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【2】
滅亡。ティエラはそういった。
ハイヒューマンという種族は滅亡したのだと。
「……じゃあヒューマンは、人族はもういないのか?」
「いえヒューマンはかなりいるわよ。さっきの騎士団の人もそうだったじゃない」
「いるのかよ!?」
人類滅亡!? などと勘違いしていたシンは思わず突っ込みを入れてしまった。
「滅んだのはハイヒューマン、ヒューマンじゃないわ」
「なにが違うんだ?」
「ちがうわよ。ハイヒューマンはかつてたった六人でこのレイディムント大陸を支配した超越者達。ヒューマンが万単位でかかっていっても勝てないような人たちなの。強さの次元が違うわ」
「六人で大陸を支配?」
六人、大陸支配というところにまたしても引っかかりを覚えるシン。かつてそんなエピソードがあったような気がしていた。
「詳しく、聞いてもいいか?」
「大概の人は知ってるけど、いいわ。教えてあげる。かつて、今から五百年くらい前この大陸を支配したハイヒューマンがいたわ。たった六人だけだったけどその圧倒的な力にどの種族も手も足も出なかった」
「…………」
「でもある時、唐突にその支配は終わりを告げたの」
「終わり?」
「そう、終わり。ハイヒューマンだけじゃなくて、ハイエルフやハイロードみたいな長命種からハイビーストやハイドワーフみたいな短命種まで、すべての種族で王や長老、英雄、将軍と呼ばれた多くの実力者たちが姿を消したの。突然の消失だったって聞いてるわ。師匠によれば実力者以外にも多くの人が姿を消したらしいの。今ではその消失が起こった日を『栄華の落日』と呼んでるわ」
「栄華の落日……ね」
「ハイヒューマンはその時にすべて消失したから滅亡したと言われているわ。六人しかいなかったしね」
突然の消失。シンにはそれに心当たりがあった。
多くの人々が消える現象それは、
(あの日だ。俺がオリジンを倒してみんながログアウトした日。確証はない、がたぶんそれが栄華の落日の正体)
長老や王、英雄と言うのはおそらくギルドマスターたちのことだろう。あの日解放された人数は数万人規模だったはずだ。シンも正確な人数を知っていたわけではないが少なくとも万単位の人がゲームにとらわれていたのは間違いない。それがこちらの世界の人々の目に突然の消失とうつったのだろう。
(そこから考えるとかつて大陸を支配した六人のハイヒューマンって…)
引っかかっていたことがなんなのかシンはようやくわかった。六人のハイヒューマン。それは間違いなく、
(俺たちだ……)
そう、かつてまだTHE NEW GATEがデスゲームになる前、よくあるVRMMOだったころ。THE NEW GATE内には無敵と言われたギルドが存在した。
六人のハイヒューマンによって結成されたギルドの名は『六天』。THE NEW GATE内の大手ギルドを片っ端からなぎ倒し、その名をすべてのプレイヤーに知らしめるまでにかかった期間はわずか一カ月という偉業を成し遂げたギルド。敵対したプレイヤー達は確実に殺されると評判だった。
かくいうシンもかつての六天のメンバーの一人だ。初めてプレイした時ヒューマンを選びかなり馬鹿にされた経験があり、他の種族がなんぼのもんじゃあと思い切りはっちゃけていたのはシンにとって知られたくない黒歴史である。
構成メンバーは言うまでもなく全員がハイヒューマンであり、その上ステータスがほぼカンストしてるという猛者たちだった。一番ステータスが低いメンバーでさえHPとMPはカンスト、他のステータスが九百後半という化け物ぶりである。
ギルド同士の対戦では人数制限をなくした状態で大手ギルドに挑戦状をたたきつけ、六人対千人というような実に馬鹿げた戦いを繰り広げたりもした。その時は高火力魔術の広範囲展開でフィールドごと焼き尽くし、呆然となったリーダーをボコボコにして決着がついた。
それ以来ギルド『六天』に喧嘩を売る者は滅多にいなくなり、ヒューマンを馬鹿にするものも少なくなった。それはハイヒューマンたちの戦闘力だけでなく、異常なほどの耐性を思い知らされたからである。魔術はほとんど効果を及ぼさず、その上毒、麻痺、混乱、魅了、火傷、凍傷、錯乱、石化、呪い他多数の状態異常にほぼかからず、かかっても物の数秒で完治するというもはや手の施しようがない状態だった。
それほどの実力者がいながらデスゲームにとらわれたのは六天のうちシン一人だけだったのは運が良かったのか悪かったのか。少なくとももう一人いればあと三ヶ月は短縮できたとシンは思う。
「…………」
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「いや、なんでもない。それより通貨の話に戻っていいか?」
ハイヒューマンの話を続けると墓穴を掘りそうな気がしたのでシンは通貨の方に話を軌道修正した。
「別にいいけど。これがあなたが使ってた通貨?」
「ああ」
「はぁ、こんな貴重品をぼいっと出せるなんて、ハイヒューマンっていうのも嘘じゃないのかもね」
ハイヒューマンというのは信じてもらえてないらしい。
ため息をつきながらティエラはジェイル金貨を手に取り、まじまじと見つめた。本物かどうか確かめているようだ。
シンとしてはティエラの言う貴重品という言葉に疑問を覚えた。
「そんなに貴重なのか? たった1Gだぜ?」
1ジェイルはゲーム中では1円相当。リアルマネー換算なら1/1000円程度の価値だ。ちなみにシンのアイテムボックスには億単位のジェイルが入っている。なぜ金貨でGなのにゴールドと読まないのか謎だ。
「今じゃジェイル金貨、G金貨って略されるけど、これは手に入れようと思ったって簡単に手に入るものじゃないわ。あなたは知らないんでしょうけどジェイル金貨は魔術を増幅してくれるマジックアイテムなのよ。たまに遺跡とかで見つかったジェイル金貨がオークションに出品されると最低でもジュール白金貨10枚、ジェイルの数え方に直すと10億ジュール以上の値がつくわ。このジュールっていうのが今の共通通貨でJ金貨何枚、J銀貨何枚もしくは~Jっていうふうに使われてるの」
「これ一枚で億単位か……」
「魔術使いならのどから手が出るほどほしがるわね。師匠に見せてもらったことがあるけど、それ以外で見たのは初めてだわ。あと、言っておくけど10億は最低金額で本気で手に入れようとしたらさらにその10倍は必要よ」
「これ1枚にそんなに出すのか……ちなみにどのくらいの頻度で見つかるんだ?」
「滅多に、としか言えないわね。新しい遺跡が見つかったときにだってなかなか見つからないし」
「そうなのか、換金すると目をつけられそうだな」
売って資金にしようと考えていたシンだったが、そんなに貴重なものをいくつも出すのはマズイかと換金して資金を作るという案を考えから削除した。
「そのほうが賢明ね。あなたそういうとこ抜けてそうだし」
「ひどいな。でも換金ができないとなると手持ちがやばい」
「何か売れるようなものはないの? 初めにもいったけど素材とかアイテムがあればうちで買い取るわよ」
「そうだな、じゃあこれなんかどうだ?」
シンはアイテムボックスから移動中に手に入れたアイテムカードを取り出した。ゲーム中ではアイテムをカード化して収納できたのだが、それはこっちでも同じらしく素材をアイテムボックスに収納すると自動で素材がカード化されていた。カード化されるとアイテムは元となったアイテムの絵が描かれたカードとなり、その後は任意で実体化とカード化ができるようになる。
シンがカウンターに置いたのはテトラグリズリー、ツインヘッドスネーク、フレイムボアの牙や爪、毛皮、肉などの素材カードと茶色に輝く宝玉カードだ。素材は加工したり売ったりと利用できる幅が広く、ゲーム中はさまざまな場所で取引されていた。宝玉はモンスターを倒した際稀に手に入るアイテムで鍛冶師に渡せば武器や防具に属性や追加効果を付与できたので素材よりも比較的高値で取引されていた。今回シンが提示した宝玉カードは等級としては最低の七等級だ。
「アイテムカード……」
「ん? 何か変か?」
「いえ、アイテムボックスをもってるなら当然よね。これも知らないだろうから一応言っておくけど。アイテムカードもそれなりに高いからほいほい出さない方がいいわよ」
「めんどくさいな。わざわざ素材のまま持っていかなきゃならないのか」
「それが普通なの! あなたがおかしいの!」
「わ、わかったわかった。わかったから落ち着けって」
「もう、いちいち調子狂わせてくれるわね」
そう言いつつもティエラは迷うことなくアイテムカードから素材を実体化させ、鑑定し始めた。驚いてはいても使い方は知っているようだ。
「テトラグリズリーにツインヘッドスネーク、フレイムボアまで。どれも森の奥まで行かなきゃ出会わないような凶暴なモンスターの素材ばっかりじゃない。ホントにあなた何者?」
「そう言われてもな……ここに来る途中で倒したんだよ。そんなに凶暴ではなかったと思ったけどな」
「どれも騎士が数人がかりで相手にするようなモンスターなんだけど……もういいわ。いちいち驚いてたらきりがないし」
初心者用モンスターだと思っていたら意外と危険なモンスターらしかった。
「まあ気にするな。それより査定の方はどうなんだ?」
「そうね。状態もいいしカード化もできるから素材は全部でJ金貨1枚と銀貨27枚で127万J、宝玉は七等級だけど純度が高いからJ金貨25枚で2500万Jってとこね」
「単位が違いすぎて高いのか低いのかよくわからん……」
「本来はもうちょっと少ないけどね。宝玉はその時の相場にもよるけど今は少し値が上がってるの。この等級と純度なら普通は2000~2300万J位」
「おお、ラッキー。200万以上儲けた」
「どうする? これでいいなら買い取るわ」
「よろしく頼む。あ、それはやるよ。これからよろしくってことで」
そういってシンはカウンターの上に置きっぱなしだったジェイル金貨を指差した。
「…………冗談?」
「なんでだよ!?」
「そりゃそうでしょ! さっきの話聞いてた!? どこの世界に億の値がつくG金貨をただであげるような人がいるのよ!!」
「ここ」
自分を指差すシン。
「……後になって返せって言っても返さないわよ?」
「言うか」
ジト目のティエラだったが、ジェイル金貨の魅力には勝てなかったらしく素早い動きでジェイル金貨をつかむと胸元に抱え込んだ。その際、腕に挟まれたことで強調されたティエラの胸にシンの視線が釘付けになったのは悲しき男のさがである。
「ああ、夢にまで見たG金貨」
先ほどのジト目から打って変わってうっとりとした表情のティエラ。若干頬が赤くなっているせいか妙な色気を感じてハッとするシン。いかんいかんと軽く頭を振って邪念を追いだす。
「ふぅ、喜んでもらえて何より。エルフなら魔術を使うことも多いだろうしやく「ちょっとまって!」…に?」
立つだろう、と言おうとしたシンの言葉をティエラは唐突に遮った。その表情は信じられないことを聞いたとでもいうように驚愕に染まっていた。
「……なんだ?」
「今……エルフって言った?」
「ああ、言ったが……あれ? エルフじゃなかったか?」
耳が細く尖っているのはエルフとハイエルフの特徴のはず、とシンは記憶した知識が間違っていないことを確認する。自分の知らない種族でもいるのだろうかとシンは首をかしげた。
「今の私は赤髪黒眼の猫人族に見えてるはずなんだけど」
「赤髪黒眼の猫人族?」
猫人族とは女性プレイヤーと一部の男性プレイヤーに人気の高かったビースト:猫型のことだろう。ビーストには様々な派生部族がありおなじ猫型でもペルシャ猫や三毛猫など多くの種類があった。また、顔や腕などを完全にモデルとなった動物と同じにするプレイヤーと耳やしっぽ、羽根など全体の一部だけにするプレイヤーとに分かれていた。
はて? と思ってティエラをあらためて見てみるが、シンの目にうつるのは黒髪金眼の美少女エルフ。赤髪黒眼の猫人族などどこにもいない。
「俺に目の前には黒髪金眼の美少女エルフしか見えないな、うん」
「そんな……」
あえて美少女の部分を強調してみたのだが、まるで聞こえていないようだ。
「なんで? 師匠が幻影魔術をかけてくれたはずなのに」
「幻影魔術?」
幻影魔術と言えば相手に幻覚を見せて混乱させたり、罠にかけたりする魔術だ。六天のメンバーに使い手がいたのでシンの印象に強く残っていた魔術だった。
「うう……まさか、ばれるなんて……」
ティエラはまるでこの世の終わりのような顔でうつむいている。ティエラの突然の意気消沈にシンは状況を打開するにはどうしたらいいか必死に考えたが、いくら考えてもまったくわからなかったので素直にエルフと見破れた理由を話すことにした。
「ええっと、ティエラ?」
「っ! な、なに……?」
穏やかに話しかけたつもりだったがティエラはおおげさなくらいびくついていた。
「俺がティエラをエルフだと見破れたことなんだがな。それは俺の体質のせいなんだ」
「たい……しつ?」
「そう。幻影魔術ってのは相手に幻覚を見せて惑わす魔術だ。でも魔術に対して強い耐性を持ってるやつにはきかないことがある。だから、俺はティエラの本当の姿が見えていたわけだ」
「でも……いくら強い耐性をもっていたとしても、師匠がかけた魔術が破られるなんて……」
シンの説明を受けても信じられないという顔のティエラ。シンの記憶通りならティエラの師匠であるシュニーはLv.255のハイエルフ。魔術特化タイプのエルフのさらに上位種族なのだからその魔術はさぞかし強力なのだろうが、いかんせんシンに比べればレベルはともかくそのステータスはまだまだ発展途上。ハイヒューマンの持つ耐性とシンのステータスをもってすれば幻影魔術などあってないようなものである。
どうしたものかなぁとシンはため息をついた。
「ねぇ」
「ん?」
「あなた、私の本当の姿が見えてるのよね」
「黒髪金眼の美少女エルフならばっちり見えてるけど?」
「…………」
返答がなかった。突っ込みないってつらい……と気落ちするシン。
「……こわく、ないの?」
慣れないジョークなんか言うべきじゃなかったと後悔していたシンの耳に、ティエラのともすれば聞き逃してしまいそうな声が届いた。その声はまるで何かにおびえる子供のようで。
「なにが、こわいって?」
シンは緩んでいた思考を即座に引きしめ、ティエラにできうる限りの穏やかな声で話しかけた。
自分が恐ろしくないのか。
ティエラが震える声でそう言ったとき、シンの脳裏をかつての六天メンバーの顔がよぎった。
シンはそのおもしろさゆえに廃ゲーマークラスのログイン時間を誇っていたが、そのメンバーは長期間入院しているせいで時間有り余っているのだと言っていた。
メンバー内でオフ会の話が出たときにそのことを告白した時のメンバーから感じた雰囲気を今のティエラも纏っているような気がしたのだ。
それはすなわち本当の自分を知られるのを畏れているということに他ならない。
あいにくと言っていいのか、六天にそんなことを気にする者など一人もいなかったので、そのメンバーはとてもホッとしていたのをシンは覚えていた。
そんなことがあったので、シンは動揺することも表情を変えることもなくティエラに聞き返すことができた。
「……これも知らないのね……髪が黒いエルフっていうのは不吉の象徴とされているのよ」
話すティエラは俯いたままだ。
「不吉の、象徴か」
「そう、象徴。エルフの髪はね、生まれたときは皆白いの。それが成長していく過程で変化して最終的に金や銀、緑、青といった色になるの。信じられる? 私の髪ももとは銀色だったのよ?」
そう呟くティエラは自虐の表情を受けべていた。
「でも今じゃ真っ黒。エルフはね、髪が黒くなることはないの」
「黒くならない?」
「うん、それで、黒い髪をもったエルフは災いをもたらすのよ。私のときもそうだった。強力なモンスターが突然襲ってくるようなことが何度もあったわ。おかげで里からは追放よ」
「…………」
「行くあてもなくてさまよっていたところを師匠に拾われたの。この店の周りには強力な結界がはられているからモンスターが来ることはないって言われて。もう百年以上店からは出てないわ」
「百年か……長いな」
「ええ、でも誰かに迷惑をかけずに生きていられるから、これでいいの」
いいわけがない! とシンは叫びたかった。百年以上店に閉じ込められているような状態がいいはずがないと言ってやりたかった。だが、言ったところで何か変わるわけではないと耐えた。握りしめた拳が痛い。
まだ会って一日とたっていないのに、なぜこんなに憤っているのかシン自身よくわかっていなかったが、あんな顔をさせたままではいられないという思いから何とかできないかと思考を巡らせる。
シンが知る限り、エルフにティエラが言ったような『設定』はない。この世界がTHE NEW GATEならばしっかりとした理由が存在するはずなのだ。
「……ティエラ、一つ確認したいことがある」
「……確認、したいこと?」
「ああ、今の話だとティエラの髪はもともと銀色だったそうだが、なぜ今は黒いんだ?」
シンにはそれが解決のヒントになるような気がした。
「ある日突然黒くなったのよ」
「突然?」
「そう、突然。いつものように眠りについて朝目覚めたら真っ黒になっていたわ。あのときは本当に何が何だか分からなくなって、すごく怖かった」
話をしているうちにその時のことを思い出したのかティエラは自分の体を抱いて震えている。そんなティエラをよそにシンの思考は数ある知識の中から該当する情報を引き出そうとフル回転していた。
「突然、髪の色が変わる……モンスターに襲われる…………髪の色……キャラクターの配色が変化……モンスター……襲撃は複数回……何度もあった……かも強い…………キャラクターの配色が変化して、モンスターに襲われやすくなる? そんなことが……っ!!」
あるだろうかとシンが呟きかけたその時、シンの脳裏に閃くものがあった。記憶が確かなら条件が一致する可能性がある。
「ある……あるぞ!! その条件に合致する可能性のある状態が!!」
「えっ? な、なに?」
突然大声で叫びながらティエラを凝視するシン。いきなり大声を上げたシンにティエラはまたビクリと震えた。
そんなティエラはおかまいなしにシンは視線をティエラに固定したままだ。
「なんで忘れてたかな。でもこれで……ん? おかしい、なんでステータスが表示されないんだ? 発動は自動にしておいたはず」
シンがティエラを凝視していたのはティエラのステータスを見るためだ。シンの予想が正しければステータスの方にしっかりとそれが現れるはずなのである。
「えーと、スキル画面をひらいて、分析……分析……ああ、あった。表示がプレイヤーとモンスター以外オフになってるだけか。これをすべてオンにすれば……」
事前にしていた設定を直して再度ティエラを見るシン。ティエラからすれば、なにもない空間をにらみつけながら指を動かしていたシンは少々危ない感じがしたのだが、胸中が諦めに満たされつつあったからか湧きあがった危機感もすぐに消えてしまった。
「よし、ステータスは見れるな。あとはあれさえあれば……名前にレベル、種族に……っ! よしきたぁぁぁぁあああああーーーーーーー!!」
予想通りのものを見つけて思わずガッツポーズを決めるシン。先ほどからシンの奇行を見ていたティエラはビクビクしっ放しである。
「ティエラよろこべ! 不吉の正体がわかったぞ」
「へ?」
「へ? じゃない。表示が出ていたから間違いない。お前の髪の色が変わって、モンスターに襲われるようになったの原因は【呪いの称号】だ」
「呪いの、称号?」
意味がわからないのかティエラはぽかんとしている。
【呪いの称号】それはTHE NEW GATE内で突発的に発生する。文字通りの呪いである。
本来プレイヤーが手に入れることのできる【称号】、別名【ギフト】は一定の行動やクエストのクリア、アイテムの入手の際などに手に入るサポートアビリティだ。得た【称号】に応じて微々たるものではあるがステータスが強化されたり、新しいスキルが使用可能になったりする。
それに対してすべてのプレイヤーに突発的に降りかかるのが【呪いの称号】であり、解呪アイテム【浄化の雫】を使用するか、神術系スキル【浄化】で消滅させない限りランダムでステータスの低下、解除不能の各種状態異常、強力なユニークモンスターとのランダムエンカウントなどのマイナス効果が付与され続ける。どの効果がつくかは完全にランダムだが【呪いの称号】を受けたプレイヤーはキャラクターの配色が自動で変更され体のどこかが黒くなり、簡易ステータスを表示するとそこに笑う死に神マークが出現する。
そして、シンが見たティエラの簡易ステータスには笑う死に神がたしかに存在していた。
「よし。そうとわかれば話は早い。ティエラ、ちょっとカウンターから出て、店の中央に立ってくれるか?」
「え、ええ……」
状況がわかっていないティエラは混乱しているのか抵抗らしい抵抗もなく、シンに言われるがまま店の中央に立った。
「じゃあいくぞ。【浄化】発動!!」
呪いを解くため、シンはティエラにむかって右手を突きだし、神術系スキル【浄化】を発動させる。主に神官が使用するスキルだがとある事情でシンも取得していたのだ。
突き出した右手に徐々に金色の光が集まりだす。それと同期してティエラの全身が金色の光に包まれた。
「なに……これ……あったかい……」
身体を包む光に驚いたティエラだったが光から伝わってくる温かさに危険は感じなかった。身体の中から清められているような心地よさを感じながらティエラはその場にたたずむ。
五分ほどすると、徐々に光が弱まり、消えた。
光に包まれていたティエラは光が消えてもしばらく放心していたがハッと我に返るとなにがどうなったのかという顔をしていた。
「……アイコンは消えたが……成功……なのか……?」
そう呟くシンは少々困惑気味だ。シンの視界に表示されているティエラの簡易ステータスを見る限りでは死に神アイコンは消えている。しかし、それによって元に戻るはずの配色の変化、髪の色はほとんど黒いまま。かわった(元に戻ったというべきか)ところは髪に銀色のメッシュが入ったことくらいだ。
呪いの効果が消えているのか判断しづらい状況に二人の間に何とも言えない空気が漂う。
「どう、なったの?」
「む、呪いは消えたんだが……その、なんだ。髪のほうが完全には元に戻らなかった……」
一人で大喜びした手前、とても言い出しずらかった。
「髪?」
「ああ……すまない、髪で元に戻ったのはほん一部分だけだ。一応……確認してくれ」
気落ちしながらいうシン。アイテムボックスから鏡を取り出してティエラに渡す。ティエラは髪という言葉を聞くとシンの取り出した鏡をひったくるように奪い取り自分の眼前にかざした。
鏡にティエラの顔が映し出される。そこにはいつもと変わらない自分の顔があった。しかし、その顔にかかる髪の一房、そこだけが輝く銀の色へと変化していた。
それは紛れもなく、かつてティエラ自身とともにあった色だった。
「…………っ……っ」
それを見たティエラの瞳がジワリとうるみ、一筋の涙が、その頬を流れた。
最初に流れた一筋が頬を伝わり、滴となって宙にまった時にはティエラの瞳から堰を切ったように涙があふれていた。
「ぅぅ……っ……ぇぅ……」
服の袖で涙をぬぐいながら、ティエラは静かに泣いていた。
そしてそんなティエラを前に混乱の極致にいる男が一人。
言うまでもなく、シンである。
幼い子供ならともかく、大人の女性と呼んでも過言ではないほどに成長した少女が目の前で泣いていて、しかも泣いている原因が自分かもしれないという状況にシンの処理能力は限界を迎えていた。
「ぐすっ……ちょっと……ひっく……まって、て……すぐ……おち、つくから……」
「わ、わかった。ゆっくりでいいぞ? いくらでもまつ」
話しかけられたことで我に返ったシンはいまさらながらタオル(ハンカチというアイテムはそもそも存在しなかったのでアクセサリ用アイテムで代用)を渡すとカウンターから椅子を引っ張り出してティエラを座らせ、泣きやむまでその場に立ち続けた。
◆◆◆◆
五分ほどたったころ、ティエラはタオルから顔をあげた。涙は残っていなかったが、その目はまだ赤い。
「ごめんなさい、もう大丈夫よ」
「そ、そうですか」
「なんで敬語?」
「いや、まあ。あれだけ騒いだくせに呪いは解けたけど髪はほとんどそのままだから、申し訳ないというかなんというか……」
ティエラが泣いている間、ずっと針の筵状態だったシンだがこれから第二の筵が始まるのかと戦々恐々としていた。
見たところティエラの表情に怒っているような気配はない。どうなってるんだと今度はシンがビクビクしていた。さっきとは立場が真逆である。
「そんなことで敬語使わないでよ……髪のことならいいわ。百年以上この色だったんだもの、むしろ少しだけでも戻ったことのほうがうれしいわ」
そういって微笑むティエラは本当にうれしそうだった。大切なものを取り戻したような穏やかな微笑みを浮かべる姿に怯えていた時の面影などどこにもない。
「そう言ってくれると、少しは気が楽になるんだが」
でもなあ、とシンは思う。女性にとって髪は大切なものだということを母や妹、はては友人(女性)から事あるごとに聞かされていたシンとしては何とも釈然としないのだ。
「本人がいいって言ってるんだから、それでいいのよ。それよりも呪いが消えたっていうのは本当なの?」
「ああ、それは間違いないはずだ。店の外に出てもらえればわかると思う」
ティエラ自身がこれでいいと言っている以上、自分が騒ぐわけにはいかないとシンは自身を納得させた。
ティエラが受けたのは『ユニークモンスターとのエンカウント率上昇』なのでモンスター侵入不可の結界がはられている店の外に出なければ効果が消えたことは証明できない。
この結界もシンがはった物なので高レベルのユニークモンスターですら侵入することはできないのだ。THE NEW GATEはリアリティを追求していたせいかゲーム中に破壊不可オブジェクトがほとんど存在しておらず、シンのような店舗持ちのプレイヤーを狙った強盗プレイヤーも存在していた。そのため、店舗への侵入を阻む結界系のスキルも多く存在している。
「正直、ちょっと怖いわ。呪いが解けてなかったらって思うと」
「それは大丈夫だ。なにせ俺もかかったことがあるからな」
「えっ? ええっ!! あなたも呪いにかかったことがあるの!?」
「ああ、俺も高レベルモンスターがわいてくるタイプだったから【浄化】で間違いなく呪いは消えるぞ」
シンが呪いにかかったのは既にステータスが八百台半ばに到達していたときで、湧き出るユニークモンスターを片っ端から倒していったためレベルアップがしやすかったというイメージしかなかったのだが。
「そうだな。じゃあ、今まで襲ってきた中で一番レベルの高かったモンスターってなんだ?」
「一番強かったのは、たぶんホーンドラゴン。たしかレベルは200くらいだったと思う」
「レッサードラゴンの上位種か」
「知ってるの?」
「ああ、それくらいならかるい」
ホーンドラゴンはレッサードラゴン(羽のない小型のドラゴン)の上位種でレッサードラゴンと姿は同じだが体が二回りほど大きく、額に一本の角が生えている。レッサードラゴンは本来Lv,100程度のモンスターだがホーンドラゴンはそれを大きく上回り、Lv,200に相当する。先ほど確認したティエラのレベルは57だったのでまず勝ち目はない。
THE NEW GATEではプレイヤーやサポートキャラクターのレベル上限は255だが、モンスターのレベル上限は1000。プレイヤーのおよそ4倍ある。これはシンのような転生を繰り返す上級プレイヤーに対応するためだ。特にシン達【六天】のようにボスモンスターを軽く倒せるようなプレイヤーがあきることがないように、シン達ですら油断できないようなモンスターもしっかり配置されていた。
当然、LV,1000など当たり前。それを相手にしてきたシンにとってLv,200のユニークモンスターなど敵ではない。
「かるいって……ホーンドラゴンなんて出たら騎士団の精鋭部隊がでてくるんだけど」
「精鋭部隊? なんでそんなエリート集団っぽいのが出てくるんだ?」
「っぽいじゃなくて、正真正銘のエリートよ。ここに来るまでに見たと思うけど、ここのすぐ隣に城壁があったでしょ?」
「ああ、なんかいろいろ付与されてたな」
「あれはベイルリヒト王国を囲んでいる強化城壁。で、その国の騎士団の精鋭部隊の隊長のレベルがたしか158。ホーンドラゴンはレベルが200くらいだから隊長のレベルよりさらに40以上高いわ。そんな化け物をかるいなんて言われたら普通は頭のネジが緩んでいるか、できもしない法螺をふいているかくらいにしか思われないわよ」
「158……だと?」
「そう、王国No,2の実力者でも単独で挑むなんて無茶なんだから」
ティエラはシンが驚いているのを隊長のレベルが高いからだと思っているようだった。
実際はレベルが低すぎて、なんだそれ…と固まっていただけである。シンのようなプレイヤー基準ではステータスを別にすればかろうじて中級に届くかといったレベルだ。
ホーンドラゴン以上のレベルをもったモンスターが一度に二、三体でたらこの国詰むんじゃないか? と思ったが口にはしなかった。
「……まあ、問題ないっていうのは本当だから店を出よう」
「ちょっとまって、私の話聞いてたの?」
「聞いてたよ。むしろ問題が起こりようがないことが分かったくらいだ」
「起こりようがないって。なに? ホーンドラゴンなんて敵じゃないっていうの?」
「ああ」
「………ねぇ、確認したいんだけどあなたのレベルっていくつなの?」
「255だけど?」
「…………」
黙り込んでしまった。シンとしては正直に言っただけなのだが、ティエラにとってはそうではなかったようだ。
「ティエラ?」
「255……? 師匠と同じ?」
「ああ、俺のレベルは255、一応シュニーと同じだな」
「ホントに?」
「ホントに」
「ホントにホント?」
「ホントにホントだ」
「ホントのホ――」
「まてまて! 何回繰り返す気だ!」
「――ん……」
ホント合戦になりそうだったのでストップをかける。
「【分析】は使えないのか? 制限を解除するから見てもらえればすぐわかるぞ」
「使えるわけないでしょ。それができるのはスキル継承者くらいよ」
「スキル継承者ってなに?」
「……あなたの常識を疑いたくなってきたわ」
これもこの世界の住人ならば知っていることのようだった。しかし、突然来てしまったシンにこの世界の常識を前提として話をされても何のことやらさっぱりである。知らないことは全部聞こうととうの昔に開き直っているので、呆れた表情をされてもそんなものどこ吹く風といった状態だ。
「常識と言われてもな。ずっと人里から離れて生活してたからよくわからないんだよ」
ここに来る前はゲームの中にいたんだとは言えないので、世捨て人のような生活をしていたということにした。それなら世の中のことに疎くても言い訳くらいにはなるだろうとシンは考えた。
「わかったわ。この際知らないことは全部教えてあげるから、わからないことは聞いて」
「よろしくお願いします」
なんだかんだで聞いたことにはしっかり答えてくれるティエラに感謝しつつ、シンは頭を下げた。
「まず、スキル継承者だけど。これは読んで字のごとく今では失われてしまったスキル、御技とも呼ばれる技を受け継いでいる人たちのことよ。詳しくは知らないけど栄華の落日以来多くのスキルが失われてしまって今じゃ現存するスキルは100個以下とも言われているわ」
「100個以下……」
その数に驚きを隠せないシン。THE NEW GATEはスキルの数が多いことでも知られていたのだが、ティエラの口にした数は全体の1/10もない。
「今じゃスキルが使えるってだけで優遇されるわ。冒険者や騎士みたいに戦うことを生業にしている人はアーツと呼ばれてる弱体化したスキルを使用しているわね。一応技名や効果は元のスキルと同じだけど威力とか効果は本来の1/3くらいよ。私も魔術を使うけど師匠が見せてくれた魔術スキルと私がそれまで使ってた魔術アーツじゃ威力が段違いだったわ」
「ふむふむ、弱体化したスキルがアーツね。アーツ自体に個別でレベルとかはあるのか?」
スキルの中にはレベルが設定されているものがある。シンが使う【分析・Ⅹ】もそうだ。スキル名の後にⅠ~Ⅹの文字がついているのですぐにわかる。最低がⅠ、最高がⅩだ。攻撃系のスキルにはほとんどなく、おもにサポート系のスキルに多く設定されていた。
「スキルにはレベルがあるものもあるのは知ってるけど、アーツにはないわね」
「アーツで戦わないといけないとか、大変そうだな」
シン自身スキルの恩恵にあずかってきた身なので、弱体化はつらいなと思わずにはいられない。
「そういうあなたはスキルが使えるのよね。なにが使えるの? さっきの口ぶりだと1つってわけじゃないわよね。2つ? 3つ? まさか4つとか言わないわよね」
「さすがに一桁は少なすぎるだろ。1000以上あるのは間違いないと思うぞ。数えたことないから正確な数はわからないけどな」
「は? 1000? あれ? 聞き間違えた?」
全然使ってないやつもけっこうあるんだよなと笑い話程度に話すシンに対して、聞き間違えたかと首を傾げるティエラ。正確にいえば聞き取れていたのだが、この世界の常識からかけ離れていたので冗談でも言われたように感じてしまったのだ。
度が過ぎる驚きは時に現実感を失わせるのである。
「もしかして【分析】もってないのか? んーさすがにスキルレベルⅠだと制限解除しても俺のレベルは見れないけど、持っていて損はないか。んじゃ【秘伝書作成】スキルを使ってっと」
「?」
またもや空中にむかって手を動かすシンを見て、ティエラは首をかしげた。
「作成完了。ほれっ」
「なに、これ?」
シンがティエラに手渡したのは一本の巻物だった。
スキルはレベルとは別に設定された熟練度を満たすことで技の威力が上昇したり、派生技が会得できたりといろいろと特典がある。その中でも少々毛色の違う特典が『秘伝書』というアイテムが作成可能になることだ。
『秘伝書』は作成すると巻物となって実体化する。これを使用すると『秘伝書』に書かれているスキルを自分以外のプレイヤーに会得させることができる。当然だがスキルごとに作れる『秘伝書』の数が決まっていたり、『秘伝書』を使ってスキルを覚えたプレイヤーは自分の力で『秘伝書』を使って覚えたスキルの取得条件を満たさない限りそのスキルの『秘伝書』作成できないなどさまざまな制約が課せられている。強力な技ほど『秘伝書』の作成可能数が少ないのはあたりまえで、そもそも『秘伝書』作成不可のスキルもあった。
スキルには使用するのにレベル制限のあるものもあったので、『秘伝書』を使って低レベルで上位スキルを使うという手は使えなかったが。
【分析】はプレイヤーならだれでも持っていると言っても過言ではないスキルなのでとくに制限もなく、やろうと思えばいくらでも『秘伝書』が作成可能だ。そんなわけで早速作成したというわけである。
「【分析】の秘伝書。それを読めば使えるようになるはずだ」
サポートキャラクターにも『秘伝書』は使えたのでたぶんいけるだろうと思って作成した。使えなかったときは素直に謝るつもりである。こういうことはやってみなければわからない。
「これでスキルが使えるようになるの? でも私、対価になるようなもの持ってないわよ?」
「対価?」
無償であげるつもりだったシンだが、ティエラはそう受け取らなかったらしい。どうやらこの世界ではスキルは相当貴重なもののようだ。
「言ったでしょ? スキルは貴重だって。教えてもらおうと思ったら大金を積むとか、弟子入りするとか、とにかく大変なのよ。まさかくれるとか言わないわよね?」
「え、言うつもりだけど。何かマズイか?」
「とりあえず誰彼構わずあげるのはやめなさい。大変なことになるから。場合によっては命を狙われるわよ」
「それほど!?」
まさかスキル一つで命が狙われるとまでは思っていなかったので、『秘伝書』は信頼できる奴だけに教えようとシンは心に決めた。
「恐すぎるな。まあティエラなら大丈夫だと思うし、ためしに使ってみてくれないか」
「使ってから対価請求とかしない?」
「するか!!」
悪質な詐欺師か!? とつい反論してしまう。とはいえ命を狙われる可能性すらあるのだからある意味その警戒は当然なのかもしれない。
「スキルをただであげようなんて騙しの手口よ?」
「騙す気ならもっと上位のスキルにするって」
「私にはこれでも十分貴重なんだけど。スキルを複数持ってるってだけですごいことなんだから」
「でも俺はアーツが使えないからな。持ってるのは全部スキルだし、これが当然だと思ってたからいまいち実感がない」
「なんて贅沢な悩み……まあいいわ。そこまでいうなら遠慮せずにもらうわよ」
「ああ、そのために出したんだ。むしろ貰ってくれないと困る」
とりあえず納得したようでティエラは『秘伝書』を受け取った。シンが促すとその場で『秘伝書』に目を通し始める。
『秘伝書』を読み始めるとティエラの体が淡いライトグリーンの光に包まれ、10秒ほどで消えた。これはスキルを獲得した際のエフェクトだ。どうやら無事スキルの習得が完了したようである。
「どうだ?」
ゲームでは『秘伝書』に文章などなく、使用すると巻物が消滅してスキルが追加されるだけなのでこの世界ではどういうふうに感じるのかシンはとても気になった。
「なんだか不思議な感じね。巻物を開いたら頭の中に【分析】の使い方とか効果なんかが流れ込んできたわ。でも不快感はないわね」
「へぇ、そうなのか」
口では感心しつつ、無事スキルの習得ができたことにシンは安堵していた。これで覚えられなかったら立つ瀬がない。
「あなたの名前は見えるけど、他が全部変な模様で読みとれないわね」
「さすがに名前くらいは見えたか。その変な模様はクエスチョンマークといって自分と相手でレベルやステータスに差がありすぎたときに表示されるんだ。まあ、見れないのは当然だな」
「ええ、本来は名前すら見えないみたいね。スキルレベルとそれに伴う閲覧項目についても知識は得たけど、この表示のされ方を見るとレベルが表示されなくてもあなたがかなりの実力者だって言うことはわかるわ」
「外に出てモンスターが出ても大丈夫っていうのは信じてもらえるか?」
「ここまでされたら信じるしかないわね」
【分析】を伝授したおかげでティエラはなんとかシンの言葉を信じてくれる気になったようだ。 ティエラ自身今まで強力なモンスターに襲われてきたのでどうしても不安があったのだろう。
「一応俺が先に出て周囲を警戒してから声をかける。そしたら出てきてくれ」
「わかったわ」
念のためシンが先に月の祠を出て周囲にモンスターがいないか見まわす。【索敵】も併用して周囲にモンスターがいないことを確かめた。
「いいぞ!」
ティエラは店のドアから顔だけを出して軽く周囲を見ると、意を決して店の外に出てきた。
月の祠には【防壁・Ⅹ】と【障壁・Ⅹ】がはられている。【防壁・Ⅹ】はLv,900~1000(レベルは使用者のステータスに依存)以下のモンスターの侵入を完全にシャットアウトし、攻撃を受けると反撃すらする不可視の壁。そして【障壁・Ⅹ】はLv,230~255(こちらもレベルは使用者のステータスに依存)以下のプレイヤーの侵入をシャットアウトする同じく不可視の壁。どちらも最高レベルなのでたとえ【擦り抜け】スキルをもってしても侵入は不可能だ。
ちなみに【障壁・Ⅹ】は侵入許可の設定を間違えると一般客も入れなくなるので注意が必要だ。シンがいたころの月の祠では武器をもったプレイヤーの侵入禁止や店内でのスキル使用、武器装備の禁止など細かく行っていた。
現在、二つの結界スキルは月の祠を中心に半径20メルほどで展開されている。
「こっちだ」
「え、ええ」
シンが手招きするとティエラはゆっくりと歩いて近づいてきた。シンが立っているのは結界からさらに1メル外側なのでシンのそばにいくと必然的に結界の外に出ることになる。
「…………」
「…………」
シンは周囲を警戒して、ティエラは緊張からしばらく無言だった。
5分ほどそうしていただろうか、依然として周囲に変化はなく温かな風が二人の髪を揺らした。
「何も起こらないな」
「何も起こらないわね」
さらに5分ほどたって、シンは問題なさそうだと判断した。呪いがそのままなら10分に1回はモンスターに襲われるからだ。
「モンスター来ないな」
「そうね」
最初の5分は緊張気味だったティエラも今では周囲を見渡す余裕が出ていた。
「呪い、解けたろ?」
「そう、みたいね」
シンの言葉に、ティエラは空を見上げながら答えた。
ティエラの目にうつる空はどこまでも広く、そして青かった。店の窓から見ていた、切り取られた空ではない。
風を感じ、日の光を感じ、森の香りを感じる。懐かしいという思いがティエラの胸中に広がる。
シンは空を見上げるティエラを見ながら、ほっと胸をなでおろした。これで少なくともティエラがモンスターの影におびえる必要も、周囲に迷惑をかけるのを気にかける必要もなくなった。これからは店の外へ自由に出かけることができるのだ。
「空ってひろいのね」
「ああ」
まるで今思い出したかのように呟くティエラ。
それからしばらくの間、シンはティエラとともに空を眺めていた。
視界の端で空を見上げるティエラの目尻に光るものが見えていたが、シンは何も言わなかった。
「そろそろ戻りましょう」
そうティエラが言って、シンは視線を空からティエラに戻した。
「そうするか」
もともとティエラの呪いが解けたことを確認するために店の外に出ていただけなので特に異論はなく、二人は店の中に戻った。
「それにしても、本当に呪いが解けるなんてね」
カウンターに戻ってからティエラはしみじみと呟いた。理解はしていても、やはり現実感というものはそう簡単に追いついてはくれないのだ。
「一応【浄化】もスキルだからな。どちらかといえばレアな部類だし、会得するのにも苦労したから解けてくれなきゃ困る」
「呪いって【浄化】で解くことができるのね。知ってたとしても解いてもらうのは難しかったと思うわ」
「なんでだ? いくらスキルとはいえ神官なら持っててもおかしくないだろ?」
「そうでもないわ。【浄化】が使えるとなるとほとんどが高位の神官だから簡単に会うことはできないの。私の場合、呪いの性質上出向くわけにはいかないし、来てくださいとも言えないしね」
「ステータス低下とかならまだ何とかなったんだろうけどな」
それはそれでティエラの身が危ないけどなとは口に出さずにおいた。ステータス低下は呪いが掛かった瞬間から全ステータスが1/10になる。雑魚モンスターとの戦闘すら緊張感を強いられるのだ。
「ま、今はこうして解けたわけだし、考えても意味はないけどね」
「そうだな。これからは大手を振って出歩けるだろうしな」
「ええ、黒髪エルフは嫌われてるけど髪全部が黒くなければそこまで毛嫌いはされないしね」
「ん? 全部じゃなければいいのか?」
「そうよ。呪いが掛かってると髪を染めてもすぐ黒くなってしまうから一部でも違う色が混ざってると呪われてないっていうのがわかるのよ」
「そうなのか」
ゲームでは髪を染めるという行為はできなかったので、そういうものなのかとシンは納得した。そもそも呪いにかかったプレイヤーは早々にアイテムを使うなり、神官に頼むなりして解いてもらっていたので単に知らなかっただけかもしれないが。
「そうそう、忘れるところだったけどこれが素材と宝玉の代金ね」
ティエラはそう言ってカウンターの上に代金の入った袋を置いた。金貨と銀貨が合わせて50枚以上入っているのでかなり膨らんでいる
「アイテムボックスに入るか?」
ものはためしとアイテムボックスに入れてみるとジェイル金貨の表示である~Gの上にJ金貨26枚、J銀貨27枚と表示された。どうやら所持している硬貨ごとに分けて表示されるようだ。実に便利である。
「金貨が消えた……便利ね」
私もほしいとティエラがは言うが、こればかりはどうにもならないのでシンとしても苦笑するしかない。アイテムボックス拡張用のアイテムがあれば別なのだが。持ち合わせはなかった。
「とりあえず、今日の宿には困らなくてよさそうだな」
「もしかしてベイルリヒト王国に入る気?」
「ああ、いろいろと調べたいことがあってな。情報収集するのにいい場所とかってあるか?」
「そうね。ちょっとまってて、それならサービスでいいものをあげるわ」
そういうとティエラはカウンターの奥にある部屋に入った。シンの記憶が確かなら休憩用の個室があったはずだ。
ティエラは部屋に入って3分と経たないうちにでてくると、一枚の紙をシンに差し出した。
「これは?」
「月の祠からの紹介状よ。これがあれば面倒な順番待ちをせずに入国できるわ」
どうやら入国には順番待ちをしなければならないらしい。今日中に宿をとりたかったシンとしては大助かりだ。
「助かる。ここまで来て野宿は勘弁してほしいからな。でもいいのか? 今日会ったばかりの奴を紹介なんかして」
さすがに信頼のおける人物でないとまずいのではないかと考えたシンだが、ティエラはとんでもないというふうに首を横に振った。
「解けないと思ってた呪いを解いてくれて、その上実力もある。おまけにお人よし。問題なんかないわ……この程度じゃ恩を返したなんて言えないし」
「お人よしって……後半が聞き取れなかったんだが何て言ったんだ?」
「き、気にしなくていいわ! それより問題ないって言ってるんだから素直にもらっておきなさいよ」
そういってティエラは紹介状をシンに押し付けた。うつむき気味なので顔のほてりは隠せているが、耳が赤くなっているので照れているのがばればれである。
「わかったわかった。じゃあ遠慮なく貰っておくよ」
そしてそれに気付かないシン。他人のことは気付くくせに、自分のこととなると鈍くなるのはむけられる好意自体が少ないせいだと思いたいところだ。
「じゃあ俺はそろそろ行く。またモンスターを狩ったときは買い取ってもらいに来るからよろしく」
「実力があるのはわかったけど、あまり無茶しないでよ。死んじゃったら元も子もないんだから」
「わかってるって、じゃあな」
「またのお越しをお待ちしてます」
店員らしく頭を下げながら見送るティエラに軽く手を振ってシンは月の祠を後にした。
◆◆◆◆
月の祠から出たシンはまっすぐに森を突っ切り、城壁の前に出るとそのまま城壁に沿って歩き始めた。城壁のどの部分に入口があるか分からないので、進む方向は勘だ。城壁は街を囲んでいるのだからいつかは着くだろうという考えで少し速足で歩く。
「にしても、ほんとに丈夫そうな城壁だな」
あらためて城壁を見てシンは思う。【分析】は本来プレイヤーやモンスターの詳細を見るスキルなのであまり詳しいことはわからないが付与されている魔術はどれもスキルレベルがⅤ以上。ティエラの話からスキルはどれも貴重だというのはわかっているので優秀なスキル継承者がいるのだろうと推測した。
15分ほど歩くと城壁の前に行列ができているのが見えた。どうやら城門があるようだ。
近づいてみるとさまざまな格好をした人々がいた。ボロボロの服を着たヒューマンの少年、鎧に身を包んだビーストの女性、小さな竜を連れたドワーフもいる。ローブを着ているのは魔術使いだろうし、大きな馬車に乗っているのは商人か。ゆっくりと進む列を見ながらその多彩さにキョロキョロしてしまうシン。ゲーム中ではどのプレイヤーも小奇麗な格好(あえて変な格好をしている者もいたが)をしていたのでそのギャップにいまさらながら驚いていた。
城門が見える位置まで来ると入り口で衛兵と思われる鎧を着た兵士が身分証のようなものを確認したり、馬車に積んである荷物の簡単な検分をしたりしているのが見えた。ティエラにもらった紹介状があればすぐに入国できるはずなのでシンは列には並ばず、その横をまっすぐ歩いて門に近付いた。
列から離れてまっすぐに近づいていたからか、門まであと20メルほどのところで衛兵がシンに気付いた。列に並ばずにむかってくるシンに訝しげな表情を浮かべている。
門との距離が10メルをきったところで4人いた衛兵の一人がシンに近付いてきた。
「きみ! 街に入りたいならきちんと並んでくれ! 並んでもらえないなら街に入れるわけにはいかないぞ」
そういって列の最後尾を指差す。シンのいる場所からでは列が長すぎて最後尾は見えなかったが。
「ええと、これを見せれば並ばずに街に入れるって言われたんですけど」
アイテムボックスから出した紹介状を衛兵に手渡す。その際アイテムボックスを使ったとわからないように懐から出したように見せかけるのは忘れない。
シンが差し出した紹介状を受け取った衛兵は、やはり訝しげな表情を浮かべながらその内容に目を通し、読み終わるころには手が震えていた。
「月の祠からの……紹介状……」
「はい、店員の方にいただいたんですが」
月の祠の紹介状がどれほどの効力をもっているのかわからないシンは、衛兵がなぜ驚いているのかわからなかった。
この人手が震えてるけど大丈夫か? などと内心衛兵の心配までしていた。
「本物かどうか確認したい。ついてきてもらえるか」
「わかりました」
本物かどうか判断がつかないのか、本物だと信じられないのか、衛兵はすぐさま来た道を戻るとほかの衛兵を集めて何やら話し合いを始めた。
とくにすることもないのでシンは門の前で止められていた大型の馬(普通の馬の1.5倍ほどある)を眺めていた。
シンが馬を眺めながらぼーっとしていると、先ほどシンに話しかけてきた衛兵が戻ってきた。
「お待たせしてすみません。こちらです」
「はぁ、わかりました」
さっきとは打って変わって実に丁寧な対応になった。豹変というほどではないが違和感がぬぐえない。
(あの紹介状って、けっこうすごいのか?)
並んでいる人たちの視線を感じつつ、門をくぐった先は広場になっていた。大型の馬車が行きかい、人々の往来も激しい。広場の端にはさまざまな露店が並び、食べ物、武具、装飾品、怪しげなアイテムを売っているところもある。
「これから冒険者ギルドのほうに案内させていただきます。よろしいですか?」
「へ? あ、はい。お願いします」
シンが立ち止っているとそれを見た門で話しかけてきた衛兵とは別の衛兵が話しかけてきた。どうやら先行していたらシンがついてこないことに気づいて戻って来たようだ。門をくぐったら別れるものだと思っていたシンはつい気の抜けた返事をしてしまう。
「何かご予定が御有りですか? よろしければご案内しますが」
「いえ、予定はないので冒険者ギルドのほうにお願いします。あと敬語はいらないんで」
「しかし、月の祠の紹介状をもつ方に失礼があっては」
「いや問題ないんで、俺も普段通りにするんで」
「……そうですか。わかり――」
「敬語」
「……わかったわかった、やりやすいようにすりゃいいんだろ」
シンとしても紹介状はたまたまもらったようなものなので大きな顔をする気はない。それをわかってくれたのか案内役の衛兵は口調が砕けたものになった。これが素なのだろう。
「わかってもらえてなにより」
「ったく紹介状持ってくる奴はどいつもこいつも。敬語くらいいいじゃねぇか」
「どうにも違和感があるんだよ。こっちとしては。俺はシン。よろしく」
シンももとはただの学生。年上の人間に敬語を使われるのにはまだまだ慣れていないのだ。
「ベイドだ。この街にずっと住んでるんでな。わからないことがあったら聞け」
そう言って笑うベイド。刈り込んだ茶髪と髭のせいで熊が笑っているような印象を受ける。【分析・Ⅹ】によるとベイドのLvは100。騎士団最強が158といっていたがベイドが強いのか弱いのかシンには判断がつかない。
「じゃあ、とりあえず街のことはあとで聞くとして。なんで俺を冒険者ギルドに案内しようとしたんだ?」
たしかに冒険者ギルドには行くつもりだったが、それを衛兵に話した記憶はシンにはない。そこまで考えて情報収集するにはどこがいいかとティエラに聞いたことを思い出す。
「そりゃ紹介状にそうしてやってくれって書いてあったからだ。月の祠からの紹介状にそう書いてあったら誰だってそうしただろうな」
「そうなのか。あ、一応確認なんだけど月の祠の紹介状ってどのくらいすごいんだ?」
「知らねえで見せたのかよ!?」
なぜか驚かれた。
「いや、この国来たの初めてだし。月の祠に行ったのも偶然みたいなものだし」
「偶然行って紹介状もらってくるだと?……お前何もんだよ」
「ただの流れ者」
「信じられるか。まあいい。他の国じゃどうか知らんがこの国じゃその紹介状があれば王に謁見することだってできるくらいすげぇもんだ。紹介状を偽造しようとするやつらまでいるくらいだしな」
どうやらとんでもないものだったようである。
「ティエラよ。サービスでくれるものじゃないだろ……」
そんなすごいものだとは知りもせずにいたことを少し後悔するシン。実のところ、通行証の代わりにでもなるのかと思っていただけだった。ベイドの話が本当なら衛兵が驚くのも当然だ。
「言っとくが、なくすとやべぇからな」
「……さっき衛兵の人に渡したっきりだな」
返してもらっていないことにいまさら気付くシン。あわててUターンしようとするとベイドに止められた。
「大丈夫だ、紹介状なら俺が持ってる。いくら衛兵相手でも普通なら肌身離さずってのが基本だからな。よからぬことを考える馬鹿が出る前に回収済みだ」
「ベイド、グッジョブ!!」
気をきかせてくれたベイドにシンは思わずサムズアップ。シンとしては口調と風貌も相まって粗野なイメージが拭えなかったのだが、口調に似合わずまじめなようである。
受け取った紹介状はアイテムボックスにある『大切なもの』ゾーンに入れておいた。このゾーンは盗難防止機能が付いているので【盗む】や【強奪】といったスキルで奪われる心配もない。
「ああ言い忘れてたが冒険者ギルドに行ったらエルスって受付嬢にその紹介状を見せな」
「エルス?」
「エルフの冒険者なんだがな、ギルドの受付嬢もしてんだよ。紹介状にエルフの使う古代文字が書いてあってな。冒険者ギルドのエルフっつったらエルスだけだ。おそらくエルス宛だろう」
「わかった。ギルドで聞いてみる」
エルフということはティエラの知り合いかもしれないとシンはしっかりと記憶した。
紹介状の件が一段落つくとシンはベイドに街のことについて聞いた。
「そういやこの国に来るのは初めてか。じゃあまずは街の大雑把な区分けからだな。さっきお前が入ってきたのが南門だ。門は東西南北に一つずつあるが出入りに一番使われているのも南門だな」
「なんで南門が一番なんだ?」
「隣接してる区が関係してるんだよ。南門の前には商業区がある。この国は中央に王城があり、その周りを貴族や大商人みたいな裕福な奴らの邸宅街が囲んでる。で、その周りをさらに四つの区が囲んでるってわけだ」
「ふむふむ」
「南は今言った通り商業区。アイテム、食料、雑貨、生活に必要なものはだいたいここでそろう。んで東がギルド区。冒険者ギルドに商人ギルド、鍛冶ギルドってなふうに多くのギルドの本部がここにある。
西は住宅区。街の住人はだいたいここに住んでるな。冒険者や仕入れに来た商人用の宿もここだ。最後に北だが……一応開発区ってことになってる」
北の説明になった途端、ベイドの流暢だった口が勢いを失った。シンはベイドの言いたいことに見当がついたので、あえて先に言うことにした。
「開発とは名ばかりの、スラム街ってとこ?」
「さすがにわかるか。そうだ。開発区と言っちゃあいるが結局は他に行き場のない奴らの吹き溜まりだ。行き着く理由は人それぞれだがな。とにかく治安は最悪だ、用がないなら近づかないに越したことはねえよ」
苦々しい表情でシンに忠告するベイド。
この国に限られたことではないが、大きな国にはそういった『よろしくない場所』というのができやすいものなのである。
シンはベイドから街についての情報を聞きつつ、街の様子を観察した。商業区は様々な人々が行きかっていたがギルド区に来るといかにも冒険者といった風貌の人物が多く、全身鎧を着ている者や大剣を背負っている者などもいた。
なかでも太刀を佩いているドラグニルを見たときなど、シンはつい声を掛けそうになった。ベイドに聞くと大陸の東に位置する島国『ヒノモト』という国の武器らしい。
そうこうしているうちにシンたちは冒険者ギルドに到着した。周囲の建物より明らかに大きい建物には盾を中心に×字に交差した剣と槍が描かれた看板が掲げられている。どうやらこれが冒険者ギルドを表しているらしい。
「俺の役目はここまでだ。あとは自分で頑張りな」
「ああ、案内してくれてありがとな」
軽く手を振って去っていくベイドを見送ってから、シンは冒険者ギルドの看板をくぐった。
冒険者ギルドの扉を開け、中に入る。
ギルド内は入り口のドアを中心に右側が受付、左側が酒場になっているようだった。中央はホールになっており、奥に大量の依頼書が貼られた掲示板がある。
ゲーム時の冒険者ギルドは荒くれ者のNPCがたむろしていることが多かったので、そのイメージをもってギルドに入ったシン。だがホールには塵一つ落ちておらず、怒鳴り声も冒険者からの値踏みの視線もない。
酒場では一仕事終えたと思しき冒険者の集団が乾杯をしていた。酒場は普通のようだ。
それを見たシンも若干の空腹感を感じたが、受付をしてからでもいいかと右にむかって進んだ。
「冒険者ギルドへようこそ、本日はどのようなご用件でしょうか」
シンが近付くと受付にいた女性が声をかけてきた。茶色の髪を肩まで伸ばした美人である。やはりギルドの受付は美人と相場が決まっているらしい。
ちなみに隣の受付にいたのは顔に傷のある身長2メルほどの大男だ。受付に向かう際にシンがさりげなく女性側に遠回りしたのは言うまでもない。
「冒険者登録をしたいんですが」
「登録申請は左手の階段を上がって二つ目の部屋にあります手続きカウンターで行えます。初期登録には費用としてJ銀貨1枚が必要ですがよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
受付の女性に礼を言って階段を上がる。ゲームには手続きなんてなかったなと思いつつ立ち止まらずに二つ目の部屋の扉を開くとなかには机が三つ並び、その内の一つで男性が何やら説明を受けていた。
シンは三つの机のうち進行方向にあった真ん中の机に近付いた。
「ここでは冒険者としての登録を行っています。間違いありませんか?」
「あ、はい、間違いありません」
確認をとる受付嬢に返事を返す。返事がまごついたのはその顔が一階であった受付嬢と瓜二つだったからだ。違いといえば髪をポニーテールにしていることくらいか。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、一階の受付の女性と顔がそっくりだったので」
「あれは私の姉です。双子なのでよく間違われますけど。おっと、それよりも登録ですね。本日担当させていただきますシリカ・リンドットです。よろしくお願い致します」
「シンです。よろしくお願いします」
「まず登録ですが、初期費用としてJ銀貨1枚いただきますがよろしいですか?」
「はい」
アイテムボックスからJ銀貨を1枚取り出す。懐から取り出したので若干不自然かとも思ったシンだが、シリカは特に不信がる様子もなく銀貨を受け取った。
「ではこちらに記入をお願いします」
差し出された書類には名前、種族、主な武器、魔術の使用が可能か否かといった項目が並んでいた。
「ぜんぶ書かなきゃならないんですか?」
「いえ、必須となる項目はお名前と種族だけになります。しかし、ある程度情報をいただいていた方が私どもとしてもサポートしやすくなります。ですので差し支えなければ項目への書き込みをお願いします。これは強制ではありませんので書かなかったからといって他の方より冷遇されることはありません。その点はご安心ください」
「わかりました」
出身を書く欄もあったのでどうしようかと思っていたシンだがとくに問題ないようなので所々飛ばしながら書類に書き込んでいった。種族は念のためヒューマンにしておいた。
武器は刀、魔術は使用可、年齢もあったので実年齢にデスゲーム期間の一年を足して21歳と書いておいた。
今さらではあるが書類は日本語で書かれていた。当たり前のように使っていたがしゃべっている言語も日本語だ。シンとしては意思疎通が容易なので助かっている。ファンタジーでよくあるミミズののたくったような字で書かれていたらどうしようと若干の不安があったのだ。
書き終わった書類を渡すとシリカは内容を軽く流し読みした。不備がないか確かめているのだろう。
「お名前はシン様で間違いありませんか?」
「はい。間違いありません」
「では書類はこれでけっこうです。次にこのカードに血を一滴垂らしていただきます」
そう言ってトランプと同じくらいの大きさの銀色のカードと針を差し出した。
シンは針で指先を刺し血をカードに垂らす。カードは垂らされた血を弾くことはなく、スポンジに水がふれたときのように一瞬で吸収された。
「これで手続きは終了です。カードは加工に1日かかりますので明日以降の受け渡しとなります」
「わかりました」
すぐに渡されるわけではないらしい。
「ギルドの説明に移ってもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「まず冒険者ランクですが、最高のSSを筆頭にS、A、B、C、D、E、F、Gの九つにわかれています。シン様は登録したばかりですのでランクはGになります。依頼を達成するごとにポイントが加算され、それに応じてランクが上昇します。依頼に失敗、もしくは放棄した場合は現在のポイントから依頼分のポイントが引かれ、一定数より少なくなるとランクが下がります。また報酬の2倍の違約金を支払わなければなりませんので注意が必要です。受けられる依頼はその時のランクの2つ上までです。ただし、Cランク以上になりますと1ランク上の依頼までしか受けられません。2人以上のメンバーでパーティーを組むこともできます。その場合はランクが上のメンバーに合わせて依頼を受けられますのでメンバーよっては3つ以上ランクが上の依頼に参加することも可能となります」
「パーティーは最大何人までなんですか?」
気になったので確認する。ゲーム時は六人が最大だった。
「一パーティーの最大人数は六人となります。それ以上の人数で依頼を受ける場合は複数のパーティーを組んでの合同作業という形になります。これはかなり大規模な依頼か、強力なモンスターの討伐依頼などでよく見られます」
パーティーメンバー数は変わっていないらしい。しかし、ボスクラスのモンスター討伐などの例外を除けば同じ依頼(ゲーム時はクエストと呼んでいた)を複数のパーティーで受領することはできなかったのでところどころちがうようだ。
「依頼については雑務、採取、討伐、護衛など様々なものがあります。こちらでも多少のサポートはいたしますがだからといってギルドの仲介なしの依頼でトラブルになったり、実力にそぐわない依頼を受けて重傷を負ったり、死亡したりしても当ギルドは一切関与しませんので依頼を受ける際は注意してください」
「依頼と内容が違ったときはどうなるんですか? 討伐依頼を受けてそこに行ったら依頼より強力なモンスターがいたときとか」
「そういった場合は依頼を放棄していただいて結構です。報告はしていただきますが違約金は発生しません。危険を伴う依頼はギルドでも確認をとっていますが、すべての依頼を網羅できているわけではありませんので用心だけは欠かさないようにしてください」
すべてを完全に管理しきることはできていないらしい。情報網が発達していない以上しょうがないかとシンは思った。
「モンスターを討伐した際に手に入る素材はギルドで買い取らせていただくこともできます。よろしければご利用ください。次に――」
シリカによる説明は20分ほど続いた。すべてを覚えることはできず、わからないことがあったらその都度聞いてくれればよいとのことだった。
「――ギルドについての説明は以上になります。ギルドカードについては受け渡し時にあらためてご説明いたしますので、これで本日の手続きは終了となります。何かご質問はございますか?」
「依頼はすぐに受けられるんですか?」
「依頼の受領はギルドカードが発行されてからになります。ギルドカードは門の通行証としての役割もありますので本日は街で過ごすことをお勧めします」
「わかりました。質問はそれだけです」
「お疲れさまでした。シンさまのご活躍を期待しています」
きれいな礼をしてくるシリカに頭を下げ、シンは手続きカウンターを後にした。
一階に降りるとシンは先ほど案内してくれた受付嬢に声をかけた。
「さっきはどうも」
「手続きは無事終わったようですね。ではあらためまして、ようこそ冒険者ギルドへ。依頼の受領手続きを受け持ちますセリカ・リンドットと申します。これからよろしくお願い致します」
「シンです。こちらこそよろしくお願いします。登録カウンターのシリカさんのお姉さんであってます?」
「シリカが担当でしたか。たしかに私はシリカの姉です。双子ですのであまりそういう意識はありませんけど」
「びっくりしましたよ。瞬間移動でもしたのかと」
「はじめてこられた方の中には不思議な顔をして帰っていく人もいますよ、あちらのかたみたいに」
シンがセリカの視線を追うとその先にはセリカを見つつあれ? と首をかしげながらギルドから出ていく新人冒険者の姿があった。さきほどシンの隣で説明を受けていた人だ。
「ギルド内でもよく間違われるんです。シン様は間違えないでくださいね」
にっこり笑いながら言うセリカからシンは一瞬プレッシャーを感じた。困ったことですと笑っているが実は気にしているのかもしれない。
「が、がんばります……、あ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
シンがセリカに声をかけたのはベイドに言われていたことをすませておこうと思ったからだ。セリカである必要があるわけではないが隣のカウンターにいる男がなぜかシンに流し目をおくってくるのでとてもじゃないが近づけない。というより近づきたくない。理由はわからないがシンの培ってきた直勘が警報を鳴らしていた。
「はい、ご用件をどうぞ」
「ここでエルスっていう冒険者が受付嬢をしてるって聞いたんですけど」
見たところ受付にいるのはセリカと大男の二人だけ。受付『嬢』というくらいだ、まさかあの大男がエルスなどというオチはあるまいとシンは切に願った。
「エルスですか? 申し訳ないのですがエルスは今依頼を受けて街を出ております。トラブルがなければ今日戻る予定ですので明日ギルドカードを受け取る際にもう一度聞いてください。いなかった場合は伝言を承ります」
どうやら間が悪かったようだ。冒険者である以上常にいるというわけにはいかないのだろう。
戻って来るのが今日というだけでも運がいい方だ。
「わかりました、じゃあ明日またきます」
セリカに軽く頭を下げてシンは酒場に移動した。そろそろ腹がなりそうだったのだ。
酒場では先ほどの冒険者の集団以外にも数人の客がいた。平均レベルは90前後といったところだ。
空いている席についてメニューを見る。しかし、日本語で書かれていたにもかかわらずメニューを見ても料理名からどんな料理が出てくるのかよくわからなかったので、とりあえず本日のおすすめセットというのをたのんだ。
「本日のおすすめセットです。シン様」
「あ、は……い……?」
ウェイトレスの言葉に振り向いたシン。何故名前を呼ばれたのかわからなかったが、ウェイトレスの顔を見て納得すると同時に困惑した。
それはさっき別れたはずのセリカだったからだ。
「えっと……、さっきまで受付にいましたよね?」
「はい」
「俺と話してるときそんな恰好じゃなかったですよね?」
「はい、受付ではギルドの制服を着ていましたね」
「着替えたんですか?」
「もちろん」
「早すぎません? てかなぜにウェイトレス?」
「着替えはこれくらい普通です。ウェイトレスをしているのは受付がすいているときはこちらの手伝いをしているからです」
普通じゃないですから……とシンは内心突っ込みを入れていたが声には出さなかった。受付を離れ料理を注文し、セリカが現れるまでわずか3分。無理だろと思わずにはいられない。3分で注文までするシンもシンだが。
そしてセリカの出現でシンは気づいていないが注文した料理はわずか1分少々ででてきている。出てきた料理は厚さ3セメルほどのステーキと生野菜のサラダ、そしてスープだ。とてもそんな短時間で出来る料理ではない。
余談だが、セリカが受付を離れたことで今現在受付にいるのは例の大男のみ。シンはこの時間に受付に来る男性冒険者に南無と念をおくっておいた。
「さ、どうぞ召し上がってください。冷めてしまってはせっかくの料理がかわいそうです」
「はぁ、じゃあいただきます」
そういって食べ始めるシン。セリカはなぜかシンの向かい側の席に座っている。
(なんなんだ、この展開……)
食べづらい、と感じずにはいられない。見つめられながら食事をするというのはどうにも居心地が悪いのだ。
ステーキの肉はとろけるような味わいでかなり美味い。サラダもシャキシャキとした触感が心地いいし、鳥肉を煮込んだと思しきスープもなかなかの出来栄えだ。
しかし、状況が悪い。素直に味わえない。
「他のお客さん放っておいていいんですか? ウェイトレスのセリカさん」
「他のウェイトレスが対応していますから大丈夫です」
本気で居座るつもりのようだ。
「見られてると食べづらいんですけど」
「気にしないでください」
「いや無理でしょ……」
ニコニコ笑顔で対処された。だが気にするなと言われて気にしないなどできるはずもなく、シンの居心地の悪さは変わらない
「はぁ、ほんとになんなんですか。新人に対する嫌がらせですか?」
「実は少々確認しておきたいことがありまして」
「なら最初からそう言ってくださいよ」
「確認する前にシン様がどういう人なのか少し見ておきたかったんです」
試していたと言えるようなことはしていなかった気がする。ただからかわれていたとしか思えないシンである。
「で? 確認したいことっていうのは?」
シンがそういうとセリカは若干声をひそめて返答した。
「はい、シン様がある場所からの紹介状を所持していると連絡があったのでその確認を」
紹介状と聞いてシンが思い浮かべるのは一つしかない。どうやらシンが思っているより大事になっているようだ。
「あれですか。たしかに持ってますけど」
「別室で確認させていただいても?」
「食事の後ならいいですよ。でも部屋に入ったらギルドマスターとご対面とかだったら遠慮したいですけど」
「…………」
シンは冗談のつもりで言ったのだが、予想に反してセリカは黙り込んでしまった。加えて若干視線も泳いでいる。
「……遠慮、したいんですけど」
「……申し訳ありません。連れてくるようにとのことです」
「まじで?」
「まじです」
つい素の口調で確認してしまうシン。なぜ登録初日にギルド最高権力者なんぞに会わねばならんのかとがっくりと肩を落とす。
「……明日じゃ駄目ですか?」
異世界に来た初日に遭遇するイベントじゃないと内心ため息をつきながら、時間をおいてくれるよう聞いてみるが。
「重ねて申し訳ないのですが、もう来ております……」
そう言ってシンの後ろに視線を送るセリカ。
それはつまりシンの後ろにギルドマスターがいるわけで。
(ふ、ふりむきたくねぇええ!!)
背後に誰かいるのはわかっていたシンだが、まさかギルドマスターだとは思わなかった。とはいえ、いつまでも無駄な抵抗をするわけにもいかず、しぶしぶ振り向く。
シンの背後に立っていた人物は予想外の人物だった。
「…………」
「待ちきれなくてね。食事中申し訳ないがこちらから出向かせてもらったよ」
はっはっは、と笑いながら声をかけてきたのは先ほど受付にいた大男だった。
シンに流し目をおくってきた大男だった。
シンの直感が盛大に警報を鳴らしていた大男だった。
つまり大男だった。
「って、あんたかよ!?」
敬語など出るはずがなかった。
「いやあ職員から連絡をきいてどうしても会っておきたくてね」
シンのあんた呼ばわりをまったく気にした様子もなく、ギルドマスターと呼ばれた大男は笑顔で語りかけてきた。
「バルクス様。できればもう少しお待ちいただきたかったのですが」
「そういうな。やはり気になってしまうものなんだよ。シン君だったね。私はバルクスという。すまないが私の部屋に来てもらえないだろうか?」
どうやらバルクスというのがギルドマスターの名前らしい。ギルドマスターといえば老人に近い年齢の人物を思い浮かべていたのでシンは驚いた。見た目でいえば年齢は30代後半から40代前半といったところだ。顔には大きな引っかき傷があり、その体躯と相まってかなりの威圧感がある。だというのにやけに人懐っこい笑顔を浮かべているものだから、その威圧感も半減である。
ただし、本人のレベルは228と今まで見た中では飛びぬけていたが。
「はぁ、かまいませんけど、飯くらいは食べさせてください」
「もちろんだ、いきなり押しかけたのはこちらだからね。では待っているよ」
そう言うとバルクスは奥の部屋へと歩いて行った。
「にしてもギルドマスターってけっこう若いんですね。こういうところの長って老人に近い年齢の人がやってるものだと思ってました。あ、この場合の老人って経験をしっかり積んだ人って意味ですよ?」
シンはゲームや小説のイメージで話していたので話してから悪い意味にとられないよう補足しておいた。
「わかっております。シンさまのおっしゃることもあながち間違いではありませんので。実際、他の都市のギルドマスターのほとんどはお年を召された方ばかりですから。ですがバルクス様は元Sランクの冒険者ですので経験や人脈といったものも他のギルドマスターに劣ることはありません」
「元Sランクですか」
まだこの世界の常識には疎いシンだが、Sランクの冒険者ともなればそうそういるものではないだろうというのは想像できる。レベルから考えて、本人も相当の使い手なのだろう。
そんなことを考えながら食事を終える。
ギルドマスターの登場によって集められた周囲からの視線を感じつつ、セリカの案内で受付奥へと進んだ。
受付奥にはいくつかの部屋があり、シンが案内された部屋は応接室も兼ねているのか机や本棚以外にもテーブルにソファーといった調度品が並んでいた。値段がわかるわけではないが、どれも一級品と感じられるだけの存在感がある。それでいて調和がとれているのはさすがといったところか。
「ようこそ冒険者ギルドへ。さきほどは失礼したね。ギルドマスターをしているバルクス・ハイムだ」
シン達が部屋に入るとバルクスは自己紹介をしながら右手を差し出してきた。
「シンです。よろしくお願いします」
名乗りつつ、シンも右手を差し出す。握った手はかたく、ごつごつしていて、まさしく戦士の手と呼べるだけの力強さを感じた。
「どうぞ」
ソファーに座るよう勧められシンはソファーに腰を下ろす。そこに絶妙のタイミングでお茶を出すのはシンとともに部屋に来ていたセリカだ。
「シン君。早速で悪いが月の祠からの紹介状を見せてもらってもいいかな」
「これです」
アイテムボックスから紹介状を取り出し、バルクスへ渡す。バルクスは紹介状を広げるとそこに別の紙を近づけた。すると、紹介状の中心に書かれていた三日月を模した模様が銀色に光り始めた。
「これは……」
「月の祠の紹介状は少々特殊でね。紹介状同士を近づけると紹介状の魔力が共鳴してこのように紋章が光るのさ。つまり、この紹介状は本物ということだ」
バルクスの話では他にも確認する方法はあるとのこと。どの方法も偽物を作り出すことが現状不可能らしく、すぐにばれてしまうようだ。
「こんな機能があったのか」
意外な機能に驚きながらも、こんな機能があるなら説明してほしかったなあとシンが思うのは仕方がないことだろう。
「聞いていなかったのかい?」
「サービスだって渡されただけなんで」
「サービス……? くれたのはシュニーさんかい? それともティエラ君かな?」
「ティエラですね。シュニーは留守でした」
「ティエラ君か。彼女が説明を忘れるとはよほどのことがあったとしか思えないが、彼女の人を見る目は確かだからね。私もこれまで多くの人を見てきたが、彼女には今一歩及ばない」
うちに欲しいくらいだよ、と笑いながら話すバルクス。
百年続いた呪いが解けるという本人からすればかなりの大事件が起こったのだから、忘れるのも無理からぬことだろう。
人を見る目があるというのはやはり年の功だろうか。
「っ!」
年のことを考えた矢先にシンの背筋にゾクリと怖気が走る。
なぜか炎を背に笑顔で威圧してくるティエラの顔が浮かんだ。
(年のことを考えるのはやめよう、命にかかわる気がする……)
とてもよくない予感がしたので、そこで考えるのをやめた。
「? どうかしたかね」
「いえなにも」
「そうかい? では話を続けよう。つい脱線してしまったからね」
そういって居住まいを正すバルクス。どうやらここからが本題のようだ。
「君は説明を受けていないとのことだから、私からその紹介状の効力について説明しておこう。その紹介状があればほとんどすべての国に審査なしで入国できる。各ギルドでもいろいろと融通してもらうことができるし、情報を提供すれば、それはほぼ確定情報として扱われる。また、ベイルリヒト王国をはじめとした一部の国では王への謁見すら可能だ。ある意味これ以上に身元を保証してくれるものもないだろう」
疑っていたわけではないが、どうやらベイドの言っていたことは本当のようだ。ギルドや情報に関しては聞いていなかったがどれもこれも破格すぎると言っていい。
「それだけの効力をもつ紹介状だ。当然、所有者が判明すれば奪おうと考える者もでてくる」
「それは、たしかに」
危険物の密輸、テロ、暗殺といったことがかなり容易にできるようになる。犯罪者や犯罪組織からすれば喉から手が出るほど欲しいに違いない。
「だからこそ聞かせてほしい。君はそれを守れるだけの力があるのかを。ないのならすぐにでも紹介状を破棄することをすすめるよ」
「…………」
シンは考える。このまま紹介状をもっていることのメリット、そしてデメリットを。
メリットは国の行き来が容易になる。国からの信頼を得やすいといったところ。
デメリットは紹介状の所有がばれると命を狙われる危険があるということ。
少なくともメリットの方は今のシンになくてはならないものではない。ギルドの説明時にギルドカードをもっていれば各国への入国は比較的簡単になると聞いたし、安易に国とかかわりをもつとそれ以上に面倒な事態になるというのがシンの考えだ。
ただ、いざというときに身分をより強く保障できるものがあるのとないのではできることに差が出ると考えられる。
デメリットだがここまで来る時点で衛兵には知られているし、列に並んでいる人にも見られている可能性がある。その上ギルドにも知られている。この世界の機密情報の保護がどの程度かは分からないが、既にばれていてもおかしくはない。むしろばれていると思って行動した方がいいだろう。
(アイテムボックスの『大切なもの』ゾーンに入れて、滅多なことでは出さないようにするってところか)
ティエラの話からアイテムボックスをもっている者はごく限られた者のみというのはわかっている。その中の『大切なもの』ゾーンに入れたものをどうこうすることなど、かつての『六天』メンバーすら不可能なのだ。
渡せと言われても持っていないといえば確かめる術はない。
「守れます」
しばらく考えて、そう結論付けた。
「それが君の決断か」
「はい」
「後悔しないかい?」
「もちろん。これの意味は今知りましたけど、一歩間違えば店の信用をなくすようなものをくれるってことがどれだけのことかくらいはわかります。そんな重要なものを渡してくれたってことはそれだけ俺を信頼してくれたってことでもある。なら、信頼には応えないと」
言って強気に笑ってみせるシン。
そう、結局のところメリットだの、デメリットだのを考える以前に答えなど決まっていたのだ。
人によっては命の危険に対して能天気だと思うかもしれないが、あいにくとシンが命を狙われたことは一度や二度ではない。デスゲームとなったTHE NEW GATEで過ごした一年によって暗殺や奇襲に対しても対処できるだけの経験をシンは得ていた。
得たくなかったのが本音だが。
「ふっ、よく言った。それでこそ紹介状をもつ者だ」
「そんな大層なことでもないんですけどね」
「謙遜はよくないな。間をおいたがほとんど迷ってなどいないだろう」
「なんでわかるんですか」
ギルドマスターにはお見通しだったようだ。侮れない御仁である。
「ふむ、参考までに聞かせてほしいんだが君のレベルはどのくらいなんだい? 自分で言うのもなんだが私もそれなりの数の修羅場を乗り越えてきた身でね。君が相当な実力者だというのはわかるよ」
さすがに元Sランク。スキルなどなくても相手の実力を見抜く力は備わっているようだ。
「……言わないとだめですか?」
「すまないがギルドとしてもある程度冒険者のレベルは把握しておきたいのでね。このくらいの範囲内、というくらいでどの冒険者にも申告してもらっているよ。低レベルの冒険者に危険な依頼を受けさせるわけにもいかないからね」
ただの興味本位というわけではないようだ。
レベルがわかればある程度実力の予想は立てられるので、本人だけでなくギルド全体としても確認しておきたいのだろう。
「わかりました。レベルは150以上です」
「ふむ。シン君、さっきも言ったが謙遜はいけないな」
シンの言ったレベルに眉をひそめるバルクス。さすがに100以上低い数値では嘘とばれてしまったようだ。
「ダメですか?」
「ダメだ、今言ったレベルは君の本来のレベルより数段低いだろう」
No.2が158と聞いていたのですんなりいってほしかったのだが、ごまかせなかったようだ。
「【分析】なしでよくわかりますね」
「だてにギルドマスターとして多くの冒険者を見てきたわけじゃないよ」
「はぁ、仕方ないですね。俺のレベルは200以上です」
それでも本当のレベルは言わないシンである。これならどうよと一気に50ほど上げて申告した。
「ほう」
「すごい……」
あらためてシンが自身のレベルを言うとバルクスは感心したように笑みを浮かべた。壁際に立っていたセリカも驚きのあまり思っていたことが口から出てしまったようだ。
「そんなに驚くことですか?(さばよんでるけど)」
あんたも200越えてるでしょうが、とシンは思ったがバルクスはそう受け取らなかった。
「一応確認しておくが、年齢は21歳ということで間違いないんだね?」
「はい」
「君ほどの若さでレベルが200を超えている者など、そうそういるものじゃないよ。この国のNo.1とだって戦えるんじゃないかな」
150は低すぎたようだが、200は逆に高すぎたようだ。
「No.1の人ってレベルどのくらいなんですか?」
「230だ。この国の第二王女様だよ」
「まじですか……」
王女強っ!! とシンが思ってしまったのはいたしかたないだろう。
(精鋭部隊の隊長より強い王女って……)
予想の斜め上をいく答えに呆れてしまう。国のNo.1というからてっきり王や王子、近衛隊のだれかくらいに思っていたのだが、まさかの王女とは。
「騎士団と差がありすぎません? ティエラに精鋭部隊の隊長がレベル158って聞いたんですけど」
「精鋭部隊の隊長? ああ、騎士団長のことか。彼のレベルは今じゃ188まで上がっているよ。ティエラ君にその話をしたのはだいぶ前だからね、聞くことがなかったんじゃないかな」
「それでも王女様の方が上なんですね」
「第二王女様は武闘派だからね。よく街にも顔を出すから人気もある」
「王族が頻繁に街に来て大丈夫なんですか?」
「そこらのごろつき程度じゃ話にもならないからね」
王国最強はだてではないらしい。聞けばティエラとの話で出たホーンドラゴンを打ち取ったこともあるとか。
「さて、シン君。実は確かめたいことはもう一つあるんだが、いいかな」
「……内容によります」
実にいやな予感しかしないシンである。
「なに簡単なことさ。私と戦ってほしいんだ」
「すみません、帰っていいですか?」
「残念だがそれはできない」
「俺の意思は?」
「申し訳ないが、拒否権はない」
きっぱりと告げるバルクス。シンが思うに実力を見ておきたいのだろう。レベルが高いからといって実力があるとは限らないことを知っているのだ。
「なんとなく予感はしてましたよ」
「すまないね。ギルドとしても私個人としても確かめておきたい、いや確かめなければならないんだ」
いやな予感が的中して顔をしかめるシン。
受付のときから視線が送られていたわけだが、バルクスの視線からは好戦的な意思しか感じなかったのだ。
自分の意思を無視しているのが多少気に食わないシンだが、シンとしてもこの世界のSランク冒険者がどの程度の実力なのか見ておきたいというのもある。バルクスの表情を見る限り、戦いたいというのは本人の意思なのだろうが、それを強制するのはバルクスのというよりギルドの意思なのではないかとシンは思う。
断わるのは簡単だが下手に対立して入国のたびに紹介状を出していては、いらぬトラブルを呼びこむだろう。
「……わかりました。実力を確認しておかないと安心できないってのは理解できますし」
紹介状を所持しているのが公になったとき、実力に関しての情報を公表すれば、馬鹿なことを考える奴も減るだろうしなとも思ったシンだがこれは言わないでおいた。
「どこでやるんですか?」
「ギルドメンバーのみが使用できる訓練場がある。そこでやらせてもらうよ。準備時間は必要かい?」
「いえ、いつでも」
「では早速行くとしようか」
バルクスの案内で通路を進むと先ほどと同じくらいの広さの部屋についた。中には調度品の類は一切なく、中央にサッカーボールほどの大きさの水晶が浮いていた。
シンがゲーム中でよく見かけた転移ポイントによく似ている。
「訓練場は地下にあってね。この転移ポイントから行くことができる」
どうやら転移ポイントそのままだったようだ。使い方もゲーム時と変化なく、水晶に触って念じれば転送してくれるらしい。
転移した先はかなりの広さをもったコロシアムのような場所だった。中の広場で訓練を行い、観客席といえる場所で休憩したり、他の冒険者の訓練を見学したりできるようだ。
「誰もいないですけど、いつもこんな感じなんですか?」
「いや、ここは第二訓練場で今回のような特別な場合に使用する場所なんだ。一般の冒険者は第一訓練場で訓練を行っているよ。もともとここは許可なしでは使えないから部外者が紛れ込むこともない」
「そういうことですか」
周りを気にせずやっていいということらしい。目立ちたくなかったシンとしては大助かりだ。
「では始めようか」
そう言うと同時に、バルクスの全身が青い光に包まれる。僅か一秒ほどで光は消え、そこには青い軽鎧と籠手を装備したバルクスが立っていた。青い軽鎧は動きやすさを重視しているようで普通の軽鎧より装甲が薄いように見える。逆に籠手の方は肘から手、さらに指までを重厚な青い装甲が覆っている。
ゲーム時の仕様として腕に装備するアイテムは見た目が和風なら手甲、洋風なら籠手と表示される。とりわけ大きな違いがあるわけではないが、手甲はAGIに籠手はVITにわずかにボーナスが入る。バルクスが籠手装備なのは薄い装甲を補填するためだろうか。
【分析】によるとバルクスの職業は拳闘士だったので驚きはしなかった。だが鎧や籠手を変身ヒーローのように装備したことにはさすがのシンも驚いた。
THE NEW GATEでは武具を装備すると鎧なら体、手甲なら手などに光の線がそれぞれの武具を形作りその後実体化する。これはアバターの体格を読み取って最適な大きさにするためらしい。なのでバルクスのように少々派手ともいえる変身シーンにはならないのだ。
「…………(あんなアイテムあったか?)」
「どうかしたかね」
「いえ、べつに」
バルクスの装備シーンが普通なのかそうでないのか判断がつかなかったので何も言わないでおく。
シンのほうは特に装備するものはない。モンスター相手にどの程度まで力加減すればいいのかある程度分かっていたので武器はなしだ。
「では、いくぞ!!」
言った瞬間バルクスの姿が霞む。彼我の距離は10メルほどだったが、瞬きのうちに5メルほどを走破。シンに向かって一直線に突き進んでくる。
「装備がいいと早いな」
本来なら転生ボーナスも得ていないヒューマンにこれほどの速度は出せないが身につけている装備がそれを覆していることにシンは気付いていた。
「ふっ!」
「なんのっ!」
風を切る音とともに繰り出された拳を受け流し、バルクスの装備を確認する。
軽鎧は【青水晶の軽鎧】、籠手は【蒼牙の籠手】と予測する。どちらも店で扱ったことがあるので間違いはないだろう。
「いい装備持ってますねっ!」
「苦労してっ! 手にっ! 入れたからねっ!」
顔をしかめながらバルクスの繰り出す攻撃のことごとくを受け流すシン。
【青水晶の軽鎧】はAGIに高い補正をしてくれる希少防具。
そして【蒼牙の籠手】は攻撃力の高さとある能力をもつ特殊武器だ。Lv,600を誇るユニークモンスター:ブルーミッツハウンドという近接戦では少々厄介なモンスターの牙を素材として作られる【蒼牙の籠手】は無手系武芸スキルを攻撃の主軸として使う上級プレイヤーが買い求めることが多かった。
「さすがにそうやすやすと当たってはくれないか」
「大口叩きましたからね。当然です」
攻撃を受け流すばかりのシンを警戒してか、猛攻を止め一旦距離をとるバルクス。苦笑しながらしゃべっているが目はシンを見極めようと鋭いままだ。
バルクスが距離をとっても積極的に攻めないシン。それは【蒼牙の籠手】の能力を警戒しているからだ。
その能力とは【攻撃を籠手で防御した際に防御なしで受けるはずだったダメージの1/10を攻撃した相手に与える】というものだ。効果が発動するのは直接籠手が当たった場合、攻撃が物理攻撃だった場合などの制約があるが実力が拮抗している相手と戦うときはじわじわと効いてくる装備である。
ただステータスの一つであるSTRが攻撃した側のほうが装備者より100以上高かった場合は発動しないという制約があるため今のシンにはただ攻撃力をあげる籠手でしかない。シンが警戒しているのは【蒼牙の籠手】の効果が発動しないことがばれることだ。
(さすがに自分の装備のことくらいは詳しく知ってるだろうしな。ボーナスなしじゃレベルが同じ200台でSTRに100も差がつくことはない。また詮索されるのも面倒だし、どうにか一発で終わらせたいな)
ギルドマスターといえど何でもかんでも話す気はシンにはない。実力者だというのはばれているのでどうにか手を抜きつつ、腕の立つ人物くらいの評価にできないかと猛攻をさばきながら思案していたのだ。
「なにを考えているのかな?」
「あなたが強いのでどう攻めたものかと」
「ふっ、さっきの戦い方から見るに、どうやら私の装備のことも知っているようだね。あまり知っている者はいないのだが」
「さて、なんのことやら」
軽口を交わし合いながらも考えることはやめない。
先ほどの攻防でわかったことはバルクスの戦い方が手数で勝負するタイプだということだ。拳闘士は攻撃できる射程距離こそ短いが、その分攻撃速度に秀でるのでバルクスの戦闘スタイルも当然と言える。問題は【青水晶の軽鎧】による速度増加によってさらに攻撃速度が上がっているため、手を抜きながら倒すのは少々難しいということだ。
(厄介なのは籠手だけ……ちょっと試してみるか)
使えそうなスキルを確認し、構える。
その動きにバルクスが反応するがそれよりも早く、シンは踏み出した。
シンの姿が残像を残してバルクスに迫る。シンのいた場所では踏み砕かれた土片が宙を舞っている。
「しっ!!」
一息で距離を詰め右の拳を繰り出す。フェイントなしの素直な攻撃だが繰り出した速度がバルクスの反応できるぎりぎりの速度だったため、反射的に籠手による防御態勢をとってしまう。
(かかった!)
確信とともにシンが仕掛ける。
防御態勢になったバルクスにむけられた拳を籠手に当たる寸前で停止させ、左足での足払いに切り替える。
「ぐっ!」
とっさに左に飛んでダメージを軽減させようとするバルクスだが、意識が拳に向けられていたせいで反応が遅れる。
高速で繰り出された足払いによってバルクスの体が宙に浮く。
【蒼牙の籠手】は攻撃が籠手に当たらなければ効果は出ないので、それ以外に攻撃を当てればダメージを返される心配はない。
シンは無防備となったバルクスの籠手をつかみ、間髪いれずに無手系武芸スキル【柳投げ】を発動する。
【柳投げ】はモンスター捕獲用の極低ダメージの技なのでバルクスに致命傷を負わせる心配がない。それもあってためらうことなくスキルを使用する。
【柳投げ】によってシンに掴まれたバルクスの体が空中できれいな円を描き、受け身をとらせる間もなく地面に激突。とどめに関節を決め、動けないようにする。
「ふう。とりあえずこんなもんでどうです?」
バルクスが動けないことを確認してからシンが問う。同じステータスならここまであっさりと勝負はつかなかっただろう。
「まさか、こうも簡単に抑え込まれるとは。不思議とダメージが少ないんだが最後の技はスキルかい?」
「そこは黙秘で。手の内を明かしすぎるのも考えものですんで」
「ははっ、それもそうだ。私の負けだよ。君の実力は見せてもらった。これなら心配なさそうだ」
抑え込まれた状態から解放され、立ち上がったバルクスはシンに右手を差し出してきた。
「?」
「さきほどはギルドマスターとしての握手。そしてこれは月の祠に認められた者同士としての握手だ」
「そういうことですか」
頷いて握り返すシン。同じ手のはずだが何かが違うような気がした。
「何かあれば言ってくれ、ギルドとしても私個人としてもできる範囲で協力しよう」
「いいんですか? 個人を贔屓なんかして」
「問題ない。ギルドとしてはランクG冒険者、個人としては友人に手を貸すくらいの協力さ」
ギルドでは一冒険者として、個人ではギルドではなくバルクス個人として力を貸してくれるようだ。組織に属する以上、過剰な助力はできないと言外に伝えてくる。ギルドの長ともなればそれは当然なので十分だと返しておく。
ギルドに戻ると転移ポイントがある部屋にセリカが待機しており、二人にお疲れ様ですと言ってポーションを差し出してくれた。
無傷だったので遠慮しようとしたシンだが、持っていて損はないとバルクスにも進められたのでもらっておくことにした。
「君の冒険者としての活躍を期待しているよ。ではまた会おう」
バルクスと別れ、セリカとともにギルドのホールに戻るため通路を歩く。
「バルクスさまとの勝負はいかがでしたか?」
「やりにくかったですよ。二度目がないことを祈ります、切実に」
無言で歩くのもどうかと思ったので、セリカはバルクスとの勝負を話題に出す。戦っていた時間が思ったより短かったので少々気になっていたのだ。
帰ってきたのはいかにも疲れた、と感じさせるセリフだけだったが。
「そうそうあることではありませんから、大丈夫だと思いますが」
「なんかトレーニングだって組み手とかに誘われそうな気がするんですよ……」
例え訓練でもギルドマスターと戦う事態になど、もうなってほしくないとため息をつくシン。隣を歩くセリカからは、その姿はとてもレベルが200を超えた(実際は上限の255だが)兵には見えない。
高レベルの冒険者は一般人とは違う威圧的な雰囲気を纏っていることが多い。仕事柄そういった人物に会う機会の多いセリカでも無意識に体が緊張してしまうことは少なくない。だというのに若干肩を落としながらため息をつくシンからはそれをまったく感じない。むしろ不思議な安心感のようなものをセリカは感じていた。
(不思議な人……)
そんなことをセリカが思っているうちに二人はホールに到着した。
「本日はお疲れ様でした。ギルドカードの方は明日以降でしたら受け取りはいつでもかまいませんので、ゆっくりお休みになってからいらしてください」
「そうします。あ、もしよかったらお勧めの宿とか教えてもらえません? 今日来たばかりでよくわからないんです」
ダメもとで聞いてみるシン。宿の良し悪しなどわからないので恥を忍んで頭を下げる。初日から質の悪い宿になど泊まりたくないのだ。
「でしたら住宅区にある宿屋穴熊亭がよろしいかと。食事もおいしいのできっと気に入っていただけると思います。ギルドの前の通りを右手側に道沿いにまっすぐ進めば、熊の手が描かれた看板が見えますのでそれを目印にしてください」
「わかりました。穴熊亭ですね。ありがとうございます」
穴熊という単語に一抹の不安を抱いたシンだが、セリカが紹介してくれるのだから大丈夫だろうと納得することにした。
セリカにお礼を言ってギルドを出る。
熊が出ませんように、などとのんきなことを考えながら宿屋に向けてシンは歩き出した。

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