フィルムを利用して同じ情景を無限に複製することができる写真が初めて登場したとき、西欧の美学者は、絵画のように原本にのみ存在する「アウラ」が消えた、複製芸術の時代が訪れたと慨嘆した。現在ではフィルムすら要らず、映画『マトリックス』のエージェント・スミスのような、コピーされたコンテンツがあふれかえっている。SNSは、「いいね!」と「シェアする」で万人が情報の「無限増殖」に参加する道を開いた。
米国ニューヨークのウォール街にある投資銀行「ブラウン・ブラザーズ・ハリマン」に勤務する視覚障害者のアナリスト、シン・スンギュ氏の著書に、こんな記述がある。膨大な資料をあさる他のアナリストとは違い、シン氏はどうしても必要な記事と「プライマリーソース」と呼ばれる1次資料だけで企業価値を判断する。目が見えないがゆえに、コピー、リツイート、シェアされた情報から自由になり、より正確な判断を下すことができ、600億ドル(約7兆2200億円)に上る同社の資産を運用している。他人が「騒音」のような情報に埋もれてもがいている間に、シン氏は自分に必要な「シグナル」を探す能力を育んだ。
われわれは、何が分かるのかも分からないまま、無数の「知らなくてもいいもの」にさらされている。降り注ぐ情報を全て処理することはできず、てんてこ舞いしながら、あきれたことに「偽のジョブズ」が書いた文章ごときにだまされる。見るものを少なくしてこそ、よりよく理解できるというのが、SNS時代の情報対処法ではないだろうか。