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新しい年が明けた。今年こそは穏やかな1年であってほしいと願うが、世界を見渡せば、胸ふさぐ風景が広がるばかりだ。 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)などによるテロが深刻さを増し、暴力の連鎖の中で多くの命が奪われ続けている。昨年は日本人も犠牲になり、テロがもはや対岸の火事ではなくなった現実を思い知らされた。 シリアの内戦などを逃れて難民が押し寄せる欧州では、排外主義を唱える極右勢力が台頭し、不穏な空気が広がる。この亀裂と混迷の時代に、私たちはどう向き合っていけばいいのだろうか。
犠牲への不均衡な目
130人の死者が出た昨年11月のパリ同時多発テロの後、一人の女性によって書き込まれたツイッターの日本語訳がネット上で静かな広がりを見せた。 「敬愛するパリよ、貴女(あなた)が目にした犯罪を悲しく思います。でもこのようなことは、私たちのアラブ諸国では毎日起こっていることなのです。全世界が貴女の味方になってくれるのを、ただ羨(うらや)ましく思います」 書き込んだのは、シリア出身でUAE(アラブ首長国連邦)在住のアナウンサー、シャハド・バッラードさん。世界の目がパリの悲劇に集中する一方で、シリアなどアラブ世界の犠牲者に及ばない現実へのささやかな抗議だった。 振り返れば、パリの同時テロの前日にはレバノンのベイルート郊外でISによるテロが発生し、43人が死亡。さらにパリ同時テロへの報復として始まったフランス軍の空爆では、シリア北部のラッカの病院や学校が誤爆され、2週間で70人を超える死者が出たとの報道もあった。だが、こうしたアラブ側の現実は、日本でも関心の外に置かれがちだ。 かつて文学研究者のエドワード・サイードは、中東などに向けられてきた西洋のオリエンタリズム(東洋趣味)のまなざしに、植民地支配と結びついた意識構造を読み取った。その意識は過去のものだろうか。テロをめぐる暴力の実相に目を凝らし、もっと想像力を働かせる必要がある。メディアもまた役割が問われている。 ISの源流を探れば、2003年に米国主導で始まったイラク戦争に行き着くとの指摘は多い。フセイン政権崩壊を経て、米軍が撤退する11年までに戦闘やテロで犠牲になった住民は10万人を超えるとされる。この間、誤爆などで高まった反米感情が過激思想につながり、宗派や民族の対立、さらにシリア内戦にも乗じてISが登場した。そして今、米国中心の有志国連合やロシアによるIS相手の空爆の下で住民が傷つき、新たな憎しみを生んでいる。
終わりのない「戦争」
この負の連鎖をどうすれば断ち切れるのか。 同時テロの後、パリ政治学院のフレデリック・グロ教授は共同通信のインタビューに答えて、対テロ戦争の特色を「拡散する戦争」と指摘した。世界中に脅威が遍在し、誰でも、どこでも、いつでも巻き込まれ得る戦争という意味だ。明確に勝者と敗者に分かれ、この日付で終わったと言うことが不可能な点も従来の戦争とは異なるという。そんなテロを軍事力だけで根絶できるとは思えない。 パリ同時テロの実行犯の多くは、中東や北アフリカから渡った移民の2世で、ベルギーやフランスのイスラム教徒の多い貧困地区で育った若者だった。失業や犯罪などさまざまな問題を抱えた環境だったという。 若者が過激思想に取り込まれていく貧困や差別の土壌を一歩ずつでも変えていかなければ、テロはなくせない。国際社会に求められているのは、そのための結束力であるはずだ。 テロへの対処の仕方は、日本が今後、世界の中でどういう位置を占めていくかにも関わる。
平和国家の役割重い
昨年の安全保障関連法成立で自衛隊と米軍の一体化が進み、平和国家の在り方が問われている。「テロとの戦い」の後方支援などに加わることになれば、中東での平和国家としての信頼が傷つき、人道支援に努めてきたNGOがテロの標的にされたり、活動を阻害される恐れも出て来よう。 菅義偉官房長官は、米軍への後方支援を「考えていない」とし、難民への食料支援など非軍事面の国際貢献に徹するとしている。その方針を堅持すべきだ。同時に中東地域などの貧困と差別の解消に向け、国際社会とともに積極的に動きたい。そうした在り方こそ、平和憲法を持つ国にふさわしい。 そのためにも「難民鎖国」と呼ばれる閉鎖的な受け入れ状況を改めるとともに、国連人権差別撤廃委員会から再三勧告を受けている包括的な人種差別禁止法の制定も急ぐ必要がある。人権無視のヘイトスピーチ(憎悪表現)を許していては、差別解消を訴えていく資格はなかろう。 今夏には、憲法改正の攻防となる参院選がある。テロの暗雲が垂れ込める時代にどう向き合い、戦後70年続いた「平和」をどう未来へつなぐのか。私たちの選択があらためて問われる年になる。
[京都新聞 2016年01月01日掲載] |