あなたは日常生活の中でこんな悩みを持った事はありませんか?バーゲンに行くと…そんな私たちの不思議な心理や行動をつぶさに観察しよりよい社会をつくるために何が必要かを探究していく学問が…この分野で全米から最も熱い注目を浴びているのがデューク大学の…アリエリー教授は数々のユニークな実験を通して一筋縄ではいかない人間の感情やちょっと愚かでいとおしい行動の数々を研究してきました。
今回アリエリー教授は多くのベンチャー企業が集まるサンフランシスコで起業家たちに向けた6回にわたる集中講義を行いました。
教授が語る行動経済学のノウハウ。
聞き入ったのは社会をより便利で楽しくしたいと日々考え続けているシリコンバレーなどの若き野心家たちです。
アリエリー教授は最新の行動経済学を駆使して人間のまか不思議な行動や意思決定のメカニズムを解き明かしていきます。
3回目のテーマは「人々の感情をどう動かすか」。
人間の最も基本的な要素の一つは感情だ。
感情はとても不思議なもので興奮状態などで一たび感情に火がつくと人はそれに引きずられて意思決定してしまう。
その仕組みの全てを解説しよう。
(拍手と歓声)ハローハロー!
(拍手と歓声)やあ!とても興奮する!みんなようこそ!今回は感情と決断について話をしよう。
人の感情というのはとても分かりやすい。
この写真を見れば世界中の誰でもこの人たちが今どんな感情なのか分かるだろう。
感情の表現というのは国を超えた一種の共通言語で文化や年齢などは関係ない。
感情はとても興味深いもので人間の根幹を形づくるものの一つだ。
実は長い進化の過程で見ても感情の在り方はほとんど変化していない。
多くの動物たちにも同じように感情がある。
そして感情は私たちが思うよりも深く人間の行動をコントロールしている。
今日はそんな感情の不思議について考えていこう。
まずは人間の意思決定を左右するという事に関してだ。
これは私の自慢の作品だ。
すぐ近くの博物館に展示されている。
このアイデアを出したのは私だから形になってうれしいがとても気持ち悪いものでもある。
君たちがこれを見かけてもここから水を飲みたいとは思わないだろう。
なぜだろう?この便器はとても清潔で便器としては一度も使われていない事はみんな分かっている。
にもかかわらず感情がこの特殊な形に反応し気持ち悪いと思ってしまう。
頭では「汚くない」と完全に理解していてもだ。
ところで私はこんな実験をした事がある。
尿瓶つまりおしっこを入れる容器にレモネードを入れて「新品だからきれいですよ」と言って人に飲ませようとした。
嫌だろう?とてもキツイだろう?感情がそんなのは嫌だと反応するからだ。
頭では大丈夫と理解していても感情の壁を取っ払うのは至難の業だ。
なぜだかしゃしゃり出てきて私たちの心をざわつかせる。
ところで私たちは…どんな時にもそして誰にでも「感情」はある。
そこで君たちには感情の特徴を考えてもらいたい。
機械に例えてそのメカニズムを説明してくれ。
いつ作動するかとか何の影響を受けるかとかその勢いはどのくらいかとかそうした特徴だ。
君たちは感情の何を知っている?感情の特徴とは?不合理な行動の原因です。
君が言いたいのは「感情は合理的な思考のシステムから切り離されている」という事かな。
それどころか合理的な思考システムを乗っ取ってしまう。
思考の手助けをするのではなく支配してしまうのが感情の大きな特徴だ。
ところで感情は何のためにあるんだろう?進化の観点からいうと実は感情とは「何も考えない事」だといえる。
ジャングルでトラに鉢合わせしてしまった場合を想像してほしい。
君たちなら自分の体にどう反応してほしいだろうか?頭の中で損得勘定を計算してコストや利益を考えてからじっくり判断するべきか?違うだろう。
そんな事を言っている場合じゃない。
とにかく何も考えずに逃げるのが先だ。
それが感情の果たす役割だ。
思考のシステムより上に立ってただちに命令を下す。
つまり感情は外からの要因によって動かされるものだといえる。
一度動き始めてしまったら決してそれを止める事はできない。
他に感情の特徴は?感情は視覚や聴覚嗅覚など人間の基本的な感覚によって動きます。
それが私たちの感情を突き動かします。
よろしい。
それも感情の重要な特徴だ。
感情は体から勝手に湧くのではなくて外からの要因によって現れる。
例えば目をつむって「幸せになりたい」と願うだけでは駄目だ。
自分が幸せを感じられる環境に身を置く必要があるんだ。
感情は自在に操る事はできない。
周囲の環境こそが感情を動かす。
実際私たちはなりたい気持ちに応じて自分を置くべき環境を選ぶ事ができる。
寂しい感情にひたりたければ酒をあおりに行き楽しい感情を味わいたければコメディーを見に行けばいい。
感情は周りの環境によって引き起こされるものなんだ。
他には?感情には化学物質や神経の働きが関係しています。
確かにさまざまなホルモンの働きが感情に影響するね。
いい方に働く事も悪い方に働く事もある。
他には?感情は長い時間継続して記憶にも残ります。
「長い時間続く」「記憶に残る」2つの事を言ったね。
「長い時間続く」という方から始めよう。
君たちの中で感情は長く継続すると思う人は?OK。
(笑い)前回の講義でやった「ソーシャル・プルーフ」つまり周りへの同調が見てとれたぞ。
いや僕が言いたかったのは「長く記憶に残る」という事です。
確かにそうだ。
特定の感情と結び付いた出来事は長い間記憶に残る。
それとは逆に何の感情も伴わない出来事は記憶に残りにくいだろう。
では感情はどのくらい長く継続するのか考えよう。
感情の興味深い特徴の一つなんだが感情は私たちが考えているほど長続きはしない。
例えば何か悪い事が起きた時には「なんて事だ。
私は不幸になる。
この先ずっと不幸だろう」と思うものだ。
しかしその感情はそれほど長くは続かない。
慣れてしまうからだ。
私の大やけどがいい例だ。
「今後ずっと不幸せだ」と思っていたがそうでもなかった。
ちなみにこれは幸せな感情でも同じだ。
「いい事が起きたぞ。
これでこの先ずっと幸せになれる」と思ってもそうはいかない。
恋愛がいい例だ。
誰かとつきあって別れた時「これからずっと不幸な気持ちで生きていくんだろう」とか思うが実際不幸な気持ちはそう長くは続かない。
ところで立ち直りが早いのは男性と女性どちらか分かるかな?もちろん女性だ。
女性の方がそれほどいいつきあいじゃなかったと気付くのが早いからかもしれない。
このように感情にはさまざまな特徴がある。
では感情が「意思決定」に影響を及ぼす具体例を見てみよう。
「トロッコ問題」と呼ばれる有名な思考実験だ。
君たちは画面の左上列車の進行方向を変えるレバーの所にいるとする。
君がもし何もしなければ列車は5人がいる方へ進む。
そして5人をひき殺す事になる。
君がたとえ叫んだとしても5人には聞こえない。
でももし君が手元のレバーを引けば列車は進路を変えて1人だけを殺す。
君たちならどうする?何もしなければ5人殺しレバーを引けば1人だけだ。
挙手してほしい。
レバーを引くという人手を挙げて。
ではレバーを引かないという人は?少しいるね。
レバーを引くか引かないかの心理的な違いについては後で話すとして引く人は「実利主義者」だといえる。
5人の方が人数が多いので5人を助けた方がいいと。
では第2のケース。
君は橋の上にいるとする。
そこに列車がやって来た。
君が何もしなければ5人死ぬ。
でも偶然隣にとても太った人がいて大きなバッグを背負っている。
この男性を突き落とせば列車はその人をひいて止まるから5人は助かる。
ちなみに男性をとても太っている設定にしたのは君たちに「自分が代わりに飛び降りる」と言わせないようにするためだ。
男性の代わりに飛び降りる事はできない。
押すか押さないかしかない。
では男性を突き落とすという人は?1人。
君はこのクラスで友達を作れるかなあ?
(笑い)ところでこの太った男性が君の事を見ているかどうかは答えに影響するだろうか?男性がこっちを見ていない時に押すのと目が合っているのに押さなければならないのと。
気持ちはだいぶ違うだろう。
それでも「押す」という人は実利主義者だ。
なんせ5人助かる。
でも目を見られているのに押すのはとても難しいものだ。
では2つのケースの違いは何だろうか?最初のケースではなぜ君たちの多くは「レバーを引く」と答え2つ目ではなぜ「押さない」と答えたのか?最初のケースでは列車がひき殺す相手と自分との間に距離がありますが2つ目は自分が直接突き落として殺す事になるからです。
そうだ。
違うのは感情のあるなしだ。
相手から離れていると単に「5対1」の問題だと捉える事ができる。
そこに感情はなく数字の問題でしかない。
でも2つ目のケースでは人殺しをしている気持ちになる。
人数は同じだが2つ目は「押す」という行為の持つ意味がはるかに大きくなりとても恐ろしく感じる。
だから行動も全く異なってくるんだ。
さてこれは死者を出した交通事故の数の増減を表したグラフだ。
ここが2001年9月11日。
ここを境にしばらくの間交通事故による死亡者が増えた。
なぜだと思う?飛行機に乗らなくなったからです。
そのとおり。
飛行機は車よりも統計的には安全だ。
でもあの時私たちはそうは思えなかった。
あのテロ事件があったから人々は感情的になりその結果車という比較の上では危険な道を選んだため事故が増えた。
ところで私はイスラエルで育ったから夏によく里帰りするんだが人からこう聞かれる。
「イスラエルに行くのは怖くありませんか?」と。
確かに怖い。
でも私が恐れているのは車の事故だ。
実際テロで死ぬ確率の方がはるかに低い。
もし人々がテロと同じように交通事故を恐れていたとしたら誰も家からは出られないだろう。
しかしテロと交通事故には多くの違いがある。
リスクの大きさの違いではなく恐怖心つまり感情の違いだ。
人はこう思う。
交通事故に遭うかどうかはある程度自分でコントロールできるけどテロはコントロールできないと。
テロには感情に訴える側面がたくさんあるから実際の死亡率とは逆に交通事故の方が起きる確率が低いと思ってしまうんだ。
ところでアメリカでは毎年交通事故が劇的に増加する日があるんだがどの日だと思う?感謝祭?面白いけどノーだね。
大みそか?それもあるけれど一番多い日ではない。
バレンタインデー?君がなぜその日を選んだのか是非聞きたいところだが答えはノーだ。
確定申告の日だ。
みんなストレスが高まっていて毎年その日は交通事故が急増するそうだ。
感情の特徴をまとめよう。
感情は自然に発生しては消えていくもので長くは続かず周囲の環境によって引き起こされる。
多少は制御できたとしても予測するのは難しい。
感情が現れる事は事前には分からないんだ。
運転中にキレるのがいい例だ。
ごく普通の人でも割り込みされた途端に頭に血が上って自分や他人の命を奪いかねない。
そうなってしまうのも感情が突然あふれ出てくるからだ。
感情は実用的な観点からすれば本来役に立つ。
何かが起きた時にすぐさま必要な行動に導いてくれるからだ。
だが問題は私たちは感情が本来の役立ち方をするような世界例えばジャングルのような場所にはもはや住んでいないという事だ。
今私たちが感情をあらわにするのは他の人に腹を立てたりするような時だ。
感情が本来の役立ち方をするような環境はもうないのに感情はまだ私たちの中に残っている。
感情をつかさどっているのは脳の中でもとりわけ原始的な部分だ。
その周りは大脳新皮質で取り囲まれているがそれは後から発達したものだ。
感情をつかさどる部分は大昔から存在しているから感情はずっと昔に設計されたプログラムだといえる。
さてここからは感情についていくつかのテーマ別に考えていきたい。
1つ目は「興奮状態」と「さめた状態」についてだ。
「酔って空腹の時は入れ墨を入れるな」という言葉がある。
何の比喩だか分かるか?ラスベガスに行って誰かと出会って酔って恋に落ちて「この気持ちは本物だ」と思った時ちょうど結婚式を挙げる場所があって結婚してしまった人が翌朝目覚めると「何を考えていたんだろう」と後悔するような事だ。
よくある話だ。
これから話す事はR指定成人向けである事を先に断っておこう。
そういう話が苦手な人は席を立ってもらってもかまわない。
私には2つの疑問があった。
1つ目は「人間は…」。
2つ目は…そこで「性的興奮」をテーマに実験をする事にした。
あらゆる興奮状態の中から性的興奮を選んだのは頻繁に起きる事だし被験者にとって快適な興奮状態だからだ。
空腹や喉の渇きといった状態でも実験可能だったがどうせやるなら楽しい方がいい。
被験者に選んだのは男性だけだ。
調査内容は性的な好みや行いに関する事だ。
どこまでならリスクを冒せるかとか望まない行いができるかとかそういった質問だ。
実験はここサンフランシスコの近くバークレーで行った。
被験者の学生たちにはノートパソコンを寮の自分の部屋に持ち帰ってもらった。
そのパソコンの画面に出てくる質問を見てもらいそれに「イエス」か「ノー」で答えてもらった。
まず興奮状態での意思決定を調べるため被験者には性的な興奮状態を作ってもらいそのままで回答してもらった。
さめた状態の時にも同じ質問に答えてもらったがポイントは自分が興奮した時の事を想像してどう行動すると思うかを予測してもらう形をとった事だ。
実際に興奮している被験者の方がありのままを答えればいいから楽だ。
ちなみに事前に学生に頼んでヌード写真をたくさん探しておいてもらった。
被験者たちが好みそうなやつをね。
さめた状態の方ではヌード写真はなくて質問項目だけがパソコン画面に現れる。
ちなみにキーボードは片手で操作できるものを使った。
興奮状態の方ではまずはヌード写真だけが表示される。
興奮度を入力する欄なんかもある。
具体的に言うとまずはベッドに特定の姿勢で座ってもらいパソコンを横に置き性的興奮状態を作ってもらって興奮度を入力してから質問に答えてくれといった感じだった。
さて興奮状態とさめた状態で答えに違いはあっただろうか?質問は性的嗜好に関する事で「女性の靴に魅力を感じますか?」。
「男性とセックスできますか?」。
「嫌いな人との性的関係を楽しめますか?」。
「汗をかいた女性はセクシーですか?」といったさまざまなものだった。
結果に違いは見られただろうか?全ての質問に関して興奮状態の方が「イエス」と答えた割合が高かった。
合法的な行為だけでなくそれがたとえ違法な行為だったとしてもさめた状態より「イエス」が多かった。
安全なセックスについての質問もした。
例えば「外で射精すれば妊娠の可能性はなくなると思いますか?」。
「友達の女性から性感染症をうつされる事はあると思いますか?」。
コンドームの使用についてもいろいろ聞いたが結果は同じだった。
さめた状態では「危険だから必ずコンドームを使うだろう」と答えたのに興奮状態では「それほど危険ではないので必ずしもコンドームは使わない」と答えたのだ。
ところで実はこれに関連した事でアメリカには難しい問題がある。
「純潔の誓い」とか「禁欲の誓い」への署名をさせるという取り組みに関する事だ。
サンフランシスコではそういう事はしないかもしれないがある地域ではティーンエージャーに結婚するまでもしくは当分の間はセックスしないという文書に署名させている。
さてその署名をするのはさめた時か興奮状態の時かどっちだと思う?さめた時だ。
しかし若者だから興奮する時もあるだろう。
興奮するとその行動は一般の若者と変わらなくなる。
だがここで問題なのは誓いに署名している若者はその署名によって自分が守られていると思ってしまいコンドームを持ち歩かなくなる事だ。
署名していない若者はそういう事も起こりうるだろうと考えているが署名した人たちは持ち歩かない。
だから性感染症にかかる割合が高いのは署名した若者の方なんだ。
つまり「純潔の誓い」が役に立たない事があるんだ。
さて実験の話に戻ると不適切な行為をどう思うかについても尋ねた。
例えばこういった質問だ。
「セックスの可能性を高めるためになら高級レストランに連れていきますか?」。
「うそでも『愛している』と言いますか?」。
「女性が応じてくれない時はお酒を勧めますか?」。
「断られたあとでもしつこく誘いますか?」。
結果はさめた状態の人たちは「自分なら絶対にそんな事をしないだろう」と答えたのに興奮状態の人はこうした行為にかなりの理解を示した。
ところでこの実験結果に関連してさまざまな倫理的な問題が持ち上がっている。
実は私はある日東ヨーロッパの人からメールをもらったんだ。
性的暴行をはたらいた男がいて裁判でこの実験の論文を根拠に無実を主張したというんだ。
これはもちろん学術研究の甚だしい悪用だ。
だがこの話は同時に非常に難しい道徳的な問題を投げかけた。
それは「もし人は感情が高ぶった時予想以上に変わってしまうものだとしたら私たちは人を裁く事ができるのか?」という問題だ。
あるいは私が何かひどい行動をしたとして君たちが仲間としてそれをとがめる場合はどうだろう。
もしその時君たちが興奮していたら判断は変わるだろうか?多分かなり変わってくる。
そうだとすると私たちは一体何に対してどの程度責任を問う事ができるのだろうか。
答えは私にも分からない。
それほど興奮状態は人間の行動を根本的に変えてしまうんだ。
今回の実験で大事だったのは被験者が大学生だったという事だ。
1日に1回は性的に興奮しているかもしれないし過ちを犯した事もあるだろう。
もしこれが「怒り」に関する実験だったらめったに怒らない人もいるかもしれない。
一方性的興奮は皆経験するのにそれが予想外の不適切な行動につながる事は誰も理解していなかったわけだ。
さて感情について取り上げたい次のテーマは…心理学で昔から言われている問いかけにこんなものがある。
「走るから怖い」というのは一体どういう状態だろうか。
普通私たちは何かの感情に突き動かされて行動すると思っている。
でも「走るから怖い」というのは「走る」という行動が先でそれゆえ怖いんだと言っている。
なぜ行動したのかは明らかでない。
だが確かに私たちはまず行動し後になってから「なぜこの行動をしたんだろう」と思う事がある。
そういう時「きっとこういう感情があったからにちがいない」と思い込み自分を納得させてしまうんだ。
分かりやすい例を挙げよう。
君は橋の上にいるとする。
渡りづらくて大きく揺れる橋だ。
歩いていると向こうから女性がやって来た。
君は男性だ。
君がこの女性と出会うのは橋の真ん中の一番揺れる場所か渡りきった場所のどちらかだ。
とにかくそういう揺れる橋の上で女性と出会ったと仮定してくれ。
女性は君と出会った時どうでもいい研究か何かの話を始めたとする。
君はその研究には全く興味がないが最後に彼女が「もし話の続きに興味があったらこの番号に電話して下さい」と言う。
君は話には興味がないが彼女自身には興味があるかもしれない。
電話をするとしたら彼女に興味があるからだ。
ちなみにここで質問だが女性に電話する可能性が高いのは彼女と橋のどこで出会った場合だと思う?真ん中で出会った場合だと思う人?渡りきった場所だと思う人は?真ん中が正解だ。
なぜならその時揺れていたからだ。
手のひらに大汗をかいて心臓もドキドキしていた。
だから君は「なぜドキドキしていたんだろう」と考える。
そして理由は「怖かったから」ではなく「彼女に出会って恋をしたからだ」と思ってしまう。
これが「感情の発端の読み違え」というやつだ。
似たような話はいろいろとあって階段を走った直後に出会った男女は恋に落ちやすいというのもある。
ところでもし君たちが独身で恋人を探しているのならここから学べる教訓はいろいろとある。
この「感情の発端の読み違え」について考えるといい。
何かの感情の原因が分からない時に人はなんとかしてその原因を作りだそうとするからだ。
ではこの事から学べるデートの教訓は?どうすればデートで成功する?感情が高ぶるような事をすればいいと思います。
例えば?ワクワクしたりハラハラするような…。
最初のデートでいきなりスカイダイビングはやり過ぎですがそういう感じの事です。
何かワクワクする事…随分と大変なデートだな。
他には?手っとり早いのはホラー映画だと思います。
すばらしい。
でも怖かったのは映画のせいだと相手にはっきり分かってしまうと「感情の発端の読み違え」作戦は失敗する。
だから前評判より怖い映画に連れていってドキドキしたのは自分と一緒にいたせいだと思わせなければならない。
ところでこの「感情の発端の読み違え」作戦の極端な例がある。
ある男性が自分が操縦する小型機に恋人を乗せてわざと墜落しそうな状況を作り出した。
わざと揺らしたりしたあと自分が頑張って無事着陸させたように見せかけ飛行機を降りた直後に彼女にプロポーズした。
もちろん彼女の答えは「イエス」だ。
気持ちが高ぶっていたからうまくいったんだろう。
その後2人がどうなったかは知らないがとにかくその時点ではうまくいった。
もうちょっと普通な例もある。
私が電話で「君は今どのくらい幸せ?」とか「人生にどのくらい満足している?」といった質問をするとする。
よく晴れたすばらしい天気の日に聞く事もあれば雨の日に聞く事もある。
天気によって答えは変わるだろうか?変わるんだ。
人間は晴れた日の方が幸せを感じやすいからだ。
では「幸せですか?」という質問の前にこう聞いたらどうなるだろう?「今日はどんな天気ですか?」と。
「幸せですか?」と聞く前に天気の話を聞くと幸せについての答えはどうなると思う?晴れでも雨でも答えに違いがほとんどなくなってしまうんだ。
それはこういう事だ。
本当は天気がその日の気分を左右しているのに人はその事に気付かず例えば「なぜか嫌な気分だ」とだけ思っていた。
でも天気を聞かれて「雨ですよ」と答える事で「そうか今の憂鬱な気分は天気が原因だったんだ」と分かる。
すると嫌な気分は消えてしまうんだ。
ささいなやり取りだが何がその時の感情の原因だったのかが分かるんだ。
さて感情について話したい次のテーマは…これは世界中で起きた大災害や世界規模の病気などに対してアメリカ人が寄せた寄付金の内訳を示したものだ。
もちろん全ての災害が含まれているわけではないがこのグラフから分かるのは「負の相関」ともいえる関係だ。
つまり被災者や患者の人数が少ないほど寄付金が多く多いほど寄付金が少ない。
なぜだろうか。
なぜ負の相関関係にあるのかを考えてほしい。
最も大規模な災害への寄付金が少ないのはどうしてだろう?例えばマラリアの場合私たちには影響がありません。
一般的にアメリカではマラリアにかかる人がいないので理解や共感ができないんだと思います。
つまりアメリカでは通常マラリアは流行しないし患者を見た事がないからこの問題をあまり理解できず関心がわかないという事だね。
他には?マラリアやエイズは長期にわたって続いていますがハリケーン・カトリーナや9.11のテロはとても衝撃的な出来事だったからです。
それはどういう事を意味しているのかな?ところでこの話に対する唯一の答えというのはない。
人の無関心や共感には多くの要因が絡んでくるからだ。
君はなぜ長期にわたる問題と一回限りの問題は違うと考えた?寄付をしても自分が誰を救おうとしているのかどういう人が亡くなっているのかがよく分からないからです。
そうだね「寄付が誰を救うのか」という事だね。
マラリアで重要なのは予防する事だから寄付金はまだマラリアにかかっていない人やまだ生まれていない子供にも使われるかもしれない。
そうなると寄付する事の満足感はどうなるだろうか。
相手の顔がはっきりと分かっている場合と比べてどうだろうか。
他には?エイズやマラリアの問題を聞き過ぎてだんだん鈍感になってきているのだと思います。
カトリーナや9.11は大きく報道されました。
2つの指摘があったね。
次第に関心が薄れてしまうという事ともう一つはメディアについてだ。
ニュースになる災害とならない災害があり私たちの関心はそれに左右されるという事だね。
ところでアメリカではサメに襲われて死ぬ確率と空から落ちてきた飛行機の部品に当たって死ぬ確率どちらが高いと思う?どちらが危険?落下した部品で死ぬ確率の方が高いのにそういう映画は見た事がない。
(「『ジョーズ』メイン・テーマ」を口ずさむ声)イメージも湧かないしニュースにもならない。
サメに襲われる人が出るとメディアがこぞって報道してみんな大騒ぎするけどそのうち慣れて気にも留めなくなる。
人間とはそんなものだしメディアはその傾向を増幅させる。
他には?感情にはピークがあって私たちは感情が最も高ぶっている時の印象で出来事を記憶します。
カトリーナや9.11では突然感情が高まって急激にピークに達しました。
マラリアやエイズの場合は問題意識が静かにずっと続いている状態だからだと思います。
大事件が起きると1日や1週間で感情が急激に高まる。
その時自分はどこにいたかとかどんなニュースだったかとかが頭に刻まれ完全に心を奪われてしまう。
一方長期的な問題は感情が積み上がっていかないからピークには達しない。
他には?問題の規模に関係があると思います。
9.11の場合はビルや犠牲者の事が頭に浮かびますがエイズとなると対象は何百万人何千万人何億人にも上ります。
君が言わんとする事は「バケツの中の一滴」に例える事ができる。
問題が把握できる規模ならば自分も何か役に立てるかもしれないと思えるが問題があまりに大きいと「自分に一体何ができる?」と思ってしまうんだ。
君たちの答えはある意味全部正しいと思うし全てが私たちの感情に関係がある。
「どのくらい気になるか?」とか「感情が呼び起こされるか?」という事だ。
だが皆の意見に加えて感情のメカニズムについて私が伝えたい事がある。
それは…「ジェノサイド」の事を考えてみてほしい。
近年の歴史の中でも数多くのジェノサイド集団殺害が世界中で行われてきた。
今後も行われる事も確かだろう。
ジェノサイドの悲しむべき特徴は「手遅れになるまで人は行動を起こさない」という事だ。
どのジェノサイドに対してももっとできる事はあったはずだ。
世界が一丸となって私たちがもっと早くに立ち上がっていれば状況は違っていただろう。
でもいつも行動を起こすのが遅すぎるんだ。
なぜだか自問してみてほしい。
私たちの行動を見ていると多くの人が死んでいるのに何も気にかけていないように思える。
まずはジェノサイドとは真逆の例を見てみよう。
ベビージェシカの救出劇だ。
覚えている人?数人いるね。
ベビージェシカは井戸に落ちて丸一日以上閉じ込められていた。
その後どうなったか覚えているか?結局救出された。
そしてその後多くの人が彼女に寄付をして今では裕福な大人だ。
しかも「CNN」が彼女のニュースに割いた時間はルワンダの虐殺のニュースの時間よりも長かった。
なぜだろうか?彼女はとてもかれんで身近に感じる女の子だった。
たった1人の女の子だが全米の注目を一身に浴びた。
救出までの間皆が彼女1人を心配し同情していた。
別の場所では毎日多くの人が死んでいるというのにこれはどうした事だろう。
問題が大きすぎて考えるのも難しいし行動もできないって感じだ。
ジェシカの場合は井戸の場所も分かっているしさまざまなテレビ局がこぞって報道した。
寄付の送り先も明確だった。
でもなぜ寄付したのか?救出された時彼女は元気だった。
それにもかかわらずなぜか人々は寄付をした。
彼女を救出した男性は雑誌の表紙も飾った。
たった1人のためにこれほどまでの事が。
もちろん私は1人の命を軽んじているわけではない。
でも世界で多くの人が亡くなっているのに彼女だけがこれほど注目された。
映画も作られたしこの出来事をテーマにした歌もたくさん作られた。
私が言いたいのは…物事に関心を向けるのは感情があってこそだが数字の問題として捉えた途端感情のスイッチが切れてしまう。
そして行動しなくなる。
ところでヨシフ・スターリンも同じ事に気付いていた。
スターリンは…この発言は相手が1人なら気にかけるが大勢なら関心がなくなるという事だ。
他の多くの哲学者も似たような考えを持っていた。
この考えを実証するような実験がある。
被験者に8人のかわいい子供たちの写真を見せたとする。
最初のグループには「8人全員が助けを必要としています」と言ったあと「8人のうち誰かにお金をあげたい場合は少し置いていって下さい。
あとで私が8人の中から無作為に誰か1人を選んでお金を渡しておきますから」と伝える。
8人というのはそれほど多くないがとにかく8人だ。
被験者が帰ったあとその中の1人を無作為に選ぶ。
2つ目のグループには「8人のうちこの1人にお金を渡します」と伝えた。
どちらのグループがより多くの寄付をしただろうか?誰か1人にお金が渡る点は同じだ。
結果は特定の1人を指定した方のグループがより多くのお金を置いていった。
誰を選んだかにかかわらずだ。
初めのグループの人は「どの子にお金が渡るのか分からないのなら寄付しなくていいや」と思ってしまったんだ。
これはとても重要な事だ。
1人だったら気をかけたのに人数が8人になった途端その命に対する人々の関心は一気に低下してしまった。
複数になった途端にだ。
この事が集団殺害がいとも簡単に起きてしまう理由だと言える。
命の価値はどう測られているのか?全ての命は同じ価値を持っているはずだから価値の総量は人数に比例するか少なくとも人数とともに増えていくはずだ。
でも現実は価値の総量は1人の場合が最も多く2人3人と増えるにつれ逆に減っていく。
これが集団殺害が起きる背景だと言える。
別の実験も紹介しよう。
今度はロキアという少女の写真を被験者に見せる。
7歳のマリ共和国の子だ。
今度の実験でも「彼女のためにいくら寄付したいですか?」と尋ねる。
それが1つ目のケース。
2つ目のケースではロキアではなく国レベルのさまざまな問題を伝える。
「マラウイでは食糧不足で300万人以上の子供が死んでいる」とか「ザンビアでは深刻な水不足で何百万ガロンもの水が必要」とかそうした統計的数字だ。
どちらのケースの方が被験者はより多くの寄付をしたか?ロキアの話では平均で5ドルを寄付した。
国レベルの統計の話をすると寄付はおよそ半分になった。
より大きな国レベルの問題を提示していたのにもかかわらずだ。
もし君たちが慈善団体で働いていてより多くの寄付金を集めたければつい問題の大きさを強調したくなるだろう。
でも実際は人々の感情のスイッチを切ってしまい単なる統計的な数字にすぎないと思わせてしまう。
つまり逆効果なんだ。
今見てきたように物事の提示の方法には2つあった。
感情に訴える方法は人々に慈悲の心を持たせた。
一方統計に訴える方法は人々の関心を薄れさせた。
では2つの方法が共存する場合はどうなるのだろうか。
両者が共存していても感情の力によって人は慈悲の心を持つのかそれとも統計の持つ力によって人の関心は薄れてしまうのか。
実験ではその事も試している。
まずは1人の子供の話をする。
つまり「ロキアはこんなに飢えに苦しんでいる」と言ってから「ザンビアでは何万もの人がこうこうで…」と統計の話を続けた。
結果は両方の話をした場合寄付の額は統計の話だけをした場合ほどは悪くなかったが似たようなものだった。
つまり感情に訴える方法は統計を使う方法と共存できないという事だ。
相乗効果は得られない。
人は一旦論理的に考え始めると感情のスイッチが切れてしまうという事だ。
ここまで見てきて分かったのは「感情」は行動の原動力として使えるという事だ。
「アメリカがん協会」という非常に強力な組織がある。
がん患者の支援やがんの研究のために巨額の寄付を集めている。
彼らはどうやって人々の感情に訴えているのか?がん協会に寄付をした事のある人は?何人かいるね。
彼らは人々の感情を動かすためにどんな事をしている?誕生日の支援をしています。
誕生日の支援です。
もう少し詳しく。
寄付金が患者の誕生日に使われます。
寄付がないと誕生日を祝えない人が出るんです。
他には?感情に訴えるCMを流しています。
首の穴からタバコを吸う女性とか。
そうとても感情に訴える広告を流している。
「がん」という言葉自身感情に訴える言葉だ。
例えば腎不全も深刻な病気だががんほどの恐怖心は起きないかもしれない。
アメリカがん協会はまた「がん生存者」という言葉も使っている。
「生存者」という言葉を使う病気が他にあるだろうか?どんな効果をねらっているのか?君たちを生涯活動の支援者にする効果があるんだ。
また個人的な人間関係もうまく利用している。
活動の支援者に対して知り合いからも寄付を募るよう積極的に働きかけている。
知り合いが慈善活動の事を話していれば人の関心も高まるだろう。
ところで知り合いではなく有名人を効果的に使うという方法もある。
有名人が参加するチャリティーがあるがなぜ私たちはそれに興味を持つのか?有名人をまるで自分の友達か何かだと思い込んでいるからだ。
子役時代から応援していた俳優が例えばパーキンソン病になったと知ったら家族が病気になったような気持ちになる。
友達から突然助けを求められたような気になるのだ。
そういうチャリティーにはまるで自分の好きな人の顔が見えるように感じそれが感情を呼び起こす。
もっと支援しようという気にさせる。
アメリカがん協会は支援者とがん協会の関係をあたかも支援者とがんにかかっている友達との関係だと意識させる事で成果をあげているのだ。
同じような例は他にも数多くある。
ちょっとそれを見ていこう。
支援者1人につき1人の被支援者を割り当てている団体もある。
自分が支援している子供から手紙が来たりして個人的な絆が強まる。
この団体では支援が必要な特定の動物にお金を出す事ができる。
そして今では世界中の動物の里親になる事だってできる。
動物支援のための資金集めをしている団体はシマウマの里親になりたいと思っている人がいる事を知っている。
このアヒルの里親にもなれる。
究極はこれコウモリだ。
さてとてもすばらしくて悲しい言葉がある。
君たちには宿題を出したい。
どうしたら人々の涙を取り戻す事ができるのだろうか。
世界にはさまざまな問題がある。
人間の行動は感情によって突き動かされるはずなのに問題が大きくなればなるほど人々の関心が小さくなってしまう。
ではどうすれば人の命に関わるような深刻で大規模な問題に対して再び感情のスイッチを入れる事ができるのだろうか。
講義が終わったら考えてみてほしい。
最後に少し不思議な例を挙げよう。
君たちの中で迷惑メールを受け取った事のある人は?全員だね。
グーグルには迷惑メール撲滅のためにこれからも頑張ってほしいところだ。
だが迷惑メールを送る人の心理を分析してみると人間の感情というものをよく理解している事が分かる。
人の感情を巧みに利用しているんだ。
迷惑メールは基本的に人々とのつながりを作ろうとしている。
特に興味深いのは人にメールを返信させようとねらっている迷惑メールがある事だ。
その中には写真が添付されているものがある。
人はその写真を見た途端感情が揺さぶられてしまう事を迷惑メールを送る人はよく知っている。
感情が高まると人々はつい返信してしまうなどいつもならやらない行動をとってしまうんだ。
迷惑メールがなくなる事を祈っているが教訓を学ぶ事ができるのも事実だ。
感情というのはとても複雑なもので役立つ時もあれば全く役に立たない時もある。
大切なのはどういう場合に自分の感情がよい行動に結び付くのかを知っておいてほしいという事だ。
感情のスイッチを切ってデータに基づいて行動をとる方がよい時もあるが時には感情の赴くままに行動する方がよい場合もあるだろう。
君たちそれぞれにそれをしっかりと考えてほしいんだ。
どうもありがとう。
また次回。
(拍手)2015/12/25(金) 23:00〜23:55
NHKEテレ1大阪
お金と感情と意思決定の白熱教室 楽しい行動経済学の世界3 感情をどう動かすか[二][字]
私たちの「感情」は非常に不可解な存在である。「感情」が合理的な判断をじゃまするという特徴をふまえると、人々の感情をコントロールするすべまでが見えてくる。
詳細情報
番組内容
私たちの行動を理性とともに規定している「感情」は非常に不可解な存在である。例えば「感情」は“顔の見える存在”に想像以上に動かされがちだ。テレビニュースがルワンダの虐殺の報道時間よりも長く、井戸に落ちた一人の少女の救出劇に時間をかけた理由もこれだ。逆に「感情」が合理的な判断をじゃまするという特徴から、人々の感情をコントロールするすべまでが見えてくる。最新の行動経済学が不思議な「感情」の世界を解明する
出演者
【出演】デューク大学教授…ダン・アリエリー
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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英語
サンプリングレート : 48kHz
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