長年私たちに笑いと感動を与えてくれた2人が今年亡くなりました。
よし分かった。
復員服の男は青沼静馬であり犯人だ。
加藤武さん。
武骨な風貌と渋みのある声。
独特の存在感で舞台をはじめ映画やテレビドラマの名脇役として活躍しました。
人の言葉を己の言葉として受け売りしおったな。
人の言葉ではない。
神の言葉じゃ。
毘沙門天の言葉じゃ。
愚か者!人は人じゃ。
神にあらず。
喝!桂米朝さん。
戦後滅びかけていた上方落語を復興し誰もが明るく笑える世界を追求しました。
私の方は相も変わらん古い話ばっかりをしゃべっておりまして。
「わしもな詳しい事は知らんで」。
「詳しい事知らいでもええちょっと小口さえつかめたらええ」。
「あのな何でもな一番初めに旦さんが風呂行かはったんや」。
「ふんふん」。
「ほな番頭はんがな旦さんがどうしても風呂行かはんのやったら私はお暇を頂きます」。
(笑い)芸を極めるために生涯をささげた2人からのメッセージです。
ご勘弁下さい。
この男はまるで不器用な男でございまして。
文学座のベテラン俳優で映画テレビドラマバラエティー番組などでも親しまれた加藤武さん。
浪人者が抜き身を下げて追い回しますしね。
加藤さんは昭和4年東京・築地で魚の仲卸を営む家に5人兄弟の末っ子として生まれました。
家族そろって芝居好き。
加藤さんも小さい頃から歌舞伎や映画に親しみ演劇への憧れを抱くようになります。
昭和17年旧制の麻布中学に入学。
そこでの出会いが加藤さんの人生に大きな影響を与えます。
まあいろいろ多士済々いましたけど。
なだいなだとかね。
(聞き手)その頃からみんなで芝居の世界に行こうと言ってたんですか?言ってない。
芝居ごっことか。
終戦後早稲田大学に進学。
中学からの同級生と共に作家で落語研究家の正岡容の門下生となりますます芸の世界にのめり込んでいきます。
そして大学で知り合った今村昌平北村和夫小沢昭一たちと共に演劇活動に没頭。
しかし加藤さんは俳優になる決心がつかず卒業後は教師として働き始めます。
昭和27年文学座養成所に入所。
最初は裏方からのスタートでした。
役者志望をアピールし続けやがて舞台に立つチャンスをつかみます。
研修所に入って7年後の昭和34年念願かなって座員に昇格。
大看板杉村春子の薫陶を受けて演技を磨いていきます。
ところでこちらでお待ちになってるお客さんってえのはずっと中国の方に住んでらしたんですか?ご苦労さま。
これはこれは奥さん。
これで全部でございますが。
ありがとう。
あとはぼちぼちこっちで片づけますから。
でお客様はいつお着きになるんで?ええ今夜もうじき着くはずです。
船で?そんなお子さんがよく船へ乗れましたなあ。
憧れて入った文学座。
しかし歌舞伎や落語の影響を受けた自分の芝居はこの劇団には合わないのではと悩み続けます。
師と仰ぐ杉村春子も厳しい言葉を突きつけます。
そんな加藤さんの運命を変えたのがある映画監督との出会いでした。
既に巨匠の名をほしいままにしていた…オーディションに合格しその作品に出演する事になったのです。
「蜘蛛巣城」や「隠し砦の三悪人」での体を張った演技が強烈な印象を残しました。
続く「悪い奴ほどよく眠る」では三船敏郎演ずる主人公の親友役に抜てきされるなど黒澤監督の7つの作品に出演。
映画俳優としてその名を知られるようになります。
よし分かった。
珠世と猿蔵が犯人だ。
市川崑監督の「金田一耕助」シリーズ。
見栄を切るように早合点する警察官の役は加藤さんのはまり役となりました。
そうか。
よし分かった。
柏屋に泊まった復員服の男が犯人だ。
自分の欠点と思い悩んだ芝居癖が短い出番でムードを一変させる名脇役として映画テレビに欠かせない存在となります。
強烈な個性と熱演。
加藤さんらしさを生かし記憶に残る数々の名場面を残しました。
某のようなうつけた老臣が生き残るとは。
不覚を取り申した。
不覚を取り申した!うわ〜!「お宅まで送らしてもらいまひょか」。
「わしもちょうど家へ帰るとこやったんや。
うちまでやってんか」。
「へいお宅はどちらで」。
「そこの茶店や」。
(笑い)人間国宝で上方落語の第一人者桂米朝さん。
「そこの茶店なら乗る手間で歩いた方が早いがな」。
「初めから歩いた方が早い言うてんねん」。
(笑い)米朝さんは大正14年の生まれ。
兵庫県の姫路で育ちました。
落語との出会いは小学生の時。
父に連れられ寄席に通ううち噺を全部覚えてしまうほどの落語少年になりました。
昭和18年進学のため上京。
学業もそこそこに寄席や芝居小屋に足しげく通います。
更に尊敬する落語研究家の家に飛び込み弟子入りしてしまいます。
正岡容からは落語家になるよう強く勧められますが間もなく召集されて陸軍に入隊。
訓練中に体を壊しそのまま終戦を迎えます。
大阪は空襲で焼け野原。
寄席も一軒残らず焼け落ちてしまいました。
地元で勤め始めた米朝さん。
しかしその情熱と才能を知る師匠正岡から背中を押された事が大きな転機になりました。
昭和22年古典落語の本格派四代目桂米團治に弟子入りします。
「何じゃて」。
「おはようさん」。
「おはようさん…妙な挨拶やな」。
柔らかい関西弁でテンポよく笑いの世界に引き込む上方落語。
しかし当時は漫才ブーム。
漫才に転向する人も多く上方落語は風前のともし火。
そんな中でのデビューでした。
入門して4年目頼りの師匠が亡くなってしまいます。
更に先輩たちが次々と世を去り上方落語は滅んだとまでいわれました。
米朝さんは上方落語の復活に人生を懸ける決心をします。
引退した噺家をはじめさまざまな人から聞き取りをし古文書なども調べて噺を復元していきました。
代表作「地獄八景亡者戯」。
ほとんど演じ手がいなくなったこのネタを時代に合うように手を加えてよみがえらせました。
あほみたいな長い噺でございますが。
やかましゅう言うてやって参りますその道中の陽気なこと。
(お囃子)地獄に落ちた亡者たちの珍道中。
お囃子を交える上方独特の手法。
多彩でしゃれたしぐさで無数の登場人物を演じ分けます。
「こんな裾模様のこんな着物着ててそないはよ歩かれしまへんやないか。
ちょっと待ってもらわん事には」。
「わてらそないはよ歩かれたらかなわんわ」。
舞妓はんのビラビラのかんざしが風に揺れてるところ。
「これがかの有名な三途の川でございます」。
現代社会の風刺も加えました。
「なかなかきれいなええ川ですな」。
「はあこの水なんかもっときれいな水だしたんやけどなずっと上手の方に工場が出来てこのごろだいぶ汚うなりました」。
「はあこっちもやっぱり公害問題が起こってますかな」。
「閻魔の出御下におろう」。
まさに上方落語の真骨頂と言える大ネタです。
(拍手)これやるとしばらく元に戻りまへんのや。
(笑い)「天狗裁き」はもともと上方発祥で明治時代に東京に伝わったとされています。
上方では一度滅んだこのネタを復活させました。
「ニタ〜と笑うてどんな夢見てんねやろなこの人。
あらえらいまた真面目な怖い顔になってきたがな。
ちょっとちょっとあんたちょっと起きなはれ。
かなり面白そうな夢やったやない」。
「いやなんぼ考えても夢なんか見た覚えない」。
「私に言えんような夢見てたんか?」。
長屋に暮らす男が見てもいない夢のせいで騒動に巻き込まれるお話です。
「言いとうなかったら別に言わいでもええがな。
大体あんた昔からそうやねん。
水くさいとこがあんねん。
ちょっと夢の話ぐらいしてくれたらええねん。
わたいがこないして貧乏所帯やりくりして…」。
「何を言う。
夢なんか見てへんさかい見てへんちゅうてんねん」。
「どんな夢でも見なはれ!」。
騒ぎはどんどん大きくなりついにはお奉行様が裁く事になります。
「今日限りこの家空けてもらおうか」。
「家主幸兵衛面を上げい。
差し出されたる願面によればその方店子喜八なる者の見たる夢の話を聞きたがり物語らぬゆえに店立てを申し渡したとあるがまことか。
ああ喜八とやら」。
(笑い)「初め女房が聞きたがり隣家の男が聞きたがり家主までが聞きたがったる夢の話。
奉行にならばしゃべれるであろう」。
(笑い)「お奉行さん。
わて夢見てたら初めカカにしゃべっとりまんねん。
こんなお手数かける事も何にもなかった」。
米朝さんが復活させ発展させた演目はおよそ180にも上りました。
ネタを広めるために関西はもとより全国各地の高座にのせます。
更には復活した噺をいち早く書籍やレコードビデオなどに記録し上方落語の普及に貢献しました。
後継者の育成にも力を注ぎ米朝一門は60人を超える大所帯となります。
生涯現役を貫いた加藤武さん。
迷いながらも自分らしい芝居を作り出し自らの原点である舞台にも立ち続けました。
殿!何とぞこの雛田に切腹を申しつけ下さりたく…。
(せきこみ)ああうっとうしい。
精いっぱい舞台を務めます!「私あの時お茶を頂いてるとな茶がポタポタと漏りますのん。
おかしいなと思うて見たが傷もなければひび割れもない。
何の障りもない茶碗の茶が漏る。
不思議な事があるもんじゃなあ。
『はてな』ちゅうて置いて帰った」。
(笑い)上方落語を復興・発展させた桂米朝さん。
掛けがえのない師匠との出会いから落語に全てをささげる道を歩みました。
「水がめの漏るやつ見つけてきたんや」。
(拍手)信じた道一筋に歩んだ2人からのメッセージでした。
2015/12/30(水) 07:20〜07:45
NHK総合1・神戸
耳をすませば 第2回「加藤武・三代目 桂米朝」[字]
俳優の加藤武さん。テレビや映画では名脇役として人気を集めた。落語家の桂米朝さん。上方落語の伝統を復活させ、文化勲章を受章した。芸の道一筋に生きた2人を見つめる。
詳細情報
番組内容
文学座の俳優として活躍した加藤武さん。黒澤明監督からの信頼も厚く、テレビや映画ではちょっと頑固な名脇役として人気を集めた。今年7月逝去。落語家の桂米朝さん。戦後、落語家の高齢化や漫才ブームで落ち目になりつつあった上方落語の伝統を復活させた。古典落語では初の文化勲章を受章。3月逝去。芸の道一筋に生きた2人の人生を振り返る。
出演者
【出演】落語家…桂米朝,俳優…加藤武,【語り】加賀美幸子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
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