共産主義崩壊から四半世紀、ポーランドは中欧随一の経済国となり、民主主義と法の支配が旧ソ連の衛星国にも根付きうることを実証した。その進歩が今、危機にさらされている。保守政党「法と正義」の新政権が発足後数週間にして、憲法裁判所とメディアの押さえ込みを図る危険な措置を講じている──近隣国ハンガリーの与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」を模倣する動きだ。これは欧州連合(EU)のみならず、米国と北大西洋条約機構(NATO)の同盟国にとっても深く懸念される事態だ。
ポーランドは改革の信号灯であるだけでなく、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの飛び地カリーニングラード州と接する微妙な戦略的位置にもある。現在の欧州の地政学的分断、つまりEUおよびNATO加盟国とロシア政府が断固として影響力圏内にとどめようとする諸国との最前線にポーランドはある。
「法と正義」は、昨年10月のポーランド総選挙に際して従来のレトリックを弱めた。そして、ナショナリズムへの偏執で迷走した2005~07年の与党時代よりも穏健派寄りのイメージを打ち出した。しかし、実体は違っていたことがわかった。
■裁判所やメディアを抑制する動き
もはや首相の座にはないが、好戦的なヤロスワフ・カチンスキ氏が今も糸を操っていることは明白だ。「法と正義」は政権発足早々、法律の合憲性を判断する憲法裁判所に同調者を詰め込む動きに出た。新政権は、憲法裁判所による違憲判断基準を裁判官の3分の2以上の合意に引き上げ、同党が推す立法に対する憲法裁の差し止めをほぼ不可能にした。
政府は現在、ポーランドの公共放送局に対する包括的な統制を可能にする法案の成立を急いでいる。この法案について「法と正義」は、前与党の「市民プラットフォーム」が任命した幹部が支配するメディアの「不当」な批判を抑える立法措置であるとしている。しかし、そうではなく反対の声を押さえ込むための手段のように見える。
他の欧州諸国でポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭につながった経済的困難を回避していることを考えると、ポーランドの変化にはなおさら戸惑う。ポーランドが最後に景気後退に陥ったのは1992年のことだ。EUから数十億ユーロの支援を受けたとはいえ、ポーランド経済は2007年以降、世界金融危機の間を通し1.3倍以上に成長している。
しかし、成長の果実の分かち合いが特に若者にとって不平等になっている。市民プラットフォームの前政権は、後期になって緩みと自己満足の空気に包み込まれていた。
ハンガリーのフィデス・ハンガリー市民連盟と同様に「法と正義」は、共産主義の崩壊後に旧秩序が十分に覆されなかったと信じ、国を「ただす」ことを目指している。しかし、たとえ議会多数の支持があったとしても国の再生という目標は、ポーランド国民が苦闘の末に確立した民主主義の「抑制と均衡」を損なっていい理由にはなり得ない。EUの執行機関である欧州委員会は来週、ポーランド政府の行動について精査し、法の支配に対する「システミックな脅威」を監視するために、2014年に認められた権限を行使することを検討する。しかし残念ながら、ポーランドのEU投票権の停止という「最後の手段」を除けば、可能な制裁措置はほとんどないままになっている。
それでも、フィデス・ハンガリー市民連盟と「法と正義」の政権獲得を後押しした複雑な歴史的、文化的状況を踏まえておく一方で、欧州の国際機関は公の非難の力を過小評価すべきでない。批判の声明や動議、報告書が行動に影響を及ぼすこともあれば、市民が政府に説明責任を果たすよう求める動きにもつながりうる。
ポーランドの指導者と国民はEUの価値観を受け入れることを選択した。EUへの加盟は、1989年には想像しがたかった水準の繁栄とより広い欧州における政治的影響力を獲得することを助けた。もしポーランド政府が逸脱を続けるなら、ポーランドの友人と同盟国は、それほどの成功に至った道筋へ戻るようにあらゆる手を尽くして説得すべきだ。
(2016年1月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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