こんばんは。
さぁ「鑑定団」始まりました。
よろしくお願いします。
お願いします。
アシスタントさんの衣装がもう秋仕様になりましてねぇ。
秋になりました。
ねぇ。
じっくり見せることもなく帰っていきましたけどもね。
毎年男の子に混じりだんじり祭りに参加する生っ粋のなにわっ子でした。
アナウンサーに憧れるようになったのは小学生のとき。
国語の授業で先生に朗読を褒められ…
と思ったことがきっかけでした。
そこで2006年大学4年生のとき地元大阪でアナウンサーになりたいと読売テレビを受験。
実はそれまで在阪テレビ局すべての試験に落ちていたため最終面接の際覚悟を決め…
と絶叫したところその意気込みが買われ無事採用されたのでした。
入社後は主に情報番組を担当し…
宮根誠司や個性豊かなコメンテーターを相手に丁々発止のやり取りを繰り広げ一躍お茶の間の人気者に
もういいですやめて。
この前…この前焼き肉…。
ほんと怒りまっせほんとええ加減にしてください。
更に極度の運動音痴にもかかわらず去年無謀にもフルマラソンに初挑戦したところ予想を上回る好記録で完走し意外な一面を見せてくれました。
ちなみに大好物はあんこで自宅の冷蔵庫には大量のゆであずきの缶詰を常備しておりそれを一度に二缶ぺろっと平らげることもあるそうです
するとたちまち関西人特有の明るいキャラクターに注目が集まりさまざまなバラエティー番組から引っ張りだこになりました。
川田裕美さんの登場です
依頼人の登場です。
東京都からお越しのお願いします。
どうぞ。
あんこ食べますね。
大丈夫ですかあんな食べて?あまりに好きすぎてだいたい毎日一缶で多いときが二缶くらいいってしまうんですけど…。
え?毎日?はい。
あんこ詰まってそうな…。
どういう意味ですか!いや俺もあんこ大好きやったんですけど食べ過ぎて飽きましたね。
えぇ!!全寮制入れられたとき甘いもんが禁止やったんで辞めたときに喫茶店でまずバイトしてあんみつのメニューがあったんですよ。
こんな一斗缶であんこあるんですよ。
ずっとあの…カウンターの下行ってこうやってずっとあんこ食べる。
あんこなくなんのが早いっていう疑惑までもたれるくらい。
ダイエットとか気にしないんですか?全然痩せないんです。
これ開けてあんこちゃうでしょうね。
違います。
あっなになにこれ?これは田邊竹雲斎という方が作った竹細工なんです。
竹雲斎竹ですよ字に…。
すごいですよ。
今田さん知ってましたか?いや知らんけども。
知らない…。
絶対すごいじゃないですか。
私の祖父の家にありましてでも小さいときはやっぱこれが何なのかまったくわかってなかったのでカゴをポンポンポンポンこう叩いたりとか身長どこまで伸びたっていうそのしるしにしてましたね。
カゴまでいったね今年はとか…。
来年はそのもうちょっと上いったねとかいうの…。
これを基準で。
はい。
おじいちゃんなんか言うてました?はいもうほんと楽しみにしてまして。
あぁそうですか。
いいチャンスだから頑張っておいでって言ってくれたんですけどどうもおじいちゃんは私がここの場で頑張ればこの値段が上がると思ってるみたいで…。
はぁ〜もう一声みたいな。
それを頑張ってこいと言われまして。
いや頑張れって言われても確かに困りますね。
そうなんです。
すごいみんな家族一同楽しみにしてますね。
こんな簡単に取れる。
さぁ川田さんご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょうか?えっと期待も込めて30万円でお願いします。
それではいきましょう。
オープンザプライス!100万円!え〜!!ウソ!!ほんとですか?100万円!え〜!!竹雲斎というのは初代から四代にわたって竹芸家としての名工なんですね。
こちらは二代の作になります。
昭和20年から30年にかけて作られたものです。
長いほうは垂撥といいます。
本来は花生けを掛けるための道具なんですがこちらは色紙短冊それと扇子ですね。
その4種類を掛けられるようになってます。
いちばんちょっと注目していただきたいのは花生けのこの竹の味おいしそうなこうあずき色してますよね。
いい色してますね。
そういえば。
これはですね鳳尾竹と言いまして茅葺きの民家のその屋根の部分にあるものでいろりの煙で燻されて燻されてその色になってきたと。
あぁなるほど。
形はですね漁師の使っているびく荒編みといいましてわざと荒く編んで野趣を出した。
二代目竹雲斎のいいところが出てるものなのでほんとに大切になさってください。
大事になさってくださいね。
いやほんとそうします。
おじいちゃんにも報告してください。
いい報告できます。
ありがとうございます。
番組も最後まで楽しんでいってください。
次なる依頼人は木屋町通をのんびりと散策しているこの方…
実は稲辺さん東京在住なのですが若い頃から京都が大好きで…
すてきなお店が多いのはもちろんなんですけどすごく歩いてるだけでも楽しいんです。
仕事を退職したのを機に…
現在はセカンドハウスとして利用しているそうです。
10階の部屋なのでとにかくベランダからの眺めがすばらしく…
しかしそれは宝石ではなく非売品として飾られていたもので…
行くたびにすてきだなぁと思って眺めていたんです。
店の方に聞いてみると…
しかし後日再びその品が飾られておりびっくり
鑑定よろしくお願いします。
スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞお願いします。
そんなに京都が好きになっちゃったんですね。
じゃあ東京とどれくらいのペースで行ってはるんですか?今は。
月1回くらい。
月1京都に行ってみたいな…。
さぁ今回のお宝見てみましょうか。
あらきれい。
宮川香山の花瓶です。
その方は有名な方なんですか?明治の初期の有名な方で横浜で真葛窯というのを造ってそこから世界に向けてメード・イン・ジャパンを輸出してたというか…。
でも確かにちょっと海外の人の作品っぽいですもんね。
でもこれ扱い困りません?カリカリカリカリやったら取れそうじゃないですか。
これ鳥パカッて取れそうじゃないですか。
これはもう売り物じゃなかったんですか?ええディスプレーみたいなかたちで展示されてて特に値札とかも付いてなかったんですけどそれがなくなってしまったので俄然とこう…あっやられちゃったみたいな感じで。
それで戻ってきたときにもう自分のものにしたいと。
もうこれはここで決めるしかないと。
どれくらいのお値段で買われたんですか?500万。
500万!500万。
すごい。
たかっ!これは家族も返してきなさい!ってなるでしょ。
よう勝手に買うたな前の人。
ご主人とかに相談したりとか…。
いや相談しなかった。
そのとき共働きだったんでお財布別だったんで自分の貯金を崩して買ってしまおうと。
いざとなったらば主人に頼れば生活できるかなと。
なるほどね。
自分のは使っても最悪の食い扶持はあっちにあると。
そうなんです…。
明治時代に作られた焼物で現在国の重要文化財に指定されているのはわずか2点のみである。
しかもそれは同じ作者が手がけたものであった。
その名は…
奇抜で精緻な作品を次々と生み出し…
父が早逝したため19歳で家督を継ぎ父譲りの色絵の香炉や菓子器を制作。
するとすぐさまその出来栄えが評判を呼び25歳のときには幕府から御所献納の品を依頼されるまでになった。
しかし明治維新により新たな世が訪れると薩摩の御用商人の求めに応じ…
太田村に真葛窯と命名した1,000坪の窯を開き…
その頃ヨーロッパではジャポニスムが流行し金彩を用いた薩摩焼に人気が集中していた。
そのため香山も当初はこれに倣ったが金を多用することで費用がかさみまた言われるがまま作ることに嫌気がさしやがてまったく新たな様式を模索することとなった。
その結果編み出したのが…
これは精緻な細工を施した動植物の彫刻を器の表面に貼り付けたもので薩摩焼に勝るとも劣らない華やかさがあった。
とはいえ名工といえどもこの技法にたやすく辿りつけたわけではない。
なぜなら陶土は熱を加えると当然収縮するが彫刻の細工が精緻であればあるほど大きく歪んでしまうからである。
この矛盾を克服するために香山はそれこそ寝食を忘れ数えきれないほどの試行錯誤を繰り返した
かくしてついに完成したこの高浮彫は1876年のフィラデルフィア万博を皮切りに国内外の展覧会に出品するとたちまち脚光を浴びMAKUZUWAREと呼ばれ絶賛された。
しかしやがてその装飾が過剰で気品を損なうとの批判を受けたことや生産効率が極めて悪いことから40代にして作風を一変。
今度は中国清朝の磁器を手本としその代表的技法釉下彩に挑んだのであった。
これは素焼きした器に絵付けを施しその上から釉薬を掛けて焼く技法で淡くやわらかい色合いがなによりの魅力である。
しかし高浮彫同様極めて難しく釉薬の配合や焼成温度がほんの少しでも変わるとまったく違う色になってしまう。
それでも香山は再び血のにじむような努力を重ねついに我がものとしたのであった。
しかし香山が手がけたこれらの傑作はそのほとんどが海外に輸出されまた…
現存数が極めて少なく幻の焼物と呼ばれている。
改めて依頼品を見てみよう。
宮川香山の花瓶である。
梅の木の根本で羽を休めるオシドリが高浮彫で表現されておりその装飾は実に見事である
さあご本人の評価額ですけどもおいくらくらいでしょう?買った値段で500万でお願いします。
買った値段の500万で。
それではまいりましょう。
オープンザプライス!650万!ありがとうございます。
いい仕事のものですね。
高浮彫がだんだんと盛んになっていった明治10年頃の作品ですね。
梅の木の根本にオシドリの雄が羽を休めている。
香山の梅の花というのは夜中に花弁を閉じるという伝説が生まれたんですよね。
そのくらいリアリズムに徹したわけです。
普通オシドリというのはねおしどり夫婦なんていうように雄と雌がなければいけない。
これは片割れなんですよ。
香山コレクションの第一人者って言っていいでしょうね。
田邊哲人さんという人のコレクションにこれの雌があるんですよ。
100年以上前に作られたものがどこかでわかれて奇しくも今ここでその存在がわかった。
願わくばね一対にして鑑賞なさったらいかがでしょう。
じゃあぜひぜひ…いかがですか?ぜひそうやって2つ並べてみたいです。
でも向こうの方に売ってくれって言われるかもわかんないですねそれは。
持ってきたが最後まあまあ…。
置いていきなさい…。
置いていきなさいくらいの。
逆に買ってきちゃえばいいじゃん。
もうもう…無理です。
もう無理?もう無理です。
いやいや…。
どうもありがとうございました。
どうもありがとうございました。
今回の舞台は佐賀県東部に位置する
町のシンボルは標高405mの基山でその山頂からは北に博多湾を南に有明海を見渡すことができる。
そのため古くから国防の拠点とされてきた。
660年朝鮮半島で唐と新羅の連合軍により百済が滅亡した際日本は百済再興のために援軍を送ったが…
大敗し退却。
その翌年唐新羅軍の国内への侵攻を恐れた天智天皇が大宰府を防衛するためこの地に築いたのが…
これは自然の地形を利用した日本最古の朝鮮式山城で谷を囲むようにつくった土塁と石塁はおよそ4キロにもおよぶ。
また城内には住居や武器食料を蓄える倉庫がおよそ40棟更には雨水を排水するための水門まで造られておりこれらは1954年国の特別史跡に指定された。
この基山町で現在町おこしの一環として取り組んでいるのがエミューの飼育である。
オーストラリアに生息するエミューは寒暖の差に強く気性も穏やかで飼育が容易なため牛や豚に代わる新たな家畜として大きな注目を集めている。
その肉は高タンパク低カロリーで味も癖がないためどんな料理にも合う。
基山町ではこのエミューの肉でキーマカレーを作り来年からレトルト食品として発売する予定である。
そのカレーをひと足先に堪能しているのは本日の鑑定士…
早速いってみよう
出張!なんでも鑑定団IN基山!
まずは…
おせっかいを焼くのが大好きなので頼まれもしないのに独身男女の仲を取り持ってきたが7年前意を決しこの地に…
これまでおよそ300組のカップルを成立させた。
そのなかでいちばん印象深いのは…
そうですはい。
6ケ月しか経ってないのに!
そこで実際にお会いすると人格がすばらしい方だったのですぐに62歳の女性を紹介してあげた。
自分の特技はひと目でその方の長所を見抜けることでこれが仕事にとても役立っている
僕のいいところわかりますか?すみません初めて言われましたけど。
お宝は大黒様が描かれた掛軸である。
23年前骨董好きだった義父が他界した際その遺品としていただいたもの。
作者はまったくわからないが大黒様の優しい表情がとても気に入っている。
しかも打ち出の小槌から次々とお宝が溢れ出ているので縁起がいいと思い昔保険会社に勤めていた頃は…
するとびっくりするほどの御利益があり…
年収1,500万円以上を何十年間いただいたんです。
そんなにさらっと年収言えるんですね。
本人評価額は堂々の…
実は今日も収録の前にこの掛軸に向かい心をこめてお祈りしてきたのできっと御利益があるはず。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
落款を見ますと「春」に「江」と書いて「春江」とございますね。
どういう作家さんかは残念ながらわからない。
紙を見墨を見ますと江戸時代のおそらく末期くらいだろうと思います。
おっしゃるように顔がとってもすてきな大黒様ですよね。
動きがあってとてもすてきなお軸だと思います。
お値段に関係なくこれからも大事に拝まれてください。
続いてはパッチワークが趣味の…
古い着物とかをほどきまして洗って裏ばりをしてそれで裁断をして。
一応作品を…。
作品を持ってきて…。
かわいらしい。
こういうやつか。
10年前には趣味が高じて講師の資格を取得。
現在は自宅で教室を開き近所の方々に教えている。
お宝は…
2年前103歳で他界した父の遺品のひとつ。
父は他にも膨大な骨董を持っていた。
昔は台所の片隅に無造作に置かれていたがあるとき兄が中国の故宮博物院に行った際よく似たものを目にしたと言ったので以来とても気になっていた。
まだ正式な遺品分けはされていないので先日親族一同が集まった席で…
もらえるんだったら私はこの壺がいいって言ったんですよね。
すると姉は別の大皿を指しこれにしたらとしきりに勧めた
あれはお姉さんの目から見るとどう見えます?
大勢の皆さんの前でコピーだなんて言われると確かに急にオーラが消えてしまったような気がする
僕もものまねやってるからねコピーコピー言われるんでね…。
しかし本人評価額はかすかな望みを託し…
ひょっとすると姉もこの花瓶が欲しいのかも。
そうならそうとはっきり言ってくれればいいのに。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
ちょっと森先生の字も震えておりますもんね。
心なしか。
確かにコピーかと思います。
中国の清朝ですね。
光緒帝という本当にいちばん最後西太后が活躍した時代ですね。
景徳鎮も非常にいい作品を焼くんです。
裏に「大清光緒年製」というふうに銘が入ってるんです。
どうもちょっとその彫り目がコピーかなという。
光緒帝の時代は染付で書いてあるものが多いんですよ。
その光緒の頃の作品を写した偽物ではないかと思います。
続いては富士山が好きで好きでたまらない…
富士山好きになったきっかけってあったんですか?ええきっかけはですね大学受験をしている際ちょうど夜勉強しておりまして…。
というのを歌われてそのバックに四季折々の富士山がこう…映し出されたんですね。
それでもう感動して。
どんなCMでしたっけあれ?
その後毎日富士山を見ていたいとの思いで
日々刻々変化する富士山の写真を撮りまくった
富士山は何回登りました?えっ!?
お宝は…
10年ほど前カナダを旅行した際偶然日本人の骨董商と知り合いになり富士山の魅力を語った。
すると数年後この絵を勧められたためつい買ってしまった
これおいくらで購入されたんですか?
本物にしては安すぎると思ったがその後横浜に行った際…
こんな見事な色は偽物では絶対表現できないはず。
本人評価額は買ったときと同じく…
50年あまり富士山を見続けてきたからこそこの絵のすばらしさがわかると自負しているが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
これはすごい!
富士を愛しててよかった!本物でございます。
九州を代表する昭和の日本画家。
昭和36年には文化勲章も受けてらっしゃいます。
色調の変化というのがこの小さな画面ですけれども富士の雄大さっていうのを表現していると思います。
昭和20年代の落款。
その時代を代表する一作だと思います。
美術館なんかにも飾っても映える作品だろうなと思います。
続いては長年この番組を観てくださっている
どのくらい前くらいから?ありがたいですね確かこの番組…。
あと7年くらいは何をご覧になってたんでしょうか?「なんでも鑑定団」に出られるということがお友達に言ったら死んでもいいねって。
こんなこと言ったらまた失礼かもしれないですけどオンエア以降でお願いします。
はい。
お宝は…
白石焼は19世紀初頭佐賀県みやき町で白い砂まじりの土と天草の陶石を原料とし白磁に似たひび焼きを作ったことが始まりとされる。
もともとこの白石焼が大好きで名品を探していたところ8年前…
そこでぜひ見てみたいと言うと…
そして骨董屋さんが持ってみえたら…。
自分は思いました。
更にその骨董商が牛の部分は日本で初めて紫色の顔料を用い絵付けに成功したものでとても珍しいと力説したのですっかり気に入ってしまい…
相手の言うなりで…。
以来とても大事にしてきたが妻はまったく関心を示さず…
本人評価額は買ったときと同じく…
こんな名品はかつて登場したことがないので今日は自分が番組の歴史を塗り替えるに違いないと胸がドキドキしているが果たしてどうなるのか?
8年前知り合いの骨董商に勧められ200万円で購入したもの。
こんな名品はかつて登場したことがないので今日は自分が番組の歴史を塗り替えるに違いないと胸がドキドキしている。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
あちゃ〜!
白石焼ではないようですね。
白石焼といいますのは19世紀に始まって臼井走破という人が現れて非常に美しい白地に青の染付の焼物を焼いたことで知られてます。
それとひび焼きっていういちめんにひびの入った焼物というのが特徴になってるんですけれどもこれはひびが非常に硬さを感じます。
ひび焼きでできた花瓶に上絵を施した。
その上絵自体は非常に顔料を豊富に使って美しいものだと思うんです。
あと覚えていただくことがたくさんあります。
はい。
続いては美人三姉妹の父…
その笑顔からしたら相当自信があるんじゃないですか?あら!ちょっと…。
「鑑定団」に出るっていう話をしたら最初娘たちそっけなかったんです。
いや!どんなお父さんですか?
お宝は鬼が描かれた掛軸である。
作者はまったくわからない。
戦時中祖父が知り合いの大学教授を援助してあげた際そのお礼としていただいたもの。
子供の頃は鬼の顔が恐ろしくて近寄れなかったがあるとき鬼が持っている団扇太鼓が弓矢の的に見えたので釘でつついていると穴があいてしまった
ちょっとここ穴あいちゃった。
本人評価額は保存状態を考慮しやや控えめの…
実は菩提寺の住職がこの掛軸を見るたびに絶賛するので内心価値がとても気になっている。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
やった〜!
大谷句仏の鬼の絵。
本物でございます。
浄土真宗の僧で東本願寺の23世で大谷光演というのがお名前なんですけども俳句もよくなさったということで「句をもって仏事をなす」ということで「句仏」というふうに名乗ってらっしゃいます。
大津絵からとっておりまして大津絵というのは滋賀のほうで江戸時代に民衆のためのお土産品なんですけれどもその自由な筆遣いというのがとても魅力的で大津絵自体とっても今は高価になっております。
上に讃がしてある。
「我もまた鬼なり」みたいなことを意味しているんだと思います。
こういう絵ですから多少の傷があってもそこがお値段に影響するということはないだろうっていうふうに考えました。
最後は毎朝早起きをし日課をこなしている…
素振りなるほど。
木剣ですか木刀?はい。
有段者ですか?いや有段ではありません。
健康維持のためです。
毎朝のこう…。
どういう感じでやってるかっていうのをちょっと…。
お宝は…
曾祖母は佐賀藩鍋島家で奥女中頭を勤めていたと聞いているのでおそらくその関係で手に入れたのではないかと推測している。
特に気に入っているのは…
しかし自分が小さい頃はこの皿にたびたびおはぎを盛っていた。
本人評価額は曾祖母が他界してから70年経つので…
この皿には他にこれといったエピソードがないのでまさか選ばれるとは思わなかったそのため
まだ結果出てませんよ。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
よかった!
鍋島焼の大皿間違いございません。
鍋島焼というのは佐賀藩鍋島家が徳川将軍家に献上するために焼かせた焼物。
これは鍋島のなかでも江戸時代の後期の作品です。
直径がだいたい30センチ。
尺皿というふうに呼んでまして鍋島焼のなかでは最大のもの。
表に描かれている牡丹の絵ですけれども葉っぱが真ん中の葉脈のところから左右で薄い青濃い青っていうふうに塗りわけをしてるんですね。
この描き方っていうのがまさにこの後期の鍋島焼の特徴。
立派な器ですね。
大事にされていただきたいと思います。
出張鑑定IN基山はこれにて無事閉幕
まだ薄暗いにもかかわらずトラック馬場ではすでに競走馬の調教が行われていました。
馬は暑さにとても弱いため日の出前午前3時頃から始めるそうです。
そして調教を終えた馬について厩舎に向かうと忙しそうに電話でやり取りする男性が。
次なる依頼人は…
すると大きな車がやって来ました
そうだったんですか。
金石さんの仕事は競馬場を訪れて調教師から輸送の依頼が数多くもらえるよう営業しまたその後馬の引き渡しが無事行われたかどうか確認することだそうです。
実はもともとは競走馬輸送専門のドライバーで60歳のとき退職。
しかし2年後その経験を買われ当時の社長大山さんからこの仕事に就くよう頼まれたそうです
何が悲しいか…。
お体に気をつけて頑張ってください
数年前まじめに働いてくれたっていうんで…。
聞けばそれは10年ほど前北海道の骨董店で購入しとても大事にしてきたものとのこと。
しかし…
だから本物かどうか半信半疑なんです。
どうぞ鑑定のほどよろしくお願いします。
依頼人の登場です。
千葉県からお越しのお願いしますどうぞ。
大変なお仕事で。
ですね。
辞めさせてくれないんだ。
そうなんですよね。
ねぇこんなに辞めたいってアピールしてるのに。
でもずっとお仕事ですからね。
気も張る仕事じゃないですかやっぱり。
競走馬の扱いとか。
神経使いますからね。
すっごいデリケートですもんね馬ってね。
運び方で運転とか粗かったらもうね…。
じゃあ見てみましょうか。
これなんですけどね。
これちょっと見てどう思います?誰でも描けそう。
鉛筆があればなんとかなりそう…。
これ佐伯祐三さんの…社長がこれ記念にやるわって。
っていただいた。
もらったんですけどね。
佐伯祐三さんっていう画家の方はもうご存じやったんですか?これもらってからいろいろ勉強して。
この絵みたいな感じでたくさんの作品残されてるんですか?いや違うよね。
違うの?俺なんか友達みたい。
しゃべりやすい。
でも社長はいくらで買ったってお聞きしてるんですか?40万で買ったって言ってますよね。
40万?これ額はえらい立派ですけどね。
ここだけ見たら…。
申し訳ないですけど…。
聞いたらびっくりしちゃって。
びっくりしますよ。
もしかしてうちの社長が描いたんじゃないかなと思って。
社長への信頼度薄いですね。
うらぶれたパリの街角を描き続けわずか30歳で客死した夭折の天才画家である
父はゆくゆくは医者になってほしいと願っていたが本人はあくまで画家になるとの決意揺るがず中学生のとき…
更にその後上京し…
藤島武二に教えを受けた。
在学中裕福な商家の娘池田米子と知り合い結婚。
その2年後には長女が生まれた
25歳のとき意を決し渡欧。
この年の9月に発生した関東大震災で用意した荷物は全焼したため着のみ着のままでしかも2歳にもならない幼子を抱えていたが佐伯はまるで何ものかに駆り立てられるようにパリに旅立ったのであった。
実はこれより先佐伯は父と弟を相次いで亡くしておりまた自身の健康も優れぬことから恐らく残された時間があまり長くないことを予感していたのであろう
パリ遠望は佐伯一家が滞在していたホテルから見えた風景を描いたものだがこの頃はまだセザンヌに大きな影響を受けており小さな面を積み重ねる画法を好んで用いている。
しかし半年後先輩の画家里見勝蔵に連れられフォーヴィスムの画家ヴラマンクに面会したことにより大きな転機が訪れた。
佐伯が内心激励されることを期待しつつ自信作50号の裸婦を差し出すとヴラマンクはひと目見るなり…
と大声で一喝し…
と痛烈に批判したのであった。
この日を境に佐伯の画風は一変。
パリに来たことの意味すなわち絵を描くことの意味を生涯自己に問い続けることとなった
佐伯はことあるごとに友人にこう尋ねた。
そしてこの問いが佐伯の絵を生みまた命を削った。
煩悶する佐伯の目の前にあったのは灰色の空の下に広がるパリの街と風雨にさらされた石の壁。
しかしそこにじっと佇むうちようやく魂が目覚め自己の進むべき道が見えてきた。
翌年サロン・ドートンヌに靴屋と煉瓦屋を出品すると靴屋が入選。
これによりほんの少し自信を取り戻しその後は好んで場末の風景を描き続けた。
薄汚れた小道洗濯屋新聞屋そして時が止まったかのような無人のカフェ。
しかも佐伯の目は雨ざらしの広告落書きで汚れた壁にまで向けられた。
鬼気迫る思いを物語るかのようにそれらの文字は激しくうねり歪んでいる。
しかし1日に数点も描きあげるという過労がたたり持病の結核が悪化。
それに伴い心も病んでしまう。
屋外では…
そして屋内では郵便配達夫が絶筆であった。
郵便配達夫が持つロウソクの炎は佐伯の命が消えてゆく寸前の最期の輝きのようにも見える。
神経が衰弱しきった1928年6月失踪騒ぎを起こし精神病院に入院。
その後は一切の食事を拒み妻が娘を看病している間に誰にも看取られることなく燃え尽きた。
美術学校を卒業してからわずか5年後のことであった。
改めて依頼品を見てみよう。
佐伯祐三のデッサンで草を摘む少女の姿が描かれている。
サインはどこにもないが額の裏に…
しかし佐伯の作はその人気の高さゆえ偽物が極めて多いが…
30歳で亡くなってるんですねはや…。
確かに嫁が描いたやつやったらどうすんねん…ねっ。
さぁご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょう。
10万上げて50万。
社長の40万で買ったというのを信じて10万上げて50万。
それではまいりましょうオープンザプライス!おっおっきた!おっ!お〜。
お〜。
びっくりした。
お〜お〜。
びっくりしました。
びっくりしましたね。
ちょっと社長いい人じゃないですか。
佐伯祐三の貴重なデッサンですね。
これはマネできませんね。
1921年下落合の風景なんですね。
東京美術学校に入って米子と結婚をして下落合に住み始めた当初です。
なぜはっきりわかるかということなんですが今新宿の下落合佐伯のアトリエがあったところに実は記念館がありまして下落合で描いたスケッチデッサンが何点か展示されてます。
こういった風景のスケッチがあるんですね。
あるんだ。
佐伯の絵画というのは対象を描くという以上に自分の思いを画面にぶつけていくわけですよね。
この作品も後の油絵に通じる非常に…対象をバーンとつかんで一気に描く。
油絵も出てきたらもう数千万5千万から1億とかですごい値段になりますめったに出てきません。
デッサンスケッチでもねこれだけの貴重な発見ということでこの値段には十分なると思いますね。
いかがですか?改めて。
いやこうやって見るとねすばらしいものですね。
わかりますよこりゃあマネできないですね。
マネできないですね。
我々には描けません。
無理ですねやっぱり。
失礼いたしました。
本当に貴重なものありがとうございました。
どうもありがとうございます。
また来週ですさようなら。
2015/12/27(日) 12:54〜14:00
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団[再]【社長がくれた雑な絵が天才画家の名品!?】[字]
10年以上単身赴任をさせて申し訳ないと社長から手渡された絵。一見誰でも描けそうだと思ったが、なんと夭折の天才画家の作品とわかりビックリ!果たして鑑定や如何に?
詳細情報
番組内容1
【夭折の天才と謳われる有名画家の絵!?】
依頼人は北海道の競走馬専門の輸送会社に勤務。11年前から社長に頼まれ千葉県内に単身赴任中。お宝は単身赴任が10年以上になったことを申し訳なく思った社長から手渡された絵。一見誰でも描けそうだと思い本物かどうか疑っていたが、夭折の天才画家の作品とわかりビックリ!その価値が気になっている。しかし絵を一目見た今田も「誰でも描けそう…」と爆笑。はたして絵の正体は?
番組内容2
【500万円で買った花瓶に衝撃鑑定!?】
お宝は宝石店に並んでいた花瓶。一目見て気に入り、非売品だったが店主に頼んで売ってもらう事に…。ところがその額なんと500万円!どうしても欲しかったので払ってしまったが、はたしてそれほどの価値があるものなのか心配…驚きの鑑定結果にスタジオ騒然
出演者
【司会者】
石坂浩二、今田耕司
【アシスタント】
吉田真由子
【ゲスト】
川田裕美
【出張リポーター】
原口あきまさ
【ナレーター】
銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
勝見充男(古美術「自在屋」店主)
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
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