電波犯罪と超科学

世評の歪みを正す。左派リベラリズムをしりぞける。社会問題の解決を示す。世界の先端思想がここに。私は電波犯罪の被害者。

2016年の予言 抱負

2015-12-31 10:07:08 | 社会思想の終焉

来年もよろしくお願いします

 震災は1/1-1/4説。本日はない。地磁気がおとなしすぎる。仙台-首都直下地震は年始が危険だ。

 年末に震災の予想が入り、来年の予測も発表できなかった。しかし、それは安倍政権の課題というところで、一部発表しているから、そこを読んでほしい。

 2016年はそれまで虐げられていた者が脚光を浴び、これまで姿を表さなかった犯罪者が舞台に登場して、次々と失脚する年となるだろう。左翼過激活動家のように。国民は多くの真実を知るだろう。それは未来に通じる新しい一歩となる。
 その過程で、左派・左翼はますます消滅してゆく。悪事を続けてきた者は、日本社会で生きてゆけないだろう。それこそが自由主義の勝利が、冷戦後はじめて日本を覆う瞬間である。

 年初の震災、電波犯罪の告発。数年後の関東大震災に向けての準備などで、激動の一年となる。自民は安泰である。また大阪維新の会は、今年後半には自民党のパートナーとしての役割を期待される。

 震災によりあらゆる年初の予定が狂う。国会の開始時期すら遅れる。幸運の首相が東京大地震の日に、崩れる国会議事堂の中で審議などはしない。私はそう読む。

 来年は、私も表舞台で活躍する。その時は、心からご支援・ご助力のほどをよろしくお願いします。

 私はできれば正月はゆっくり過ごしたい。何もないなら、正月3-4日にここを再開する。

 では よいお年を。

  本日の被害
 年末年始は被害が悪化する。休暇をとって、普段は失業者の若者・老人・主婦以外にも、働く輩が犯罪にくわわるからだ。今日は、まだましだ。口の中が変な薬剤で乾いたくらいだ。だるさはない。音声送信はある。電波犯罪被害者には、休暇がない。一年中が闘いだ。

 以上

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日本の10億円の拠出「少女像移転が前提」 とはいかに

2015-12-30 11:20:01 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ

 震災は12月30-1/4説。本日はない。まっ今日は、忙しいのでこれくらいに。

 慰安婦の日韓合意
 日本の10億円の拠出「少女像移転が前提」アサヒ新聞デジタル、ヤフーニュース

 これが事実なら、これまでの弱腰政権と違って、安倍首相は外交におけるお金の使い方を知っている。世の中、お金を出すほうが強い。もうお金を出しても弱い立場に終始した愚かな日本政府ではなくなった。

 慰安婦が韓国で日帝の犠牲者になっている。が、大金を受け取って商売したから、実は日帝の協力者。韓国は親日派の財産が没収される悪法がある。強制連行されてもいないのに、されたと嘘をつき、それに韓国世論は騙されたから、今は被害者ぶることができる。が、真実さえばれたら、慰安婦もその日本の協力者として、処罰の対象になるのではないだろうか。

 もし、従軍が真実なら、ほとんど軍に買われていたも同じで、「従軍」慰安婦は軍の側にいた協力者である。そして、戦地で高給取りでいいめをみている。どうして、今だに被害者ぶることができるのだろうか。私には不思議でしょうがない。

 韓国では、権力者が威張れるのは、大統領でもわずか4年か8年で長くない。あんなに高飛車で増長して傲慢な慰安婦は、いつまでも権力者のように振る舞うことはできない。韓国民は、そんな実力もないのに、一時的に何かで得た地位を盾に威張る者ほど早く嫌う。私は彼女たちが長くもたないと思う。

 韓国国民は扇動に弱い。韓国民が彼女たちの真実を知ると、彼女たちに嫌気がさす。すると、あっけなくこの問題は解決して、彼女たちのことは忘れるだろう。誰も触れたがらなくなり、彼女たちは静かに余生を過ごすことになる。

  本日の被害
 軽い頭痛。

 

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現実主義の安倍政権--日韓政府が慰安婦で合意、哲学の話--正義と友愛

2015-12-29 11:29:40 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ

 予知疲れ気味。2週間も震災の予兆を探して、気を張り詰めている。私は次の震災を当てる、と4-5年前に気づいた。それ以来、頑張っている。私は、これでしか極貧生活から抜け出られないから。

 震災は12月30-1月4日説。今夜はない。地磁気がおとなしすぎる。仙台-首都直下地震は12月が危険。

 超現実主義の安倍政権--日韓政府が慰安婦で合意
 なんとも現実的な政治決着だ。『最終的かつ不可逆的に』解決というからには合意文書は必要だろう。書類を盾に、次からはこの件でどんな要求も突っぱねられる。
 岸田大臣が『当時の軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題であり、かかる観点から日本政府は責任を痛感している』と謝罪したことは、残念である。
 慰安婦=売春婦であり、それは当時も職業上、自発的に行うものである。高給目当てだった元慰安婦が、名誉と尊厳を傷つけられたのは、日本政府の責任だろうか。

 極貧から抜け出したくて、お金ほしさにその職を選んだ女性は、自身の責任である。
 元慰安婦が心を傷つけられたというのなら、慰安婦という職業を見下げ、侮辱する韓国の偏見にその原因がある。韓国社会の売春婦への差別意識が彼女の苦しみの元にある。慰安婦の銅像を立てて、一方で英雄視するわりには、韓国の多数が彼女たちを卑しい女と蔑視する。それがいまだに彼女たちを苦しめる。

 政府は慰安施設の衛生などの管理しただけで、業者が募集などは行った。韓国にも戦後アメリカ軍の慰安施設があった。が、そこで行われた売春婦達が名誉と尊厳を傷つけられたのは、管理する韓国政府に責任があるのだろうか。

 私は、以上の点から、慰安婦の尊厳と名誉が傷ついたことに、日本政府にすべての責任を押し付けることには、ひっかかる。

 安倍政権は日韓の和解を早急に実現したいのだろう。10億円とリップサービスで、朴恩恵に花をもたせた。これで海外での韓国政府の反日アピールが止まるなら安いものだ、という算段である。あいかわらず、契約社会のルールに日本は弱かった。

 哲学のお話-- 正義と友愛
 アリストテレスの『ニコマコス倫理学』によると、『正義は共同体における基本的な徳である。人々に正しく配分するという面からみれば、それは『配分的正義』であり、違反・刑罰・補償の関係でみれば、『強制的正義』である。友愛は共同体の理想であり、正義以上のものである。』(「年表で読む哲学・思想小事典」76頁)

 正義は社会的なものであること。確かに、正義は社会問題を正しく解決する方法をさす。個人の問題に正義はない。社会的な行動にしか正義というのはつかない。例えば、子供のけんかでの正義、環境問題における正義などなど。

 正しく配分する正義は、やや社会主義的な話で、辞典にとりあげるほどのものかはともかく、社会的なものだ。矯正の正義は面白い。悪い人間には、その過てる考えや行動、犯罪志向を改めさせる。確かにそれも正義だ。犯罪者を刑務所にぶちこむことは、警察の正義である。これは大きくは社会の構成員の質を確保する問題である。

 さて、気になるのは『友愛は共同体の理想であり、正義以上のものである』という箇所だ。
 市民同士は、友愛でつながっているという。当時のギリシアには、市民と奴隷がいた。市民は友愛を持ち合い、それが共同体の市民間の関係を保つ力だったということだろう。
 現代日本で市民は他人どうしで冷たい。現代ではそんな殺伐した人間関係だ。が、ギリシア時代は、友愛を感じられたようだから、当時は人間関係が濃く良好だった。少人数の社会なら、可能かもしれない。
 『友愛が正義以上のもの』というのは、正義は規則、規律である。それは社会の秩序に必要不可欠だが、それとは違う面で、人々の結束を高め、信頼関係を作り、人間関係を良好にする友愛は、大切とアリストテレスは力説したいのだろう。
 これは、韓国への土下座外交など、正義を失い友愛に走る鳩山元首相をほめる言葉ではない。


  本日の被害
 ややだるい。音声送信はある。睡眠中に目の周辺などは刺されたような感じである。

 以上

 

 

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橋本徹氏の首相は時期早々、哲学の話--反対語は反対でない

2015-12-28 12:01:30 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ

 震災は12月29日説。年末で、1月4日前と思う。仙台-首都直下地震は12月中は危険だ。

橋下徹氏は早々に首相なりがたい
 大阪維新の会が来年のイデオロギーなどテロ政党の壊滅現象のあとに、活躍することを私はおおいに期待する。彼らがいないと、憲法改正もままならない。

 だが、彼が次か次の首相になるというのは時期早々。
 理由は、彼は石原慎太郎戦術を使っているからだ。石原氏は2013年に選挙に出馬しないと発表したが、翻して立候補して、大勝した。橋本氏はこの選挙戦術に感化されたようで、選挙の時は『2万パーセント出馬はしない』と同じ手口を使うようになった。いつもそうやってはぐらかす。これは選挙戦術としては、有効だろう。

 が、それでは政治家としての信用が大きく落ちる。政界のアウトサイダーだった時点の石原氏なら、そんな奇抜なことをしても許されただろう。しかし、王道を歩むことが求められる日本の首相が、そんな奇襲じみた作戦を繰り返してのしあがった人物では頂けない。

 要は、朝令暮改を乱発すると日本は混乱する。日本の信用も落ちる。そうならないよう彼はさらなる政治の中枢に上がるには、発言に継続性と、口から出たことはマニュフェストとみなし、一貫した行動をすることが今後の課題である。共産党みたいに方針転換をイケシャーシャーとやって誰にも恥じないのは論外である。支持者に対して申し訳ないだろう。

 在特会との怒鳴り合い会談も印象に残る。かなり言葉が乱暴だった。丁寧な国会討論が求められるのが首相だ。彼が国会の委員会で、冷静な返答を連発する姿が想像できない。おとなしく上品に振る舞わないといけない東京での支持は得にくい。まだ若く、そんな片鱗は身につけてない。これも国政進出の課題である。

 首相になるには、どこか懐の深さをもちあわせてないといけない。彼は大きくなった。が、そんな大器を感じさせるにはまだ一伸びしなくてはならないだろう。
 
 石原氏は運輸大臣にまでなった。橋下氏も大きく飛躍して、大臣まではなれるだろう。が、首相は言葉の重みを理解した人でないと、務まらない。橋下氏が首相になるのは、当面は難しいのではないだろうか。

 大阪維新の会は、大阪の誇る保守の切り札である。が、彼が早々に首相になるのは持ち上げすぎである。まだその器ではない。彼は国政に進出した後は、長らくサブである。一皮向けて、おお化けすると首相もありうる。

 哲学のお話-- 反対語は、あまり真に受けない
 暑いの反対が寒い。暑いとは、体温より高い温度で、寒いのは冷たく感じることで、適正より低い気温だ。
 だが、暑いと感じるのは、wikiによると、ルフィニ小体。そこが刺激されると暑いと感じる。寒いと感じるのは、クラウゼ小体である。このように感じる器官が異なる。
 どちらも温度を基準に反対の感覚とするが、実際は、別個に2つの器官がある。暑さの度合いを感じる器官がある。暑さは単独の指標である。寒さも同じだ。

 空腹と満腹も、人間はセンサーが異なる。空腹はどこかは知らない。が、満腹は満腹中枢が感じる。両者を感じる部位は異なる。

 このように、反対語を並べて得意になっていると、現実を見失うことがある。それぞれに対処しなくてはならない。簡単には、塩からい紅茶に、甘い砂糖を入れたら、塩からさがなくなることはない。そういう話である。

 一つの基準で測定したら、それで十分だというのもおかしいのだ。人間の場合は。常に、人間を基準にして、より過剰、多いものを感じるセンサー。人間より少ない刺激、少ないものを感じるセンサー。その2つは別個に設けなくてはいけない。

 愛の反対が憎むことなど、こういう反対語を得意になって言っても、実際はあまり役立たない。それぞれ単独の感覚で成り立つからである。愛が強いか弱いか、憎しみが強いか弱いか、そういう判定だけでよいだろう。愛が憎しみに転化するといったような話は、違うのである。

  本日の被害
 軽い頭痛がある。そのため、気力が出ない。音声送信がある。苦情を書いたら、くだらないコメントがぴたっと止まった。大部分がアカによる書き込みと推測できた。

 以上

 

 

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ブレブレ共産党--天皇制でまた方針転換、哲学のお話-- 成功とは

2015-12-26 11:43:14 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ

 震災は12月27日説。今のところ。その線で探っている。仙台-東京間は12月中は危険だ。

 年末震災の予定表
 年末に震災が発生したら、どうなるか。想定した。紅白中止。国会は遅延。慰安婦の協議もふっとぶ。関西は例年通りの年末年始。が、関東・東北はたいへん厳しい状況に陥る。

 ぶれる共産党--天皇制でまた方針転換
 これまで天皇に挨拶するのを拒み出席しなかった国会の開会式に共産党が来年1月4日に参加する、とこれまでの主張をひっこめた。(産経ニュース)

 過去には、2014年5月6日は皇室が出席した「千鳥ヶ淵戦没者墓苑拝礼式」には小池晃が参加していた。(産経ニュース)

 これほど党員の天皇制反対の意見などを無視して、トップが暴走する政党が、従来の方針を大きく転換しても、イケシャーシャーと『共産党は一貫しています』とのたまうのは許してよいのだろうか。党首がそんなに重要な問題でぶれたら、党員がついてゆけなくて、困るだろう? これを、ブレブレという以外になんと言えばいいのだろうか。

 哲学のお話-- 成功とは
 ありふれたビジネス書のタイトル 『成功』。大勢のサラリーマン、経営者が成功を夢見る。学者は偉大な発見をして、ノーベル賞をとること。経営者は自分の会社を大企業にして、財をなすこと。サラリーマンは、年収の高い仕事につき、ばりばり会社で仕事して、家庭でも幸福に過ごし、一生充実した人生を過ごすこと。宗教家は、信徒を多数擁する大教団を作り上げ、その法で世界から評価されること。

 大きな夢から小さな夢まである。ここで気づくのは、ビジネス書の成功とは『大金を得ること』や『高い社会的な地位』、『社会的な影響力をもつこと』と、一時の繁栄が多いことだ。
 サラリーマンは、夢を実現させるとか、仕事関係での成功が多い。日本人の主婦は『家庭の幸福』と小さな小さな目標であったり、実にかわいい。そんな個人的な小さな夢もある。

 そんな小さな人生しか送れないのが大半だとしても、夢は大きく持ちたい。『人類に貢献する』という大きな夢。それをなしとげるのが自分にとっての成功というのは、大きな人だ。首相になる人、一流の学者などは、そんな大きな成功を夢見ている。

 『成功願望』からは、それぞれの夢、達成目標をみえてくる。それが人類を大きく変える仕事になる人、小さな町の片隅の幸福という人、地方の会社での達成目標という人、国家をよくするという大志をもつ人。人さまざまである。

 人生いろいろ。大きい夢、小さい夢。それらは人類の1ページである。

本日の被害
 軽いだるさ、眠たさがある。左おなかで皮膚あたりが強烈に時折、痛む。電波による刺激だ。睡眠中に腹に何かで傷つける。それを電波で刺激するとこうなるようだ。

 匿名には寄付してくださる善人と、私を中傷するストーカー、アカがいる。アカのほうは、私の透視技術が上がった来年には、住所氏名、過去の罪状全部は把握できる。脅迫じみた言葉を使う者には、警察行ってから党員やめますか、という状況に追い込む。それは覚悟しろ。
 アカ仲間は私に悪さしないこと。来年は私に、法律・アカ内部事情や電波犯罪に精通するアドバイザーがつくことをお忘れなく。
 私を認めてくださる方は、上の警告は気にしなくていい。私に悪いことをする川西・池田などアカ関係者のみへの伝言だから。

 以上

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労働団体は利権団体である、消費増税は3-4年は凍結される

2015-12-25 11:11:08 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ

 仙台-首都直下地震は12/24ははずれ。次は12/27説。透視はみえないのから聞くのは頼りにならない。自分でつきとめなくては。ぜんせん当たらないね。12月はとてもやばい雰囲気なのに。震災は12月27日くらい。今のところ。その線で探っているところだ。 

 

 震災と日本 消費増税は4年は凍結
 震災があると、東京オリンピックがなくなるだけではなく、消費増税も止まる。景気が悪くなるから。それが根本にあって、そのスケジュールで政治は進んでいる。
 誰も言わないが、世間はみな知っている話だ。

 哲学のお話-- 労働団体は利権団体である
 共産主義者は何か勘違いしている。労働者は万能性があり、政治を行えると。しかれる。労働者とは、工場における雇われ人。経営者がいて、それに雇われた労働者がいる。労働者団体は特定の立場を代表する。すべての国家国民の意志を代表することはない。

 よって、彼らに政治を任すと、彼らの利権に走る。政治が偏る。労働者を名乗る党に、政治を任せる。それは完全な利権政治となる。名ばかりの労働者の理想を追求する。労働者への補助金ばかり増やし、やがては国家財産がつきて行き詰まる。

 労働者だけがあふれるが、自由も何もかも奪われる。ソ連のようにすべて工場の労働者に強制的にされ、住居も奪われ、仕事も自分で選べず、自由に自分がしたいこともできず(労働者は本来そういうもので)、人間性が失われ、ゆきづまる。生産性がない人間は牢獄に送られる。そんな人権侵害も著しい国となる。

 すべての活動は『労働』とみなすことができる? だから労働者しかいないから、それで者以下を作ることはいい? 何寝言を言っている。家事、育児も労働で、教師も労働で、政治活動も労働だと? はっ? そんなこと言うのは、共産党における『労働の定義』を知らない輩だ。

 労働者でないものには、『資本家、経営者、政治家、教師、文化芸術の者、さらに農奴、宗教家』などブルジョワジーその他がいる。簡単にいえば、特権階級は、すべて労働者でない。そんな者達の仕事は、すべて労働とはみなされない。労働は、工場労働などに限定されるのである。

 だから、そんな労働者の国では、工場経営も、工場の所有も、政治も、高度な文化の創造も禁止され、果ては政治学まで否定される。そんな国に未来はない。

 労働者の理想は労働者が仕事で楽できる国であり、単に楽な仕事で給料のよい会社という意味である。市民や国民国家の理想、豊かで文化が多様で、高度に統治される社会とは大きく食い違うことは、理解しておきたい。だから、彼らは工場で働く姿を誇っても、国の豊かさや文化芸術を誇ることはけっしてできないのである。さらには徳、精神性など優れた者は、宗教的や道徳的だと忌み嫌われる。

 労働団体は自分たちの給料さえ確保できたら満足で、自然や社会の全体の豊かさ、国富や精神性もなく、高度な規律を考えるほどの視野がなく、狭いのである。
 これは一般論であって、共産主義から遠い労働団体ほど特殊性や過激さは薄まり、ましになる。

 労働団体は、教師の団体、医者の団体、自動車産業の団体のように、特定の利権を代表する。それ以上のことはできない。彼らに国を任せるのはもっての他。

  本日の被害
 軽いだるさ、腹に局部的に強い痛み、眠たさがある。 

 以上

 

 

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2015年の安倍内閣は優、哲学の話--『〜道』から『方法』に

2015-12-23 11:23:10 | 社会思想の終焉

大阪は曇り
 仙台-首都直下地震は12/24説。23日はない。クリスマスイブかな。潮汐力は働かない日だけど。詳しくは地震ブログに。

 2015年の安倍内閣は優

 最近、安倍首相の優秀な点を書けない右派ブログか増えた。がっかりだ。年末総決算の時期なので、彼を見直す視点を提供する。
 彼は、臆病な日銀の改善をして、欧米並の量的緩和を断行した。そのアベノミクスの真髄だけでも、歴代政権の中では光るものがある。次に、民主党政権が決めた消費増税をやりとげたが、福祉・医療の増大のためだった。これで支持率を落とさなかったことが巧みだった。
 3つ目に、安全保障を一歩進めて、集団安保にして成立させたことだ。小渕氏のように何かで騒がれた時期に、ドサクサに紛れて行ったのではなく、正々堂々と世に問うた。
 これら制度は、日本独自のものではない。安倍政権の特殊性ではない。すべてヨーロッパ諸国で、どこも広く一般的に行われている。消費税も軽減税率も、集団安保(NATO)も、量的緩和もしない西欧の国はない。これらで、日本は遅れを取り戻し、やっとドイツやイタリアにおいつくことができた。憲法改正は残る。
 しかも、失業率を最低水準にまで下げた。貧困が増えたというのは統計的なまやかし。生活保護を広げ、多くの路上生活者は、寒空の下で野宿することはなくなり、今やどこかの簡易宿の中で、ぬくぬくと過ごす。
 TPPも参加して、世界の市場統合に、日本も加わった。これで日本はグローバルの流れに再度入った。アジアの先進国の日本が加わらなかったら、このTPPは中身がないものだったのだ。農協の反対を乗り越え、それを合意した。なかなかの外交・内政手腕である。
 改めて、こうして安倍首相の活動をみると、彼は、着実に日本の課題を一歩ずつクリアしてきたことがわかる。
 集団安保反対とか、TPP反対とか言うのは、ちっちゃい輩だ。経済は停滞気味だが、それは日本の富で海外を発展させているからだ。日本の資本流出が、日本人の暮らしが豊かにならない理由である。もう一つは、老人の介護にお金が回りすぎる(消費増税)ことだ。

 そこを自覚すると、海外への資本流出規制などで、日本も少しは豊かになるだろう。ただそれは、貿易の自由化を促進しつつ、日本から富が流出しない構造でなくてはならない。

 アベ政治のおかげで、日本はよく構造改革して、一歩進んだ一年だった。
 
 
 哲学の話--- 「道」から「方法」に
 パルメニデス、紀元前504-470年。「哲学入門のための『道』という概念にかわるものとして、『方法』という概念が現れる」(哲学・思想小事典、37頁)
 この変化は結構大事である。日本では、武士道、剣道、武道などなんにでも道というものをつける風習が残る。その道を極める、と。だが、『方法』というように個別の技術を区別したのがギリシアでは前5世紀。
 『~道』から『方法』に変えると、技能が普及しやすくなる。日本で『〜道』といわれているものは、まだまだ一部熟練者だけが習得できるものといった感じが強く、合理化が足りない。誰もが理解できるものになってなく、一般化されてはいない。
 もし道に入った人でしか習得できない一部技術が、誰にでも開かれたものになるとどうなるか? より大勢がそれを学べるようになるだろう。日本全体の技術水準が上がる。

 師匠は、なんとかの達人と呼ばれなくなり、『専門家』と学者のようにみなされる。日本のあらゆる『~道』の人は、みずらかの専門分野をそのような科学的な代物に変えなくてはならない。そうしないと、継承者もいなくなると、技術が途切れてしまう。

 そうすることで、日本の技術の閉鎖性はなくなる。ますます日本の技術に磨きがかかるだろう。日本の埋もれた技術が、広く理解される。日本の発展が期待できる。
 

  本日の被害
 目がやや痛む。夜に、テレビを見ていると、目が真っ赤になる時がある。室内に、刺激剤が噴霧される。どういう経路で室内に入ってくるのかは不明。座っている場所にピンポイントでとんでくる感じがある。隣の席に移動するとそれはおさまる。 

 以上

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誰も戦争で殺させない?の間違い3つ、世論から遠ざかる朝日、哲学の話--ソロンの改革

2015-12-22 11:51:55 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ
 仙台-首都直下地震は12/23-24説。メキシコ北部のあと。透視では今日は2日前らしい。すると、12/24だ。クリスマス前にやってくる?

 世論から遠ざかる朝日新聞
 朝日新聞の世論調査では、軽減税率を評価しないのが47%で、評価するのが39%より多い、という。(アサヒ新聞デジタルより)
 私はこれをイカサマの数字(実態を反映しない)とみる。朝日新聞はせいぜい、軽減税率に反対してくれ。そのほうが「あさひの民意」らしい。これで、どんどん世相から朝日が離れてゆく。

 「誰も戦争で殺させない」のおかしさ3つ
 まずこれを言う左翼の間違いは、戦争は外交戦に武力で勝利することであって、人を殺すことが第一目標ではないことに気づいていない点だ。
 これを言う左翼は、戦争で、敵国兵士を武力解除して、捕虜に捕らえるのはよいというわけだ。戦争肯定なのだ。
 これを言う左翼にとっては、人を殺さない戦争は問題にはならない。そういう戦争も現代ではある。
 これを言う左翼戦争反対論者は3つも論理破綻。

哲学の話--- ソロンの改革 紀元前594年頃
 「彼は個人が家族にのみ属するという考えに反対し、個人を国家に属する市民とした。・・・これはおそらく民主主義の発端で」(「哲学・思想小辞典」30頁)
 家族制度が強固な地域では、民主主義は成立しにくいという。中国の氏族が強いところ、イスラムの部族が強いところはそうだろう。
 日本は、江戸時代は藩に仕える武士であり、明治維新後は天皇に忠誠する臣民で、戦後は国家の国民となった。家制度を守りつつも、国民という概念はある。
 

  本日の被害
 本日、耳が激しく痛む。電波で症状が強まる。また睡眠中に、耳に毒物をさされたようだ。執筆中に眠る。アカは、ひどいやつらだ。残り一ヶ月の辛抱だ。


 以上

 

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ジュニアアエラは過激活動家育成雑誌、「戦争で誰も殺さない」=「刑務所でならいい」、哲学の話-カイロス

2015-12-21 12:03:35 | 社会思想の終焉

大阪は雨
 仙台-首都直下地震は12/23説。私は日をあてるのが苦手。メキシコ北部のあとにドカンと思っている。日がわかったら、ここにも書く。

 買ってはいけない子供雜誌「ジュニアアエラ」
 反安全保障法案ばっかり強調される。子供に、左翼の論理はわからない。私の時はほとんど左翼教師だったが、私は彼らの言うことを全部、つまらないから信じなかった。
 覚えているのは、国家は三権分立で、国会議員の定数や、ロシアの王子が重傷を負っても政府の圧力にくっせずに、法律は守るという話。田中正造は天皇に直訴とインチキくさく、労働運動の手先で反社会的で、評価ががた落ち。
 プロレタリア文学は共産主義で怖く、戦前のソ連スパイのような連中で、哀しいとか。アンダーグラウンドな共産・左翼ものは、私はほとんど覚えてない。
 子供は賢いから、間違ったものは受け入れない。ジュニアアエラは労働運動、反政府のアンチな視点ばっかり子供に教えているけど、そんなの読ませると、時代錯誤の人間になる。明るい未来への希望がまったくなくなる。労働運動や左翼に未来はないからね。
 あの貧困の大国、ソ連や北朝鮮の心を宿してしまう。子供の可能性を摘むようなものだ。

 安保法廃止の「市民連合」?
 来年の課題は、復興と電波犯罪だ。赤い連中が20年つづけてきた地下巨大犯罪が暴露される。春には、連日、反共一色となる。こんな左の運動は、来年は共産シンパと思われ、見向きもされない。逆に、これに加わったから、赤いと後ろ指さされる。

 「誰も戦争で殺さない」 そんな標語がいまだ否定されずにいる。これは、否定する方法がある。例えば、殺人事件で、家族を四人殺されたとしよう。その犯人を、日本では死刑を処する。これは、当然と思われている。
 では、戦場ではどうか?
 敵のゲリラが海外にいる日本人を何十人、何百人と殺したとする。いや、国内でテロを行い、何十人と殺したとする。その敵のゲリラをひっとらえて死刑に処す(殺す)ことが正しくないといえる人はいるだろうか?
 日本の法律では死刑となる。死刑とは合法的に、殺すことだ。死刑はよくて、それを戦場で報復で行うことは、いけないことなのだろうか?
 きっと、この左翼のニセ平和論者はこう言う。「戦争ではいけないが、国内法では可能だ。それは戦争で殺したことにはならないからだ。」
 というわけで、日本の左翼の正当な犯人処罰は、「犯人のテロリストを、外国か日本で捕らえ、日本に護送して、日本で死刑に処すること」である。まわりくどいから、短くすると、「犯人のテロリストを死刑に処することだ。」
 左翼も、場所が戦場か刑務所かの違いだけで、犯人を最高刑で処罰する点でたいした違いはない。戦争嫌いは、刑務所に叩き込み、裁判にかけ、じっくりやるのがお好きなようである。

 なんとかジョンというISに死刑執行人がいた。国内でテロがおきたら、もうそれは戦争にまきこれたという連中がいる。しかし、テロは爆発や殺傷であり、左翼の論理では、それは事件であって、戦争ではないはずだ。テロを戦争という左翼は、論理矛盾をきたす。
 
 大震災と日本 5 年内だと
 首都直下があると、国会議事堂が使えなくなるが、代替施設が用意され、少し遅れて、予算が決まる。
 オリンピックは中止になる。年末の紅白歌合戦は、微妙な情勢だが、中止。大阪か名古屋で代替番組にするかどうか。
 混乱は関東と東北の太平洋沿岸のみ。他は平常通りだが、テレビ局の番組はほぼつぶれる。復興や救出などで。
 暗い年末に、暗い正月を送りそうだ。
  
 哲学の話--- カイロス
 「何かがなされるべき時になされる」というのはギリシア哲学者タレスの発案でカイロスからくる。あの前髪が長く、チャンスの神として有名なカイロスである。こんなことわざも西洋では信じられる。ドラマ「下町ロケット」でNASA帰りの社長が、よくしゃべっていた。「勝つべくして、勝つ。」と。カイロスの応用である。

  本日の被害
 本日、音声送信はある。目などは刺されたようだ。腰痛い電波が届く。音声送信はある。一ヶ月後に、警察に告発できるという予感あがある。それだのに、まだ犯行をやめないあほがいる。


 以上

 

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左派の寿命、震災と日本-原発は停止、哲学の話-二元論の間違い

2015-12-19 12:04:14 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ
 仙台-首都直下地震は12/20説。今日、磁気嵐になるという予報。その地磁気の大異常が地震の前兆だ。そう言うと天文学者から、違うよ、と言い返されるかも。しかし、本当はどっちだ?

 日本の左派はいつまで生き残るか?
 ソ連の崩壊によって、急激に荒廃したのが北朝鮮。それまで後ろ盾があり、国民が飢えて、経済破綻するような国ではなかったという印象がある。
 日本の左派も、バックに中国・北朝鮮が控えている限り、いつまでも資金はつきない。が、赤い帝国がなくなると、もはや風前の灯火となるだろう。
 朝日新聞は、人民日報や朝鮮メディアの下部組織のようにあちらのニュースをそのまま流す。そんな日本の宣伝・工作拠点だけがつぶれることもないだろう。元を絶たなくては、いつまでも消えない。
 彼らの寿命は、中共や北朝鮮がつづくまで。その後、現在の北朝鮮のように極度に疲弊して、速やかにその影響力を失うだろう。
 中共は経済崩壊が近いから、2020年まで存続しえるかが怪しい。もし、それまでに上手な統治で政府をもちこたえても、内乱が加速して、20年代に共産政権はソ連のように内部崩壊するだろう。そして、民主化する。私は2025年に中国も野蛮な国でなくなっていると信じる。
 それまではどんなに批判しても、ゾンビのように日本の左派は、蘇る。中身がない希薄なメディアに変化しつつも。

  
 大震災と日本 4 放射能汚染

 東北の大地震で原発が爆発したのが2011年。また強い揺れが起きると、その再来だ。放射能で福島が汚染される。汚染地域は限定的だろう。天気が悪いと、放射能の雨もふる。東北の原発は当面、凍結だ。

  
 哲学の話--- 二元論
 善と悪があるというのが二元論ではない。神と悪魔がいるという話だ。これは性善説と性悪説があるという話に近い。性善の究極が神だ。性悪の極めつけが悪魔である。そういう性善説と性悪説を極めたような生物が、この世界を支配するという宗教じみた話である。

 二元論はゾロアスター教からきている。それが、現イラクでユダヤ教に取り込まれ、イスラエルのユダヤ人達も信じるようになった。それで神と悪魔の二元論がキリスト教に混ざる。

 人間は悪でない、悪にならない、と性善説で説明した。
 そもそも、悪とは何か? 善とは何か? 最も悪いことは死であり殺すことだ。生まれた時から、生きるために泣いて、食べて、排泄して、成長してきた。勉強も運動も、学習もそうである。死なないための体系なのだ。生きるための体系なのだ。ただただ死なないために、生きてきた。その人生のすべての苦労を水泡に期すのが、死である。

 もっとも善いことは、もっともよく生きる行為である。善悪は、このように方法についての評価だ。人間によいものは善で、悪いものは悪なのだ。

 実は、相対的である。生きるという目的がある。そのために無数の方法がある。その中で、良い方法が善で、悪い方法が悪。病気をもたらす毒を飲むことは悪。食事するのが善だ。

 アイススケートでこけるのが悪いこと。成功するジャンプがよいことだ。良いことをするのは、本人の実力がなくてはできない。囲碁などは、最善手以外は全部、悪手だ。最初から最後まで間違えなく打つことは、プロでもなかなかできない。

 悪人は、本人の頭が弱くて、正しく良いことができない。性善説で説明したように根っからの悪人はいない。本人の考えが間違っているか、正しい方法を知らないのか、頭が悪いのは確かで、それで良いことかできないのである。

 いつも正しいことができるのは、究極的には神様しかいない。人間は才能が不足するため、間違え、悪いことをしてしまうからだ。

 悪魔はいつも悪いことをする。こんな生物は性善説で説明したようにいないのである。もし究極の悪がいたら、最大の悪いことをするので、つまり自ら死ぬ。悪魔は消えてしまう。悪に徹し切ることはできない。徹してしまえば、死んでしまう。

究極の悪とはかっこよく聞こえるかもしれないが、簡単に言うと、究極のバカである。アホを極めても、だらしなく、みすぼらしい。1+1も悪は正しく答えてはいけないので、間違えなくてはならず、間抜けもいいところである。

 悪魔は、一時的に悪い考えにとりつかれた人間である。例えば、共産運動家。大人になって頭の悪いことが災いして、マルクス主義を信じ、破壊が正しいと信じこむ。しかし、いずれはそれも間違いと気付き、更生する。

 悪魔はこのようにして、消えるか、自ら修正していなくなる。が、神のように善なる者は、永遠に生きるから、いつまでも残る。つまり、二元論の世界は、悪が消え、神だけが残り、収束する。

 また二元論では、悪魔と神が相争う。しかし、悪は効率の悪いもの、悪い方法だけを知る者。つまり、がらくたのような不良品に囲まれ、何ら問題解決できない、愚かな者だ。悪とは、正解を知らないことで、そんな者は、技術力もない。正しい理論も知らない。こんな愚かな悪が、すべて正しい理論と技術を自在に使える神に対抗できるわけもない。神と悪魔が戦うと、悪魔の連戦連敗。すぐに消滅する。悪は神と較べて、微々たる力しかもちえない。神が9割9分支配して、悪は残りわずかしか支配できないのである。未来になるほど、悪の支配圏は狭まるばかりだ。やがては、ほぼ神の支配となる。二元論は、現実には偽りである。1元論こそが正しい。

 二元論は、このように間違いだらけ。信じるのはおバカである。

  本日の被害
 本日、音声送信はある。目などは刺されたようだ。生ごみの変なにおいが、洗濯かごあたりからする。これは付けられた臭いである。目が刺されて、顔に電波があたる。また軽い軽い頭痛がある。腰痛がするが、電波による症状である。

外出すると、毎日、多田で同じ顔をる。


 以上

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震災と左派世論、韓国の裁判官、哲学の話--ベストセラーは「バカ話」

2015-12-18 11:50:33 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ
 東日本大震災は今は、12/20説。こちらは、潮汐の危険日でもある。絵の12/16もそうだったが。

 産経新聞の支局長が韓国で無罪判決
 朴大統領を少々批判した記事で、有罪となったら、その国に言論の自由はないだろう。韓国が面白いのは、裁判所に政治判断がもちこまれることだ。政府の要請を公にした上で、裁判官はそれに従った。ここれ韓国人らしい事大主義だなと思った。韓国の裁判官は世相をみて、どちらにつくべきかをよく心得る。
 日本では、頭の硬いのがいて、司法独立と宣言して、政府の圧力に屈しないと反抗じみて、わざと国を困らせる判決を言い渡す赤いのが少なからずいる。こちらは法に忠実ならいいのだけど、裁判官の信じるおかしなイデオロギーや所属団体の権益に走り、法を歪めるのは困りものである。
 政府の圧力によって法を曲げるのも、本人の信念によって法を歪めるのも、どちらも裁判官としては、不良品である。今回の韓国裁判官は、言論の自由という基本人権は守ったからよし。
 
 大震災と日本 3 左派世論が震災を招く
 陰鬱な暗い日常がこれから数日後にはじまる。震災とともに明るい世相は一転する。せっかくアベノミクスで回復した淡い希望が、また沈み込む。
 地震と左翼の増大とは関係する。神戸大震災は村山政権だった。311は、民主党政権だった。

 左翼政権は震災前にあらわれる。日本人は、大多数は保守だ。が、震災が近づくと、左に傾く。大地からの電磁ノイズで、頭が悪くなるのだろう。日本人全体が、嘘もデマもみぬけなくなり、冷静さを失う。そして、選挙で左派の扇動を選ぶ真に受ける。すると、そんな左派首長がつく。これだけでも、日本の危機だが、そんな時に限って、震災が起きる。その無能首相が、震災対応を間違え、日本はさらなる苦境に立たされる。震災が左の世論を育て、地震が来た時に、左の首相が震災を大きくする。これが今までの震災の3悪(左世論、地震、左の無能首長)だった。

 今年は、様相が異なる。右の安倍首相が持ちこたえたから国土も安泰だ、と早とちりしてはいけない。シールズや反安保で左派が盛り上がること甚だしい。左派は支持率か低いくせに、このまま安倍政権を妥当すると、幻想をいだく。実に、震災の兆候だ。震災は近いのである。

 日本は、本当は危ない。メディアが左派に支配されたのだから、これこそが、神罰のくる理由となる。アカの犯罪の電波犯罪を誰も報道しないことが、最大の罪ではあるが。

 左派社会が震災を招くのか、地震が左派を好むのか。それは、震災前に強まる電磁ノイズと大地のゆらぎから、広範囲に起きる不安感が生じる。それが、左派をもたらすのだろう。左派の台頭した年は、大地震に注意である。

 そういえば、沖縄はずっと左派に支配されている。これは、大津波で沖縄諸島が流されるという予兆なのだろうか。私はそれを予知はしてないが。
 
 明るい日本を堪能できるのは残り2日。思う存分、楽しもう。

  
 哲学の話--- ベストラセラーに「バカ」話題の理由
 日本の有名なベストセラーは、「バカの壁」養老孟司である。もう一つは百田氏の「大方言」。こちらもバカの話題が盛りだくさん。どちらも、知的に新しい「おバカ」を語る。
 どうして、日本人はこうもバカ好きなのだろう。若者や中年が新しい少しマヌケな生活スタイルをはじめる。どちらもその「お馬鹿」具合を解説する。

 ここから売れる本の形式は、理解できる。まずは、体験や事例に1-2ページ使う。その後に、それを批評的に解説して、おバカとしめる。それを何話も続ける。私が気づいたのはたったこれだけ。私が「被害日記」を書く時には参考にしようと思った。

 日本人はなぜバカな人の話を読みたがるのか? 私は読まない。できるだけ使える知恵がたくさん書いてある本を買う。今は、新しい経営手法を年1冊買って、あとはほとんど専門書である。それを2冊読むと、その分野のことが一通り学べるものを選ぶ。精神論では、山田かまちくらいだ。他は、今はみつけてない。「お馬鹿シリーズ」は実用書でないから、私の関心外である。

 が、それを日本人は買う。なぜだろう。それは新しいお馬鹿の解説書だ。私はもっと著者の分析がしっかりしていたら、読んだだろう。しかし、私の心に響くほどの代物ではない。だから、10-20ページで飽きる。が、日本人はその程度の軽く浅い内容で、いいらしいのだ。それで、現代社会の仕組みや、人の心のあり方などなどを読者に、わかったつもりにさせる。具体性のない話ですまない。酒屋で深い話くらいが、日本人にちょうどよいらしい。名文でなくても。

  本日の被害
 本日、音声送信はある。目などは刺されたようだ。室内には毎日、魚が油のこげたにおいくさい。これはやくが燃えたにおいだそうだ。また今日は、生ごみくさかった。これは廊下などゴミのない場所でのにおいなので、侵入犯の噴霧である。
 以上


 

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大震災と日本2 儲かる株、アカい教師は解雇、夫婦別姓について、哲学の話-自己の位置(音空間)

2015-12-17 11:48:05 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ
 東日本大震災は今は、12/20説。しばらくは、防災に努めておこう。

 「公立中教諭が教室で赤旗コピー配布 シールズの反安保デモを持ち上げる 市教委が「政治的中立欠く」と処分検討 埼玉・春日部」産経ニュースより

 共産党に投票するように教師が誘導してはダメだ、ということは主権教育でも、徹底しなくてはならない。共産党の主張を教師が教室で繰り返し呪文のように唱えるのはもっての他。私の会社ならこんなアカい教師は解雇する。

 夫婦同姓
 歴史上の王族は妻も王様とほとんど同じ名字なので、夫婦同姓が最もよいだろう。別姓とするのは一部例外としては認めてもよいだろう。が、どこどこ家の人間かと区別する上では、わかりにくい。
 家柄や血縁は今後、どんどん社会的な意味が小さくなる。だから、母方や父方の姓にこだわるのはそんなに重要ではなくなる。これは同姓にする意味がないという理由に使われる論理だ。が、別姓についても同じで、別姓にする意味がないことになる。
 家の名前は統一したほうがよい。すると、偉人の名を覚えて、その妻や夫が同姓ならわかりやすい。配偶者が異姓ならわかりにくい。夫婦は名を残すほうの姓を名乗るべきだ。
 私は結婚しても、大野でゆく予定。


 大震災と日本 2
 震災後、経済は回復するか? 私が予想する次の震災は、東北沖と茨城県沖の首都直下地震の2つが同時に起きるもの。仙台震度7、東京震度6。
 新幹線は一ヶ月は不通。電車はこの区間で1週間から1ヶ月は止まる。交通は車を頼る。東北の高速の再開は一ヶ月近くかかるだろう。地域ごとに物量があり、スーパーは3-7日で再開できる。が、会社は早くても4日かかるだろう。
 首都は機能マヒ。国会議事堂も危なくて使えない。政府は予算案の成立が遅れると、来年度の行政が怪しくなる。そういうことまで心配しなくてはならない。
 東京湾岸の道路網は使えない。関東はマヒだ。関東が再び、5割で動き出すまで2週間から1ヶ月はかかるのではないだろうか。放射能の汚染は新規地区ではないだろうから、その影響が小さい。
 そんなこんなで、日本は再び、暗い時代に突入する。

 なぜ日本は震災を見舞うのか。アベノミクスでも、集団安保法案でも、安倍政権のせいでもない。悪いのは日本の地盤だ。首都を東京にした明治の重鎮だ。恨むなら、まずは地面をじだんだ踏むといい。大地は何も返してはくれないが。天罰か? それもない。天とは逆の地の災いだから。

 ただ、わずかに明るい話題もある。復興景気を見越して、建設業界の株が311後のように急騰するだろう。今回は港湾でなく、ビル建設のほうで。また、まったく地震予知がなされてなかったわけではなく、予知していた人がいると、彼が最後の希望となる。

 今が明るい日本の最後の3日。思う存分、楽しもう。

  
 哲学の話--- 自己の位置 音空間
 昨日は、自分自身はどこにいるかという話をした。両目の間の奥である。ほとんどの人はそこに自分がいる、と思っている。脳の位置ではない。

 しかし、目の見えない人は、そうは考えない。彼らは耳で自分の位置を決める。目をつぶってみよう。音はどこから、聞こえるだろう。

 まずは左耳をさわる。聴覚神経は内耳にある。左耳よりは、自分は内側にいると感じるはずだ。右耳も同じ。
 だから、だいたい鼓膜(内耳)あたりに自分がいると思うのが普通。右耳と左耳にこまくがある。その間ではないだろうか。

 ただ、思考こそが自己と思う人もいる。それは私は違うと考える。思考は脳の外から発せられるからだ。

 思考はどこから聞こえてくるか? 声は、喉から発せられる。声帯から。思考はどこか? これは頭の中と思ってる意人が大半だが、本当は、喉である。思考とは小さな小さな声である。
 だんだんと声を小さくしてゆくと、思考になることに気づくはずだ。思考は声としてはっきりと音に出さない音(声帯の声の一種)なのである。
 また目をつぶって、思考すると、頭より下の喉あたりから聞こえてくることがわかる。何度かやってみよう。いずれわかる。
 というわけで、多くの人は勘違いしているが、「思考」を発する場所は、声帯なので、自己ではない。自己とすることはでない。なぜなら、声のある喉を自分の居場所と思うひとはいないからだ。
 というわけで、視力がない人は、自己が2つの内耳の間にある。また思考の発せられる場所も自己のいる場所でない。

 考察1、一般人の「自己空間」

 自己の位置は、視力をもつ人は、両目の間の奥。その時、音は自己の両脇から聞こえてくる。思考は自己の下から聞こえてくる。そんな構成となる。

 考察2、脳と感覚器の関係

 ただ本当の自己は、脳全体の機能である。脳は感覚なしに、自分の位置をとらえることができない。脳は、感覚情報によって、自己の位置を決める。脳の保護上、感覚が指し示す「バーチャル自己」と脳の位置を一致させる必要がある。そのため、感覚器は脳の回りに配置される。

 これであなたは、「自己の空間」により詳しくなった。

  本日の被害
 本日、体は重くはない。ただし、目が刺されたあとがあり、動きがにぶい。また口の中は痛む。刺されたようだ。
 以上

 

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大震災と日本1 哲学の話--自己の位置は目の間の奥

2015-12-16 11:54:56 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ
 東日本大震災は本日におきない。昨日は地電流に派手な前兆はなかった。12月半ばが危ないのはかわりない。今は、12/20説。
 地震予知は手強い。何が起きるかはだいたいわかっても、日を当てるのは難しい。自分の事故なら、当日朝には必ずわかる。一ヶ月前から何があるかは調べはつく。地震もそうだけど、私は日をつきとめるのが苦手。まいった。

 大震災と日本 1
 大雑把に考えよう。311並の地震が東日本でまもなくある、と。
 電車は4日から一ヶ月止まる。帰宅難民は出る。福島の原発は爆発しても、放射能汚染は限定的だ。仙台の町は散乱する。東北から関東にかけての経済は一週間は停止する。これで何が変わるか?

 まず、地震当日は、被災の映像が日本全国に流れる。一日中、火災や救出劇の報道だ。数日は火事が高層ビルで燃える。誰も消火できない。救出するヘリとそれを撮影するヘリが東京や仙台の上空を飛び交う。冬の地震は、火事が恐ろしい。高層ビルも安全でない、と国民は知っても遅い。被災者の救出に4-6日ほど日本中が釘付けとなる。

 そんな時に、原発がしだいに危険になって、爆発する。幸い爆発は小さく、すぐに止まる。が、放射能が飛び、黒い雨が降る。人々が福島県で逃げ惑う。
 こんな時に、政府がうまく立ち振る舞うことができたら、よし。民主党政権のように何も動かないなら、安倍官邸もアウトである。

 それがようやく終わると、慰霊だ。復興だ。室内の、焼けた家の片付けが始まる。電車を動かすこと、高速道路の復旧、通信設備の修理で、工事業者が入り込む。一週間もすると、一部電車が動き出す。

 家を失った人々が余震を恐れて、避難所で暮らすのが目につく。砂が吹きあげる東京湾岸地帯は、人が住めなくて、無人化する。福島も一時、大勢逃げ出すが、汚染地域が少なくてしだいに戻る。

 そんなこんなで、震災による打撃の大きさがしだいにはっきりしてゆく。経済的な損失は50-100兆円。消費増税はストップ。オリンピックも中止。それは定まるが、内閣はすぐに決断はしない。オリンピックは代替地のこともあるから早く決めるとして。

 株価は2000-4000円が一気に下がる。中国観光客はぴたりとこなくなる。放射能さえ落ち着くと、大阪や京都には戻ってくるが、それも風向きしだい。日本の危機が再びある。そんな暗黒時代が再来する。

 それがまもく。クリスマス前に震災がやってきた。
 
 哲学の話--- 自分はどこにいるか?
 自分はどこにいるか? 厳密に考えてみよう。
 鏡をみると、自分が写る。自分の肉体がある。自分がいる。さて、「自己」はどこにいるだろうか?

 手の中に自分はいない。足の中にも自己はない。手足は、体の一部でも、自分自身ではない。胴体もそうだ。胴体は考えない。というわけで、体の中にはある。が、手足、胴体ではない。残るは頭だけ。自分自身は頭のどこかにいるとわかった。

 頭のどこに「自己」はいるのだろうか? 目か? 違う。耳か? 耳は違う。口か? 口も違う。顎でもない。というわけで、自分は目、耳、口、顎の中にいないことがわかった。毛の中にもいない。また頭の皮の中にもいない。

 では、どこにいるのか?
 残るは脳の中だ。そこに自分はいると考えた人は、正しい。が、正解ではない。脳のどの部位にいるのだろうか? 前頭葉か後頭葉か間脳か 小脳か? 今日はそこまで詳しく考えない。「自己」のひそむ場所をつきとめるのだ。空間的に。

 右目と左目がある。自分は両目の間にいるはずだ。右目に近いところにはいない。それは左目は自分から遠くて、右目のほうが自分の近くにあると感じる人はほとんどいないからだ。というわけで、自分は両目の真ん中あたりにいる。これがほぼ正解である。

 しかし、もし右目が見えない人は、左だけで生活している人は、自分が左目の奥にいると考えるだろう。いつも左目の景色が自分の正面にみえるからだ。というわけで、正確には、自己の居場所は、目の後ろあたりなのだ。両目を使う人は、右目の後ろでも左目の後ろでもない。ちょうど、両目の中間の後ろあたりだ。なぜなら、右目は自分より右側にあると人は考える。左目は自分より左側にあると人は考える。

 高さはどこか? 目より下側か?
 おそらく目の焦点あたり高さに自己がいる。網膜あたりだ。というわけで、ふつうの人は、焦点となる網膜の高さに自己がいる。

 奥行きはどのくらいか? 自己は眼球のどのくらいの奥行きの位置にいるか?
 おそらく、目の焦点あたりの奥行きのところに自己がいる。目の後ろに自己がいる。焦点よりやや奥ではないだろうか。これは推測である。厳密ではない。
 というわけで、だいたい目の焦点に網膜がある。網膜のあたりに自己がいる、と考える。

 答え、
 右目と左目の眼球の焦点。その両目の網膜の間あたりに自己がいる、と大勢は思っている。

 これは嘘ではない。大勢は脳がある場所にい自分がいると考える。が、それは大勢が自己の居場所と思っている位置としては、正しくはない。

 なぜ違うか。まずは夢のケースだ。夢の中で、自分は見たと思う。だが、夢は半分くらいは自分の体験でない。全部が、その時間の自分の体験ではない。
 タイタニック号の沈没を夢に見た人が、それに乗船せずに助かった、という話がある。これが事実として伝えられている。本人は自分がタイタニック号の沈没を見たと思っている。しかし、絶対に本人は現場にいない。

 こんな極端なケースを考えなくてもよい。夢でどこかにいた話で十分だ。眠っている間、本人は、ベッドか布団の上に寝ている。しかし、夢の間だけ、知らない人と一緒にいたり、本人はどこか遠く離れた場所にいたと思っている。

 ここからいえることは、本人は、見た景色の中にいると思い込むことだ。ほとんどのケースで本人の脳はそこにない。つまり、自分の居場所を決めるには、視界が重要なのだ。目の位置が。人間は、脳や頭の場所より、目の位置で自分の居場所を決める性質がある。
 
 目が飛び出た麒麟は、自分が体から離れて高いところにある目玉のそばにいると思っている。ただし、目が2つ飛び出た昆虫が、自分が2つの目の間にいると考えているかははっきりしない。

  本日の被害
 本日、体は重くはない。ただし、目が刺されたあとがあり、動きがにぶい。また口の中は痛む。刺されたようだ。
 以上


 

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メディアは軽減税率反対? 哲学の話--天才の作り方

2015-12-15 11:48:24 | 社会思想の終焉

大阪は晴れ
 東日本大震災は12/16説。テレビ予知(テレビにシンボルがあらわれた31-34
日にその災害が起きるというもの)では、12月半ばが危険期間。今日は地電流に派手な前兆はなかった。今夜に、大波が出ていると思うのだけど。

 左派メディアは軽減税率反対か?

 どういうわけか、軽減税率に走る自民党の姿を批判的に描くのが、ニュース23や左派などにみられる。左派はこれまで庶民の味方みたいな顔をしていた。が、どうやら今は軽減税率に批判的で、庶民の敵だ。

 消費増税は、来年にはないだろう。私は大震災でそれは延期されると信じている。それで、軽減税率ものびる。とはいえ、今、この議論をしなくてよい、という話ではない。政策は一度決まると、いずれその形で実施されるからだ。

 軽減税率は消費税が高いほとんど国でやっているもので、ごくごくふつうの政策。私は、アメリカで子供の頃、消費税のせいで値札より高くて、スーパーでお金が足りなかったことがある。計算が面倒だし、その頃から好きではない。今でも、値札と実際の価格が異なるのは、よくないと思う。買う側にとっては特に。

 消費税の話の値段の表示の話を聞いていると、商売人の都合ばかり聞こえてくる。値段は、買う時の値段をそのままつけるべきなのだ。値段が高いのは店のせいであって、国家のせいではない。私はそれをしない商店には、不買運動を起こすべきだとも考える。

 哲学の話--- 天才の頭の中
 秀才はたくさんの知識をつめこみ博識である。天才は、そんなことはしない。わずかな現象から真理を見出す。
 ニュートンがりんごの落下を見て、万有引力に気づいたという。彼は、学校や数学、物理のの本の知識が頭の中にあるわけではない。彼は、自然のモデルをよーく理解している。そこから結論を導き出した。
 知識や体験が少ないのに、たくさんの真理を彼独自の観察から理解しているのが、天才である。それには、現象のモデル化(パターン)をする才能がなくてはならない。数理的な計算には長けているとよい。すると、僅かなデータや自然現象から、あれこれ自分1人だけで考えて、大きな発見ができる。
 よって、知性を誇っているのが真に賢いわけではない。それは秀才型であって、本当はあまり賢くはない。多く知っているにすぎない。本当に賢いのは、物理世界を見て、法則をつきとめる。また、そういう実用的な見地から、多くの物事を区別しえる者である。
 だから、天才・真の賢人を育てる方法は一つ。自然現象から、多くのパターンを見つけ出して、それを探りなさい、と教えることだ。

  本日の被害
 本日、軽い頭痛。頭が痛む。毒刺されだ。いつもの被害なので、すぐにわかる。肌も黄色がかる。

 以上


 

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中共は国民党軍を追悼? 哲学の話--品格のないネットとメディア

2015-12-14 12:01:26 | 社会思想の終焉

大阪は曇り
 私の東日本大震災の12/14説はミスだった。地磁気と地電流に何もない。物理的予兆がないのに、地震が今夜発生するわけもない。当初の予想の12/15以降で、次の有力日は12/16にしよう。2日順延。

 昨日、念願の哲学・思想小事典を買った。これで哲学の年代を正確に語れる。やった。

 中共は南京事件の国家哀悼日に、国民党軍を追悼
 中共はおかしなことをする国である。日本軍侵攻当時、南京にいたのは孫文の国民党の軍隊である。南京事件のそう多くない死者の大半は、国民党軍である。南京の市民ではない。現中国共産政権の敵。日本憎しで中国は敵すら、追悼した。そのくせ、孫文の政府である台湾への敵視政策はかわらない。台湾の孫文の子孫には何を伝えたのだろうか。南京事件は虚偽なのだが、それはともかく、中国は謀略に走り、原理原則がすぐ歪む。
 
 哲学の話--- 品格について
 国家の品格、政治の品格とか、一時ブームになったあの「品格」だ。下品なよりは上品がよい。あまりに低劣になった国家政治家やメディアに、品ある振る舞いを取り戻す提案だろう。
品格とはwikiによると、「品位とは、気品や品格、人品などともいい、個人ないし特定の団体が、礼儀や節度や 人徳、気高さに富む様をいう。またそうした、品位の保持は人々より尊敬或いは信用を 受けるとされる。」という。

 さて、内面的なものよりも、言葉、振る舞いやマナー、作法など外面的なものだ。いってみれば、外面(ソトヅラ)である。品格を求めるのは、メディアや政治家があまりに品位や規律がなくなったからだ。だが、品位が多少身についた人は、さらに品格を磨く必要はない。紳士的な人は、そう政治や国家は中身が大切なので、そう品格にこだわらなくてよいだろう。
 現代のメディアやネット上の言論は、左翼は低劣になりすぎるきらいがあり、常に品格は求められる。

  本日の被害
 本日、目が刺された。目が痛む。また大阪の書店では、また霊能者の女に二名に待ち伏せされた。しかも、そこで、腹痛になった。悪質な電波が飛んでいた。

 以上

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