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客に知らせず顔データ化…客層把握や万引き防止

読売新聞 12月29日(火)18時3分配信

 カメラで撮影した顔の特徴から同一人物を自動的に検知する。そんな顔認識システムが、小売店で客層把握や万引き防止に使われ始めている。

 こうした顔データは、今秋改正された個人情報保護法で個人識別符号と位置づけられ、取得にあたって利用目的を示さなければいけない個人情報であることが明確にされたが、本人が気付かないうちに顔データが活用されているケースも少なくない。

 今月上旬、作業着を扱う全国チェーンの埼玉県内の店舗。商品を選んでレジに来た客の顔を店員の背中側にあるカメラがとらえると、レジ裏のパソコンに「男性 38歳 ID/○△×……」と表示された。

 「目や鼻の位置などの特徴をデータ化し、IDを割り振る仕組み。レジのPOS(販売時点情報管理システム)と合わせれば、客の購買履歴を簡単に管理できる」と説明するのは、今年7月からチェーンの一部店舗に顔認識システムを導入した役員。「建設業界の労働人口は高齢化で先細り。新しい客層を開拓するには、誰がどんな商品を好むかを把握する必要がある」と力説する。

 だが、今秋の個人情報保護法改正では、個人情報の定義がより詳細に定められ、顔データは個人識別符号という個人情報に当たることが明確になった。個人情報であれば、その利用目的を本人に通知するか、公表しなければならないが、この店には「ビデオカメラ作動中」という告知が貼り出されているだけだった。

 役員は「顔の画像は1日で消す。個人情報には当たらない」と話すが、内閣官房IT総合戦略室は「顔の画像があるかどうかは関係ない。特定の個人を識別すれば顔データも個人情報」との見解だ。記者がそのことを指摘すると、翌日、告知は「カメラ画像をマーケティング調査に使っています」と修正された。

 全国約100店を数える丸善ジュンク堂書店は、全店舗での顔認識システム導入を進める。万引きした疑いのある客の顔データをデータベースに登録し、来店すれば検知する仕組みだ。

 店には「防犯カメラ作動中」との告知はあるが、顔認識機能があることは触れられていない。「通常のカメラも顔認識カメラも撮影目的は同じなので問題ない」との考え方に基づくという。

 ただ、プライバシー問題に詳しい森亮二弁護士は「特定の個人を追跡する機能をもつ顔認識システムの方が肖像権やプライバシー侵害の度合いが強く、両者は区別する必要がある」と指摘する。東京地裁は2010年、コンビニの監視カメラによる撮影の違法性が争われた訴訟の判決で、肖像権侵害を否定。「防犯カメラが固定されていて、特定の個人の動きは追跡できない」ことを理由に挙げた。

 丸善ジュンク堂は取材後、「今後、表示の変更を検討する」との見解を示した。森弁護士は、「顔認識システムを採用していることを明記し、嫌だと感じた人はその店を利用しないで済むようにするなど、透明性を確保することが大事だ」と話している。

 ◆個人識別符号=改正個人情報保護法で、個人情報の定義を明確化するため、新たに定められた概念。〈1〉顔データや指紋など、身体の一部の特徴を変換した文字や番号、記号〈2〉商品購入やサービス利用で個人に割り振られる番号や記号――に分かれる。詳細は政令で定める。

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 串晃伸(くしてるのぶ)・富士経済研究員によると、顔認識システムの国内市場は入退室やパソコンの認証用だけでも昨年の2億6000万円から2018年は5億円規模に拡大する見込み。「『誰がどの棚を何秒見つめたか』まで識別できるようになっており、行動分析への活用も広がる」と予測する。

 昨年4月には独立行政法人・情報通信研究機構がJR大阪駅と駅ビルで、顔の特徴データから人の動きを追跡する実験を予定していたが、プライバシー上の懸念から延期されるなど問題化。顔の画像そのものではなく特徴がデータ化された場合に、個人情報に当たるかどうかがあいまいだったことが業者側などの混乱の要因だったため、今秋の個人情報保護法改正につながった。

 ただ、顔データの取得などのあり方に関しては国や業界に指針はない。欧米は既にルール作りに動き出し、EUは12年、ネット上の顔認識について「明示的な本人同意が必要」との考え方を公表。米連邦取引委員会も同年発表した指針の中で、「顔認識技術を使用していることを消費者に認識させる」「子供が集まる場所には導入しない」などとした。

最終更新:12月29日(火)21時48分

読売新聞