公開が前提の文章を書き続けるのは効率が悪い
今年も終わりに近づいている。12月になってからはインターネット上の諸々やライターとしての活動から距離を置いていたので、久々に公開される文章を書いたような気がする。もちろん本業や実生活に関する文書やメモは書いているのだけど、それらは広く読まれるようなものではない。
端的に言えば公開されることが前提の文章を書き続けるのは効率が悪いのだと思う。自分の中ではわかりきった「考え方」や「情報」に過ぎないことであっても、他者からの理解を得るためには温度感や回転数のようなものを調整していく必要があるし、仕事上の機密や個人のプライバシーに触れる部分を公開で書き出すこともできない。
最終的に納品する成果物に対しての調整作業は必要になってくるけれど、中間成果物に対してそこまでの気を使える余裕がなくなってきているし、過程の細部にまでコミットメントしていたら終わるものも終わらない。
効率の悪さを愉しむのにも余裕がいる
ひとり飯のことばかり書くようになったのは、そういう調整をする必要が殆んどないからなのだけど、あまりに生活圏内に近い店を書き続けるわけにもいかないし、弁当で済ますことも増えた。実名口コミグルメサービスの『Rettyグルメ[レッティ]』の運営会社はオフィス移転を繰り返しているのだけど、その理由のひとつに「オフィス周辺の飲食店をレポートし尽くしてしまうから」ということを挙げていて、食レポのサステナビリティはそういうところに宿ってくるのだろう。
そんな風に外部要因を言い訳がましくあげつらった文章を書いていてもあまり面白くない。ただ、ちょっとだけ現実逃避の効用ばかりが増えてきた「素振り」に体力を消耗している場合でもなくなってきただけの話。効率の悪さを愉みながら「普通のサラリーマン」をやりきるのも僕にとっては結構たいへんなのだ。効率の悪さを愉しむのにも余裕がいる
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