あれから何年経ったかしら。
過ぎてみれば懐かしい。
泣くも笑うも夢ひとつ
戦後ラジオから多くのヒット曲が生まれました。
人々に感動を与えてくれたラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌です
昭和21年アメリカ兵がジープに乗って走り回っていました。
チョコレートを求めて子供たちが駆け寄るそんな姿を思い出す方もいらっしゃるでしょう
駅裏裸電球タバコの煙こんな女に誰がしたという言葉が戦後のつらい時代をあらわしています
メリークリスマス宮本隆治です。
テレビ東京アナウンサー松丸友紀です。
今日は懐かしい名曲を思い出の映像でお届けする『懐かしの昭和メロディ』をお送りいたします。
今年も残すところあとわずか。
宮本さん1年経つの早いですね。
そうですねただこれからの2時間しばし年末の気ぜわしさを忘れて昭和の名曲をたっぷりとお楽しみいただきましょう。
更に今回もすてきなスターの皆様をお呼びしております。
そちらもお楽しみに。
まず最初のゲストは懐かしい顔合わせです。
芳村真理さんと西川きよしさん
芳村さんのデビュー当時思い出の曲は何でしょう?私デビューっていうのはね最初ファッションモデルっていうのやったんですよ。
それでハワイアンバンドが流行ってたんでみんなでモデルとねなんか歩くだけじゃなくて何かやろうってことになってハワイアンバンドやろうってことになってね。
皆さん楽器やってらっしゃったんですか?やってないですよ誰もやってないんだけどとりあえずみんな図太い神経持ってましてハワイアンバンドやろうってなっちゃったんですよ。
真理さんどういう楽器を?でみんな何を?って言ったらみんないちばん簡単なウクレレ次ギターベースって残ったのはスチールギターだけだった難しくてあれは。
でおやりになったの?やる人いないからもうやった。
でも3曲くらいしかできなかった。
でもナイトクラブからねお仕事がきたりねレコード会社からLP出しませんか?って。
3曲でどうなさったんですか?だから私そしたらそれをね断っちゃったらしいんですよ。
どうしてったら3曲しかできないって言ったらレコード会社は曲はいいです裏で誰かが弾きますから…。
あっはぁ惜しいことしましたね。
でもモデルをやりながらね楽器で営業やってたのお姉さんくらい違います?そうですよね。
その頃ね廊下を歩いてたら声をかけられてちょっと何曜日の何時に来てくださいって言われてよくわからなくて行ったらなんかみんな座って本読みの最中だったの。
で私知らないで入っていっちゃってそれで『不思議な子』っていうタイトルで不思議な子っていうのが私の名前が入ってる。
こんな厚い本ほとんどなんですよ。
ええ!でそこで頭が真っ白になってこれいったい何なんだ?そしたらね実はペギー葉山さんが主役のテレビドラマなんだけどペギーさんが「南国土佐」がヒットしてどっか海外に行っちゃったんでその空いてる時間をね埋めるためにちょっと私を急に起用したっていう。
それで私当日浜町のほうのスタジオで本番だった。
生本番ですよあの頃30分か1時間の。
ドラマ生でしたよね?はぁ〜生だったんですね。
それで私本番間際に全部台本を切ってもう自分の座るところがわかったんでこういうとこみんな貼っちゃったんですよ。
貼ったんですか?これでもう何でもこいみたいな。
それで本番いきなり入っちゃったらもう自信満々。
あら!ねだって貼ってあるから読めばいいんだもん。
ね?ところがあるシーンを公園のシーンで3回そこに出なきゃ同じとこに行って。
3日間の話なんですよそうしたらね2日目にね3日目の台詞言っちゃったのねどうも間違えて。
これ貼っといたの…。
貼ってる場所が違ったわけですか?なんか順番間違えちゃった。
なるほど。
そしたら3日目の同じシーンにきたら一緒に出てたサイトウタツオさんっていうすてきなおじ様ねお父さんの役でね。
そしたらねミチコさんいいんだよいいんだよ昨日もあなたが言ってたとおり。
すばらしいアドリブ。
これでその日からレギュラーになっちゃったの。
そうですか。
はぁ。
だからペギー葉山さんにはもうほんとにそういう意味ではねお世話になった。
私の転機の方だったと思います。
『南国土佐を後にして』。
へ〜ふるさとの。
そうですね高知県。
はい。
うちは南国土佐は…僕は生まれですけど父親が事業に失敗して南国土佐をあとにして大阪へ出てきた。
ですから我が家はもういっつも何か事あればあの歌を歌ってます。
なるほど。
きよしさんふるさとだもん。
はいそうなんですよね。
もう本当に特別に覚えたわけでもありませんけれども毎日のように両親が歌ってたもんですから。
はいおじいちゃんもおばあちゃんも。
もうとにかくこう勝手に入ってくるもんですね。
デビューなさったときが?昭和41年の6月です。
何歳でしたか?えぇ19歳です。
19歳。
はい。
そのときの思い出の曲。
そのときの思い出の曲ですか?ええ1曲挙げるならば。
北島三郎さんの『なみだ船』。
思い出してもう涙出そうになる。
え〜。
どういう思い出がおありなんですか?高知で土佐の高知で父親が事業の失敗をしまして大阪へ出てまいりまして芸能界入りたいなっていうことで朝家族には内緒で母親がお弁当も作ってくれるんですよ。
でいってらっしゃいって言って行ってくるんですけれどもすごく早く出ないといけないんですね。
その勤め先が遠いもんですから。
でも弟子にしてくださいって僕の先生が石井均と申しますけど…。
楽屋を何日訪ねても弟子にしてもらえずに9日間通ってやっとそれなら少し楽屋でお話を聞いてやるからって入れてもらったんですけどそのときに道頓堀をこう端から端まで法善寺の辺りを歩くんですよ。
10時からパチンコ屋さんが開くんですねそうするとあの中から北島三郎さんの…。
「涙の終わりのひと滴」もう不安でした。
そうですか。
西川きよしさんがデビューなさった当時のご家族の反応っていうのはいかがでした?ちょうどいとこに同い年がおりましてねちゃんと毎月働いてお家にご飯代も入れているのにお前はなんという行為をあすもわからないような水商売浮草稼業に入ったんだとすぐ辞めなさい。
もう帰れば辞めなさい辞めなさい辞めなさい…。
お母様も反対だったんですか?母親ですか?はい。
母親もまあなるべく早く辞めなさいって毎年。
お父さんの言うことを聞いてはい。
お母様はよく歌を歌ってらっしゃったって当時。
うちの母親何をね…何かのときにはね赤い曼珠沙華を歌うんですよ。
きよしさんそれは『長崎物語』という曲ですよね?はいもう母親がずっと歌ってました。
あぁそうですかではその『長崎物語』松山恵子さんの歌声でご覧ください。
ありがとうございました。
お母さんが歌っている姿を今思い出されたんではないでしょうか。
お母さんの愛唱歌はわかりました。
きよしさんの愛唱歌よくカラオケに行かれますでしょ?僕はそうですねよくカラオケうちの家族は行きますけれども。
五木ひろしさんに出会わさせていただいて四十何年前ですかもう50年近く前『よこはま・たそがれ』。
そして五木さんの歌でよく歌うのは『愛の始発』。
ほう。
っていう歌とかね歌いますね。
『愛の始発』。
『愛の始発』。
これはなかなか耳にすることが少ないですね。
五木さんのファンの方でも知る人ぞ知るっていう。
どうしてそれがお好きなの?これはね…。
明日の始発に一緒にバッグ一つで乗ってどこか知らないところへ行こう。
あ〜そういいわね!まさしくふたりが一緒になるときの歌なんですよ。
それと『神田川』と。
はいはい。
だから『神田川』はなるべくカラオケ行っても家内と歌わないようにしようと。
カラオケで目と目が合うと2人ともバッて泣くんですから。
いいご夫婦ね〜。
いやいや…。
カラオケにはよく行かれるんですか?私はカラオケっていうのにね久しぶりに行ったときにビックリしたことがあるの。
何が?カラオケってみんなが歌い始めてるいろいろ。
そしたらねご存じですか?『黄色いさくらんぼ』っていうそれが出てきてあっと思って。
急にうわ〜と思い出したのは映画撮ってるんですよ私松竹で。
『黄色いさくらんぼ』っていう映画を。
主役?主役。
ほう。
それ急に思い出してその画面が出てきたんですよ。
おや。
カラオケでへぇ〜。
それでもう絶句しちゃって。
だって何十年ぶり。
そのVTRかどうかわからないんですがこちらご覧ください。
え〜ほんと?「若い娘はウフン」「お色気ありそうでウフン」「なさそでウフンありそでウフン」「ほらほら黄色いサクランボ」ありがとうありがとう。
「つまんでごらんよワン」「しゃぶってごらんよツー」「甘くてしぶいよスリー」「ワンツースリーウーン」「黄色いさくらんぼ」こちらですか?間違いないですか?間違いない。
間違いないですね。
今日喜んでいただいてよかったですよね。
だけどねっ。
懐かしい映像でした。
今日ねお二人にお話を伺うときに私たち非常にやりにくいんです正直申し上げて。
えっ。
というのはですねお二人とも長いこと歌番組の司会をなさっていらっしゃった。
司会の大先輩でいらっしゃる。
そうですよね。
真理さんは『夜のヒットスタジオ』長かったですね。
ほんとに長かった。
あれ何年ですか?あれはねちょうど20年1,000回。
1,000回。
あの当時としては女性がメーンの司会者今はだいぶ増えてきたと思うんですけど。
珍しかったということですけど。
どんな心構えといいますか司会者として。
それはやっぱりねヒットを出した人たちが一堂に会すわけですから。
レコード会社を背中に背負って田舎の両親を背中に背負ってプロダクションを背中に背負ってみんな1曲ずつ持ってきてる貴重な曲だったんですよね。
だから間違っちゃいけないんだけれどもしょっちゅう私間違えてましたね。
名前も緊張っていうかほぐそうと思って間違えちゃったりとかね。
TUBEっていう子が初めて出たときもねタイヤって言っちゃったんですよね。
似てるから。
チューブから発想がその発想で。
そうか〜。
お姉さんそれひどいです。
チューブは中身でタイヤは外ですから。
そうですよ。
どうしてその時だけ台本ご覧にならなかったんですか。
わかんないですね。
歌手の方とのおつきあいも多いと思います。
西川きよしさんどうでしょうね。
大物といわれる歌手の方。
村田英雄さんです。
へぇどんな?それも大阪の番組で司会やっておりましたら楽屋でこうしてはってはぁ〜。
その日ちょうど新沼謙治さんと角川博さんがおられて。
西川君あの2人呼んできてくれ。
リハーサルが終わったところで師匠お呼びですけど3人で叱られるんではないかなって…。
村田英雄さんが新沼俺はお前のことが好きなんだよ。
どういうところが好きかわかるか?って言ったら新沼さんまだ新人のときですよ。
いえ僕わかりません。
お前はいいな。
え〜。
それ忘れずにどんな歌を歌っても…。
つまり初心を忘れるなっていうことでしょうね。
その村田英雄さんの曲でいちばんお好きな曲といいますと?これまた女房のことで申し訳ないんですがちょうど一緒になった頃の歌で『夫婦春秋』。
わぁ〜。
ついて来るなとっていうね。
また涙が出ちゃう。
うわ嬉しい。
はい西川さんも大好きだという村田英雄さんの『夫婦春秋』ご覧ください。
いや〜!ありがとうございました。
嬉しい涙涙。
こういう生活をしていたもんですから。
もうねほんとに仕事がないお金がないときって不安ですよね。
でも結婚したから何とか女房を食わせなきゃいけないけれどもできない。
村田さんのこの歌ってほんとすてきですもんね。
勇気をもらったわね。
土臭いでしょ?よいお話を聞かせていただきました。
ありがとうございました。
来年2016年目標をお聞かせくださいきよしさん。
お猿さんの年ですので来年こそ人生は小さなことからコツコツをなお一層頑張るでござる。
わ〜!真理さん来年の抱負。
ござる。
ござる何でござるか?この頃の歌で元気をもらえる時代を過ごせたっていうことがね私自分の中にねとっても大きな宝物をもらったような気がするんですよ。
来年早々1月にね歌の番組の司会をねするんですけどこれもね楽しいんですすごく。
ますますお元気で。
頑張りたいです。
どうもありがとうございました。
(2人)ありがとうございました。
ありがとうございましたお姉さん。
ご紹介します
第一印象小松さんはどうですか?石倉さんの第一印象といいますと。
実はねサブちゃんがこの世界に入る前に僕はもうすでに会ってるんですね。
その時はよく知らなかったんですよ。
あとから聞いて確かにっていうのは覚えてるんです。
青山のね。
青山に有名なスーパーマーケットが初めて出来た頃です。
時々ちょっと贅沢をしようかと思って行きますとポンポンとレジ打ってくれますね。
でこれはいこれを…。
これいくら?っていくらいくらです。
おまけです。
え?石倉さんがそこのスーパーのレジで働いてらした。
そうそうバイトしてた。
そうだったんですか。
僕はねえ?これ高いものですよって言ったらいいんですサービス。
おまけ?そんなサービスしていいんですか?ダメです。
ダメでしょ?なんでまたやっぱりちょっとこの…。
僕はもうファンですからね。
あとから聞いてあぁ!やっぱしあの時の石倉三郎さんだという感じはあとからわかったというか。
それがいちばん最初の出会いかも。
植木等さんのお宅はお寺。
そうです実家はですね。
それで小松さんの人生の師としてどんなことをおっしゃったんですか?言葉としては。
連続物をやるときには26本あるとすれば1回目から飛ばすなよ。
キーンと跳ね上がったらそのまま跳ね上がって跳ね上がっていかなくちゃいけないだろ?少しずつこう持っていけとかそういう話はしましたけど。
ペース配分を考えなさいと。
その師匠である植木等さんの曲でいちばん印象に残っている曲は何でしょう?やっぱりなんといっても『スーダラ節』でしょうけどもね。
それ!さそれ!それ!はっ!それ!あそりゃあそれ!あっ。
終わったのねご苦労さん!東映で高倉健さんとの出会い。
そのバイトしてるときに飯食う時間が1時間あるじゃないですか。
それで1時間の間に表で飯食ってでまあ飯食ったあとに喫茶店行くわけですよ。
今でもあんですけどね。
表参道のとこに。
そこ行ったら健さんが毎晩いらっしゃるんですよ。
スターなのにスターになるとこんなに暇なのかなと思うくらい毎晩いるんですよ健さんが。
コーヒー好きですからね。
でたまたまその喫茶店の裏に健さんの事務所があったんです当時は。
それでまあしょっちゅう飲みに来たらしいんですけどね。
おぉ高倉健だよなんていうねこっちの小松政夫は好きだけども高倉健あんまり興味ないじゃないですか。
二枚目なんて全然興味ないですからね。
そうなんですか。
えぇ道が違いますからね。
コメディアンとしてなるほどね。
それでそんなこんなでもね3か月くらいずっと毎晩顔合わすんですよ。
顔は合わすけど会話は?ないですないです。
そしたらある日健さんがサブちゃんあの…って来たんですよ。
いきなりもうサブちゃん?えぇ。
何でしょう?って言ったら明日僕例によってヤクザ映画やってるんだけども渋谷東映の切符あるからちょっと見て行ってくれよ。
大阪弁でやってんだけどな。
おぉいただきます。
それでそれからですね。
あら。
それで半年くらいしてからまあいろいろ聞かれて東映に来るかなんてことになりましてねそれで東映に入れてもらったんです。
高倉健さんの曲でいちばん印象に残っている曲。
ちょっと歌っていただけませんか?「暗い雪夜の窓べにすがり」「星を眺めて」「見つめて泣き泣き呼んだ」「俺がお前と出会ったころは」「十七八のまだ俺ァがきだった」というねそのへんの歌が好きですね。
ずっと大部屋でくすぶってましたからね。
これがなんか身につまされてねここらへんここだなとかいうのがありましたね。
ここでちょっと他の番組をご覧いただきます。
また後ほどお会いしましょう
(上條)ミツバチがいる場所には豊かな自然と変わらぬ暮らしがあります。
2015/12/24(木) 19:58〜20:38
テレビ大阪1
懐かしの昭和メロディ 1部[字]
小松政夫・石倉三郎が師匠の植木等&高倉健の思いでを語る。芳村真理&西川きよしが昭和の歌番組の裏話を。石田純一&大場久美子の意外な音楽共通点とは。
詳細情報
番組内容
昭和の歌謡界を彩った懐かしの名曲を過去のVTRとともに振り返る音楽番組「懐かしの昭和メロディ」第15弾。
出演者
【ゲスト出演】石倉三郎、石田純一、大津美子、大場久美子、小松政夫、ジェリー藤尾、西川きよし、芳村真理(50音順)
【MC】宮本隆治、松丸友紀(テレビ東京アナウンサー)
楽曲放送歌手名
美空ひばり、川田正子、鈴村一郎、菊池章子、ペギー葉山、松山恵子、村田英雄、植木等、高倉健、ディック・ミネ、服部富子、渡辺はま子、東海林太郎、霧島昇、加山雄三、錦野旦、山本リンダ、大場久美子、ジェリー藤尾(放送予定順)
お知らせ
引き続き、夜8時42分からの「懐かしの昭和メロディ 2部」をお楽しみください。
ジャンル :
音楽 – 歌謡曲・演歌
バラエティ – 音楽バラエティ
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32118(0x7D76)
TransportStreamID:32118(0x7D76)
ServiceID:41008(0xA030)
EventID:48621(0xBDED)