・「ぞうさんぞうさんおはながながいのね」「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」。
日本中で愛される童謡の生みの親まど・みちお。
2014年に104歳で亡くなるまで世界を子供のような目で眺めその発見をみずみずしい言葉で詩にしてきました。
ことりの事をうたった詩。
そんなまどにはもう一つ創作に打ち込んだものがありました。
それは絵です。
特に50代の頃に盛んに描きました。
3年半で100点以上。
どれもが何を描いたのかはっきりしない不思議な作品ばかりです。
まどはこうした絵を押し入れにしまい込み長い間秘密のままになっていました。
絵の方がまどさん自身を表現してるといいますかね。
本当に自分の世界って何なのかを見つめて取り戻して自分らしくありたいっていう。
「ぞうさん」のヒットから10年。
当時まどは創作の限界を感じていました。
更に最愛の家族の死。
「何となく兄が別れに来たのだろうという気がした。
涙があふれ出してしかたなかった」。
まどはどんな思いでひそかに絵を描いたのか。
日本を代表する詩人の知られざる姿を見つめます。
「日曜美術館」です。
詩人のまど・みちおさんがあんなたくさんの絵を残していた。
ご存じでした?僕は存じていました。
知ってたんですね。
まどさんの絵は何ものにもとらわれてない。
まどさんの内面や感情をそのまま表したようなそういったところに僕は魅力を感じてました。
でも本当にまだまだ知っている方は稀有だと思うぐらい知られざる絵の世界なんですよね。
今日はその絵の世界を同じく詩人の谷川俊太郎さんと共に見ていきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
谷川さんにとってはまどさんの絵というのはどういう印象というかどういうものですか?一口で言うと怖い。
(井浦伊東)怖い?僕まどさんの創作されたものを氷山の例えで話す事があるんですよ。
氷山って海面に浮いてるわけですよね。
上の方がちょっと出てるだけで実際に下の方はこんなに大きいっていいますよね。
まどさんの詩はその海面から上に出てる氷山の部分でそこにはもう空もあるし星も輝いてるし風も吹いてるしすごく明るい世界ね。
だけど下の方は要するに深海。
深い海って怖いじゃないですか。
不気味な生物もいるし。
絵は全部氷山の下だというふうに僕は捉えたんですよ。
じゃあそもそもなぜ詩人のまど・みちおさんがどうやって絵というものにたどりついたのかその人生の物語から見ていきましょう。
瀬戸内海に面した港町山口県周南市。
ここがまど・みちおのふるさとです。
まど・みちおを愛してやまない人がいます。
女優の市川実日子さんです。
山口県自体初めて…すごい気になるあれ。
かわいいですね。
町の動物園でぞうさんがお出迎え。
鼻がかゆいんですかね。
ウフフッ。
園内には童謡「ぞうさん」を記念した石碑が建てられています。
市川さんは今もまどの詩集を愛読しています。
小さい頃から歌ってて大人になっても何かたまにいまだに突然いつの間にやら口ずさんでいる歌が何曲かあって。
歌っててちょっと楽しい気持ちになる歌だなあって全部。
市川さんが訪れたのは周南市美術博物館。
まどが50代で描いた不思議な絵の一部が展示されています。
きれいな色ですね。
タイトルはありません。
ああ何か…。
何だろう。
何かの実のようにも見えるし。
一体何を描いたのか。
明るく優しい童謡や詩からは想像できない作品ばかりです。
絵をちゃんと実際に見たのは初めてなので今まで自分が読んできた詩と…。
詩になった裏奥にあるものなのかなって。
見えない。
心から漏れ出してるものがここに紙の上にのってるのかなっていう。
当時童謡の創作がおろそかになるほどまどは絵にのめり込んだといいます。
誰に見せるでもなく100枚以上描きました。
まどの不思議な絵が世に知られるようになったのは20年ほど前。
児童文学を研究する谷悦子さんが見つけたのがきっかけでした。
創作の変遷を知ろうとまどの聞き書きを重ねていた谷さんは長く眠る絵がある事を知りました。
20年間も押し入れに入れてあったんでいやあカビがきてますねとか言いながら…。
白くなってるのがカビがきかけていますねとか言いながら剥がしながら畳の上にずっと広げていかれて。
それが100枚近くありますからねもうびっくり仰天というか。
谷さんは童謡や詩のイメージだけでは語り尽くせないまど・みちおの姿を絵を見て初めて知ったといいます。
(谷)とにかく内面的に自分というものが鬱積してるというものを吐き出してるんだなというのはすごく感じたんで。
あやっぱりこういう方なんだこういうとこを持ってらっしゃるんだというのは絵を見て余計にね。
詩があまりにもきれいなので詩の場合はね。
詩の場合はそういうドロドロを全部濾過して昇華して詩になった時にはほんとに美しくてユーモラスで楽しいというのしかないんですよね詩の世界は。
だからそういう意味では絵の方がまどさん自身を表現してるっていいますかね。
まどが絵に熱中したのは童謡「ぞうさん」で人気を博した10年後50代を迎えた頃でした。
一体なぜ絵に没頭したのでしょうか。
まど・みちお本名石田道雄が童謡を作り始めたのは1930年代。
建築の仕事をしていた時でした。
詩を作る事が大好きだった20代のまどは童謡を募集していた絵本雑誌に5つの作品を投稿します。
そのうちの2編が童謡の第一人者北原白秋によって特選に選ばれます。
童謡の道に本格的に進みたい。
そう考えるようになりました。
願いがかなったのは終戦後。
1948年。
童謡を載せる児童雑誌の編集者となります。
自らも創作に励みました。
雑誌編集者時代のまどを偶然土門拳が撮影していました。
まど40歳。
徹夜続きの激務をぬって必死で詩を作りました。
そして…。
・「ぞうさんぞうさん」一晩で書き上げた「ぞうさん」が瞬く間に日本中に広まりました。
42歳でのヒット曲でした。
更に「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」などユーモアにあふれる童謡を次々と生み出します。
しかしまどは行き詰まります。
舞い込む童謡の依頼をこなすので手いっぱい。
自分が本当は何が作りたいのかが分からなくなっていったのです。
当時の日記には自分をとがめるような文章がつづられています。
「おれはどんなにして童謡をかいているだろう。
昔のように感動から出発しない」。
心おきなく理想の童謡を追求しようと雑誌の仕事を辞め独立のめどを立てたのは50歳の時でした。
ところが時代は大きく変わろうとしていました。
高度経済成長そして東京オリンピック。
テレビを通して新しいものが家庭に届けられるようになりました。
子供の歌にもはやり廃りが出始めます。
・「おもちゃのチャチャチャおもちゃのチャチャチャ」流行のリズムやポップス調の歌が人気を集め詩の言葉に重きを置いた童謡は次第に求められなくなっていきました。
詩を主体に考える童謡そういうものを目指していらっしゃいましてそれについては1950年代はそういう黄金期だったと思うんですよね。
でも1960年代になってどちらかというと時代を象徴するもの例えばその辺りの世相であったり例えばその辺りの一番みんなに受け入れられてるリズムそういうようなものに童謡が取り込まれていったというそういう事じゃないかと思います。
このころ出版されたまどの童謡集。
序文に当時の風潮に対する静かな怒りが記されていました。
まどが不思議な絵を描いたのはこの時期でした。
まるで心の奥底からあふれ出るものをたたきつけるように生み出していったのです。
谷川さん。
はい。
先ほどは「怖い」というふうに表現されましたけれども最初に出会った時というのはどのような印象を受けました?何でこんな変な絵描いてるんだろうと。
つまり彼の言葉による作品と比べるとみんな言ってるけどもやっぱりすごい意外なんですよね。
多分ねまどさんは絵に関しては自分はもうアマチュアだというのを貫いていたと思うね。
誰にも分かんなくてもいいと。
自分一人が描いてるだけなんだという精神があったと思う。
それでこちらがまどさんの最初の一枚でもある「石」という作品ですよね。
感情を細い線でまるで打ちつけているような気持ちがあふれ出してるようなものを感じるんですけれども谷川さんこの「石」…。
抽象画って言い切れないとこありますよねまどさんの絵は。
本当に自分の感動をそのまま画面に解放させるみたいな描き方なんですよね。
だから他人を気にしてないんですよ絵は。
童謡の詩の場合にはやっぱり他人に受け入れられなきゃいけないという気持ちがどこかにあったと思うんだけど。
まどさんというのは詩でも絵でも自分と宇宙が直接向かい合ってるって人だから間に人間社会ないのね。
だから人間を介在させないでああいう言葉も出てくるしこういう絵も出てくるんだと思うんですよね。
ほんとに無時間的な絵ね。
絵を描いてって成熟したとかうまくなったとか一切なくてその時々の瞬間的な感動で描いてますよね。
だって詩の創作の邪魔になるぐらい熱中して絵を描かれてた時もあった。
絵を描く事で解放されてたんですよ。
詩では多かれ少なかれ注文をこなすわけでしょ。
それがだんだん嫌になってきてたわけですね。
やっぱり何か一種マンネリズムにもなってたって自分で思ってたんじゃないかな。
絵はほんとに自由に何の注文も気にせずに描けてたからそれで解放されてたと思いますね。
本当にいろんなものから解き放たれたそれが発露してるという事。
でしょうね。
まどさんの意識下にはすごくいろんなものが渦巻いてた。
だからよくハスの花が泥沼に咲くと言うじゃないですか。
ああいうつまり土壌何かいろんなものがあって言ってみれば怖いような汚いような土壌からあんなきれいなハスの花が咲くわけでしょ。
まどさんの詩はそうだと思うんですね。
彼は絵の方はもうそういう事を考えずに泥の部分を出してきたみたいな。
そこがやっぱりすごいですよ。
まどが不思議な絵を描き始めたのは51歳の春。
半年で60枚を超えました。
描いても描いても絵が描きたい。
なんという事だろう。
恋に狂った人間みたいなものだ。
絵を学んだ事がないまどの描き方は全くの自己流。
思いを吐き出すうちにいろいろな表現ができる絵の面白さにのめり込んでいきます。
紙の地肌を削って模様を作り出したもの。
くしゃくしゃの紙を引き伸ばしそのしわに沿って色を塗ったもの。
更にはたらした絵の具が流れるままを生かしたもの。
次から次へと新しい描き方を試みました。
きれいですね。
美しい。
長年にわたってまどから教えを受けた童話作家の神沢利子さんです。
自己流の絵にこだわったのにはまどの創作に懸けるある強い思いがあったからだと考えています。
自分独自の内容から出た表現でなくちゃいけないって事ね。
そういうふうな非常に抑制的な方であるけどそれだけに自分にも厳しくまた教える人にも厳しかったという事ですね。
独自のものでなくちゃいけないよという事ですよね。
なぜまどは絵に熱中したのか。
神沢さんはこう推理します。
言葉にとらわれますからね詩というものはね。
言葉を離れられないものですから。
言葉を剥ぎ取りたいというような気持ちは分かるような気がしますね。
この時まどは具体的なものを描きませんでした。
あえて抽象的な絵を心掛けていたのです。
私はなぜ具象画を描かないのか。
私は視覚を「読み」の呪縛から解放させてやりたいからだ。
とにかく視覚は今疲れている。
読まれる事に追いかけられて「視る」暇がなくなっている。
これはコップ。
それは花。
あれは山。
便宜上そのものの上にくっつけた「名前」を読む事だけが視覚の仕事みたいにされている。
とんでもない事だ。
視覚はそのものずばりを視て感じる権利を持っているのだ。
言葉から離れて見たまま感じたままに身を委ねたい。
そうすれば本当に自分が作りたいものが何か分かるかもしれない。
本当に自分が作りたいものを探してまどは言葉の枠の中に入りきらない絵を追い求めました。
絵に熱中して1年が過ぎた頃。
ふるさとから突然の訃報がもたらされます。
2つ離れた兄守槌の急死の知らせでした。
幼い頃から活発だった優等生の守槌はまどにとって自慢の兄でした。
「庭に出てアザミの綿毛をひとつ吹いてみた」。
「ふとモンシロチョウが来た。
手を出すとその手の指にとまって動かないではないか。
何となく兄が別れに来たのだろうという気がした。
涙があふれ出してしかたなかった」。
兄の死のあとに描いた絵。
まどは残りの時間を強く意識したといいます。
そして自分が本当に作りたいものは自分の中から生み出す美だと気付きました。
自分で何かをどんな小さいものでもいい何かを発見する事が仕事である。
これからの余生を美の発明・発見にささげたい。
不思議な絵を描き始めて3年。
まどは一枚の絵を「墓標」と名付けました。
それまでの自分に別れを告げて新しい道に進む日々がすぐそこまで来ていました。
言葉の人だからこそ言葉では表せられないものへと挑戦していったというそういう印象を受けるんですけれども谷川さんはまどさんのその思いどのように?まどさんがずっと今おっしゃってた事僕全部すごく100%共感しますね。
詩を書く人間というのはやっぱり言葉をつかって書くんだけど言葉が邪魔だと思う事があるんですね。
自分が受け取ってるものに対して。
特に言葉というのは本当に不完全なもので何か目の前にある現実にあるものを言葉で表現してもそれは本当にもうそのものの1割も表現できないと僕なんかは思ってます。
多分まどさんもそう思ってたと思う。
まどさんというのは…僕もそういう傾向があるからすごくよく分かるんだけど名前を付ける以前もっと簡単に言うと言語以前の存在みたいなものに迫りたかった人だと思うのね。
宇宙の始まりはビッグバンか何かですよね。
それから無機物ができて有機物ができて結局生き物ができてきてそのうんと端っこの方に人類が発生したわけでしょ。
その人類が発生してまたしばらくしてからやっと言語が発生したと。
まどさんはその言語に不満なわけ。
言葉って何も言えてないと思うんだと思う。
だから言語以前の何か宇宙の混とんみたいなものを言葉でも書きたいし絵でも描きたかったんじゃないかなと思いますけどね。
谷川さんもそうですしまどさんの詩からいろんな言葉のプレゼントというか贈り物をもらってる私たちからするとそのまどさんが言葉はチャチだというふうにおっしゃる事の興味深さというか深さというか。
ドキッとします。
僕なんかまさにそう思ってます。
言葉はチャチなんですよ。
僕不思議なのはねまどさんって音楽に対してすごい冷淡ね。
面白い。
そうなんです?だってあの「ぞうさん」にしろ「やぎさんゆうびん」にしろ團伊玖磨さんの力というのはすごく強いんですよ。
あれは音楽そのものがすばらしかったわけ。
だけどまどさんは「おんがく」という題名の詩が1編あるんだけどその「おんがく」も目でみたいって言うんですよね音楽を。
さっきの「ことり」の詩があったでしょ。
あれも目でさわっていいかって言うでしょ。
徹底的な視覚型で聴覚型じゃないんですね。
それがちょっと不思議。
でもやっぱり目でいろんな事を発露できる美術絵にまどさんは行ったという事ですね。
目がよかったんだと思いますね。
目が魂と直結していたと言えばいいか。
まどの絵の創作は3年半にわたって続きました。
その終着点として描かれた作品を特別に見せてもらいました。
これまで見てきたものとは違った印象です。
54歳の秋。
「壁面」。
不思議な奥行きを感じる画面。
真ん中のとがった形はしっかりと上を向いています。
苔むしたようなモスグリーンの画面。
ここに託したのは言葉が生まれるはるか以前の豊かな静けさでしょうか。
迷いがなくなった時のこう突き抜けていく感じ。
明らかに自信というか強さが違う気がして。
何かその美というものが見つかったまどさんの美というものが見つかったっておっしゃってたんですけど。
絵だけではなくて言葉とか日常の中の美とか何かを見る時の自分の視線とかそういういろんな事が。
自分の事を好きになれたのかなというか。
ようやくつかんだ自分が作りたい美の糸口。
これらの作品を最後にまどは絵の制作から離れていきます。
まどの絵に特別な関心を寄せる人がいます。
その絵は抽象画の枠では語れないといいます。
(伊藤)1964年の終わりぐらいの作品になると何かこう…自分の手でじかにわしづかみにしていきたいといったような方向を強く感じました。
まどの求めた美の原点は幼少期まで遡ります。
まどは幼い頃に台湾に渡った両親やきょうだいと離れて暮らしました。
4年間祖父とたった2人で過ごします。
両親のぬくもりの代わりに幼いまどを包んだのは豊かな自然。
草花や小さな生き物たちでした。
草むらで一人じっとしている時に抱いたある感覚がまどにとって掛けがえのないものになりました。
小さいかすかなものの中にはるか宇宙にまでつながる力を感じる。
この感覚こそ自分だけの切なる美である事に気付いたのです。
まどはその思いを詩に託します。
58歳で初の詩集。
詩人まど・みちおの再出発でした。
不思議な絵の果てにまどはみずみずしい言葉の宇宙を見つけました。
詩の世界へとまた戻っていく前に絵に没頭する期間があったという。
谷川さん改めてまどさんにとって絵を描く行為というのはどのようなものだったと思いますか?自分が感じている恐怖をどうにかしておさめようという事だったんじゃないかしら。
まどさん画面全部塗り潰すじゃないですか。
詩ではあんなに行間の余白を生かす人なのに絵では全部塗り潰さないと多分怖かったんだと思うんですね。
恐怖との闘い…?ある一面ではね。
だからまどさんの絵は日常的な喜怒哀楽と関係のないもっと何か人間が存在する一番根っこのところで描いてる。
だから何かもう全然余白がないぐらいに敷き詰めてるって感じしますよね。
もともとまど・みちおさんの絵がある絵が存在しているしかもこれだけたくさんのというのは私自身も初めて今回出会って知ったんですけれどもまどさんのその絵が制作される変遷をかいま見るといかに自分たちがいろんな絵を見る時にそれこそ言葉に頼っていたかというか言葉がないと感動ができないほど言葉に縛られていたのかなという事さえも今回まどさんの作品から逆に気付かされた部分は正直言ってありました。
それはいいですよね。
誰でもやっぱりそうだからそれはね。
どうしても言葉で考えちゃうし言葉で表現しちゃって生の現実というのは捉えられないんですよねなかなか。
今度まど・みちおさんの「全詩集」の「続」というのが出たんですね。
こんな分厚いのが。
それを編集した市河紀子さんという児童文学の専門の編集者だった人が「存在の詩人」というふうにまどさんの事を言ってるのね。
僕はその「存在」という言葉がすごく一種キーワードであって表現の前に存在があるというふうにさっきも申し上げたみたいに何かここにあるものを言葉で言おうとしてもすごくもう限界があると。
だけどあるものは厳然としてここにあるわけでしょ。
まどさんはやっぱりその存在というものにすごく迫ろうとした人だと思いますね。
もし何か心に引っ掛かるというか谷川さんの心に何かとどめおくような作品がもし一つあれば挙げるとすると…?一つ選ぶとするとだいぶ後期の作品なんですけどねこの絵が好きなんですけどね。
これはやっぱり自画像だと思うんですよ。
まどさんの顔だと思うの。
まどさんのある種の詩にあるユーモアみたいなものがこの絵からは感じられてこれはあんまり怖くないんです僕は。
暗い絵がすごく多いでしょ。
あれはそういうゆとりがなかった頃の作品でこの年代になってちょっとゆとりが出てきたかなみたいな感じはしますね。
まどさんに限らずつまりそういうクリエーターですか絵描きでも音楽家でもあるいは小説家でもみんなつまりダークサイドを持ってると思うのね。
それが無いとやっぱり本当にきれいなもの美しいもの明るいものはかけないんじゃないかと思いますね。
言葉でも絵でも。
まどさんもうちょっと…まあ104歳だって?もっと長生きしろというのは無理なんだけどもっと突き抜けたらまた全然違う絵描いてたかもしれないなという気がしますね。
いやでも今回本当に実際におつきあいのある谷川さんからまた同じ詩人としてまどさんの存在の楽しみ方を教えて頂いたような気が致します。
すごく好きな人でしたからね人間的に。
まどさんという人は。
自分と共通なところはいっぱいあった人だしまどさんもそれは感じていてくれましたね。
貴重なお話今日はどうも本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
楽しい時間でした。
2015/12/27(日) 09:00〜09:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「まど・みちおの秘密の絵」[字]
「ぞうさん」でおなじみの詩人まど・みちお。50年ほど前にひそかに描いたのが100枚を超す絵。謎めいた荒々しい作品の数々。まどの詩とは似つかない絵にこめた思いは?
詳細情報
番組内容
童謡「ぞうさん」でおなじみ、詩人まど・みちお。50歳の頃にひそかに描いたのが絵。短く、やさしい言葉で語るまどの詩とは似つかないものばかり。一面荒々しく塗りつぶしたり。画面は削れ、波を打っているものも。何を描いたのかわからない不思議な作品の数々。一体どのような思いがあったのか…。絵に没頭した3年半の後、まどは童謡を離れ、自由詩に活動をうつす。100枚を超す秘密の絵から、知られざるまどの姿を見つめる。
出演者
【ゲスト】詩人…谷川俊太郎,【出演】笹野高史,市川実日子,【司会】井浦新,伊東敏恵
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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