年末年始に読みたい! 西洋美術の見方が深まる「究極の古典」
オウィディウス『変身物語』(上下巻)と『黄金伝説』(1~4巻) 撮影=おちあいのぶしげ

年末年始に読みたい! 西洋美術の見方が深まる「究極の古典」

断片的な情報の洪水の中で暮らしている私たちですが、せめて年末年始くらいは落ち着いて、普段なかなか読めない本にじっくり挑戦するのもよいのでは? とくに、後世の美術や文学などに多くの影響を与えた「古典」を読んでみると、今まで見えていなかったこと、知らずに通り過ぎてきたことに、がぜん興味がわいてくるかも知れません。魅惑の読書体験、あなたも始めてみませんか?


 西洋文明の二大源泉として、「ギリシア・ローマ文化」と「キリスト教文化」が長らく2トップとして君臨していたのは確かでしょう。せっかく展覧会に行ったのに、この2つの文化的な背景を知らなかったせいで、「いまひとつピンとこなかった...」という経験をした人は少なくないはずです。世の中には、たくさんの解説本やムック本もあり、とてもわかりやすくまとめてくれていますが、どうせならおおもとの「古典」にチャレンジしてみませんか?

お薦め本その1:ギリシア・ローマの神話や伝説を集大成した『変身物語』

 例えば、2016年の注目の展覧会の一つ「カラヴァッジョ展」(国立西洋美術館、2016年3月1日〜6月12日)にやってくる《ナルキッソス》(1598-99)。なんとなく話の筋は知っているし、人に聞かれたら「水面に映った自分の姿に見とれて、水仙になっちゃった少年の話」「『ナルシシズム』の語源にもなった、自分が大好きな少年の話」などと答える人が多いかも知れません。これらは、不正解ではありませんが、正解でもありません。つまり、後世の芸術家たちが、もともとの話にインスパイアされて描いたものが一人歩きをして、どんどん新たなイメージを広めてきた結果だからです。カラヴァッジョはカラヴァッジョで、彼の解釈に基づいて、イメージを膨らませて描いたに違いありません。

caravaggio-narciso.pngカラヴァッジョ ナルキッソス 1598年頃 バルベリーニ宮国立古典美術館蔵

 では、もともと古代ローマで語られていたギリシア・ローマの神話や伝説は、どんな内容だったのでしょうか? それを読んでみたいという方にお薦めなのが、オウィディウスの『変身物語』です。作者のオウィディウス(前43~後18頃)は、養父カエサルの後を継いでローマ帝国の初代皇帝となったアウグストゥスと同時代人の詩人。つまり『変身物語』は、ローマ帝国の版図(領土)が地中海世界に拡がっていく時代に、それまでのギリシア・ローマの神話や伝説を集大成した書物なのです。

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オウィディウスの『変身物語』は、ギリシア・ローマの神話と伝説を集大成した作品で、後の西洋文化に絶大な影響を与えたと言われる名著

『変身物語』は、絵画や小説など後世の作品に絶大な影響を与えた古典として知られ、「変身(メタモルフォーゼ)」をモチーフとする大小250の物語が紹介されています。目次からざっと拾ってみても、「巨人族(ギガンテス)」「ペルセウスとアトラス」「メドゥーサ」「プロセルピナの略奪」「セイレンたち」「アリアドネ」「ダイダロスとイカロス」「ヘラクレスの神化」「ピュグマリオン」「アタランタとヒッポメネス」「ミダス王」「アキレウスの死」「巫女シビュラ」などなど、絵画、彫刻、文学、演劇などで聞き覚えがある物語が次から次へと出てきます。

 もともとの物語の記述を後世の芸術家がどう切り取ったのか、あるいは新たな解釈を加えてイメージをどのように膨らませたのか、そういう創作の秘密をのぞき見るような楽しみもあります。

 ちなみに、ナルキッソスの物語には、他にも重要な登場人物(妖精ですが)がいます。有名な「こだま」の妖精エコーです。実はナルキッソス自身も妖精の子どもなのですが、さて、この二人の関係は? そして本当にナルキッソスは水仙になったのか? それはぜひ本編でご確認ください。

お薦め本その2:キリスト教の聖人や殉教者のエピソード満載の『黄金伝説』

 一方のキリスト教のほうは、一神教の宿命的な部分もありますが、もともとはギリシア・ローマ神話のような百花繚乱の物語を持っておらず、福音書にしても説話的な内容は乏しいと言われています。しかし、ユダヤ世界を飛び出して、キリスト教を魅力あるものとして多くの民族に広めていくためには、わかりやすく、インパクトの強い物語(神話や伝説)がどうしても必要でした。

 そうした動きの端緒に『使徒行伝』(70~90年頃)があり、しばらく後のエウセビオスの『教会史』(290~300年頃)があります。キリスト教は、使徒や聖人や殉教者たちの生涯を神話化・伝説化することで、キリスト教の「神話文学」とも言えるイメージ世界を創り上げていったのです。その大きな成果が13世紀にドミニコ会士ヤコブス・デ・ウォラギネによって書かれた『黄金伝説』です。

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人文書院版『黄金伝説』4巻。ジョットの絵で有名な聖フランチェスコのエピソードは、この巻に収録されています

『黄金伝説』は、中世において、キリスト教関連の書物としては『聖書』に次いで読まれた書物だそうで、私たちが今日でも目にするキリスト教をモチーフとした造形芸術の大きな拠り所になったと言われています。

 先にご紹介した『変身物語』は岩波文庫で上下2巻ですが、集中すれば1週間から10日くらいで読み終わるかもしれません。しかし、ここでお断りしておくと、こちらの『黄金伝説』を年末年始の休み中に読み終わすのは至難の業でしょう。それでも、それぞれの人物ごとに項目が分かれているので、まずは興味のある人物から読み進めてみるのもいいでしょう(もちろん最初から読むのも止めません!)。

『黄金伝説』は全176項から構成されており、なかには「主のご割礼」「四季の斎日」「精霊降臨」などといった項目もありますが、ほとんどは聖人たちの生涯を紹介しています。「聖セバスティアヌス」「聖ユリアヌス」「聖ゲオルギウス」「洗礼者ヨハネの刎首(ふんしゅ=首をはねること)」「聖ヒエロニュムス」「聖女カテリナ」など、私たちが美術館や画集でよく見かける画題の元となっている聖人はほとんど網羅されています。ただし、この本が書かれたのは13世紀なので、例えば後に列聖するフランシスコ・ザビエル(1506頃~1552年)などは載っていません。

 カトリックの国(イタリアなど)では、どの街にも「守護聖人」がいて、教会の名前になったりしていますが、日本人には馴染みのない名前もあります。そういうキリスト教文化の深みに一歩足を踏み入れる際に、手元にあると大いに役立つのが『黄金伝説』なのです。

 最後に、『黄金伝説』で語られている説話が、どのようなかたちで視覚化されたのか、一つの例を見てみましょう。

 聖フランキスクス(フランチェスコ)は、鳩のような素直なこころをもっていて、すべての生きものたちに造物主を愛することを教えた。彼は、よく小鳥たちに説教した。小鳥たちは、彼の言葉にじっと耳をかたむけ、おとなしくなでてもらい、彼から許しがあるまでは飛びたとうとしなかった。あるとき、フランキスクスが説教をしていると、つばめが鳴いてやかましかった。彼が注意すると、たちまち静かになった。 ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説4』より引用   ※( )内は筆者による補足

 この説話を基に描かれたのが、ジョット(1267頃~1337年)の有名な《聖フランチェスコの小鳥への説教》です。ジョットは、装飾的・平面的なビザンティン様式が支配的だった時代に写実的な表現方法を取り入れ、「西洋絵画の父」と称される偉大な画家です。聖フランチェスコの人間味あふれるエピソードとともに、こうした作品によって、文字が読めなかった当時の人々が教会に惹きつけられいったことは想像に難くありません。

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ジョット 小鳥への説教 1290年代 アッシジの聖フランチェスコ聖堂

 こんな感じで、一つひとつの絵を、その源泉となった文章と比較してみることも、なかなか興味深いと思います。みなさんもぜひ、この年末年始にそんな魅惑の読書の扉を開けてみてください!

オウィディウス『変身物語』(上・下)
著者:オウィディウス
訳者:中村善也
出版社:岩波書店
判型:文庫


ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説』(1~4巻)
著者:ウォラギネ,J. de
訳者:前田敬作、今村孝、山口裕、西井武、山中知子
出版社:人文書院
判型:四六判
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