私はこの作品にとって、あまり"良き読者"にはなれません。
そもそも、私は普段、ほとんどフィクションの小説というものを読まないし、正直言って、そういうものの読み方もよく分からないし、どう向き合ったらいいのかもよくわかりません。
だからどうしてこの本を買ったのかって、そこには純粋に小説を読みたいっていう想いなんてからきしなくて、ただいちジャニオタとして、最近気になるアイドルグループNEWSの、最近気になるアイドル加藤シゲアキさんが書いた小説なのだから、ひとつの研究資料として読んでおきたかったというだけなのです。
どうして加藤シゲアキさんが気になったのかって、映画クラスタとしてはおなじみライムスターの宇田丸さんに「ボンクラ」認定を受けているほど加藤さん自身が映画オタクということとか、音楽クラスタとしては自身のラジオでさらっとジョルジオ・モロダーの新譜を紹介してくれたりする彼のセンスとか、そういうちょっとだけステージの「こっち側」の彼が何を考えて何を書くのかただ興味があったのです。
もっと正確に言うと、彼は本当は「まなざす側」の人なのにたまたま「まなざされる側」に行ってしまった人なのか、それとも「まなざされる側」の人がたまたま「まなざす」能力が高かっただけなのか、それが知りたかったのです。
だから、私はこの小説を「偶然手にした若手作家の作品」というふりをして読むことはできません。その方が作品に対しては誠実なのかもしれませんが、最初から、小説が読みたいんじゃなくて、加藤シゲアキその人を読み解きたかっただけなんですから。
こんな言い方は傲慢だし、もちろんフィクションに対して、作品内の出来事や論理感やセリフなどが、そのまま作者の主張であるというような見方はナンセンスだと思っています。
でも、ディティールからすくい取れる人間性のようなものが少しはある気がしていて。
実際、私はこの短編集を読んでいて、作者の内臓に直接ふれているような、そんな錯覚に陥りました。それは映画や音楽では感じたことのない感覚でした。私があまり小説というものに慣れていないせいかもしれませんが、他者の感覚にフィジカルに同化していくようなところがあって、そしてそれはとても…
気持ちが悪い体験でした。
見てはいけないものを見てしまったようなバツの悪さ。どうしてそんな気分になったのか。
アイドルは世間の欲望を映す鏡なんて言われたりします。アイドルをテーマにした小説を書いた朝井リョウさんは最近、アイドルは「地球外生命体みたい」と加藤シゲアキさんとの対談のなかで語っていたらしい*1のですが、アイドルに、自分たちと同じ赤い血が流れている、人格のある一個人であってほしくないという非情な欲望が自分にもあったんでしょうか。
結局私も彼に、彼らに透明な存在であってほしい、自分の欲望の鏡であってほしかったんでしょうか。
だから加藤さんに内臓があると知ってショックだったんでしょうか。
いや、そりゃ確かに加藤さんの書いたセックス描写とか何となく居心地が悪くてそんなに読みたくはなかったけど、それはどっちかといえば自分の親しい人の性生活を想像したくないことに近くて、ジャニーズのアイドルって宇宙人であることと親戚のお兄さんであることを一挙に担ってる気がするので、たぶんファンが(というか私が)彼らに求めているのは自分たちと同じ赤い血が流れていて内臓があって人格と意思がある宇宙人であってくれることです。(めんどうくさいですね)
じゃあなにが気持ち悪かったんだろって話なんですけど、多分それは加藤さんに内臓があったからではなくて加藤さんが宇宙人じゃなくて「男」だったからです。
『傘を持たない蟻たちは』の中に出てくる女性のキャラクターって、透明です。
物理的に透明の人も出てくるけれど、男から仕掛けられたセックスを拒絶する女が1人も出てこないし、
半ばレイプされたって、しおらしく「好き」っていう。
"女性らしくない"アメフト趣味を持っている女は、結局男の趣味に合わせただけで。
流行りの恋愛工学の信者みたいな男は食った女に実は食われる"被害者"で、
女は性的な興奮により「子宮の奥がうんうんと唸り」(原文ママ)生理が始まったりする。
幼馴染が同性愛者と知ったことから同性愛嫌悪を克服しようとする男の子が、少女漫画の綺麗な男同士のキスシーンを見て「(実際の同性愛者は)もっと生々しくて(中略)苦しくて、そんな人たちを美化して誰かが面白がるなんて、最低だ」と吐き捨てる。
だから、これは私のただの杞憂であってほしいんですが、
私たちは加藤さんを宇宙人として、まるで見当違いな期待を持ってまなざすけれど、私たちにそうやってまなざされることにきっと加藤さんは吐き気がしているんだし、そんな加藤さんもまた私たちを…女というものを…宇宙人として、まるで見当違いな了見でまなざしている。
その地獄のような断絶に、吐き気がしたんだと思います。
ところで、朝井さんのアイドルって地球外生命体みたい、という例えに、私はちょっとイガヌの雨のイガヌことを思い出してドキッとしたのですが、みなさん、どう思いますでしょうか。