クリケット通信  第28号

                        東京ベイクリケットクラブ 高田 真己

 

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世界の流れを変える魔球

 

オーストラリアとイングランドの伝統のテストマッチ・ASHESは、5戦中4戦をオーストラリアが勝利し、ツアー戦績を4勝1敗として全日程を終了した。第5戦では、オーストラリアのシェーン ウォーンが11のウィケットを奪ってMan of the matchに選ばれた。ウォーンは、言わずと知れたスピンボールの名手。魔球でイングランドのバッツマンをきりきり舞させた。

 

クリケットの投手(ボーラー)は、投球時に肘を曲げてはいけない。そこから想像するに、変化球など無いと考える人も多いであろう。しかし、実際は、クリケットの投手は、様々な変化球を投じてくる。肘を曲げることが出来ないので、ボーラーは手首と指の力であの固いボールに回転を与えながら投じる訳である。

 

クリケットでは、野球でいうストライクという概念が無い。ボーラーは、打者の背後にあるウィケットを投球によって倒せば、打者をアウトにすることが出来る。投球は、ダイレクトでもバウンドしたものでも良い。当然、打者はワンバウンドした球の方がダイレクトの球より打つのが難しいので、ボーラーはワンバウンドさせた球でウィケットを狙う。

 

ワンバウンドした球は、球の軌道がどのように変化するか。野球の経験者であれば、特に捕手経験者であれば分かると思うが、カーブをワンバウンド投球すると、地面に接触後、カーブの通常の方向への曲がりとは反対側に変化する。つまり、右投手のカーブは、通常の軌道であれば右打者から逃げる方向に曲がって行くが、ワンバウンド後はその反対側に変化する。この原理を使ったのが、クリケットでは「オフスピン」という投球方法である。オフスピンは、手が頭の上を通過する際に、手の平を身体の内側に向けながら手をスイングして投じる。すると、「カーブ」のように最初は打者から逃げていくように曲がって行くが、地面に着地すると打者の外(オフ)側から、打者に向かってくるように変化する。その変化だけを見ると、非常に打ちにくそうであるが、落としどころが手前過ぎると、打者に向かっていく球だけに非常に打ちやすく、長打を食らいやすい。また、逆に手が頭の上を通過する際に、手の平を身体の外側に向けながら手をスイングさせて投じると、球は最初打者に向かいながら曲がり、着地後に打者から逃げていく。これが、「レッグスピン」である。この球も厄介な球であるが、落としどころが打者に近すぎると、ショートバウンドでさばかれるため、長打を食らいやすい。

 

いずれにしても、打者は、投球が「オフスピン」なのか「レッグスピン」なのかを、ボーラーの投げる手元を見て判断しないと、打ち返すことはできない。野球のように、直球一本勝負!カーブが来たらごめんなさい(三振)という考え方は、クリケットではできない。打者がアウトになるという重みが、野球とは全く異なるからである。打者が1人アウトになると、試合の流れが全く変わってしまうからである。そのため、どんなボーラーのどんな球にも対処しなければならない訳である。

 

シェーン ウォーンは、魔球の持ち主である。非常に打者泣かせのボーラーである。投じた魔球(スピンボール)のほとんどがコントロール良くウィケットへ向かっていく。しかも他の選手に比べて曲がりが大きくしかも球速も早いため、打者が球の軌道を見極めるのは容易ではない。さらに、「オフスピン」の握りで「レッグスピン」を投げたり、「レッグスピン」の握りで「オフスピン」を投げたりもする。魔球が来ると思っていたら、スイング(野球で言うまっすぐとスライダーの中間=マッスラーなどとも言われている)が来たりもする。全く予想が付かない魔球を投じてくるボーラーである。イングランドの打撃が、今回のテストマッチシリーズであまり良くなかったのは、あの魔球へのプレッシャーもあってのことであろう。難攻不落の魔球で、まだまだオーストラリアの黄金時代は終わらない。