知ってるか、雪国の人間は転ばない。
よく、東京に雪が降ったりすると、「◯◯人が転倒するなどして負傷しました」というニュースが流れる。それを見るたびに、自分はこう思っていた。
「やっぱり雪国に生まれないと、ツルツル滑る地面の歩き方って身につかないんだよな〜」
自分が住んでいる地域は、冬になれば確実に雪が降る。そして、路面も凍結する。スタッドレスタイヤを履いているとはいえ、スパイクタイヤの時代とは違ってツルッツルである。
だが、我々雪国の人間は、そういう地面を歩くことが日常茶飯事なので、自然にどういう歩き方をすればいいのか、体が覚えている。
ポイントはいくつかあって…
- 腰を落とす。
- 前傾姿勢になり、体重を後ろにかけない。
- 力を均一に逃がすため、足の裏全体をつけるように歩く。
といったところか。
とにかく、平常時と同じような歩き方をしていれば、まず間違いなく滑る。いかにして体重を均一に地面に伝えながら歩くかがキモなのだ。
そして、雪国に生まれ育つと、地面の色や光の反射具合を見て、そこが凍っているのかそうでないのかを瞬時に判別できる。これは、車を運転している時に非常に役に立つ。どういうシチュエーションだといつも通りの速度を出しても大丈夫なのか、脳が自動的に判断してアクセルとブレーキを操るのだ。
熱は下がらなかった。
とかなんとか偉そうなことを書いておいて、先日起きた事件の概要を伝えようと思う。
事の発端は、娘が高熱を出したことだった。
初めはインフルエンザを疑った。何と言っても熱が40度近くまで上がっていたのだ。だが、咳や鼻水はあまり出ていない。小児科での検査の結果は陰性。どうやらインフルエンザではなく、突発性発疹の疑いが強そうだ。
突発性発疹とは、殆どの赤ちゃんが1歳までにかかる病気である。突然40度近い高熱を出し、その後全身に発疹が現れる感染症だ。原因は「ヒトヘルペスウイルス6」。インフルエンザなどと違うのは、咳や鼻水を伴わず、熱がある割に本人が元気である事だ。まさに、今回の娘の症状に合致する。
小児科で薬と解熱剤を貰い、とりあえず帰宅して飲ませた。みるみるうちに熱が下がっていき、37度前後まで下がった。だが、次の日の朝にはまた40度近くまで上がっていた。
あんまり解熱剤をあげるわけにいかないので、様子を見ていたのだが、抱っこしているだけでもう熱いのがわかる。以前のアデノウィルスの時みたいに脱水症状にならないように気を使いながら、機を見て解熱剤をあげていた。
だが、その日は娘の機嫌が非常に悪く、ついに熱も40度を超えた。本当は寝る前に飲ませようと思っていたのだが、このままではよろしくないので、夕方に最後の解熱剤を与えた。だが、そのすぐ後に吐いてしまった。
というわけで、どうにもならないので総合病院の救急へと行くことにした。
その日は、娘の誕生日。
本来であれば、キラキラの綺麗なドレスを着て写真を撮っているはずだった。
事件は駐車場で起こっているんだ!!
その総合病院の目の前の駐車場は、まったく割引がきかない高額駐車場だったので、入り口で妻と娘を降ろして、少し離れた契約駐車場へと車を停めた。ここなら、受付ではんこを押してもらえば駐車場代は無料になるからだ。
日曜日の夕方、それなりの人数が待合室で診察を待っていた。家では高熱でかなりグズッていた娘だが、吐いてしまったとはいえ少し薬が効いたのか、機嫌は良くなっていた。病院で熱を計ると38度台だった。結局、また薬と解熱剤を貰い、家へ帰ることにした。
その日は寒波が到来して雪が降っていた。
娘を抱っこして駐車場まで行くのは危ないかと思って、妻と娘を待合室に待機させ、自分だけが駐車場へと向かった。
病院の出口は緩やかな下り坂だった。しかも、改装オープンして間もないので、アスファルトも黒々としていて綺麗だった。
…とかなんとか様々な理由があったのと、少し急いでいたこともあり、全く気が付かなかったのだ。そこがツルッツルになっていたことに。
滑らかに靴が持って行かれたかと思った瞬間、自分の体は宙を舞っていた。そして、右手を下にして地面に衝突。顔もぶつけた。一瞬息が出来なかった。こういうのを味わうのは何十年ぶりだろう。
あまりに豪快にずっこけたので、病院で待機していたタクシーの運ちゃんがびっくりして飛び出してきた。
「おーい! だいじょうぶかー!?」
自分は、息を何とか整えながら「だ、だいじょうぶれす♡」と答えた。
右手が動かなかったが、多分激しくぶつけた衝撃で一時的に痺れているんだろうと判断し、駐車場へと向かった。とりあえずなんとか病院入口前まで車を運び、あとは妻に運転してもらって帰った。
家について体を休め、少しすると右腕が動かせるようになってきた。やはり打撲だろうか。腕の曲げ伸ばしが出来るということは、関節を傷めたわけではなさそうだ。恐らくスジかなにかを痛めたのだろう。
そんな風に思って、その日は眠りについた。
あなた、肘割れてますよ。
その夜中、激しい痛みで目が覚めた。時計を見るとまだ4:00だった。痛みで寝ていられないのでリビングへ起きてきた。座椅子に体を預けている方が楽だった。
朝までまどろんで、体の様子を探っていたが、とにかく胸も腕も痛かった。これは一時的な悪化かもしれないけど、とりあえずこのままでは何も出来ないなと思って、9:00を待って整形外科に行くことにした。湿布と痛み止めを貰ってこよう。
整形外科に行くのはおよそ10年ぶりくらいである。当時は自分は体重がいまより30kg以上多い100kgくらいあったので、頻繁に腰痛になっていたのだ。だが、じんわりダイエットをして標準体重にした結果、無茶をしなければ腰痛になる確率は随分と減っていた。
1時間ほど待ったころ名前が呼ばれ、レントゲンを撮った。そして、その後に言われたのは、正直あまり聞きたくないものだった。
「肋骨は大丈夫だけど、肘の骨にヒビが入ってるねぇ」
自分としては、どちらかというと肋骨の方がヤバイのかと思っていたが、むしろ肘の方が駄目だったようだ。
中学生の頃、スキーで転んで右足の靭帯をやった事はあったが、今までの人生で骨を損傷したのは初めてだ。もっと何もしていなくても常に痛いのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
本来ならギブスで固定しなければならないのだが、それでは日常生活に多大な影響が出るという事を考慮して、なるべく普段の生活で腕を動かさないようにしながら過ごして、1週間様子を見ることになった。
この状態では娘を抱くことも出来なければ、オムツを交換することも出来ない。というか、自分の世話すらままならない。
先生が言うには、全治は1ヶ月〜1.5ヶ月といったところらしい。思ったより時間がかかる…
今は、あの時家族3人で駐車場に向かわなくて良かったと思うしかない。
犠牲はゆきぼう1人で済んだのだ。
…ぐすん。