自分の性格
私の性格は、飽きっぽい性格である。
なぜ、こんなに飽きっぽいのだろう、と自分でも嫌になることがある。
高校を卒業し、就職した会社も3年で辞めてしまう。
それからは、自分のことを理解していたため、契約期間がある派遣の仕事をしていた。
人が好きなためか、やはり人と深く関わることができる正社員の仕事に戻った。
しかし、その頃付き合っていた彼との子どもを身籠ったことが発覚し、結婚に至る。
飽きっぽいのは仕事だけではない。
当然、彼は私のことを愛していたため、妊娠発覚後、彼は私に結婚を申し込んできてくれた。
だが、彼への愛情なんてとっくに冷めていたのである。
彼への“情”と彼の“地位”と彼とのセックスの相性だけで付き合っていたのだ。
自分の将来像を考えるとき、まずは自分の性格がどんな性格であるかを認識することが大切である。
例えば、私の性格は、ある程度の自由を求め、飽きっぽい性格、そして、寂しがり屋、という非常に厄介な性格である。
なので、仕事については、正社員ではない、経営者や雇用期間契約のある仕事が向いているといえる。
正社員であっても、部署異動やキャリアアップができるような、ある程度の規模の大きさを持つ会社に勤める。
もしくは、副業で遣り甲斐を見出すか趣味での刺激を求める…等々。
私的な生活については、ある程度の自由を求めるため、亭主関白な人を夫にすることは避けるべきである。
余談になるかもしれないが、彼の父親が亭主関白な場合、その彼も亭主関白になる可能性が高い。
亭主関白な夫は自分には向けていないと感じる女性は、結婚前には、この辺りのチェックを見逃してはならないであろう。
あなたの望みは何ですか~What you want?~
あなたの望みは何ですか。
私の望みは何だろうか。
自分の望みを考えるとき、希望職種や希望業種などのように小さい枠組みで考えず、もう少し大きな枠組みで捉えた方が良い。
そうでなければ、必ず矛盾やブレが生じる。
自分の考え方や生き方に一貫性を持たせるということは理想である。
しかし、そうは簡単にいかないのが、“人の人生”なのである。
私の望みは、
1、自分の功績で名を馳せたい。
2、何らかの形で人とリアルに関わっていたい(ネットでの人との関わりでなく)。
3、自分の子どもを一人前にする(大人になっても精神的な力になり続けたい)。
ざっと言うとこんな感じであろうか。
この上記の自分の望みを理解していれば、自ずと10年先、5年先の自分や、日常での優先順位が把握できるであろう。
では、これらの望みを叶えるために何をしていけば良いのか、ということである。
それを考える上で大切なことは、自分の性格や能力に合う方法を見つける、とうことである。
自分の功績で名を馳せるには~幼少期の体験より~
私の望みの一つ目は、“自分の功績で名を馳せる”ことである。
自分の望みを叶えるために大切なことは、自分の性格や能力に合った方法を選ぶことである。
私が自分の功績で名を馳せるには、何をすれば良いのか。
自分が得意とすることや自分がやりたいことを考える。
自分が得意とすることを考えるには、自分の経験上の成功体験を年齢問わず振り返ることである。
幼少期、私は、病弱のため家にいることが多かった。
母親は、家で私が楽しめるように色々工夫をしてくれた。
当時のアイドルであったキャンディーズやピンクレディのほとんどのシングルを買ってくれた。
仮面ライダーやウルトラマンなどのヒーローもののフィギュアも相当の数があった。
テレビが好きな家族であったため、PGM代わりにテレビを常につけている家庭で、そのため、エンターテイメントにはとても興味をそそられた。
昭和の古き良き時代のエンターテイメントである。
学習に必要な学研の月刊誌も取ってくれていた。
あまり裕福な家ではなかったが、精一杯勉強に不自由のないような環境も整えてくれていた。
今思えば、本当に母親には感謝しなければならない。
外であまり遊べないため、家で暇にならないようにと、母親は常にそばで話を聴いてくれたりしてくれた。
鉛筆や色ペンで、暇さえあれば絵を真似て書いたり、字の練習をしたりしていた。
後になって母親から聞いた話であるが、常にペンと紙を側に置いてやることを欠かさなかったということである。
暇そうにしていると、「何か買いてみ」と言われ、上手に書けると、「すごいなぁ」と褒められたことは、今でも記憶に残っている。
この幼少期の体験や成功は、今になっても将来的な目標の原動力となり、欲求となっている。
“自分の功績で名を馳せたい”という欲求は、幼少期の体験によるものである、と実感できる。
そして、そのためにはどうすれば良いのか。
ペンと紙を使って(書物)で名を馳せることが、自分には合っているのではないか、と考えることができるのである。
結婚してから「出口のない暗いトンネル」に
結婚してから、私は一言で言えば「出口のない暗いトンネルの中」に入ってしまった感覚であった。
価値観の違う人との結婚はしない方がいいのは分かっていた。
付き合ってきときは、別れを何度意識したかわからない。
そんな私を結婚へと導いたのは、長男を身籠もったことである。
「あの…、妊娠しだけど、どうしよう」
「おめでとう。結婚しよう」
彼は、手を握って喜んでくれたのだ。
実はその前日も彼とは大喧嘩をしていたため、もしかしたらシングルマザーにならなければならないかもしれない、という覚悟はできていた。
自分の母親にも相談し、結婚はしない方がいいのでは?というアドバイスも受けていたほどである。
というのは、彼はこんな性格である。
喧嘩の理由を一例に挙げてみる。
その結婚のプロポーズ前日の喧嘩の理由は、私の買い物に文句をつけてきたことである。
「そんな高い洋服を買うの?」
「いやいや、高いって1万円くらいのセーターくらいいいやん」
「そんなんにお金使わなかったら俺と会ってるとき、もっと金出せるやろ」
「………」
「………」
「もう帰る?」
「何で?」
「いやぁ、私、なかなか買うもの決められないときあるし、自分でじっくり見て買いたいし、引っ張り回したらまたキレて怒るやん」
「そしたら、早く決めればいいやん。それに買い物は今日でないとあかんの?」
「今日しなかったら、買いたいものがなくなる可能性があるし、ゆっくり休みの日に見たいから」
「俺と一緒にいたくないの?」
「今日は買い物がしたいから」
「なら最初から言っとけよ!」
「さっきから今日は買い物したいって言っているやん」
「だから、買い物に付き合うから早く決めろって言っているやん」
「いや、今日は一人で見るわ」
「何でやねん!いい加減にしろ!」
と、こんな具合でいつも喧嘩になるのだ。
その日は日曜日であり、その前の日の土曜日はラブホテルにお泊まりした。
土曜日はお昼から会っているし、もう十分二人の時間は過ごしたと私は判断している。
それに、まだ結婚もしないうちから、自分のお給料の使い道を彼に決められたくない。
いつも買い物でなかなか決められない私にキレて怒るし、ならせっかくの日曜日だから、お互いの時間を大切にして別々に過ごせばいいのでは?というのが私の考え方である。
しかし、彼にこの理屈は通じないのである。
付き合って三ヶ月もしないうちから、こんなような理由の喧嘩が絶えずあり、私はほとほと疲れていた。
私の母親も、こんなくだらないことを理由に真夜中に電話していたり、私が彼に別れたいと言うと家の前まで押しかけてきて怒鳴り散らしたりする彼を見て、「あんたには合わないわ」と溜息を漏らしていたのだ。
彼と私は、根本的な考え方も違う。
彼は、奥さんになるべき人は働くべからず、という考え方である。働くのは自由であるが、家事が疎かにならない程度なら許可する、という考え方である。
そして、家事は女性がしつつも、二人のお給料は、同じ割合で家計に入れる、という男性優位の考え方である。
働き頭は家事を一切しなくて当たり前という考え方ではなく(これでも首を傾げる考え方であるが)、よくよく話を聞くと、女性が家事をすべきであり、男性は働くべきであり、特別な事情がない限り、これ以外の考え方はおかしい、という考え方であったのだ。
私は、まさに現代女性の象徴である、女性は社会に進出していくべき、という考え方であり、家事と仕事の夫婦での割合は、完全分担制であるという考え方である。
例えば、妻も働いて給料の一部を家計に入れるということであれば、夫もその分の家事を負担するべきである、という思いがある。
妻が家事をこなしながら仕事をするのであれば、妻は給料をどう使おうが自由であると思っている。
夫の稼ぎが多ければ、それに見合うお小遣いを夫は取るべきだとも考えているし、夫が多くの金額を家計に入れるのであれば、それに見合う家事も必要だと考えている。
どちらが正しいのかは分からない。
ただ言えることは、根本的に彼と私は、結婚に対する考え方や男女のあるべき姿のイメージ像が違い、二人の結婚には無理があったということである。
そして、私はそれにプロポーズ前日に、明らかに分かっていて、プロポーズを承諾したところに問題があった、ということである。
しかし、その問題にも、私は気付いていながら、結婚するしかなかったし、結婚はして良かったと思っている。
なぜなら、あの時、子どもを堕ろすことなんて全く頭になかったし、シングルマザーでは、子どもと過ごす十分な時間の確保ができない。
それに、最近シングルマザーデビューを果たしたが、今ほどの裕福な生活は期待できないとも思うからである。