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「ことばはもっと“わさわさ”していた方がいい」翻訳家、関口涼子の「幸せな綱渡り」

テクノロジーが言語間の距離を縮めているいま、われわれは異なる世界をどのようにつなぎ、渡ればいいのだろう。フランスに在住し詩作・翻訳だけにとどまらない言語活動を続ける関口涼子がみる「ことば」の未来は、死か豊饒か。円城塔、カズオ・イシグロ、宮内悠介に続くインタヴュー第4弾。(『WIRED』VOL.19より転載)

 
 
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PHOTOGRAPHS BY KATSUMI OMORI, SHINSUKE KOJIMA (STiLL)
INTERVIEWED BY WIRED.jp_Y

RYOKO SEKIGUCHI|関口涼子
1970年12月21日東京都生まれ。高校在学中から詩人として活動し、1989年に第26回現代詩手帖賞を受賞。早稲田大学でフランス文学を専攻し、在学中にフランス・ナンシーに1年間留学する。その後、東京大学総合文化研究科を経てフランスに拠点を移す。自作のフランス語訳およびフランス語での創作や、小説・マンガを含むさまざまなジャンルの翻訳を行う。翻訳では、フランス人とのチームで当たることが多い。また、食に関するワークショップも行うなど言語の壁を超えるだけでなく、さまざまな文化活動を行っている。2012年フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを受章。

ことばには幽霊が常にいる

『シャルリ・エブド』誌へのテロリストによる襲撃事件が起こって1週間くらい経ったころ、いつもいっしょに仕事をしているフランス人翻訳者から電話がかかってきました。その電話は日本のある大手新聞社が『シャルリ・エブド』誌の最新号の表紙について記した記事に、ある誤訳が含まれているという内容でした。

あの惨劇のあと、はじめて発行された号の表紙にはイスラム教徒と思われる1人の男性が描かれていました。そこで彼は「Je suis Charlie」と書かれた紙を持ち、その上には「Tout est pardonné」ということばがあったのです。日本のメディアではそれが「すべては許される」と訳されていました。しかも、その記事には、『シャルリ・エブド』誌が"表現の自由"を再び訴えているという記者の解釈も含まれていたのです。

「pardonner」という動詞は「ゆるす」、「Tout」という名詞は「すべて」という意味なので、一見するとそこに問題はないように見えるかもしれません。しかしわたしはこれが重大な誤訳かつ誤報だと感じ、それを訴えなければならないと思いました。なぜなら、誤訳に導かれた新聞の解釈が『シャルリ・エブド』誌の意図とは正反対の内容を示していたからです。

本来であれば「すべてを赦した」と訳されるべきであり、そこには"表現の自由"に関する意図はありません。イスラム過激派と、自分たち出版社の過去にあったいざこざを、もちろん1週間前の襲撃事件も含めて、受けとめて前に進もうというニュアンスがあります。

誤訳を訂正してもらおうと新聞社に連絡しようとしましたが、それはかないませんでした。だからまずFacebookでこの問題を提起し、そのあとに投稿を見たウェブメディアの編集者から、本件について執筆を依頼されたので1本の記事を書きました

果たしてこんなことが、なぜ起こったのでしょう。単純にフランス語に対する理解が低かったという理由だけではないと、わたしは考えています。ここには、ことばにまつわる大きな問題が背景にあるのです。


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「ことば」の未来を考えることで、ぼくらはどんな未来を得ることができるのだろう? 自然言語をめぐる冒険は「コンピューターによる説明」に始まり、「絶滅言語」や2人のデザイナーが交わした「インフォグラフィック文通」、カズオ・イシグロら4人の作家に訊いた「文学のイノヴェイション」まで。予防医学の俊英・石川善樹は自然言語処理界の天才たちに先端研究を訊き、デザインシンカー・池田純一はチャッピーとC-3POからことばと人間の未来を読む。そのほか、OPNとのニューヨーク彷徨にベン・ホロウィッツのビジネス訓、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の舞台裏エピソードを掲載! 特集の詳しい内容はこちら。

 
 
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