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「図書」分析、教養人のあり様映す

「図書」を分析した佐藤教授。「教養人の役割は世間が熱した時に冷めた頭で考えられること」と話す(京都市
「図書」を分析した佐藤教授。「教養人の役割は世間が熱した時に冷めた頭で考えられること」と話す(京都市

 岩波書店のPR誌「図書」が10月に800号を迎えた。前身の「岩波書店新刊」の創刊は1936年。戦前に出た93号を合わせた計893号を分析した本「『図書』のメディア史」を京都大の佐藤卓己教授(メディア史)が著した。岩波書店の軌跡をたどると同時に「教養主義」を考える上で示唆を与える。

 佐藤教授は、戦前戦後を通じて岩波書店には「ハッピーな鈍感さ」があったと見る。人類愛をうたいつつ教養を商品として売って利益を得る-。「これを偽善と見れば教育は成立しない。岩波書店は学術出版として認知され、最も成功した出版社でもある」。こうした側面がエリート的教養書と広告媒体の両面を持つ「図書」から浮かび上がる。

 「岩波書店新刊」創刊号の広告は西田幾多郎や九鬼周造ら京都学派の哲学書が並ぶ。盧溝橋事件直後も戦争の影は薄く、永井荷風「濹東(ぼくとう)綺譚(きたん)」の広告に佐藤春夫らの評を載せている。「読書家の雑誌」に時局に迫る記事が載るのはまれ。書斎の小さな世界に閉じこもる随筆が多かった。

 戦前の岩波書店はさまざまな言論弾圧に遭った。哲学者天野貞祐が著した「道理の感覚」は「軍事教練を否定している」と糾弾され絶版に。マルクス主義関連書は発行停止に追い込まれた。だが、古事記や日本書紀といった日本主義的古典や、新書の売れ行きは好調で、戦時下には岩波文庫蒐集(しゅうしゅう)ブームも起きた。「図書」では「これは敵のプロパガンダ」と前置きすれば、ファシズム批判を唱える欧米の新刊書も紹介できた。日米開戦前後まで業界は「出版バブル」にわき、岩波書店の業績は急伸する。

 「戦時に岩波の本が売れたのは、世の中の本が戦争絡みになる中でも古典や哲学、科学を欲する読者がいたから。知識人は戦争に反対したと説明されがちだが、そんなに単純化されるものではない」

 戦後の「図書」も時代のうねりに際して時事に触れる文章は少ない。最も政治的言説が現れる安保闘争期の61年5月号でも、作家上野英信の新書の紹介記事で炭鉱のバラック小屋に住む子どもの写真に続いて、洋書やオーディオが並ぶ丸山真男の書斎訪問記が登場する。「階級運動の視点ではもっと弱者に涙を流せと怒るかもしれないが、同情だけでは幸福な政治的結末を迎えない。いつの時代も冷めた頭で考える人が必要だ」と話す。

 「図書」にはこうした岩波文化への批判も現れる。例えば京都学派のマルクス主義者戸坂潤。36年に「アカデミックな技術水準だけで文化水準を測ることはアカデミシャンの迷信」と非政治的教養主義を糾弾していた。戸坂流の批判も受容する読書空間が「図書」にはあった。

 60年代までは「図書」執筆陣の中核に旧帝大出身者をはじめ大学人がいた。70年代以降は作家やジャーナリストにシフトする。学問が細分化して何でも語れる大学人が減り、大学や「図書」に思想的対立を超える公共圏が見えなくなった、と佐藤教授は指摘する。

 「図書」は“いま・ここ”から距離を置いた時空間で考える教養人のあり様を映してきたのではないか。「教養のある人は『話せば分かる人』。感情に流されず、相手と共有する知識を持ち、批判を受け入れるゆとりがある。知性がなければ対話も成立しないことが、今ほど痛切に感じられる時代はない」

【 2015年12月31日 18時13分 】

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  • 「図書」を分析した佐藤教授。「教養人の役割は世間が熱した時に冷めた頭で考えられること」と話す(京都市
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