2015/12/27
「私はこの国を許さない」
青年,否,人間一般が生涯の各時期に自分を完成したものと思うことができて,真であると偽りであると,貴きと卑しきとを問うことなく,自分に適ふもののみを求める無智こそ幸福である<ゲーテ・詩と真実より>

数十万人の民間人を焼き殺したカーチス・ルメイ米空軍大将に日本最高の勲一等旭日大綬章を贈っている〜もうこれ以上記事にしても意味はないでしょうね。
画像はルメイ大将〜日本人を殺してくれてありがとう,ということ
この国は日本人が支配している国ではないことをしっかりと受け止めよう。元をたどれば田布施システム。
壊れゆく日本という国(熱力学の第二法則?)
http://ameblo.jp/hoshitukiyoru7/entry-11527240006.html
自発的隷従論
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1070.html
『嘘を付いて過去の悪行を認めない国家。
嘘を付いて他国から経済援助を引き出す国家。
嘘と知りながら大国の巨悪に「大義」を見出す小国。
嘘と知りながら国をまとめるだけのイデオロギーを以て、小国を支配するための大義とする大国。
あらゆる嘘や暴力が、歴史上あらゆる国家という国家によって堂々と実現されてきた。(続・イルミナティとCFRより)
http://60265724.at.webry.info/201204/article_4.html
勲章の種類と授与対象
http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho.html
勲一等旭日大綬章=国家又は公共に対し功労のある方に授与される賞
数十万人の民間人を焼き殺した人にですか?
この国の落ち着き先は
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/534.html
自民党清和会の源流
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/406.html
中卒だけで男は十分
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1751

関連記事:勲章にまで媚売りか
http://blogs.yahoo.co.jp/zudonosan/36253620.html
ある弁護士かく語りぬ〜これではあの時の南ベトナム傀儡政権以下である。
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/8906dd3d88a39cbf6568215edcdcb665
来年はケムトレイルで空からマイコプラズマを撒いて日本人を殺している在日米軍の司令官にも勲章授与か?
ラムズフェルドは悪なんだよ〜もっと記事はあるけど
http://megalodon.jp/2009-0130-2033-20/angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/2.html
国家と個人の品格
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1030.html
世界は地獄を見た
憎しみはこうして激化した
源田実の関連記事〜イルカ打ち上げと地震(これも田布施システム)
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/969.html
もう一度言おう.....源田実氏の強力な推薦で、自民党政府は無差別焼夷弾爆撃で日本の主要都市を廃墟にし、数十万人の民間人を焼き殺したカーチス・ルメイ米空軍大将に日本最高の勲一等旭日大綬章を贈っている。当時の首相は佐藤栄作。注:よくぞ日本人を殺してくれた,ということだ。さすがの昭和天皇は断ったそうですが田布施システムとCIAが力の上で勝っていたということ。これは現在でも続いている。エヴァ国家日本を徹底的に破壊するまでは。
ある意味でこういう情報が若いころあったならばどうしていただろうなが感想ですが?
アイルランド(英国領先住民)オカルトの歴史
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/796.html
生と死の救済を求めて〜人間がぎりぎりのときどんな言葉も役に立たない。自分一人で答えを出さなければならない。人間が行き着く最後のところは沈黙である。
http://www.geocities.jp/singingstone4/dream5.htm
管理人注:大切なことなので何回も書きます。死んでからでは遅いのですよ
厳密に言えば,アダムは何か新しいことを覚えるのではなく,自分の裸体を悟り善と悪の区別を意識するのだ。同様に歳をとってゆく人間は知らないことを何か習うのではなく,新しい次元の中で,新しい照明のもと悲しい真理を発見するのだ。
(ウラジミール・ジャン・ケレビッチ「死」)より
『ヤーウエと蛇の遭遇の後に起こるアダムとイブの追放は,人間の堕落にほかならず,新約聖書におけるキリストの受難は人間の救済にほかならない。どの場合も物語りは完全な陰の状態からはじまる。ファウストは知識において完全であり,ヨブは善行と幸運において完全であり,アダムとイブは罪のなさと安楽さにおいて完全である。しかし,陰から陽に移行させる場合,もう一人の役者が必要になる。苦悩や不安や恐怖や反感を注入する敵を登場させなければならない。』これが対立物の統一という弁証法...............これが分かれば自殺なんてしなくてもいいのですよ。
長谷川三千子氏は「バベルの謎」で和辻哲郎賞を受賞された方で拙稿でも記事にしました
関連記事は.....
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/757.html
バビロンあるいは,バビロニアはバグダッドの南方約90キロの地点にユーフラテスをまたいで広がる。長谷川三千子氏はこう指摘している。「カナンの地」は,イスラエルの民にとって,故郷と呼ぶべき類の地ではなく,そもそも,それは事実の上から言っても,彼らの故郷ではなく,それは,カナンの人々(注:現在のパレスティナ)が住みつき,根づいた土地なのである。
イスラエルの民の「カナンの地」との関係は,徹頭徹尾ヤハウエ神に依っている。この地はヤハウェ神によって示され,命じられ、約束されたことによってのみイスラエルの民と結びついているのであり,それ以外の形で結びついてはならないのである。......ヤハウイストの生きていた時代と推定される起源前十世紀頃という時代は,ティグリス川上流の二ムロデやコルサバードに発掘されたジグラドは,ちょうど紀元前十世紀,九世紀ごろに新築または再興されている。広い意味では,ヤハウイストはまさにジグラトと同時代の人間だったのである。』と。
管理人注:アシール地方と聖書の世界で検索すると沢山出てきます〜正月にでも一つじっくりと
http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83A%83V%81%5B%83%8B%92n%95%FB%82%C6%90%B9%8F%91%82%CC%90%A2%8AE&inside=1&x=0&y=0
ちなみにヤハウエとはアシール地方では火山の神のことでパレスチナに火山はありません。
アシール地方と聖書の世界 その1
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/610.html
アシール地方と聖書の世界 その2
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/611.html
アシール地方と聖書の世界 その3
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/612.html
アシール地方と聖書の世界 その4
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/613.html
アシール地方と聖書の世界 その5
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/614.html
このようにして,かつて地方神であったいくつかの神が,新たに立てられた地上の専制君主の表章を身につけ,ついでそれらの表章が意味するところの,独占的排他的な支配権を目ざして競争する。そして最後に,競争者のうちの一人がほかの競争相手を滅ぼして,”唯一まことの神”として崇拝される資格を確立する。それがキリスト教なのです。
正月のついでにアラビアのロレンスのビデオでも借りてきてみましょう。最後にサイクスピコ協定などが出てきてそのあとに......知恵と7柱でもお読みください。全部で5巻ありますが文庫本で中野良夫氏のアラビアのロレンスは読みやすい
http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RA0DICen9WFgsA7HCJBtF7?p=%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%9F%A5%E6%81%B5%E3%81%AE%EF%BC%97%E6%9F%B1&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=
タマちゃん怒る
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-entry-14241.html
フランスやイギリスでも食料品には消費税をかけない〜当たり前でしょ
トヨタも消費税の還元がないと赤字なのよ〜納入業者へ消費税を払い輸出還元税なら話は分かる。しかし納入業者へ払っていないのだからこれは犯罪。政治家は献金でしか動かないの典型。
関連記事:これは犯罪です
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3186
以下の記事を目ん玉が飛び出るほどお読みください
http://portirland.blogspot.jp/2012/06/20001.html
『トヨタ自動車は、消費税還付金5年間で1兆3009億円の消費税の還付を受けており、 簡単に調べた所、還付がなければ赤字決算続きの会社であることが分かりました。凄く簡単な仕組みを説明します、ポイントは輸出をしている企業であるかどうかという点です。
庶民や下請けから、消費税の還付金名目で2000億円前後を吸い上げ続けています。
結論を先に言えば、仕入と売上の金額に変動がなければ、輸出をしている会社は消費税増税されるほど、利益が増えます。トヨタ(単体)は、この制度がなくなると赤字に転落します。
トヨタなど搾取金額の分かりやすい式
▲消費税収の23%が大企業へ トヨタ1社で2,291億円関東学院大学教授 湖東 京至さんが試算
.....続きは本文を参照のこと』
つまり消費税の還付金制度がなくなるとトヨタ自動車はいつも赤字になるのです。
話は変わって............
日本には天才的な人が多い。例えばこのENTEE MEMOだ。
http://blog.archivelago.com/index.php?catid=10029&blogid=1490
巨悪はわれわれの心を養分として育つ(上記管理人記す)
June 30, 2004
集団となって「悪さをする」のは、何も野次馬や暴徒化した群衆だけではない。会社でも国家でも、ある一定以上の規模になった組織は、容易に「悪」の巣喰う場所となる。
それはなぜか。それは人間が集団の中に、自分の醜い「悪」の顔を隠すことができるからである。「悪の顔」を隠すことができれば、われわれはもっと容易に悪を成すことができる。おそらくは、悪であると自覚せずに、その悪を成すことさえ可能である。人間の大部分は弱い。そして弱さの集合的発現こそが、将来われわれが代価を払うことになる(であろう)大規模の「悪の発露」たる戦争である。集団の陰に隠れて行われる、各人の「卑怯の合算」である戦争なのである。それによって生じるあらゆる破壊や殺戮は、それに関わるひとすべての共犯であるために、おそらくいかなる戦争も、その責任をきちんと追及することは不可能である。ましてや共犯関係にある者同士が互いを追及することなどあるはずがない。
ひとりひとりは、いかにも良心のありそうな人間であったとしても、悪いのは自分だけではないと信じる無責任、利益を自分に向けて抜け目なく最大限引き出そうとする利己主義、人の背中に隠れて小さな悪への誘惑に負ける意志薄弱という側面は、実は各自に潜む。ひとりひとりは一見「善良」ではあり得ても、集団というものは、こうした人間の最低の部分が、最大に「活かされる」場所なのだ。そして、人間の最低の部分の集合的な発現は、法的に違反しているものである必要はない。それら「悪」のほとんどは「合法的に」なされるのである。いかなる法も所詮人間が作りだした、われわれにとっての便宜のひとつのありかたにすぎないからである。
人間のこの狡賢さは、自分が被害者にならない限りにおいて、その帰属する集団を、暴力、嘘、盗み、といったあらゆる悪の行為に駆り立てる。いや、「駆り立てる」という言い方はひょっとすると正しくない。そういう行為を「許し」、密かに「見逃し」、悪の成就を、無言で「支持する」のだ。そしてあらゆる悪への牽制メカニズムの網の目をかいくぐって、最終的に悪はどこかで成就する。国家とは、そうした悪だけが表に発露される最低最悪の場のことである。われわれ小市民は、自分の利益のためにとても人を殺せないが、「国家」という乗り物を使ってなら、より大規模にそれを成し遂げることができる。より無自覚に。
嘘を付いて過去の悪行を認めない国家。
嘘を付いて他国から経済援助を引き出す国家。
嘘と知りながら大国の巨悪に「大義」を見出す小国。
嘘と知りながら国をまとめるだけのイデオロギーを以て、小国を支配するための大義とする大国。
あらゆる嘘や暴力が、歴史上あらゆる国家という国家によって堂々と実現されてきた。
支配されるわれわれの間では
人を殺せばそこには殺人の罪が生じる。
嘘を付いて他人の援助を受ければ、そこには詐欺の罪が生じる。
しかしいかなる隠れた狡猾も、明らかな罪科も、国家という巨大集団によって、より大規模に成されるや、それは「われわれの責任ではない」ということになる。実に、巨大な群衆としての「国家」とは、われわれ小市民にとって、便利な隠れ家である。日常の中に滑り込んでくる個人による殺人を、残虐であるとか非人間的な悪逆であると評し赦さない一方、われわれは、集団による組織的な殺人を「政策である」と呼ぶことができ、過去のそうした組織的かつ大量な殺人を「他に選択の余地がなかったこと」として情状酌量し、容易に忘却する。
年金制度や税の徴収のあり方など、何を見ても、人間としての考えられる限り“最低の在り方”を、政治家の判断や活動を通して、国家はわれわれに見本を示してくれている。しかし、実は、悪いのは政治家や官僚だけではない。「大きな集団」とは、小さな悪や小さな良心、その他諸々人間の行為や思いのすべてを濾し落として、内なる最大の巨悪だけをそのまま残して一番上に提示する、いわばザルのような仕組みのことなのである。このザルを以てしては、良心という人間のもう一つのちっぽけな真実の在り方を掬い上げるには、あまりに器としては大きすぎるのである。
何千年経ってもなくならない官僚組織の腐敗。一部の利益を代表するだけの、大局を決して見ることのない御用政治家の限界。個人の思いを無視した外交官僚たちの秘密の工作。どうして無くならないのか、われわれはいつも考える。しかし答が見つからない。そうした行いの正邪は、合法であるか非合法であるかという判断とはこの際関係がない。
官僚組織自体は、合法的に組織された集団である。そして国会は(表向きには)合法的に選ばれた代議士達によって組織されているものである。しかし、仮に、ひとりひとりの官僚や政治家に「一般人の良心」というものがあったとしても、それは国家や行政の「行為」として具現化できない。たとえば、行政活動の必要に応じて、いったん金の流れというものが生じると、それが時代と共に意味を成さないものとなっても、その旧弊な「流れ」を温存したいひとりひとりの心が、その変革を許さない。それら利権を温存する方法が、如何にわれわれの法に適ったものであっても、そこには集団としての、あきらかな悪がある。官僚や政治家のひとりひとりが、その悪を見ようとせず、その悪を悪であると、心の弱さと曇りから認めることができない。したがって、たとえば、必要だとされたひとつの「金の流れ」という利権が、時代の変化や必要の有無に関わらず、いつまでも温存される。結果的に一般の納税者から合法的に金を巻き上げ続けるシステムだけが残される。だからいくら増税しても、これら金を吸い上げる者達が、そのシステムを諦めない以上、いくら民衆が金を稼ぎ出しても、彼ら悪徳官僚達の腹を十分に満たすことはできない。われわれは、毎日額に汗して働いて、そういう者達を養い続けている。しかし権力という言葉が、こうした「もてる者達」にとっての「保身」の意味でしかない以上、この状態を変えることは容易にはできない。もてる者達自信が自らの矛盾のために自壊するしかないのかもしれない。(しかしどのように?)
恐らく、社会的弱者に対する無視(内へ向かう暴力)も、戦争への道(外へこぼれ出す暴力)も、より強い巨悪への追従も、個人個人の狡さや弱さを足し合わせた、その集団の総意の結果なのだ。暗殺や小国政府の転覆など、明らかな非合法行為も、実はそうした「合法的に赦されている」一般民衆の弱さの合算したものの例に漏れないはずだ。
合法的に赦されたわれわれが、倫理的に明らかな非合法である戦争を作りだすのである。戦争を可能にする合法的な制度によって。
個人の中ならばしばしば認められる良心や寛容というものも、生き物の本来持っている一側面である。政治家とは、そうした人間の善良さが、巨大な国家という生き物の性質として表現されるための、類い希な創意工夫と、鉄のような意志と、実行力を兼ね備えた者でなければならない。そして、われわれは、われわれの個人の中に生きている良心の具現化を助けない人間を、政治家として選んではならないのである。
私が書くことは、おそらく巨悪への共犯という私の罪を何ら酌量しないだろう。ましてや、このままではこれから起こるかも知れないことを防ぐなんの助けにもならないだろう。私の心に奇跡が起こり、私がわれわれを押しつぶす巨大な車輪の前に身を投げ出したところで、この巨悪の大河の流れをもはや止めることはできないかもしれない。しかし最も効果的な身の投げ出し方を悟れば、それを実行するかも知れない。しかし、次善でさえないにも拘わらず、今の時点で、私が何を信じていたのかを隠さないことには、何らかの意味があってほしいと願わずにいられない。そしてこれを公共に向けて書いていたことが、私の今後の「扱われ方」に多少の影響を与えることはあるかもしれない。あるいは図らずも「身を投げ出す」第一歩に結びつくのかも知れない。
おまけ〜虹の戦士
http://blog.livedoor.jp/kusagakubow/archives/2585556.html
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いつも最高の御指南をありがとうございます。 今の時を、このブログを拝見しながらすごしていることを、光栄におもいます。 十二月の記事だけでも、復習のタイミングも、ふくめて、いつも最高のプレゼントをいただいております。 ラコフスキー調書の記事、今、戦慄が、深いです。 チベットのバルド トドルゥ、カスタネダ、たくさん、たくさん、初めてご覧になった方でも、今、のリアリティがぐっと増すような、丁寧さと、愛!を、ひしひしと感じますであります。 自分、個人的には(1この他者!小忍!)、年明け前から、何も理由はないのですが、燃えております。 おかげ様であります。ご恩の返し様がないです。 ただただ、マー君、スー君、師匠、のご健康をでっかい青空に、いつもお祈りしております。 来年も、ますます厳しく、深く御指南のほどを、何卒よろしくお願いします。 まだまだ年明けまで、ご更新あるかと思いますが、年末のご挨拶とさせていただきます。 ありがとうございました!