キャリア論
職域からはみ出て、変化に柔軟に対応
次世代の準備はそこから
株式会社ミクシィ
「ミクシィ」の創業者である笠原健治氏。1990年代のインターネット黎明期から数々のサービスを構築してきました。現在は、新規事業の責任者としてアプリの開発を中心に、次のヒットサービスを生み出すべく奮闘中です。ご自身がどうやってサービスに向き合ってきたか、そしてこれからのWeb業界で、どんなキャリアを構築していくべきかについて語っていただきました。
笠原 正直、自分のキャリアについて、強く意識したことはないんですよ。
笠原 様々なビジネススキルを磨くというよりも、どうすればサービスを拡大させることができるかという意識が強かったですね。まわりにネットを使いこなしている人も少なかったですし、サービスを作ってみようという人もいなくて。自分が変わり者という意識もあったのですが、学生だからこそチャレンジしてもいいかなと。あと大学のゼミで、様々な企業の経営戦略におけるケーススタディを学んでいたことも大きく影響してまして、起業って面白い、サービスを作って競争するのが面白いと感じていたこともありました。
笠原 サービスをスタートしてからは、とにかく成長させようと奮起していましたね。運営するサービスが求人サイトだったので、Webサービスを運営しているクライアント企業と知り合いになる機会がありました。
また、ネットサービスをスタートする起業家も少しずつ増えてきていたので、大きな刺激になりました。当時のWeb業界で特に大きな刺激になったのは、ニュースなどで存在感があった楽天の三木谷さんやサイバーエージェントの藤田さん、オン・ザ・エッヂの堀江さんなどですね。堀江さんが出版されたWeb制作に関する書籍等を読んでページ制作方法を学んでいたこともあります。「Find Job !」 を使っていただける中、知り合えたことはとても刺激になりました。
笠原 当時機会はそれほど多くなかったですが、ネット起業家が集まるセミナーやイベントに顔を出すことがありました。そういったイベントの一つで、ネットエイジの西川潔さんが講演されていて、ビジネスの大きなヒントを得た気がします。その後ネットエイジのオフィスの一角を間借りすることが出来るようになりまして。そこでは、当時ネットエイジの取締役だった松山太河さんが、若い学生の相談に乗っていたりして、グリーの田中さんや山岸さん、スマートニュースの川崎さんなど、今も活躍されている面々が多数いらしたので、今後の事業の収益化やサービス機能について情報交換をしながらとても刺激を受けていました。
笠原 「Find Job !」の企画・開発はもちろん、飛び込み営業からユーザーサポートまでなんでもやってましたね。自分が起こしたサービスなので、全部見るというか。 やっていたからこそ、サービス改善の気づきにつながるし、次のステップに進めたと。
笠原 正直苦手でしたね(笑)。電話営業の際にガチャ切リされて、心折れることもありました。しかし、苦手なことにも積極的にチャレンジしたことで、ユーザーの生の声を聞く機会を得て耐性もつきましたし、それによってよりサービスを広めていこうと奮起できましたね。苦手意識のタスクでもチャレンジしてみると見えてくるものがありましたので、非常に有意義だったかと思います。
「mixi」においては、サービスローンチからIPO後もしばらくは、サービス作りに没頭していました。それからサービス規模が拡大するにつれて組織も拡大していきましたので、徐々に現場に任せていきましたね。
笠原 過去の経験から、自分の価値を最も発揮できるのは新規事業の立ち上げだと思っていたので、新しいサービスを生み出したいと考えていました。やっぱり、サービスを0から生み出すことが好きなんですよ。そのサービスを生み出して成長させていく過程において、私自身が深く関わっていきたい。サービスと愚直に向き合い、自分で手を動かしながら、ユーザーの気持ちをくみ取り、機能改善につなげるのを肌感覚でやっていくのが自分にはあっているのかなと。
笠原 現在は「家族アルバム みてね」の事業責任者として、サービス成長にコミットしています。
笠原 何でもやっていますね。新しい機能の企画、プロモーション、マーケティング、ユーザーサポートもやっています。
笠原 ええ。コスト的な問題もありますが、ユーザーの熱量を肌感覚で理解しておきたいというのもありますね。例えば、ユーザーからの問い合わせでその背景を理解しておけば、バグの早期発見につながりますし、マーケティングの視点からみても、新しい施策においてユーザーをどう盛り上げていくかの材料になってきますから。ただ気をつけなければならないのは、問い合わせドリブンになり過ぎないことでしょうか。問い合わせ内容を把握しつつも、マーケットとのバランスを気をつけています。
笠原 結局はサービスとどれだけ向き合えるかになりますね。少し抽象的にもなってきますが、有意義なサービスを生み出し、どれだけサービスを成長させることに本気になれるか、サービスを育てていくことに全力でコミットできるか、ではないでしょうか。四六時中サービスの方向を向いて考え続けられることが大事だと思っています。幸い「みてね」を担当しているスタッフは、新しいサービスをやっていきたいというアントレプレナーシップを持っているため、組織としては小さいですが、意識は高いものがあります。
笠原 うまく表現できないのですが、サービスに取り組む際に当事者意識を持つことですね。上長からの具体的な指示を待つのではなく、自分から積極的に仕掛けていく。例えば、デザイン制作・システム開発においても、メンバー自らがアイデアを提案するイメージでしょうか。どんなプロジェクトにおいても自分事として考えていれば、革新的なアイデアや小さな施策、あるいは開発・制作手法のフローの改善などに気づくチャンスがあります。それが個人のスキルアップにつながるはずですから、当事者意識を持って積極的に提案を重ねている方は、指示を待つケースよりもはるかに高い成長曲線が描けるはずです。
笠原 提案の回数や精度の高さもありますが、熱意をもって提案してくれるときは、成長しているな、頼もしい存在だなとも感じます。当事者意識が芽生えているということは、事業を自分事としてとらえ、どうにか良くしよう、成長させていこうという熱意が伴っているはずですから。
笠原 特別なことをしているつもりはないです。毎日の朝会や週一の定例ミーティングで、スタッフみんなのタスクの進捗を確認し、意見交換の場を設けています。あとはこまめな情報の共有ですね。今後の施策についてなぜやるかといった背景の説明や、数値の共有を行っています。共通理解が深まることで、スタッフ各々が自分自身の事業ととらえてくれるように、自然と醸成されていくものと思っていますから。チーム力も磨かれていきますしね。
笠原 最近では、サービスそのものの価値に加え、サービスの使い勝手にもよりいっそうフォーカスされています。例えばデザイナーであれば、アプリのデザインモーションも含めたページ遷移、ギミックも含めた触り心地など、デザイン領域だけには収まらないところまで求められつつあります。そうなると、フロントエンドやサーバサイドの開発レイヤーまで意識を持つ必要があります。デザインからプログラミングまで全部できるというのは理想すぎるかもしれませんが、自分の担当範囲を狭めてしまうのももったいない気がします。
笠原 トレンドの移り変わりが早く、何が次のプラットフォームとなるかはなかなか予想がつきません。だからこそ、デザイナー、エンジニアそれぞれ職域を決めるのではなく、職域から一歩はみ出してみて、変化に柔軟に対応していけるスキルを磨くことが大事だと思います。エンジニアにしてもサーバサイド開発とアプリ開発で大きく分かれており、それぞれの得意分野を持っていると思います。ただどちらか一方に傾倒するのではなく、どちらも抑えるようにしておくと、理解範囲が広いのでより速く確実なものが開発できると思いますし、次世代のプラットフォームが来た場合にもスムーズに受け入れることができるのではないかと思います。
笠原 ええ。実際「みてね」のエンジニアは、iOSアプリやAndroidアプリ、サーバサイドなども開発しています。当初はいずれかの経験しかなかったエンジニアもいましたが、現在では双方の開発ができるエンジニアへと成長しています。デザイナーに関していえば、エンジニア専門領域のレイヤーにおいても、エンジニアと距離が近い環境なので気軽に議論ができますし、エンジニアがサポートをアクティブに行っていますので、エンジニアリングの領域にも明るくなっています。実際にデザイナーもUI設計、パーツデザイン制作に加え、一部コードも書いています。これまでできなかったレイヤーにチャレンジできる体制がありますから、積極的に知識の幅、見識やノウハウを広げていっていますね。
笠原 起業して現在20年近くになりますが、幸いにしてIT ・ネット業界にはまだまだチャンスが眠っていると考えています。例えば、VR、IoT、ロボット、ウェアラブル等、革新的なサービスが生まれるフェーズと思っています。
笠原 そうですね。
笠原 初期にでているサービスをとにかく触ってみること、使ってみることですね。VRやAR、ロボットなどジャンルはどれでも構いませんが、新しい分野においては、知識を得つつ、この技術が出てきたことで世の中が一番変わる部分はどこなのか、自分だったらどうしたいか、と分析や検討を繰り返していくことでしょうか。地道ではありますが、どこかのタイミングで世の中が使っているイメージがわいてきたら、大きなチャンスに化けるかもしれません。
笠原 確かにタイミングは難しいですね。
笠原 「Find Job !」のリリース前後はWeb黎明期で、他に同じようなサービスがなかったのでいけるんじゃないかなと。「mixi」の場合は、自分自身も面白いと感じていたのが大きかったですが、SNSが海外で注目されてきてマーケット市場ができつつありましたし、ユーザーが利用している風景がイメージできていたのも要因としてありました。
笠原 画期的なサービスが生まれる前には、必ず何らかの技術革新がおきていると考えています。「Find Job !」の事例でいえば、インターネットの誕生ですね。「mixi」 の場合だとPC・ガラケーともに常時接続になったことでしょうか。その結果、世の中の生活様式に変化がおき、商習慣が変わりはじめ、ビジネスチャンスが顕在化します。2015年現在は、先ほど説明した革新的なビジネスプラットフォームが生まれつつありますので 、ちょうど今この最中にいると思います。
私自身も、一年に一つは新しいサービスを生み出していきたいと考えています。やり方に関してはこれまでと同様です。愚直にサービスを追求していきますし、目指すところは、世界中の人々に利用してもらえるインフラ的なサービスを生み出していきたいと考えています。もちろん今担当している 「みてね」もポテンシャルを十分に秘めており、実現できると思っています。
笠原 過去の感覚から来るものですかね。「Find Job !」、「mixi」とサービスを生み出して一種の高揚感を感じました。実際サービスローンチ時から現在に至るまで、自分の知らないユーザーの方々が喜んで使ってくれているのをみて、大きな手応えを感じています。
【取材者コメント】
76世代という言葉があり、その年前後に生まれ活躍している起業家がたくさんいる。笠原氏もその一人。ソーシャルサービスを躍進させた人物だ。現在は、会長として人材の育成に従事しながらも、次のサービスを模索している。現在関わっているサービスを担当しているスタッフの特長に、セルフスターターが多いと聞くが、それもサービスを生み出し成長させる笠原氏の実績と、今でも愚直にサービスに向かう姿を間近で見ることができるからだろう。スタッフとの距離も近く、直接ノウハウを学べることは、此の上なく幸せなことだ。
Profile
株式会社ミクシィ │ 取締役 会長 笠原 健治
1975年生まれ。東京大学経済学部卒。1997年、大学のゼミで学んだITビジネスのケーススタディや、当時米シリコンバレーにおけるインターネット・ビジネスの興隆に触発され、同年11月、求人情報サイト「Find Job !」を開始。1999年6月に法人化し、代表取締役就任。2004年2月、ソーシャル・ネットワーキング サービス「mixi」を開始。2006年2月、社名を「株式会社ミクシィ」と変更し、同年9月に東京証券取引所マザーズ市場に上場。2013年6月、取締役 会長に就任。