松尾仁 - リーダーシップ,仕事術,働き方,起業 10:00 PM
2.5億人の人口を持つインドネシアの中間層がファッションを楽しむために。600ブランドの商品を最安値で提供するECサイトを運営する男の仕事術
東南アジアの他国と同様、中間層が急速に拡大するインドネシア。連載「アジア×ビジネス」の今回の記事では、2億5000万人の総人口を持ち、2020 年には1億4000 万人の中間層・富裕層が生まれると言われるインドネシア。この巨大なマーケットが育ちつつあるこの国で、約600ブランドのファッションを中心としたアイテムを期間限定のセールを展開しながら販売する会員制サイト「VIP PLAZA」を運営し、中間層がファッションを楽しむための選択肢を提供するキム・テソンさんにお話を伺いました。聞き手はライフハッカー[日本版]編集部員であり、自身もシンガポールと神宮前でギャラリーショップ「EDIT LIFE」を運営する松尾仁です。
1985年生まれ。早稲田大学を卒業後、2008年株式会社楽天に入社。楽天市場のファッション事業部やさいたま支社の立ち上げを経て2010年にインドネシアに渡り、楽天と現地のメディア系財閥との合弁会社PT.Rakuten-MNCの取締役に就任。2013年にインキュベーターズ・アジアを創業し、2014年9月から会員制ファッション販売サイト「VIP PLAZA」を展開。
決められた道を歩くのが嫌だった。ファミリーただひとりのサラリーマン。
松尾:まずはキムさんが海外に目を向け始めたきっかけから教えてください。
キム:僕は生まれも育ちも日本ですが、国籍は韓国です。日本社会の中で韓国人として育ったせいか、世界に向けてビジネスをしたいという想いは割と小さな頃から自然と抱いていました。日本で生まれ育った韓国人は、朝鮮幼稚園から朝鮮大学まで進学して焼肉屋かパチンコ屋になるというふうに、ほとんど道が決まっているんですよ。僕はその決まった道を歩くのが嫌だったので、高校で日本の学校を受験しました。朝鮮中学校の同級生25人のうち、日本の高校に進学したのは僕だけでしたね。
松尾:その流れで日本の大学に進学されたんですね。
キム:はい。周りの日本人学生と同じように就職活動もして、祖父母の代から始まった日本のキムファミリー150人の中で、ただ1人僕だけがサラリーマンになったんです。
松尾:就職先として楽天を選ばれたのはなぜですか?
キム:キムファミリーは僕以外の全員が自営業なので、自分もいずれは起業を、と考えていました。そういう意味で事業の立ち上げが経験できるところ、かつ、国際的なビジネスに挑戦できそうだと考えて楽天を選びました。正式入社までの半年間は、国際部で内定者アルバイトも経験しました。
松尾:国際部でのアルバイト時代は何をされていたんですか?
キム:「ルクセンブルグに支社を出すから安いオフィスを探す」とか、割と簡単な作業でしたね。内定者バイトでよくわかったのは、結局は現場を知らないと何もできないということ。それで正式入社時の配属希望先は、国際部ではなくド営業の楽天市場事業部にしたんです。
松尾:国際部に戻れるという保証もないのに、勇気のいる選択でしたね。
キム:はい、リスキーな選択だったと思います。一応、国際部のトップには「必ず結果を出すので、2〜3年後にまた拾ってください」とは伝えましたけど(笑)。
月商10万円から月商1400万円に。楽天時代に学んだこと。
松尾:楽天市場事業部ではどんな仕事を?
キム:ファッション事業部に配属されたんですが、基本的には楽天市場に出店している店舗のサポートです。売上を上げるサポートをしながら広告を買っていただいて、その広告によってトラフィックを集めてより大きな売上につなげるという営業の仕事ですね。ここでは細かな成功体験を積むことができました。
松尾:具体的な成功体験を教えてください。
キム:たとえば福井県にある家族経営の小さな靴屋さん。僕が担当になったときは月商10万円だったんですが、仕入れからマーケティングまで一緒にやらせていただいて、半年後には月商1400万円まで成長することができました。こういった例は"楽天ドリーム"と呼ばれているんですが、都内でも地方でもちゃんと戦略を練れば日本全国のお客様を相手に商売ができる。これが楽天の営業の醍醐味なんです。400〜500店舗を担当させていただいて、そのなかで数社大きなインパクトを出すことができ、社長賞をもらいました。
松尾:国際部に伝えていた「結果を出す」を達成できたわけですね。
キム:はい。そのあと埼玉支社の立ち上げを経験して、ここでも成功して再び社長賞をもらいました。その頃、国際部のトップから「そろそろ戻ってこい」と電話をもらって、2010年の6月に本社に戻りました。本社に戻った3日後にはインドネシアに移り住んで、そこからずっとインドネシア在住です。
松尾:いきなりインドネシアですか!? 住む場所は会社が用意してくれたんですか?
キム:そんなのないですよ(笑)。当時はまだ海外駐在の制度が整っていなかったので、住む場所とオフィスを探すところからスタートです。インドネシア最大手のメディア企業との合弁会社だったので契約書をまとめて、2011年3月にWEBサイトをローンチして、店舗とスタッフを増やして。スタッフが60人規模になったところで起業のために会社を辞める決意をしました。
松尾:そのタイミングで起業されようと思ったきっかけがあったんですか?
キム:楽天・インドネシア時代は、インドネシアの財閥の2世や3世と仕事をする機会が多かったんですが、彼らは本当に優秀だったんです。お金持ちだけどいわゆるボンボンではなくて、常にハングリー精神を持ってアグレッシブに勉強しながらスピーディーに事業を立ち上げている。同世代のそんな様子を目の当たりにして、元々持っていた起業魂が爆発してしまったんですよね。辞めると決意してから引き継ぎなどをして、正式には2012年の12月に退社しました。
ブランド側とコンシューマー側、両方の課題を解決する仕組みづくり。
松尾:では、現在手がけられている「VIP PLAZA」の魅力とスキームについて教えてください。オンライン上でファッションを中心としたアイテムを期間限定のセール価格で販売する。その魅力は、どのような構造で実現したのでしょうか。
キム:はい。「VIP PLAZA」は2つの社会的な課題を解決しています。1つ目はシンプルですが、ブランド側が抱える大量の在庫を効率よく捌くお手伝いをしていること。日本と違ってインドネシアには四季がなく、常夏の国です。ですから、どのブランドも1年中夏物を作っているんです。過去20年間で毎年GDPが+5%〜6%で成長しているため、生産計画も割と適当なんですよね、「今年は1000個つくったから来年は1200個つくろう」みたいな(笑)。つくっておけば通年売れるので、大量生産と販売を繰り返し、在庫も常に大量に抱えているわけです。その在庫を効率よく捌こうと既存のショッピングモールでセールをした場合、会場に在庫を送るお金に始まり会場費や会場での人件費が発生し、盗難のリスクもある。時間的にもコスト的にも非効率なことを、「VIP Plaza」を利用することで、在庫を1カ所に送るだけでインドネシアの全土のユーザーを相手に商売できるんです。
もう1つはコンシューマー側の課題を解決すること。そもそもインドネシアの消費者は、どのブランドがどこのモールでいつセールをしているのかという情報を入手しづらいんです。だからこのサイトを覗けばいつでも人気のブランドが最安値で手に入るというシンプルなバリューを提供しています。これが、社会的な課題の解決装置として「VIP PLAZA」がマーケットにマッチしている部分ですね。
松尾:2014年2月にウェブサイトをローンチされた当初、最初は何ブランドでどれくらいの商品数から始めたんですか?
キム:30ブランドが各50商品ずつ出品したので、1500アイテムほどですね。ローンチから1年半ですが、今は約600ブランドが出店していて、全部で5万SKUを販売しています。
松尾:PVやUU、売上の現在までの流れはどうですか?
キム:基本的には右肩上がりです。PVは最初は微々たるものでしたけど、今年の10月末時点で月間600万PV、会員登録者は35万人になりました。資金調達は2ラウンドが終わっていて、シード段階での第1ラウンドをサイバーエージェント・ベンチャーズに、第2ラウンドはヤフージャパンに協力していただきました。合計で6億円ほど調達しています。スピード感はかなり早いと思っています。今は社員も180人ほどいて、大所帯になりました。
松尾:スタッフはローカルスタッフがほとんどですか?
キム:自分以外は全員ローカルです。
インドネシアでのマネジメントスタイルは「Ask how」。
松尾:国によって働く姿勢や仕事に対するマインドが違うと思いますが、インドネシアはどうですか?
キム:大変ですよ(笑)。良くも悪くもゆっくりとした国民性で、目標達成マインドがあまりないんです。これは前職での話ですが、楽天でインドネシア支社の立ち上げをしたとき、僕は25歳でした。新卒で楽天入社ですから楽天のオペレーションしか知らないわけじゃないですか。楽天のオペレーションは数字に厳しくて、いつまでに何をするというマイクロマネジメントなんです。それを日本と同じようにインドネシアでやったら、みんな辞めちゃって。初年度の離職率は120%だったんですよ(笑)。日本とは国民性もマネジメントスタイルも全く違うので気をつけなきゃいけないですね。
松尾:それは大変でしたね。離職率120%になってしまったあと、スタイルはどう切り替えたんですか?
キム:「Tell how」を「Ask how」に、つまり「いつまでに何をしろ」というスタイルでなく「どうしたいの?」というスタイルに切り替えました。マンスリーのターゲットを割り振って管理するマイクロマネジメントを、マンスリーのターゲットを与えてどう達成したいのかをマネージャーがサポートするスタイルに変えたんです。
ビジネスの鍵は、優秀なマーチャンダイザーを集めること。
松尾:なるほど。「VIP PLAZA」に話を戻して、社内でのスタッフの仕事の分担はどのようなイメージですか?
キム:180人のスタッフのなかで、80人は倉庫の在庫管理、30人は商品の撮影や写真の加工をするプロダクションのチーム。20人が仕入れをするマーチャンダイザー。15人がカスタマーサポートで、10人がWEBサイトのデザイン、バナーを作るチーム。ファイナンスが10人、エンジニアは6人で、その他という感じです。
松尾:サービス内容の割にエンジニアが少ないように感じますね。
キム:創業当初はエンジニアが0人だったんです。最初はシステムに投資しても意味がないと思って、クラウドソースの会社から20万円くらいでパッケージを買って、3日でつくってスタートしました。その分、マーチャンダイザーに時間とお金を投資して、国内で一番優秀なチームを集めたという感じです。商品数が広がってトラフィックが増えてくると、次はシステムサイドの比重が多くなってきたので、オープン半年ほどでようやくインハウスでエンジニアを抱えるようになりました。でも未だに180人中6人しかいないので、年明けには30人くらいのチームにする予定で、今でも2日に1人ほど採用しています。
松尾:優秀なマーチャンダイザーとはどうつながったんですか?
キム:「Linkedln」でジャカルタに住んでいる各ブランドのマネージャー層300人くらいに一斉にメッセージを出して、100人くらいと会って交渉したなかで3人を雇ったという感じです。一番最初にバイスプレジデント・オブ・マーチャンダイザーとして雇ったのは、ファッショナブルでアクの強い女性。彼女は日本で言う伊勢丹のようなデパートのバイヤーを10年以上やっていて、ドイツ系のEコマースの会社に転職して、その立ち上げを経験していました。オフラインもオンラインも経験していたので、どうしても獲りたかった。彼女のOKをとるのに半年かかりました。しつこいんですよね、僕(笑)。
松尾:優秀なマーチャンダイザーを獲得することで、イニシャルなブランドに出店してもらうことができたと。では、セールの期間や商品の販売価格はどう決めているんですか?
キム:価格の決定方法はシンプルです。出店しているブランドすべてが契約書にサインしていて、そこには最安値保証の項目が入っています。全ブランドはセール期間中、確実に最安値で出さなきゃいけないという契約になっています。スケジュールや商品についてはマーチャンダイザーの腕の見せ所ですね。セールを実施する前にブランド側からプロダクトのリストをもらって、チェックして、「もっとこういうプロダクトをください」とか「もっとこのサイズ、色をください」という交渉が始まります。合意に至ったらスケジュールに入れていくんですが、基本的にはその時点でキュレートされていて価格も最安値になっています。いつセールを行うのかは、コンシューマー目線で考えるように意識しています。今は1日に10ブランドのセールを開催していますが、カテゴリーや価格帯をバラエティのあるものにしています。
松尾:売上目標はどのように設定されているんですか?
キム:ブランドによって金額はまちまちですが、マンスリーで目標を決めて、それを達成するためにタイムセールを何回やるのか、そしてそのためにはどのくらいの商品数を集めるのかということを細かくやっています。これをスピーディーにやるためにKPIを管理するためのフォーマットをつくって、スタッフに落としてKPIマネジメントを行っています。
コンシューマー目線を大切にしながら、作業効率を高める。
松尾:「VIP PLAZA」では商品の撮影からテキスト作成、WEBサイトへのアップ、配送までをすべて自社で行われています。WEBにアップする際に、在庫数がある程度ないと作業コストと売上が見合わなくなると思います。そのルールはどうされていますか?
キム:そこがこのビジネスにとっての肝ですね。最初はミニマム4個でやっていましたけど、今は1SKUあたり最低10個と決めています。
松尾:高価格帯のものは1個売れれば粗利が大きい。しかしその分、写真を撮るにしても、購入に繋げるためにより魅力的なカットにしなければいけないのではと思うのですが、価格帯ごとに見せ方は違いますか?
キム:価格帯ではなくてカテゴリごとに、どういうコンテンツを作るのかの型を決めています。たとえばファッションならモデルが着用した正面と正面から45度、90度、180度の4アングル。データとしてはモデルの身長と必要であれば3サイズ、商品説明文には色、スタイル、サイズ、マテリアルの記載が必須です。でもこれが時計となると、商品のアングルだけでなく箱や保証書も撮影して合計8カット。商品説明文もファッションとは違ったものになります。買物をするコンシューマーの目線で必要なデータをまとめて、スタッフが効率よく作業できるようにフォーマットをつくって管理している感じですね。
豊かな生活のために、プレーヤー全員でマーケットを大きくする。
松尾:ローンチから1年半の手応えと今後のビジョンを教えてください。
キム:日本では当たり前のことをやるだけで、インドネシアでは差別化することができます。それが1番難しいんですけど(笑)。毎月売上が+25%成長しているのでオペレーションが大変だし、人もどんどん採用する必要があって、日々嬉しい頭痛がたくさんあるのが現状です。でもインドネシアのマーケットは、シェアを奪い合うというよりはEコマースのプレーヤー全員でパイを大きくしているという状況。最終的には、急増する東南アジアの中間層に人気のファッションブランドを低価格で届けるというところを突き詰めたいと思っています。東南アジアってブランド志向が強いんです。「いつかはこれが欲しい。ただやっぱり給料が追いついていないので買えない」。それを買わせてあげたいんです。エアアジアのキャッチコピーは「Now Everyone Can Fly」ですが、我々は「Now Everyone Can Buy」を目指しています。
東南アジアで拡大する中間層に向けて、彼らがよりファッションを楽しめるようにとフラッシュセールサイトを運営するキム・テソンさん。楽天での経験を生かしながらインドネシアに合わせたマネジメントスタイルを築いたこと、社会的な課題を解決したいという志とビジネスを両立させている点から、バランス感覚に優れた方だという印象を受けました。キムさんは、インドネシアにおけるビジネスの魅力は「若くて優秀な起業家が多く、彼らと同じマーケットで切磋琢磨することで自らの目線も上がること」だと言います。「VIP PLAZA」の今後の展開に期待しつつ、中国、インド、アメリカに次ぐ世界4位の人口で構成されるインドネシアのこれからのマーケットにも注目していきたいと思いました。
(取材/松尾仁、文/宗円明子)
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- キム テソン,中村 正英,河江 健史,渡邉 裕晃明日香出版社