演芸図鑑 国本武春さんをしのんで 2015.12.27


今年の1月から3月まで「演芸図鑑」のナビゲーターを務めた浪曲師の国本武春さんが12月24日亡くなりました。
本日の「演芸図鑑」では国本武春さんをしのんでその名演をお届けします

(柝の音)
(拍手と柝の音)
(拍手)傾城に誠ないとは誰が言うた誠ありゃこそ今が世に紺屋高尾の名も残る「おはようございます。
おはよう…」。
「どうした?おお久造か。
こっち入りな」。
「どうも親方。
おはようござ…」。
「いいよ挨拶は。
えっ?何だい?何か用か?」。
「それが親方あの…。
あの〜いよいよあの…。
ヘヘヘヘ…あのねついにあの…。
ついに…。
フフフフ…。
親方ついに3年でございます」。
「何だ?何だ?ついに3年ってのは」。
「親方〜忘れちゃ嫌ですよ。
高尾に会うんですよ」。
「何を?高尾に会う?何だ?それはどこの野郎だ?」。
「野郎じゃありませんよ。
吉原のほら花魁の高尾太夫ですよ」。
「えっ?吉原のた…。
ああ!おめえが恋煩いで生きるか死ぬかって大騒ぎした。
あれから3年か。
その間おめえ一生懸命仕事してコツコツ金…。
金をためて…執念深え野郎じゃねえか。
いいぞいいぞ。
俺が言いだした事だ。
行ってきな行ってきな。
行ってきなだけどな久造。
いくら何だって紺屋の職人じゃ相手にしてくれねえぞ。
うまい具合にぱ〜っときれいに化けてな付き添いの一人もちゃんとつけて案内をしてもらわなくちゃいけねえ」。
「えっ?化けるってえとあのタヌキかキツネに?」。
「いやそんなもんに化けても。
そうじゃなくてさ身なりをさっぱりともっとこぎれいにするって事だ。
いやそれから付き添いなんだがね俺が行ってやりてえとこだがあんまり詳しい方じゃねえしな。
ああいうとこは難しいんだ。
あっちこっち祝儀したりいろんなところに顔が利かなきゃいけねえ。
誰かいねえか?吉原に詳しい…え〜…。
思い出した。
いい人を一人思い出したよ。
ほら久造おめえも知ってるだろ。
横町に住んでる竹庵先生って。
変わりもんの医者の。
あの先生はな医者の腕はまるっきり駄目だが女郎買いにかけちゃ免許皆伝だ。
ああいう先生を…うるさいよ今久造と話をして…。
えっ?何?今表をその竹庵先生がちょうど通る?隙のない段取りじゃねえか!呼んでこい早く呼んでこい!」。
「はいはいはいどうもどうもいやいやどうも。
いつもなこの前をつ〜っと通行させては頂いておりますが改めまして皆様の麗しきご尊顔を拝してどんどんと親方お久しぶり!どなたかご病気?」。
(笑い)「何だ随分陽気な先生だな。
いや別に病気だったら先生は呼ばねえんでね。
実はここにいる久造の話なんですね。
こうこうしかじか…」。
「でかしました。
私はそういう威勢のいい話もう大好きで。
じゃあ久さん取りかかりましょう。
まずはな頭と身なりをきれいにこしらえてな」。
(拍手)「はいはいできましたできましたきれいきれい。
あ〜これなら大丈夫だ。
それから久さん今日はな向こう行って決して口をきいちゃいけません。
職人の言葉でペラペラ喋った日にはすぐにバレてしまう。
今日はな上総のお大尽の跡取り息子というそういう触れ込みで行きますからな。
何を聞かれても何を言われても『あいよあいよ』とな。
それから私の事いつものように『先生』なぞと呼んじゃいけない。
今日はな私はお前さんのお付きのじいお供のじいとして行くんじゃから何かな私に用事がある時はなこう反り身になってな『ああこれこれ竹庵竹庵』。
まあこんな感じでひとつ呼び捨てにして」。
「ちく…いや〜先生そりゃいくらやぶ医者でも申し訳ない」。
「やぶ医者は余計だよ。
それから隠せないのはお前さんの手だが見せて。
うわっうわっやな手だな。
爪の間に藍が染み込んで。
ああ染め物屋職人の宿命。
しょうがない。
じゃあなこういうふうに袖の中に手を入れてこういう形でな決して袖から手を出さないようにな。
じゃあ親方行ってきますんで」。
「ひとつよろしくお願いします」。
二人並んで外に出るお玉ケ池を後にして参りましたは吉原の大門くぐれば仲の町右も左も人の波三年でためたお金が15両一度に使うはよいけれどせめて今宵が少しでも伸びてくれればよいのにとお茶屋通され飲むうちにお引けとなって高尾の前「お国は…。
お国は上総でありんすか?」。
「あいよあいよ」。
「主たばこでも一服吸いなまんし」。
「あいよあいよ」。
(笑い)「さあ」。
(笑い)「あいよ」。
(笑い)「まあ何を言ってもお返事ばかり。
それでは主はんそろそろ御寝なりまし」。
「何…?ぎょぎょし?あいよ」。
(笑い)「寝なまし」。
(笑い)「ねなまし?ね…はっ!あいよ!」。
夢のような夜が過ぎてからりと明けた明くる朝。
「主主主…朝でありんす。
主主…朝でありんす」。
「あいあいあいあい。
あ〜いや〜ゆんべはもう…ブ〜ッ!あああっ!あいよ!」。
「わちきのようなふつつか者よう名指してくんなました。
で主はんおウラはいつごろ?」。
「何…?おウラ?お裏?あいよ」。
「今度…。
今度は主はんいつ来てくんなます?」。
「今度?今度…。
ええええ!あの…さっ3年ヘヘヘ…。
また3年たったら来んなます」。
(笑い)「ほかのお客はんでありんしたら明日来るのすぐウラを返すのと言いなますに主に限って3年とはそりゃきつう長いじゃありんせんか」。
「ええ…長いんす…。
もうべらぼうに長いんで。
花魁!そんな事言われたら俺はもう隠しきれねえからぶちまけちまうわな。
上総のお大尽の跡取り息子なんてのは真っ赤なうそで実はあっしは神田…。
神田お玉ケ池紺屋六兵衛んところの職人で名は久造ってもんです。
さあ驚きなさるな花魁。
3年前におめえの花魁道中見てからってものあ〜世の中にこんなきれいな人がいたのかって一時だって忘れる事ができねえ。
こんな苦しい思いするんならもういっその事死んじまおうと思ったところを親方に励まされておめえみたいなもんだって金さえありゃなんとかなると言われたもんだから3年一生懸命働いて10両ためてこうやっておめえと会う事ができた。
『今度いつ?』なんて事言われたら明日も来てえ。
あさってだって毎日だってこうやって差し向かいでおめえさんと話がしてえ。
だけどな…。
だけどな花魁おめえは知るめえが15両なんて金は紺屋の職人にとっちゃすぐできるもんじゃねえ。
これからすぐだ。
また紺屋帰って一生懸命働いて3年たったら花魁15両ためたら会いに行く!会いに会いに会いに会いに会いに…。
会いに…。
会いに来る…」。
「主主主主…。
そりゃ本当でありんすか?今の言葉が本当なら来年3月年明けには眉毛落として歯を染めてあなたのおそばに参ります。
必ず…。
必ず見捨ててくんなますなえ」。
遊女は客に惚れたといい客は来もせで又来るという金のある人わしゃ嫌い貴男の様な正直な方を捨ておいてほかに殿御を持ったなら女冥利につきまするこんな稼業はしていてもわしもやっぱり人の子じゃ情に変りがあるものか義理という字は墨で書くその年暮れて明くる年。
高尾太夫が紺屋久造のところに嫁入りするという。
おなじみ「紺屋高尾」の一席。
ちょうど時間となりました失礼でしたまずこれまで
(拍手と柝の音)
(拍手)
(拍手と柝の音)ああ降る雪は豊年の貢と人は言うけれど空ゆく風が降る雪が今日も泣いてる印旛沼
(拍手)「甚兵衛…甚兵衛。
甚兵衛。
わしじゃ惣五郎じゃ…今江戸から戻ってきました。
人に見られて一大事。
早う早う早うここを開けて下され。
甚兵衛。
甚兵衛。
わしじゃ惣五郎じゃというに…」。
「偉そうに…またしても甚兵衛甚兵衛と呼び捨てにして。
え〜い狸汁にしてくれるから待っていろ!」。
傍にあったる薪を取り土間に駈け下り甚兵衛がかけがね外し雪の明かりに見かわす顔。
「ぷ〜おうやっぱりあなたは宗吾の旦那!」。
「これ甚兵衛!」。
声が高いぞ静かにしろよ表戸ピッシャリ。
「ド…ド…ド狸め〜今度出てきたら命が…。
旦那さまでごぜえましたか。
よ〜お戻りなせえました。
さ〜さ〜さ〜こちらへこちらへさ〜…。
して旦那さまこの大雪詮議厳しい中何で…何でお戻りなせえましただ…」。
「うん…。
お前じゃで包まず話をいたしましょう。
実はわしもあれから江戸へ出て手を変え品を変え…ご老中に籠訴までしてみたがお取り上げならず…。
というてこのままに捨ておけば三百八十九か村五万に余るお百姓の命が救えず…。
切羽詰まって来月二十日将軍家上野東叡山墓参のみぎり恐れながらと直訴…」。
「それじゃあ…それじゃあ何でござりまするか旦那様が村の衆の難儀を救うため将軍様に…。
旦那様…直訴をすれば張付けじゃとかこの親父は聞いておりまするが…」。
「うん…。
たとえこの身は逆張付けになろうとも覚悟の上であるなれどこれこのままに捨ておけば罪咎もない妻子まで同じく拷問受けるは知れたこと…。
生あるうち妻子の者におうて別れがしたさいや…別れておけば言い訳がたつとこうして雪の中しのんでまいりました…。
お〜そういううちにも心がせく。
のう甚兵衛寒いのに気の毒じゃがちょとわしを向こう岸まで渡してくれまいか?のう甚兵衛寒いのに…寒いのに気の毒じゃがちょっとわしを向こう岸まで…」。
「旦那様…もったいのうごぜえますでお手をお上げなすっておくんなさいまし。
なあに旦那様の仰る事じゃでもう何が何でも…何が何でもお引き受けせにゃならんのでごぜえますが…。
実は旦那様…渡すに渡せねぇ…行くに行けねぇ…深〜い訳がござります」。
「甚兵衛…もう何も言うてくれるな…。
何も知らず帰って来たこのわしが馬鹿であった。
それではわしはもう妻子の者には遭わずこのまま江戸に戻ることといたしましょう。
これなる袱紗包みの中には女房に宛てた離縁状四人の子供に勘当の書付に添えわずかじゃが金も入っている。
これさえあればたとえこのワシが逆張付けになろうとも妻子の者に罪は無い。
のう甚兵衛。
この包みを明日の朝で結構じゃ。
女房おさんのところまで届けて貰えんか」。
「えっ…ええ…そのくれぇの事でごぜえますりゃあ訳も造作もねえ事で。
必ずお引き受けいたしますでごぜえます」。
「それからのう甚兵衛。
必ず未練な奴じゃと笑うて下さるな…。
この包みをおさんに渡す時実は昨夜江戸から宗吾が戻ってきて逢わずにそのまま…逢わずにそのまま帰っていったがただ一目…ただ一目会いたかったと忘れずに伝えてくれよ」。
「ハイ…ハイ…ハイハイハイ…。
ご恩を受けたこの親父が…何の力にもなれねえ…。
申し訳ねえことでごぜえます。
いや奥様お子様の事でごぜえますりゃあなこの親父がもう命に代えてお引き受けいたしますでどうか旦那様…大船に乗った気持ちで…。
どうぞ道中くれぐれもお気をつけて…」。
「何から何まで世話を掛けてすまんのう…。
思えば甚兵衛お前にも随分世話になったなあ。
もうこの世では会われまい…。
いつまで居てもせんないこと甚兵衛達者でくらせ!」。
「あ〜旦那様…だ…だ…旦那様!」。
「甚兵衛。
まだ何か用事か?」。
「いや別に用事はございませぬがちょっとお戻りなせえませ。
ちょっちょっちょっちょっと…お戻りなせえましたか。
いやあもうよう降る雪でごぜえますわい。
いやいや別になこれと言っちゃ用事じゃねえがなもうこの大雪で身体が冷え切っておりましょう程に今この親父がな薪を持って参りますでバ〜ッとひとくべ焚いてからだでも温めてよ…」。
「そうしては居られぬ身体。
わしは…わしはこれからすぐにも江戸へ…」。
「まあまあまあ…年寄りの言うことは聞くもんでごぜえますわい」。
なあにすぐに戻ってめえりますでしばらく待って下さいと胸に一物甚兵衛が傍にあったるナタ取って吹雪の中へと消えて行く。
うかがい寄ったる舟のそば鎖をつないだ棒杭をば見るより早くナタ振り上げて「エ〜イエイエイエイ…。
エイ…エイ…。
歳は…歳は取りとうないもので…。
高々知れたこんな鎖が切れんのか〜…。
あと十年も若けりゃあこのぐれえなものは訳も造作ものう切れようものを…。
このまま…このまま旦那さまを向こう岸に渡さなけりゃ人と生まれた甲斐がねえ…。
この世の中に…」。
この世の中に神や仏があるならばこの甚兵衛に乗り移り切らせ給えと心の内に手を合わせた。
「だ〜!」。
プッツリ切れ…。
「き…き…切れた切れた切れた切れた切れた切れた。
旦那様〜っ切れましたぞ〜っ!」。
「あれは…あれは確か甚兵衛の…おっ甚兵衛じ…。
ぷ〜っ!うわっ!そなた封印切って…。
いやさ鎖を切って甚兵衛そなた血迷うたか!」。
「うえ〜うえ〜…旦那様〜」。
三百八十九か村の五万に余る人々の命の親の旦那様渡してあげるが人の道六十過ぎたこの身体何の命が惜しかろうお乗り下さいこの舟へ
(拍手)浅いところは棹で差し深くなったら櫓と替わる甚兵衛心に思うようお気の毒な旦那様江戸にお戻りなされたら六尺高い張付け…「六尺高い張付け…お気の毒な事じゃぁ…代われるもんならこのわしが代わってやりてえとこだが世の中はままにゃあならねえもんだ…」。
落つる涙を瞼に止めてエッサオッサと漕ぐ舟の思いは同じ惣五郎わずかなことを恩に着て封印切って雪の中渡してくれた甚兵衛に後で難儀がかかるじゃろう許してくれよ甚兵衛と心の内に手を合わす無事に着いたる向こう岸舟から上がる惣五郎妻子の者に別れ告げ三百八十九か村の五万に余る人々の血を吐く願い背に負い再び渡る印旛沼たとえその身は消ゆるとも思いを遂げて村人に神と祭られ惣五郎その名は残る義民伝甚兵衛渡しの物語
(拍手)
本日の「演芸図鑑」では12月24日に亡くなった国本武春さんをしのんでその名演をお送りしました
2015/12/27(日) 05:15〜05:45
NHK総合1・神戸
演芸図鑑 国本武春さんをしのんで[字]

平成27年12月24日に逝去された浪曲師・国本武春さんをしのんで、その名演をお届けする。

詳細情報
番組内容
平成27年12月24日に逝去された浪曲師・国本武春さんをしのんで、その名演をお届けする。
出演者
【出演】浪曲師…国本武春,浪曲、曲師…沢村豊子,【司会】秋鹿真人

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
ドキュメンタリー/教養 – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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