少し前、アップルの創業者スティーブ・ジョブズが死の直前に残したという遺言をフェイスブックで読み、「いいね!」を押したものの、一人顔を真っ赤にするという経験をした。数時間もたたないうちに、何者かがアップした「偽の遺言」と判明したからだ。自分の人生を根こそぎ否定する、「富とはつまらないもの。最後には幸せな記憶だけを持っていく」というような通俗的なことを果たしてあの大人物が言ったかどうか、疑うべきでもあったのに、つい指を軽く動かしてしまった。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でつながる世の中において、人々は「いいね!」「シェアする」などを通してさまざまなニュースの波及に参加する。ほんの数年前までは新聞やテレビといったマスメディアの専有物だったが、今では子どもでも、どうかするとトイレに座りながら指一本でできる。しかし、その文章が事実かどうか確かめる余裕は足りないようにみえる。
SNSによる集団的情報波及の「スピード」に追い付こうとして、メディアもおかしな事件を経験している。伝染病MERS(マーズ。中東呼吸器症候群)の真っ最中、ある通信会社が、自社所属のエンジニアを対象に伝染病予防のために消毒を徹底して行うという内容の資料を発表したが、その際「ジョリュ(鳥類の意)インフルエンザ」を「ジョル(早漏の意)インフルエンザ」と誤記してしまった。1時間後に訂正資料が出たが、既に10近くのネットメディアが「早漏インフルエンザ」を伝染病の一種と紹介する記事を載せていた。各メディアが内容をきちんと読みもせず、文書全体をコピー・アンド・ペーストしたため発生した珍事だった。SNSには、このミスを笑う書き込みまでなされた。確認に数日かかる特ダネがひとたび新聞に出ると、同じ内容の記事が数百登場し、わずか2-3時間で、誰が最初に報じたのか見分けがつかなくなる。この過程で、事実確認には費用と時間がかかるという意識は徐々に希薄になっている。