2015-12-31 16:10:19
クサい話
テーマ:ブログ
お久しぶりです。菅田将暉です。
更新が滞ってしまい申し訳ありません。
今現在発信の場をツイッターにしています。
役者業をやっていく中で今の自分に何が合っているかを事務所の方と話し合った結果、本年度末(2016年3月)にこのブログを閉鎖する事にしました。今、書いているのがここでの最後の更新になります。
デビュー当時より続けてきた事なので色々な想いがありますがポジティブに次のステージへの足掛かりだと理解してもらえるとありがたいです。
このブログのタイトル「将来暉暉」の話をします。
まず読み方は、”しょうらいきき”です。
”暉暉”とは、”輝輝”と変換するとわかりやすいかもしれませんが、”照り輝くさま”です。
同じ漢字を重ねる事で、語調を整え、よりその言葉の意味を強めた表現です。
当時のマネージャーさんが、”将来キラキラと輝いて欲しい”と言う意味を込めてつけて下さったタイトルです。
当時16歳でして、今22歳。マル六年くらいでしょうか経ちまして、この世界には様々な”輝き”と”輝き方”がある事を知りました。千差万別十人十色。一人一人が違います。それはアーティストだけではありません。監督や技師さん方、動物とかもですね。というか無機物も含みますね。そしてその一人一人の中にも沢山の輝きや輝き方があります。この無制限に広がる可能性に満ち溢れた理屈では処理出来ない気の遠くなるような世界が僕は好きです。
ま、今のくだりに大して意味はないんですが。ようするに、すっごく楽しいです。という報告です。
2015年は、16歳の自分を思い出す事が多かった気がします。そして、マネージャーさん(chord name M)とハイタッチめっちゃしました。完全に今思いついたけど今後僕のマネージャーさんが出てくる度にMと表記していーこおっと。えー話が逸れましたが、親と会話した年でもありました。でっかい円が繋がった年でした。自分を知って下さる人が格段に増えた年でした。嬉しい限りです。これからも頑張ります。感謝です。社会人一年目の歳としてひた向きに勤めて行こう!と2015年22歳が始まったと思えば総理大臣役で息子(遠藤憲一さん)をしばいてたり、さだまさしさんの関白宣言を自分のイベントで弾き語りしてたら、さだまさしさんを演じさせて頂く事になったり(これはホンマに偶然)、明石家さんまさんとのご縁も鳥肌モノです。後にも先にもあんなに演じるのが恐ろしい事はないんちゃうかな。そして初めての洋服作りの相手が明石家さんまさん。バージンは裾が短いというオチで終わったので、いつかまたリベンジせねば。お芝居、音楽、洋服。それぞれのアイコンを大切に今後もやっていきたいです。
広告のお仕事も2015年からの挑戦でした。今までやってきた菅田将暉を見て起用していただいた訳ですが、今までやってきた菅田将暉では通用しない。これは新しい経験でした。というか、新しい領域ですね。あの貴重な時間の中で自分に何ができるのか。これからも自問自答の繰り返しです。2016年の目標でもありますが、きちんと表舞台で”魅せる立ち方”を貪欲に会得していく。ネクストステージって感じがしてワクワクしますね。ま、ネクストステージとか言ってゲーム的な表現や横文字は「また最近の若いもんわ」って言われそうだな、とか思ってたら、今おじさんと目が合ってちょっとテンパった。←今ここ
こないだ事務所の忘年会でちびっ子におじさんおじさん言われたんで必死に文面で若年層アピールをしてみましたが、余談はさておき、2015年を経て感じた事は、自分はやっぱりモノ創りが好きなんだなと言う事です。これからも様々な人と感性びんびんで面白い日々になって生ければなと思います。
そしてここまで、拙い文章をよんで下さったあなたに感謝しています。今やネットでの発信はメディアを通して自分の知らない所へ光の速さで飛んでいきます。非常に幸せな事です。幸せな事なんですが、そもそもは僕、菅田将暉を応援して下さる人へ向けての場所です。それだけは忘れないで欲しいです。今後はツイッターや雑誌などで発信していきます。
残念なのは、今年は親友のりょーちゃんが海外にいるので、年末に二人でデッカいパフェを食べて糖質の餌食になるという謎の行事が、できない事くらいです。
2015年大変お世話になりました。
ありがとうございました。
2016年も菅田将暉を宜しくお願い致します。
良いお年を。
菅田将暉
更新が滞ってしまい申し訳ありません。
今現在発信の場をツイッターにしています。
役者業をやっていく中で今の自分に何が合っているかを事務所の方と話し合った結果、本年度末(2016年3月)にこのブログを閉鎖する事にしました。今、書いているのがここでの最後の更新になります。
デビュー当時より続けてきた事なので色々な想いがありますがポジティブに次のステージへの足掛かりだと理解してもらえるとありがたいです。
このブログのタイトル「将来暉暉」の話をします。
まず読み方は、”しょうらいきき”です。
”暉暉”とは、”輝輝”と変換するとわかりやすいかもしれませんが、”照り輝くさま”です。
同じ漢字を重ねる事で、語調を整え、よりその言葉の意味を強めた表現です。
当時のマネージャーさんが、”将来キラキラと輝いて欲しい”と言う意味を込めてつけて下さったタイトルです。
当時16歳でして、今22歳。マル六年くらいでしょうか経ちまして、この世界には様々な”輝き”と”輝き方”がある事を知りました。千差万別十人十色。一人一人が違います。それはアーティストだけではありません。監督や技師さん方、動物とかもですね。というか無機物も含みますね。そしてその一人一人の中にも沢山の輝きや輝き方があります。この無制限に広がる可能性に満ち溢れた理屈では処理出来ない気の遠くなるような世界が僕は好きです。
ま、今のくだりに大して意味はないんですが。ようするに、すっごく楽しいです。という報告です。
2015年は、16歳の自分を思い出す事が多かった気がします。そして、マネージャーさん(chord name M)とハイタッチめっちゃしました。完全に今思いついたけど今後僕のマネージャーさんが出てくる度にMと表記していーこおっと。えー話が逸れましたが、親と会話した年でもありました。でっかい円が繋がった年でした。自分を知って下さる人が格段に増えた年でした。嬉しい限りです。これからも頑張ります。感謝です。社会人一年目の歳としてひた向きに勤めて行こう!と2015年22歳が始まったと思えば総理大臣役で息子(遠藤憲一さん)をしばいてたり、さだまさしさんの関白宣言を自分のイベントで弾き語りしてたら、さだまさしさんを演じさせて頂く事になったり(これはホンマに偶然)、明石家さんまさんとのご縁も鳥肌モノです。後にも先にもあんなに演じるのが恐ろしい事はないんちゃうかな。そして初めての洋服作りの相手が明石家さんまさん。バージンは裾が短いというオチで終わったので、いつかまたリベンジせねば。お芝居、音楽、洋服。それぞれのアイコンを大切に今後もやっていきたいです。
広告のお仕事も2015年からの挑戦でした。今までやってきた菅田将暉を見て起用していただいた訳ですが、今までやってきた菅田将暉では通用しない。これは新しい経験でした。というか、新しい領域ですね。あの貴重な時間の中で自分に何ができるのか。これからも自問自答の繰り返しです。2016年の目標でもありますが、きちんと表舞台で”魅せる立ち方”を貪欲に会得していく。ネクストステージって感じがしてワクワクしますね。ま、ネクストステージとか言ってゲーム的な表現や横文字は「また最近の若いもんわ」って言われそうだな、とか思ってたら、今おじさんと目が合ってちょっとテンパった。←今ここ
こないだ事務所の忘年会でちびっ子におじさんおじさん言われたんで必死に文面で若年層アピールをしてみましたが、余談はさておき、2015年を経て感じた事は、自分はやっぱりモノ創りが好きなんだなと言う事です。これからも様々な人と感性びんびんで面白い日々になって生ければなと思います。
そしてここまで、拙い文章をよんで下さったあなたに感謝しています。今やネットでの発信はメディアを通して自分の知らない所へ光の速さで飛んでいきます。非常に幸せな事です。幸せな事なんですが、そもそもは僕、菅田将暉を応援して下さる人へ向けての場所です。それだけは忘れないで欲しいです。今後はツイッターや雑誌などで発信していきます。
残念なのは、今年は親友のりょーちゃんが海外にいるので、年末に二人でデッカいパフェを食べて糖質の餌食になるという謎の行事が、できない事くらいです。
2015年大変お世話になりました。
ありがとうございました。
2016年も菅田将暉を宜しくお願い致します。
良いお年を。
菅田将暉
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