戦争責任に識者 「国として誠意を見せた数少ない例が日本」

NEWSポストセブン / 2016年1月2日 7時0分

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アジア女性基金に反対する元慰安婦支援団体メンバー 共同通信社

 安保法制に反対するなど従来の指標では左派とみなされる思想的位置に立つ井上達夫氏。しかし、「憲法九条削除」を唱えるなどその言説は従来の左派とは全く異なる。井上氏は本来のリベラリズムの立場から左派、リベラル派の欺瞞を徹底的に批判。戦争責任の追及について左派、リベラル派が述べる「ドイツは誠実で日本は不誠実」という言説について井上氏が解説する。

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 実は世界史を広く眺めても、自国の戦争責任を認め、他国に謝罪し、賠償した例はほとんどない。そうしたなか、国として誠意を見せた数少ない例が日本なのである。

 1995年、自社さ連立政権の村山内閣時代にアジア女性基金(正式名称「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」)が設置され、1996年から2007年まで、民間からの募金により各国の元慰安婦に対して1人当たり原則として200万円の「償い金」が支払われた。

 重要なのは、その際、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎という、タカ派を含む自民党の歴代総理大臣による手紙がつけられたことである。その手紙は「いわゆる従軍慰安婦問題」は「当時の軍の関与」の下に起こったと認め、「日本国の内閣総理大臣として」「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と述べている。それに加え、国の予算で5億円余りの医療福祉事業も行われた。

 1965年の日韓基本条約によって日本に対する韓国の請求権は完全かつ最終的に解決済み、というのが日本の立場である。だから、「アジア女性基金」は日本の法的責任を認めるものではなく、道義的責任を果たすものだ。その意味で百点ではないかもしれないが、自国の戦争責任にここまで踏み込んで他国民に賠償し、謝罪した例はないはずだ。本来、その誠実さは世界から評価されていいし、日本自身が誇るべきなのだ。

 ところが、元慰安婦を支援する韓国と日本の一部の団体日本のそれはリベラル派であるは日本政府の法的責任と国家賠償に固執し、「アジア女性基金」を「政府の法的責任を隠蔽するための欺罔(あざむくこと)的手段」などと猛批判した。韓国では、「償い金」の受け取りを希望する元慰安婦に対し、脅しにも等しいバッシングが行われたほどだ。

 ちなみに、保守派の一部は「アジア女性基金」を「土下座外交」だと批判した。そのように保守とリベラル、右と左が、ともに日本を道徳的な高みから引きずり下ろそうとしたのである。

 リベラル派の言説を一般の国民が「過度の自己否定」と捉えたのは当然で、それへの反発から「過度の自己肯定」や「リベラル嫌い」の空気が生まれた。リベラル派はそれを批判し、困惑するが、責任はリベラル派自身にあるのだ。

【プロフィール】井上達夫(いのうえたつお):1954年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科教授。主な著書に『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください 井上達夫の法哲学入門』(毎日新聞出版)など。

※SAPIO2016年1月号