて、知らなかったから、私達は、ずっと笑っていた。

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