俺の名は悟(さとる)。12月30日まで仕事をさせる会社に勤めるサラリーマンだ。12月31日のおおみそかである今日は朝から実家に帰るため、あれこれ身支度をしている。俺と違い30日から休みのマキちゃんは、昨日は昼から実家に帰っていった。だから、久しぶりに一人で晩飯を食べた。半年前は一人で晩飯を食べていたものが、週一でマキちゃんが俺の部屋を訪れるようになり、今では、ほぼ毎日、一緒に晩飯を食べている。
今、俺は目の前の現実に打ちひしがれている。愛用のリュックサックに人生ゲームが入らないのだ。
俺の実家は一軒家だが駐車場に止められる車は2台分しかない。父と弟が駐車すれば俺の車を停めるスペースはない。弟には嫁さんと娘がいる。俺にとってはかわいい姪っ子だ。消去法的に俺は車ではなく、JRで帰るしかない。JRで帰るといっても同じ市内なので近い。JRで帰ることは苦ではない。しかし、荷物が、人生ゲームが邪魔なのだ。実家に持ち帰るように言われたが置いていこう。
玄関で靴を履いて家を出るとき、ふとマキちゃんの顔が浮かんだ。もし、マキちゃんが俺より先に実家から帰ってきて、いつものごとく俺の部屋に勝手に入って人生ゲームを見つけたら、激怒するかもしれない。それは怖い。
仕方がないので、居間に戻って、クローゼットの下からロフトの紙袋を取り出して持って帰ることにした。いい大人が家族で遊びたいからボードゲーム持参してきたというのはどうなんだろうか?ちょっと恥ずかしいぞ。
JR乗り換え約1時間で実家に着くのだが、途中で降りてポチ袋を買うことにした。姪っ子にお年玉を上げることを忘れていたからだ。危ない、うっかりしていた。ポチ袋はもちろん姪っ子が大好きなプリキュアだ。最近、姪っ子はプリンセスを目指しているらしい。俺が同じ年頃の時は仮面ライダーを目指していたもんだ。今でもその名残でバイクが好きだし、ライダースジャケットを愛用している。
駅に戻る前に駄菓子屋さんを見つけた。地下街にいつの間にできていたみたいだ。懐かしい。姪っ子へのお土産にちょうどいいので、覗くことにした。
うまい棒 やおやつカルパス はコンビニでも見かけるが、初めて見かけるものもある。そんななか面白いものを見つけてしまった。
占いチョコという駄菓子だ。いくつか種類があるみたいだが、それぞれ占えるレパトリーが違うみたいだ。姪っ子には普通のプチプチうらないチョコを買うことにした。それとは別に自分用には、ぷちぷち占いチョコいちごミルクあじを買ってしまった。いい大人、それも男がマジで占いに頼ろうとするとは…。ちょっと恥ずかしい。
実家に向かうJRに乗って、20分ぐらい歩くと、懐かしい我が家が見えてきた。久しぶり見た実家は雪景色のせいか、白い外壁の薄汚さが目立つ。築10年だからこんなものか?弟の車はなかった。まだ、来ていないみたいだ。俺は実家の鍵を持っていたが、インターホンを押すことにした。最近、マキちゃんがインターホンを押さずに勝手に入ってくることを思い出したからだ。実家といえ、礼儀は守ろう。
ピンポーン!懐かしい電子音だ。
悟「ただいま。俺です。悟です。」
女性「は~い!今、開けます!」
インターホンには若い女性がでた。どこか聞きなれた声だ。弟家族は来ていないと思ったが、弟は嫁さんおいてどこかに出かけているのか?
玄関の鍵が開いた音がしたので玄関を開ける。
悟「ただいま!」
女性「おかえりなさいませ。」
玄関には髪の長い女性が頭を下げ三つ指ついて正座している。顔は見えないがなんと礼儀正しい人なんだ。今時、こんなことをする大和撫子みたいな女性がいるのか?マキちゃんにも少し見習ってもらいたいもんだ。それにしてもこの女性は誰だ?弟の嫁さんは髪がもっと短いはずだ。それに声が違う。こんなに艶のある色っぽい声ではない。
悟「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
女性「どちら様でしょうね?」
顔を上げた女性は見覚えのある顔だった。マキちゃんだ。
悟「マキちゃん!なんで?なんで、俺の実家にいるの?えっ、なんで?」
マキちゃん「驚いた?」
驚くに決まっているだろ?自分の実家に帰ったら、隣に住んでいる片想いの女性が玄関で正座して俺を迎えているんだぞ。
悟「実家に帰ったんじゃ…。」
マキちゃん「うん。実家。悟の実家に来ちゃった!」
来ちゃったじゃないよ。ちょっと怖いよ。なんでいるの?
悟「もしかして、実家の合鍵も作ったの?」
マキちゃん「さすがにそれはないよ!勝手に合鍵を作ったら犯罪でしょ?」
悟「前例が…」
マキちゃん「マキちゃん、なんのことか分からない。てへぺろ!」
いやいや、そんなんじゃごまかされな…かわいい!マキちゃんかわいい!もう何そのてへぺろ!何でも許す!マキちゃんのすることは何でも許す!
悟の母「ほらほら、いつまでもそんなところで突っ立てないで、早く上がりなさい。マキちゃんも寒いから早くこっちに来なさい。」
マキちゃん「は~い!」
だれかこの状況を説明してくれないか?頭が軽いパニックだ。でも、うれしい。マキちゃんの顔が見れてなんか安心した。
それにしても、人生ゲームをがんばって持ってきてよかった。危うくマキちゃんの機嫌を損ねるとこだった。