私はお前たちの本当の祖父ではない。
何だよ急に。
だったら本当のおじいちゃんってどこにいんだよ?「宮部久蔵。
神風特別攻撃隊として南西諸島沖で戦死」。
神風特別攻撃隊。
なんだよ。
本当のおじいちゃんってずいぶん勇ましい軍人だったんだな。
やつは卑怯者だ。
あの時落下傘で脱出した敵の搭乗員をあろうことか…。
うわっ!それがお前たちのじいさんだ。
俺は自分が人殺しだと思ってる。
私は死にたくありません。
私は生きて帰りたいです。
今何と言った!宮部一飛曹!!おい!やつは海軍航空隊一の臆病者だ。
命は1つしかない!どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ。
だったらやっぱりおかしい。
そんな人が特攻に志願するはずない。
おかえりなさい。
必ず君の元に戻ってくる。
臆病者と呼ばれても家族の愛のために生きた男。
そんな男がなぜ特攻に志願したのか。
ええ。
特攻は志願制だっていうからどうして…。
うんいやおもしろい。
ますますおもしろくなってるよ。
終戦60周年プロジェクトの目玉になるよ絶対。
そうだいい知らせがある。
宮部久蔵を知ってる特攻隊の生き残りが見つかった。
元海軍中尉谷川正夫。
岡山県。
備前市の老人ホームにいるらしい。
で悪いんだけどさまた慶子ちゃんたちで取材してきてほしいんだけど。
取材…。
いいよね?わかった。
でさ…。
この仕事が終わったら…。
ちょっと待ってよ姉ちゃん。
なんでいつも高山さん俺が来る前にいなくなるわけ?だから忙しい人なのよ。
高山さんと何かあった?別に。
ウソつけ。
何か言われたんだろ?言われたよ。
この仕事が終わったら結婚しようって。
あぁで次に会う谷川さんって人のことなんだけど。
いやいや聞き流せないでしょ。
プロポーズされたの?されたのかな。
思いっきりされてるよ。
でどうすんの?どうするって何が。
何がって…すんの?結婚。
高山さんと。
姉ちゃんさほんとに高山さんのこと好き?高山さんはいい人よ。
ちゃんとした仕事も持ってるし私の仕事にも理解あるし。
好きかどうかを聞いてんだよ。
高山さんは結婚相手としては申し分ない人だと思う。
何だよその言い方。
あんたが聞いたから答えたんでしょ。
この前藤木さんと会った。
まあおじいちゃん家だけど。
藤木さんの鉄工所うまくいってないんだって。
そのせいかまだ未婚だって。
そう。
今だから言うけどさ俺見たんだよ。
姉ちゃんがおじいちゃん家で…。
藤木さんと一緒にいて泣いてるとこ。
慶子ちゃんあれ藤木さんが田舎に帰る前の日だったよね。
好きだったんだろ?藤木さんのこと。
どうかな?でも告白はされなかった。
えっ?それに2人きりでデートしたこともない。
つまりそういうこと。
何だよそれ。
まるでおじいちゃんの時代みたいじゃないかよ。
ちょっと調べたんだけど確かに特攻は志願制って書かれてる本が多かったんだけどなかには強制的な志願って書かれてる本もあって。
強制的な志願って何?何だろう?戦争の話はほとんどしたことがない。
手柄話と受け取られるのは嫌だしかわいそうと同情されるのも真っ平だ。
まして興味本位で質問されるのは耐え難い。
いえ今日は私たちは…。
わかってる。
ほんとは後世に語り継がねばならない話だ。
特にあんたたちは宮部の孫だ。
祖父は特攻に志願して亡くなっています。
ご存じなかったんですか?私は上海第十二航空隊で宮部と一緒だった。
上海…中国ですか?そうだ。
宮部は非常に勇敢な恐れを知らない戦闘機乗りだった。
フィリピンで空母瑞鶴に転属になったとき…。
そこで宮部と再会した。
高度によって異常音が発生します。
油圧に何か問題…。
あっ油圧計の確認をいたします。
はい。
谷川さん谷川さん!宮部?宮部じゃないか。
お前生きていたのか。
はい谷川さんもご無事で。
よせよ同年兵でそんな言い方。
俺が話しにくい俺お前でいこう。
わかったよ谷川。
アハハハハ。
翌日宮部がこんなことを言った。
俺は防御力のある飛行機が欲しい。
防弾板が欲しい…そういうことか?それがないばかりにどれだけ多くの搭乗員が亡くなったか。
それを思うと俺は…。
声が大きい。
この飛行機じゃたった1発の流れ弾で命を落とす。
宮部!確かにグラマンF6Fなんかは7ミリ7機銃を100発撃ち込んでもけろっとしてるな。
一度撃墜したF6Fの残がいを見たことがある。
ほお。
防弾板の厚さに驚いた。
そうか。
米軍は搭乗員の命を大切にするんだな。
米軍は空襲にやってくるとき必ず潜水艦を配備している。
ああ不時着した搭乗員を助けるためにな。
つまり米軍の搭乗員は墜とされても戦場に復帰できる。
そうやって失敗を教訓にしながら熟練の搭乗員を育てられるってことだ。
俺たちは一度の失敗で終わりだな。
だから日本の熟練搭乗員は減る一方だ。
そういえばこの空母若い搭乗員が多いな。
飛行経験が2年にも満たないやつらばかりさ。
発着訓練のたびに飛行機が失われ搭乗員も次々に死んでいく。
えっ。
空母への着艦もできないのか?若い搭乗員に聞いたらまだ100時間も飛んでいないらしい。
100時間!?そそれじゃ飛ぶだけで精一杯じゃないか。
ああ。
空母への着艦もできない連中に戦争なんてできるのか?実は着艦の訓練が中止になるそうだ。
中止?飛行機がもったいないという参謀の判断だ。
訓練しなかったらいつまでも着艦できないぞ。
発艦さえできればいいと思ってるらしい。
つまり若い搭乗員の攻撃は最初の1回かぎりだ。
1回かぎり?そのあとはどうなるんだよ?日本軍には最初から徹底した人命軽視の思想があった。
だからあんなことができたんだろう。
あんなこと?特攻だ。
昭和19年のマリアナ沖海戦で連合艦隊は二隻の空母など戦力の大半を失い敵のサイパン上陸を阻止できなかった。
米軍の次の標的はフィリピンのレイテ島であり連合艦隊はそれを阻止するため捷一号を敢行した。
機動部隊をおとりにして米機動部隊を引きつけその隙に大和武蔵など水上部隊がレイテ島に突入し敵の輸送船団を撃滅する作戦だ。
しかしその際水上部隊を援護する航空機が日本にはもはやなかった。
そこで敵の空母の飛行甲板を破壊し空母から航空機を飛び立てなくするために生み出されたのが特攻だ。
それが特攻の始まりですか。
始まりではない!特攻はあくまでもこの捷一号作戦にかぎったものだった。
なのにこの作戦が終わっても終わらなかった。
特攻が1人歩きを始めたんだ。
そんな時私は宮部と別れフィリピンのマバラカット基地に配属された。
マバラカット。
なんて嫌な響きだ。
マバラカット基地に着いてまもなく…。
敬礼!私たち下士官以下の搭乗員が集められた。
直れ。
今日本は未曾有の危機である。
そこで今後は米軍に対して必殺の特別攻撃を行う。
特別攻撃は十死零生の作戦であるから志願する者だけが参加することにする。
それがどういう意味か誰もがすぐにわかった。
志願する者は一歩前へ出ろ。
すぐに動ける者などいなかった。
行くのか行かないのか!気がつけば私もみんなに合わせていた。
志願したということですか?今の話が志願だと思うかね?わからないだろう。
あの場の雰囲気など。
いた者でなければわからん。
考えて判断する暇などない。
上官の言葉には反射的に従う。
行くのか行かないのか!こんな軍人の習性など君らにはわからんだろう。
戦後マバラカット基地でのこの状況を書いた本を読んだことがある。
上官の言葉に搭乗員たちが我先に行かせてくださいと進み出たことになっていた。
冗談じゃない大ウソだ!谷川さんどうかしましたか?いや何でもない。
大きな声を出して悪かった。
いえ。
命令ではない命令…強制的な志願ということですね。
ずっと謎でした。
宮部久蔵は中国の戦地にいたときには勇敢で恐れを知らない戦闘機乗りだったんですよね。
飛行機の操縦も上手かった。
そうだ。
なら航空兵に志願した理由はわかります。
それなのにどうして特攻に志願したのかそれが今やっとわかった気がする。
わかったような気がする?特攻が上官の命令だったからですよね。
そうですよね上官の命令には逆らえないですもんね。
そう考えたら祖父もかわいそうっていうか…。
それは違う。
それは違う。
違うとは?マバラカット基地からは連日特攻機が出撃した。
私はなぜか特攻に回されず直掩任務につけられた。
ある時私は攻撃から戻る途中発動機の不調でニコルス基地に不時着した。
するとその日のうちに全搭乗員に集合がかかった。
司令や飛行長の様子から私はこの基地にも来るものが来たと思った。
お前たちに話すことがある。
マバラカットの特別攻撃については聞いていることと思う。
ここニコルスでも特別攻撃隊が編成されることとなった。
作戦に成功できれば日本はこの戦争に勝てる。
そのためにはお前たちの零戦に爆弾を抱かせ敵空母に突っ込み叩き潰しておく必要がある。
この特別攻撃は十死零生の作戦だ。
よって志願者のみの参加とする。
目をつぶれ。
その頃はもう皆が特攻を知っていた。
当然覚悟もしていた。
特別攻撃に志願する者は一歩前!私もマバラカットのときのように前へ出た。
目を開けろ。
だがただ一人動かない搭乗員がいた。
宮部だった。
志願する者は前へ!貴様!志願する者は前へ出ろ。
前へ出ろ。
宮部飛曹長…お前命が惜しいのか?どうなんだ?宮部。
答えろ!命は…。
惜しいです。
お前はそれでも帝国海軍の軍人か!はい軍人であります。
宮部飛曹長…お前命が惜しいのか?答えろ!命は…。
惜しいです。
今でも私があの時ニコルス基地で見たことは実際にあったことなのかと思う時がある。
特攻を拒否するというのは大変なことですよね。
でも一応命令じゃなくて志願ですよね?宮部のしたことは一種の抗命だ。
抗命?上官の命令に逆らうこと。
軍隊では死刑に値する。
そこまでして祖父は…宮部久蔵は絶対に生きて帰るという自分の意志を貫いたということですか?そんなきれいごとじゃ済まない。
特攻を受け入れることは死ぬことを受け入れること。
だが拒否することも死を意味していた。
上官の意思に抗えば戦闘機を取り上げられ更に危険な戦地に送られる可能性だってある。
現代のサラリーマンが会社の命令である転勤を拒否するのとはまったく意味が違う。
にもかかわらず宮部は特攻を拒否したんだ。
どうして志願しなかった?宮部。
お前あんなことして…。
俺は絶対に特攻には志願しない。
今日まで戦ってきたのは死ぬためではない。
宮部…。
どんなに過酷な戦闘でも生き残る確率がわずかでもあれば戦える。
だが必ず死ぬと決まった作戦は絶対に嫌だ。
変わったなお前。
上海にいた頃のお前はそんな恐ろしいことを口にするような男ではなかった。
谷川は初めて志願したのか?二度目だ。
最初はマバラカットで志願した。
お前が死んで悲しむ人はいないのか?もういいやめろ。
親や兄弟はいないのか?彼らはお前が死んで悲しまないのか?やめろ!妻がいる。
日本を発つ4日前に結婚した。
そそれなら…それならなぜ特攻に志願した!?俺は!俺は帝国海軍の搭乗員だ!いいか谷川よく聞け。
特攻を命じられたらどこでもいい島に不時着しろ。
当時は発動機の不調で戻ってくる特攻機があった。
だがそれを意図的にするなんて。
軍法会議にかけられれば間違いなく死刑に値するほどの恐ろしい言葉だった。
お前が死んだところで戦局は変わらない。
しかしお前が死ねばお前の妻の人生は大きく変わるんだぞ。
言うな。
俺は特攻を命じられれば行くだけだ。
なぜだ…。
私に不時着してでも体当たりするなと言った本人がどうして体当たりして死んだんだ。
宮部の腕ならどんなに難しい不時着でもできただろうに。
不時着?その人は不時着と言ったのか?うん。
なんで不時着しなかったんだろうって。
そのくらいの腕はあったはずなのにって。
おじいちゃんさ聞きにくいんだけどおばあちゃんから何も聞いてない?その…おじいちゃんと結婚する前の旦那さんのこと。
宮部久蔵さんのこと。
おじいちゃん?ん?ごめんやっぱいいや。
知ってたらとっくに教えてくれてるよね。
俺たちが調べてるの知ってるわけだし。
そういえばおじいちゃんも戦争体験者だよね。
じゃ兵隊に行ったの?ああ。
志願兵?赤紙?戦争末期の学徒出陣だ。
学徒出陣…。
そうかおじいちゃん大学行ってたんだ!すげえ!すごいよねその時代に大学生って。
うん話した。
まぁ途中経過みたいなことだけど。
だってなんかじいちゃんに黙ってばあちゃんの前の旦那さんのこと調べるのやだからさ。
そうだねわかった。
でね筑波海軍航空隊って知ってる?え?何?知らない。
戦時中に戦闘機乗りの養成所だったみたい。
へぇ。
で?戦争末期にそこにいた元海軍中尉の武田貴則さん。
この人が宮部教官を知ってるって。
宮部教官?うん。
高山さんが見つけてくれたんだけど。
ちょっと待って何?宮部教官って。
あぁ…宮部久蔵さんはそこで教官をやってたんだって。
え?飛行機の先生だったの?みたいよ。
なんだよもうますますわからなくなったよ宮部久蔵が。
とにかく私に会ってくれるみたいだから行ってくる。
わかった。
いつ?あぁ日時は高山さんと相談してまたあとでメールするから。
え?高山さんも来るの?場所は武田さんの会社になると思うから。
武田さんの会社?あぁ武田さんって今東昭物産の会長さんなんだって。
東昭物産って大企業じゃん!俺でも知ってるよ。
(ドアの開く音)お待たせしました。
武田です。
宮部さんのお孫さんはお二人だとうかがっていたんですが。
はい佐伯慶子です。
佐伯健太郎です。
武田会長の秘書の方にアポイントメントを取らせていただきました高山と申します。
新聞記者ですか?はい。
確かに新聞社からの問い合わせがあったと聞いてはおりますが私を捜しているのは宮部さんのお孫さんだとうかがったのでぜひお会いしたいと思っていたんですが。
あのもしあくまでも個人的なお話ということであれば私は同席させていただくだけでも結構です。
私はあなたには語りたくない。
私はあなたには語りたくない。
なぜでしょうか?私はあなたの新聞社を信用していないからです。
私は新聞記者として武田さんが特攻隊員であったことに真摯に興味を持っています。
それにあなたのような方が特攻の体験を語ることはたいへん貴重なことだと思います。
貴重?何がでしょう。
あなたは戦後立派な企業戦士になられた。
そんなあなたでも愛国者だった時代があったという事実がです。
なぜ私が愛国者だったと言えるんですか?特攻隊員は志願制ですよね?そういう形をとっていました。
つまり武田会長あなたも志願なされた。
あなたのような方でさえそうだったとしたらあの時代すべての国民は洗脳されていたのではないかと私は考えています。
洗脳?私も死んでいった私の仲間も洗脳されていたそう言いたいのか?はい。
私は特攻隊員は洗脳されていたと思っています。
しかしそれは過去の話ではなくて9.11のテロのように今でも同じような自爆テロが世界中で起きて…。
自爆テロ?はい。
私は自爆テロのテロリストも日本の神風特攻隊も同じ精神構造だったと考えています。
なんということだ…。
それは宗教的な殉教精神とでもいうようなものではないかと私は考えて…。
なぜ!なぜそんな考え方ができるんだ?私は自爆テロリストの遺書も特攻隊員の遺書も読んだことがあるからです。
特攻隊員の遺書を読んだ?はい。
彼らは国のために命を捨てることを嘆くよりもむしろ誇りに思っていました。
それはテロリストたちが神のために命を捨てることを誇りに思ってるのと同じこと…。
ばか者!その遺書が特攻隊員の本心だと思ってるのか?喜んで死ぬと書いてあるからといって本当に喜んで死んだと思ってるのか!もちろんそれは彼らのせいではなく愛国的思想に覆われたあの時代のせいでありそれを流した軍部のせいです。
そういった意味では本当に…。
そんな話はしていない!あなたは新聞記者のくせに死にゆく者が書いた文章の行間も読めないのか!乱れる心を抑えに抑え残されたわずかな時間で家族に向けて書いた文章の心のうちを読み取れんのか!おっしゃっている意味はわかります。
ですがそれは自爆テロリストが残した遺書にも同じことが…。
いいかげんにしろ!あんたの言う自爆テロは一般市民の殺りくが目的だ。
無辜の民の命を狙うものだ。
だが特攻隊が狙ったのは無辜の民の住むビルではない。
我が国を攻撃する爆撃機や戦闘機をのせた航空母艦だ。
その差は認めます。
ですが殉教的思想があったという点で特攻隊員に通じると僕は…。
第一あんたは軍部が愛国思想を流したと言ったがそれを流したのは私に言わせれば新聞社だ!当時国民が洗脳されていたというんならその洗脳は君らマスコミの仕業だ。
しかもあなたの新聞社は戦後変節して人気を得た。
戦前のすべてを否定し大衆に迎合したのだ。
それは我々の先輩たちが戦前の過ちを検証して戦争と軍隊を否定したために大衆の賛同を得たと思ってます。
違う!あなたの新聞社は国民に愛国心をなくさせるための論陣を張っただけだ。
まるで国を愛することが罪であるかのように。
それで誤った愛国心を正せたと思ってます。
それだ!戦前とは真逆の主張をしたくせに愚かな国民に教えてやろうという姿勢だけは変わっていない!結果この国ほど自らを軽蔑し近隣諸国におもねるようになった国はない。
あなたに戦争のことを語りたくない理由をまだ話さなければなりませんか?わかりました。
ただ彼らは私とは無関係です。
ぜひあなたの記憶を話してあげてください。
失礼します。
(ドアの開閉音)
(ため息)どうぞ。
君たちもあの男と同じような話をしたいのならもう用が済んだのでは?いえ僕は祖父のことが知りたいんです。
当時臆病者と呼ばれ戦場で逃げ回っていた祖父のことが。
臆病者?妻子のために自分の命にこだわって生きて帰るために特攻を拒否したはずの祖父のことが…。
それなのになぜ特攻に行ったのか…。
たとえそれが命令だったとしてもなぜ不時着しなかったのかその理由が知りたいんです。
話はわかりました。
しかし私が宮部さんとの思い出を語ることがその謎を解くかどうかはわかりません。
結構です。
お願いします祖父のことを話してください。
どうぞ。
失礼します。
失礼します。
私たちは祖父が教官をしていたというのは初耳なんです。
当時私は飛行予備学生つまり大学出身の士官でした。
学徒出陣…。
戦況が悪化するとそれまで徴兵を免除されていた大学や旧制高校の生徒たちも徴兵されました。
そういう予備学生の飛行訓練は本当に過酷でした。
教わるほうはもちろん教えるほうも必死だったに違いありません。
一刻も早く飛べるようにし特攻で使えるようにしなくてはならないのですから。
そんななか宮部教官は私たちに合格点をくれない教官として有名でした。
冗談じゃない!いったいいつになったら合格点つけてくれるんだ!他の教官だったら十分に可だったはずだ!宮部教官のような戦地帰りから見れば俺たちなんぞまだまだひよっこだと言いたいんだろ。
いや大半に不可をつけるならまだしも全員に不可をつけるなんて。
それもずっとだぞ。
きっと俺たちが士官なのが気に入らないんだろう。
自分が10年以上かかってやっとなれた少尉に俺たちが何も苦労せずになってるのがおもしろくないっていうことか。
だからってこんな嫌がらせすることないだろ。
嫌がらせ…。
そう思いました。
それで我々は思いきって他の教官たちに訴えました。
でその嫌がらせはなくなりましたか?宮部教官の態度は頑として変わりませんでした。
そのあとも不可をつけ続けたんですか?敵ながらあっぱれだと思いましたよ。
宮部教官は案外骨のある男じゃないかってね。
しかしさっきも言いましたように我々は1日も早く飛行機乗りになることを求められていました。
しかし宮部教官のせいで我々は戦場に行けない。
じゃあそれで武田さんは戦場に行かなかった…。
いいえ。
宮部教官はとうとう学生を採点する仕事から外され技術を教えるだけの教官になりました。
しかし宮部教官が「うまくなりましたね」「上達しましたね」と言うときは露骨に嫌そうでした。
嫌そう?それで私は聞いたことがあります。
宮部教官!今日は自分でもまずまずの出来だったと思っています。
はいうまくなったとは思います。
本当は下手くそだと思っているのではありませんか?いいえ。
なぜそう思うのですか?飛行隊長に合格点をつけるなとおっしゃったそうですね。
仲間から聞きました。
なぜですか?どこが悪かったのですか?それともただの嫌がらせですか?私は…。
武田学生が下手くそだとは思っていません。
でしたらなぜ…。
武田学生の操縦は全然だめだと思っています。
何をもってそんな…。
今武田学生が戦場に行けば確実に撃墜されます。
零戦はもはや無敵の戦闘機ではありません。
多くの若者が十分な訓練もないまま実戦に投入され初陣で戦死しています。
だからこそ今では1人でも多くの搭乗員が…。
皆さんは搭乗員などになるべき人ではない!もっと優れた立派な仕事をするべき人たちです。
私は皆さんに死んでほしくありません。
特攻で死んでほしくない。
そういう意味でしょうか?きっとそうです。
その頃は我々も比島…つまりフィリピンから次々と特攻隊が出ていることを知っていました。
私も訓練が終われば行かされるものと思っていました。
そして必ず散るだろうとも思いました。
必ず散る…必ず死ぬっていうことですか?はい。
そうですよね…。
特攻は絶対に死ぬんですよね。
これは戦後聞いた話ですがある司令長官が出撃する特攻隊員たちを前に涙ながらに激励した後「何か質問はないか?」と聞いたそうです。
すると熟練の搭乗員が「敵艦に爆弾を命中させたら戻ってきてもいいでしょうか」と聞いたそうです。
「ならん!」と司令長官は言い放った。
それが特攻です。
特攻の目的はただひとつ…死んでくることだけ。
勝つための作戦じゃない。
それでも…それでも祖父は学生たちには死んでほしくないそう言ったんですよね?はい。
そんな祖父がなぜ自分は特攻へ行ったんでしょう。
教育が終了した日特攻志願書が配られました。
特攻志願書…。
記入した者から志願書を持って退室し廊下の箱に入れるように。
決して署名を忘れぬよう心がけよ。
特攻のことはすでに知っていましたが実際に目の前に志願書を置かれればまったく違う感情が湧き起こります。
ある日突然生きることを諦めろと言われるのです。
それでやっと死を覚悟して出撃することと死ぬとわかって出撃することはまったく違うとわかるのです。
文字が震えないようにするのが精一杯でした。
多くの者がいや全員が志願するだろうことはわかっていました。
私1人が卑怯者になりたくないと思いました。
〜その夜誰も志願書の話はしませんでした。
かわりになぜか宮部教官の話になったことを覚えています。
これは噂なんだが…。
宮部教官は比島で特攻を拒否したらしいぞ。
その時代それは信じられない話でした。
特攻志願書を書いたばかりだったからでしょうか?そんな宮部さんを誰も非難しませんでした。
さっきの宮部教官の顔を見たか?俺たちに「上達しましたね」と言うときの顔だ。
宮部教官は俺たちがうまくなるたびに苦しんでた。
あの人は俺たちが死ぬのがつらいんだ。
俺はそんな宮部教官を見てるのがつらい。
そうか。
宮部教官は特攻を拒否したのか。
そして俺たちにも不可をつけ続けた。
強い人だな。
それに比べて俺たちは大学にまで行ったのに自分の頭で何も考えてない。
ああ。
俺たちは弱虫だ。
あの…聞きにくいのですが…。
どうぞ何でも。
武田さんはどうやって特攻を受け入れたんですか?どうやって自分の死を納得させたんですか?姉ちゃん。
難しい質問ですね。
すみません。
死を受け入れるからにはその死を超える崇高な目的がなければできないと思います。
自分が死んで家族を守る。
きれいごとに聞こえるかもしれませんがそれならば喜んで命を捧げようと思いました。
自分が死ぬことで家族が守れると思ったんですか?特攻隊員の死は犬死にだと言いたいんですか?いえ…。
自分の死が無意味でも無価値でもない。
そう思えなければどうして特攻で死ねますか。
どうしても死ななければならないのなら人はそう思わざるをえない。
だから…だからこそ私は特攻を否定します。
断固否定します。
宮部さんの話に戻しましょう。
特攻志願書を書いた日から私は特攻を拒否したという宮部さんが気になってしかたありませんでした。
そんなある日…。
〜武田さん。
今日は非常に上手でしたね。
本当ですか?はい。
武田さんをはじめ皆さんは非常に優秀です。
海軍が大学生の多くを飛行気乗りにしたのがわかります。
ありがとうございます。
しかしうまくなった者から特攻です。
今朝教え子が鹿屋から特攻へ行ったそうです。
零戦は開戦当初は無敵の戦士でした。
はい。
それが今や…老兵です。
その時私は零戦と宮部教官が重なって見えました。
零戦こそ宮部教官のもうひとつの姿なのではないか。
そう思いました。
ちょうどその頃です友が死んだのは…。
特攻のための急降下訓練で機首の引き起こしに失敗して…。
本日事故があったことは知ってることと思う。
死んだ予備士官は精神が足らなかった。
そんなことで戦場が戦えるか!たかが訓練ひとつで命を落とし貴重な飛行機を潰すとは何事か!そのようなやつは軍人の風上にもおけない!中尉。
亡くなった六藤少尉は立派な男でした。
軍人の風上にもおけない男ではありません。
貴様!今何と言った!はい。
六藤少尉は立派な男でした。
立派な軍人で…。
特務士官の分際で生意気な!私たちはどうすることもできませんでした。
中尉!放せ!解散!ただ感動していました。
自分が特攻に行くことでこの人を守れるならそれでいい。
そう思いました。
そしてそう思ったのは私だけではなかったのです。
数日後宮部教官が急降下訓練の飛行学生を指導しながら飛んでいた時です。
4機のシコルスキーが雲の隙間から襲いかかってきました。
空襲警報もなく宮部教官は気づきません。
その時です。
上昇中の零戦が宮部さんの零戦とシコルスキーの間に飛び込みました。
練習機に機銃はない。
だから身代わりになろうとしたのです。
それで気づいた宮部教官は…。
シコルスキーに機銃を撃ち込んだあとすぐに他のシコルスキーの背後に回り…。
更にもう一機撃墜しました。
残り二機のシコルスキーは有利となる上空へ逃げましたが宮部教官は追いかけることをせず銃撃を受けた飛行学生の機を着陸させ自分も着陸しました。
私を私を助けてくれた士官はどこですか!?銃弾を受けていますがまだ意識があります!頑張れよ!意識しっかり!大丈夫だからな!しっかりしろ!君はなんというバカなことをしたんですか!ああ…ご無事でしたか。
なぜあんな無茶をしたんです!?宮部教官は日本に必要な人です。
絶対に死んではいけない人です。
急ぐぞ!急げ!しっかりしろ!頑張れ!祖父も命を救われてたんですね。
でもこれでますますわからなくなりました。
祖父は妻子のために生きて帰りたい。
そう言ったそうです。
他の人にも生き延びろ不時着してでも生き延びろって。
教官になったあとも生徒には特攻で死んでほしくない。
そう言ってたのに。
そうねそれなのにどうして自分は特攻で…。
宮部教官はそれから間もなく九州へ転属になりました。
宮部教官に敬礼!直れ!宮部教官どうかご無事に。
私は絶対に死にません。
その時私は宮部教官の目の中に凄まじい生への執念を見ました。
この人は絶対に死なないと思いました。
それが私が最後に見た宮部さんの姿です。
〜凄まじい生への執念。
最後までおじいちゃんは生きようとしてたんだ。
それがどうして…。
あんた初めて呼んだね。
宮部久蔵さんのことをおじいちゃんって。
それがわかるまで俺この調査やめないから。
おじいちゃんがなぜ特攻に行ったのかそれを知るためには特攻に行ったおじいちゃんを見ていた証言者が必要ね。
あぁ健太郎君ごめんね待たせて。
あの急な仕事が入っちゃってさ。
姉と一緒じゃないんですか?お姉さんは呼んでないんだ。
君は鹿児島の鹿屋って知ってる?はい。
特攻の出撃基地があった場所だ。
景浦介山って読むんですかね。
うん元海軍上等飛行兵曹。
鹿屋での宮部さんのこと知ってるそうなんだ。
でもし宮部さんが鹿屋から特攻に出ていたとしたら…。
祖父が特攻に行った理由を知ってる。
かもしれない。
行きます。
僕この人に話を聞きます。
うん僕と君だけで行こう。
はぁ?この人ね最近まである有名な暴力団組織の幹部だったんだ。
はぁ!?シーッ!だからそんなところお姉さんを連れていけないだろう。
って俺はいいんですか?だって君は男だしこれは君のおじいさんのことだし。
そうですけど…。
それにね戦争をまったく知らない現代の若者が特攻で戦死した祖父の足跡を訪ねるとても興味深い企画になる。
ちょっと…勝手に僕のこと企画にしないでくださいよ。
それにねこれ先方の条件でもあるんだよ。
先方って先方…。
うんそう。
実はねこの景浦さんに取材の依頼をしたら断られちゃったの。
じゃあだめじゃないですか。
それが宮部久蔵の孫と一緒に行くって言ったらオーケーになった。
それってさ先方は宮部さんのことを知ってるってことだよね?ですね。
だから君が行くのは絶対条件なんだよ。
絶対条件って…あの人全然反省してないね。
反省?結局俺たちの名前使ってさ証言者釣ってさ。
その証言者捜し出してくれたの高山さんよ。
それに高山さん反省してた武田さんのこと。
取材相手にとる態度じゃなかったって。
取材相手…。
悪い人じゃないのよ。
まあ結局今日も来なかったけどね。
だからそれは私が断ったんだって。
元ヤクザの家に姉ちゃん連れていくわけにはいかないとか言っといて結局。
私が行きたいから行くの。
姉ちゃんは幸せになれるの?はぁ?あの人と結婚して。
高山さんと結婚して幸せになれると思う?思うよ。
高山さんは私のこと愛してくれてるし。
それだけ?えっ?結婚相手として条件がいいからなんじゃないの?何それ。
大手の新聞記者でまぁ時間は不規則だけどかなり高収入で社会的地位も高くて。
違う?そんなこと考えたこともない?やっぱり。
もしそうだったとしてそれはいけないこと?別にただ…。
男は結婚しても人生たいして変わらないかもしれないけど女にとっては全然違うの。
何が違うんだよ?どんな男性と結婚するかでこれからの仕事も生活も決まっちゃうの。
そういう条件の男性を慎重に選ぶことを簡単に打算だなんて言ってほしくない。
姉ちゃんさ…。
藤木さんには手紙を書いた。
えっ?ある男性と結婚するかもしれないって。
なんで?なんでそんなことしたの?なんでかな。
藤木さんには告白されてないってそう言ったよね?でも姉ちゃんはしたのかもしれないよあの時…。
慶子ちゃん泣いたことが告白だったのかもしれないよ。
あっ姉ちゃん表札はないけど住所はここだよ。
(犬の吠え声)お待ちしてました。
どうぞ。
お疲れさまです!お疲れさまです!お前たちが宮部の孫か?あ孫です…。
本日はお忙しい…。
この男たちは気にせんでいい。
組のもんが修行によこしてる若い衆だ。
俺に用心棒をつけているつもりらしい。
お疲れさまです!お疲れさまです!それで?え?俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?あ…。
ああ…あのお若いなと思いまして。
あそう…。
もうすぐ80歳だと聞いてたんで。
そんなことを聞きに来たのか?祖父の宮部久蔵の…。
その…。
今日はその祖父の話をお聞きしたくてこうしてまいりました。
特攻の基地のあった九州の鹿屋。
そこで景浦さんは祖父と一緒だったんですよね?宮部は鹿屋から特攻へ飛び立った。
特攻に行った祖父を見たんですか?間近で見た。
覚えてらっしゃるんですね?宮部のことは今でもはっきり覚えてる。
殺してやりたい相手だったからな。
殺してやりたい?だが俺が殺すまでもなくやつは死ぬ運命だった。
俺が宮部と再会したとき…。
ちょっと待ってください。
なんでそんな…。
仲間ですよね?景浦さんと祖父は一緒にアメリカと戦った仲間ですよね?だったらなんだ?だったらなんでその…。
祖父を殺してやりたかったとか殺すまでもなく死ぬ運命だったとかそんなこと…。
俺は宮部を憎んでた。
突然こんなこと言われ驚いたか?いえそういう人にもお会いしてきました。
祖父は…宮部久蔵は臆病者だと言われてきました。
その臆病者の祖父がなぜ特攻に行ったのか僕たちはそれが知りたいんです。
でもその前になぜそれほどまでに景浦さんが祖父のことを憎んでいるのかそれを聞かせていただけますか?なるほど宮部の孫だ。
俺が宮部に最初に会ったのは鹿屋じゃない。
えっじゃあどこで?昭和18年の秋ラバウルだ。
では景浦さんも?ああ。
あの頃ラバウルじゃ毎日多くの敵機が空襲に来て俺たちはその邀撃に追われていた。
そんな修羅場の中にいてやつは…。
〜妻と娘です。
〜祖父が妻と娘の写真を持っていたことは他の人からも聞きました。
そうか。
ラバウルじゃ有名な話だったからな。
それはいけないことでしょうか?今の若いやつらはみんなそうしてると言いたいのか?ええ。
それに責められるような…。
会社しか頼るもののないひ弱なサラリーマンならとやかくは言わん!だがあの時代は違う。
俺たちは命を的にして戦っていたんだ。
その横で妻子の話をする宮部に俺は虫唾が走った。
だが俺がやつを憎んだ理由はそれだけじゃない。
宮部は臆病者…。
そう聞いてるんだったな?はいいろんな人に。
でもそれは再び妻子に会うために…。
そのいろんな人が言うように宮部がただの臆病者なら俺も笑っていられた。
俺が何より我慢ならなかったのはやつが抜群の腕を持っていた戦闘機乗りだったってことだ。
あ…。
何だ?それもいろんな人から聞きました。
俺はラバウルで20機以上撃墜した。
空戦の腕には自信があった。
空こそ自分の生きる世界だ。
空の上なら敵に撃たれて死んでも悔いはない。
そう思ってるときあの噂を聞いた。
噂?宮部は100機近くを撃墜している。
そんな噂が俺には信じられなかった。
宮部飛曹長お聞きしたいことがあります。
何でしょうか?飛曹長の撃墜数はいくつですか?覚えていません。
やつの言葉はいつもバカ丁寧だった。
俺のように階級が下の者にもだ。
それがまた腹立たしかった。
いろんな人が噂をしています。
10機という人もあれば100機という人もいます。
実際のところどうなんですか?敵を何機墜としたかそれが重要ですか?もちろんです違いますか?いえ。
戦争は互いに損失を与える戦いです。
はい。
こちらの損失が少なく相手の損失が大きければ司令部は勝ちと判断します。
はい。
もし相手を10機墜としこちらの損失が1機ならば大勝です。
しかしその1機が自分ならどうですか?敵を何機墜としても一度でも墜とされればそれでおしまいです。
私は私の戦いをするだけです!自分もそう思っています。
だから何機墜としたかより自分が墜とされないよう必死で戦っています。
しかし宮部飛曹長。
剣禅一如。
宮本武蔵ですか。
はい。
武蔵は生涯に何度か逃げている。
そして勝てない相手とは決して戦わなかった。
それこそ戦いの極意かもしれませんね。
信じていたものを否定された気がした。
お前など俺から見れば子供みたいなものだと笑われた気がした。
俺はやつに模擬空戦を申し出た。
模擬空戦?空戦を模した訓練だ。
相手に照準を合わせ…。
発射までの動作をすれば…。
撃墜だ。
模擬空戦?お願いします。
その必要はありません。
景浦君はいい腕を持っている。
宮部飛曹長の模擬空戦の腕は天下一品と聞いております。
ぜひ教えていただきたいのです。
模擬空戦はしょせん練習。
実戦ではない。
わかっています。
しかし…。
景浦二飛曹実戦は君のほうが私より上だ。
お願いします!断る。
宮部飛曹長!くどい!あんな屈辱はなかった。
じゃあ結局模擬空戦はやらなかったんですね?いや。
あの日も多くの敵が空襲に来た。
だが基地の上空で戦うのは有利だ。
邀撃戦は十数分で終わった。
気がつくと周囲には敵も味方もいなかった。
いや下に一機零戦がいた。
宮部の機だ。
その時俺はやると決めた。
模擬空戦をしようという意思表示だ。
すると宮部は応じた。
急旋回は体にすごいGがかかる。
内臓や目玉が潰れるような苦しみが襲う。
背筋と腹筋を鍛えてなければ背骨が折れる。
この苦しさに負けて旋回を諦めたとき相手に後ろをとられ撃ち墜とされ空戦は終わる。
やつが先に諦めた。
勝ったと思った。
何が起きたかわからなかった。
やつの機が消えたのだ。
あの衝撃は今も忘れない。
やつの機体は俺の機体に触れんばかりだった。
もう照準も何もない。
やつが発射レバーを引くだけで俺は吹っ飛ぶ。
完全に勝負あった。
俺は負けた。
その時だ。
やつの機が俺の照準の中に入った。
その時だ。
やつの機が俺の照準の中に入った。
言い訳はしたくない。
俺はしてはならぬことをした。
撃ったんですか?祖父を…。
やつは…宮部久蔵は…。
魔物だ。
やつはすべてを読んでいた。
俺は撃たれる覚悟をした。
機銃の発射レバーを引いた瞬間から俺は生きている値打ちのない男になったのだ。
撃て…。
俺は逃げずに撃たれるのを待った。
撃て撃て!だがやつは撃たなかった。
もはや自爆しかない。
うわぁ!はぁはぁはぁ…。
「やめろ」の合図だった。
自爆は卑怯だと言われた気がした。
俺は「わかった」と合図した。
基地に戻りやつを撃ったことを隊の全員に打ち明け潔く腹を切ろうと決めた。
景浦いいか何も言うな。
誰にも何も言うな。
しかし…。
これは命令だ!お前は俺を撃った。
だが俺は生きている。
だから何も言うな。
無駄死にするな。
敗北感に打ちのめされた。
勝手に空戦を仕掛け負けたうえ試されたのだ。
だが結局俺は死ななかった。
卑怯者と思うか?俺は宮部に負けた。
だがやつは俺を殺せなかった。
やつにはその度胸がなかったんだ!しかしその日以来俺は命が惜しくなった。
宮部を殺すまでは絶対に死なん。
そう思った。
つまりやつの言うとおりになったのだ。
俺は無駄死にを恐れるようになった。
やつに命を握られたのだ。
黒い怒りが俺の心に渦巻いた。
いつの日か必ず撃ち殺してやると誓った。
そして昭和20年鹿屋基地に転属になったとき夢にまで見た男と再会した。
そうだ宮部だ。
しかしすぐにはやつとわからなかった。
面相が変わっていたからだ。
階級を見ると少尉になっていた。
宮部少尉。
景浦です。
自分も一飛曹になりました。
あれから自分も腕を上げました。
もう簡単には負けません。
やつは俺を覚えていなかった。
俺は1日たりともやつを忘れたことはなかったのに。
ラバウルでの怒りと屈辱がよみがえった。
この男を殺してやる。
本気でそう思った。
だがその翌朝俺は愕然となった。
出撃する特攻隊員に宮部がいたのだ。
諸君たちの健闘を祈る。
宮部少尉!宮部少尉!特攻に行くのですか?景浦が援護してくれるなら安心だ。
やつは俺を覚えていた。
その嬉しさと俺が殺してやりたかったという悔しさとなぜやつが特攻へ行くのかという疑問とで頭の中が真っ白になった。
そういえばあの時やつの乗っていた零戦は二一型だった。
真珠湾攻撃の頃の旧式だ。
なぜそんな古い零戦に宮部のような熟練を乗せるのか。
抑えきれない怒りが湧いた。
宮部に敵の銃弾は一発も当てさせない。
襲いかかる敵はすべて俺が撃ち墜とす。
弾がなくなれば敵に体当たりしてでも宮部を守る。
それだけを思っていた。
しかし…。
このポンコツ気合いを見せろ!宮部少尉…宮部…。
宮部さん…。
宮部さん…。
許してください。
じゃあ祖父とは…宮部久蔵とは…。
それきりだ。
祖父は敵に体当たりしたんでしょうか?最期の瞬間は見られなかった。
だがあの頃特攻機はほとんど米艦隊にたどり着けなかった。
おそらくやつは敵の戦闘機に喰われたんだろう。
復讐だったのかもしれんな。
宮部を殺した日本への。
俺の人生は。
たとえ臆病者だと言われようと愛する妻子のもとへ帰りたいと確かに祖父はそう公言していたそうです。
それなのになぜ祖父は特攻に行ったんでしょうか?やつの目は死を覚悟した目ではなかった。
景浦が援護してくれるなら安心だ。
それはどういう意味ですか?最後まで生きる望みを失ってなかったってことですか?わからん。
俺の話はこれで終わりだ。
健太郎。
お前の祖母は今どうしてる?お前らの祖母だ。
6年前に亡くなりましたが…。
あの祖母が何か…。
幸せな…。
幸せな人生だったか?そうだったと思います。
そうか。
祖母に会ったことがあるんですか?ない。
やつの家族には何の興味もない。
えっじゃあどうして…。
話は以上だ。
帰ってくれ。
お忙しいなか本当にありがとう…。
すまん。
許せ。
どういう意味だったんだろう。
やつの目は死を覚悟した目じゃなかった。
あぁ…。
おじいちゃんは特攻に行く直前まで死を覚悟してなかったってこと?いいか谷川よく聞け。
特攻を命じられたらどこでもいい。
島に不時着しろ。
不時着…。
え?不時着しようとしてたのかな。
そう考えれば辻褄が合うよ。
妻子のためにあれだけ命を大事にして特攻を拒否して他の人に不時着を勧めてたのになんで自分は特攻に行ったのか。
じゃあなんでおじいちゃんは不時着しなかったの?景浦さんが言ってたよね。
おそらくやつは敵の戦闘機に喰われたんだろううわぁ〜っ!
(慶子)そんなはずない。
それくらいおじいちゃんは妻子を愛してたの。
どんなことをしたって生きて帰ろうとしたの。
宮部さんが特攻に行った日の話をしましょう。
(堅一郎)これでも運命だと思うか?
(松乃)そうして一生私たちのために生きるつもりですか?女子会ブームの昨今。
この日とある焼き肉店に集まっていたのはあれ?もしかして…。
2015/12/29(火) 12:30〜15:00
テレビ大阪1
ドラマスペシャル「永遠の0」[再][字]
百田尚樹の同名ベストセラーを向井理主演でドラマ化。誰よりも命を惜しんだ宮部(向井理)はなぜ特攻に志願したのか?
詳細情報
あらすじ
「娘に会うまでには、何としても死ねない。妻との約束を守るために。」と言っていた祖父・宮部久蔵(向井理)はなぜ特攻に志願したのか…。健太郎(桐谷健太)と姉の慶子(広末涼子)は、宮部を知る人物への取材を重ねる。そんな中「臆病者」と聞いていた宮部を「勇敢な、恐れを知らない戦闘機乗り」と話す人に出会う。また、飛行予備学生として教官の宮部に教えられた人、そしてついに特攻へ向かう宮部を知る人物にたどり着く!
出演者
宮部久蔵…向井理
松乃…多部未華子
佐伯健太郎…桐谷健太
佐伯慶子…広末涼子
佐伯清子…高畑淳子
大石賢一郎…伊東四朗
【戦時編】谷川正夫…金井勇太
武田貴則…工藤阿須加
大石…中村蒼
景浦介山…尾上松也
出演者続き
六藤学…大和田健介
司令官…木下隆行(TKO)
【現代編】谷川正夫…石橋蓮司
武田貴則…山本圭
景浦介山…柄本明
高山隆司…山口馬木也
藤木秀一…原田泰造 ほか
原作脚本
【原作】百田尚樹
「永遠の0」(太田出版 刊)
【脚本】櫻井武晴
監督・演出
【監督】佐々木章光
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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