今月18日、日本生産性本部が「日本の生産性の動向」2015年版を発表しました。
これに関連して、日本の労働生産性が経済協力開発機構(OECD)加盟34か国中21位と低迷し続ける状況について、日本生産性本部の茂木会長が、
「日本は勤勉な国で、生産性が高いはずと考えられるが、残念な結果だ」(『労働生産性、先進7カ国で最低 茂木友三郎生産性本部会長「勤勉な日本が…残念な結果」』、産経ニュース、2015/12/18)とコメントしたことをきっかけに、「勤勉で真面目過ぎるからこそ生産性が低い」「いや、本当は勤勉でも何でもない」等々、多くの方が様々な意見を述べておられます。
茂木会長の「勤勉」発言に引きずられたのか、日本人が勤勉かどうかや、日本人の働き方にフォーカスした議論が多く見受けられるのですが、そうした議論の多くは、実は問題の本質をきちんと捉えてはいないのです。
■ギリシャが日本より労働生産性が高い最大の理由
「何故、国が破たん寸前のギリシャの方が日本より労働生産性が高いのか?」
労働生産性の国際順位のリストを見て、この点について直感的に疑問に思う人は少なくないでしょう。
レポートにも触れられているのですが、ギリシャのような国では、不況のため雇用調整が進んだことで、生産性の低い産業では雇用を十分に保てていない状況があるのだと考えられます。
図のモデルケースで考えてみましょう。
G国、J国はいずれも仮想の国。労働人口に対する生産性の高低による労働力の分布はどちらも同じですが、G国の失業率は22%、J国は4%です。
労働者全体の生産性は、失業率の高いG国の方が高く、生産性の低い産業の労働者が多く含まれる分、J国では低くなります。
ギリシャと日本を比べて、潜在的な生産性がどの程度違うのかは分かりませんが、日本の方がよほど効率的でない限り、労働生産性で見劣りしてしまうのは、きわめて当たり前のことなのです。
■労働生産性とは
そもそも、労働生産性の一般的な定義は、「付加価値額を労働投入量(労働者数または労働時間数)で割った額」です。例えば、財務省の法人企業統計では、付加価値額は人件費、支払利息等、賃借料、租税公課、営業純益の合計とされています。
上述の国際比較の場合は、「購買力で調整後のGDPを、就業者数で割った額」を労働生産性として用いています。(レポートP34)
労働生産性 = GDP ÷ 就業者数
ですので、当然、GDPが増えずに就業者が増えれば労働生産性は低下します。逆に、就業者の増加なくGDPを増やすことができれば、労働生産性は上昇します。
労働生産性が低い原因を働き方に求めるのは、一人一人が働き方を変えればGDPが上昇すると言っているに等しいわけです。
もちろん、働き方の問題も大いにあるわけですが、そこに重点を置きすぎて問題を矮小化してしまってはいけません。
■労働生産性は産業間で大きく異なる
次の図は、財務省の法人企業統計(H25)から、主な産業ごとの労働生産性を抜粋したものです。茶系色が製造業、青系色が非製造業、黄色はサービス業の内訳の一部です。(法人のみを対象としており、また、計算方法が異なるため、上述のGDPベースの労働生産性とは一致しません。)
この図からは、
・ 製造業 > 非製造業
・ 製造業の中では、繊維、食料品等が低い。
・ 非製造業の中では、農林水産業、小売業、サービス業等が低い。
・ サービス業の中では、飲食、医療・福祉等が低い。
といった傾向が、はっきりと読み取れます。(農林水産業や一部サービス業等、個人経営の割合が多い産業では、産業全体の労働生産性はさらに低くなる可能性があります。)
労働生産性の高い産業と低い産業とで、どちらの労働者の方が勤勉だとか、働き方が効率的だとか、そうした違いは本来それほど大きくありません。それにもかかわらず、労働生産性には大きな差が生まれているのです。
労働生産性の低い産業に共通するのは、人件費の安さと利益率の低さです。ですが、どちらも、上げろと言われて簡単に上げられるものではないでしょう。
先日も、最低賃金時給1500円を訴えたデモがニュースになっていましたが、人件費と固定費に利益を足して(=付加価値額)も従業員一人当たり年間320万円程度にしかならない現状の飲食業に、時給1500円を求めるというのは、無理ゲーとしか思えません。(参考記事「最低賃金1500円を要求する人たちが勘違いしていること。(中嶋よしふみ)」)
「日本の労働生産性が低い」という問題は、労働者の勤勉さや仕事のやり方、利益の配分等ではなく、日本経済や産業構造全体の非効率性の問題だと考えるべきなのです。
■問題が山積み
日本経済の効率化を妨げる要因は多々あります。
・ 年々肥大化する高齢不労層
・ 補助金で生き長らえる非効率セクター
・ 流動性がなく、ブラックでも辞め難い雇用制度
・ 非効率な流通システム
・ 効率的に使われない過剰な手元資金
・ 行き過ぎた価格競争
・ 消費者のデフレマインド
・ 業者を搾りに搾る「お客様は神様」マインド
・ チャレンジを嫌う安定志向マインド
・ 「借金は悪」「金儲けは悪」という民間信仰
・ 収入増に貢献しない高等教育
・ 同調を好む「空気読め」マインド
・ etc.
と、少し考えただけで、いくつも出てきます。
日本人のマインドや人口動態の問題については、一朝一夕でどうにかできるものではないかもしれませんが、雇用制度や所得の再分配のように、政治で解決できるはずの問題も少なくはないはずです。
経済全体の効率化により、労働生産性向上、即ちGDP上昇がもたらされるという関係を、いま一度よく考えてみる必要があるのではないでしょうか。
以下の記事もぜひ参考にしてください。
■軽減税率で一番損なのは誰か、分かりやすく解説してみました。 本田康博
http://sharescafe.net/47171441-20151211.html
■【日米比較】お金持ちは本当にケチなのか? 本田康博
http://sharescafe.net/47093094-20151204.html
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。 本田康博
http://sharescafe.net/46947203-20151119.html
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。 本田康博
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。 本田康博
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html
本田康博 証券アナリスト・馬主
この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2015年12月29日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。