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虹と創価家族 様

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年12月27日(日)22時40分11秒
  >>先生の正義を守る弟子を、除名、役職解任、活動停止、更迭したのは誰か。<<

>>因果は厳しいゆえに、正義の人を迫害した創価学会の未来はどのようになるのか懸念する。<<

>>54年問題から外れた論に他国侵逼されゆくのをみて、安堵している輩がいるに違いない。<<

鋭い投稿ありがとうございます。全国的に同じ状況にあることはチラチラと情報が入ってきます。
河内平野さんが雑感で述べていたことに尽きるのではないでしょうか。

《こちら参照》
http://6027.teacup.com/situation/bbs/35874


正義とは何か。広宣流布とは何か。全ては自分の中にあるのです。自分の中にある仏界涌現がなければ世法的な正義になってしまうのではないでしょうか。

54年問題とは、尽きるところ、師匠を自分の浅い考えで捉えたことにあるのではないかと思います。

いざ!という時に師匠の考えとズレてしまう。勝手に振るまってしまう。

そうならない為に、私たちは、どこまでも師匠を求めていく自分にならなければならない。出来ることは、日々、心の中の池田先生と対話をしていくことではないかと思います。池田先生なら今どうされるのか。です。

(悪事を暴くのはもちろんですが、それだけでは解決しないのでは?と色々考えているところです。タイミング、出し方が色々あるでしょう。そして、これからも悪事は暴かれていくでしょう。虹さんの率直な意見をお願いします。)
 

九州金吾塾さん

 投稿者:―ドライバー  投稿日:2015年12月27日(日)22時20分33秒
  始めまして

>不倫三昧の県長の方が問題じゃ無いのかなぁ?

因みにハメ盗り県長もいますよ!
まさか同一人物かぁ~!
(((^^;)


全九州の同士の皆々様方!
立つべき時が来ましたね!
こんなハエやアブの様な輩にはガツンと鉄槌をかまして差し上げましょう!m(__)m
 

九州のでたらめ幹部

 投稿者:―ドライバー  投稿日:2015年12月27日(日)21時57分52秒
  博多ラーメンさん
お初になります。

その話噂で私も聞きましたが凄いですね!
脱税してる県幹部が、のうのうと壇上で偉そうに指導!
まさに、アラカンに似たるイッセンダイなりの文が
まさにピッタリ、メガヒットですね!(^^)

訳の分からん新聞啓蒙の推進値上げに多部数購読
内の奥さんもノルマ上げに苦しんでます。
なぜ、信心の世界でノルマが(@_@)
 

最近ここ・・・・?

 投稿者:妙の照覧影の人  投稿日:2015年12月27日(日)21時51分14秒
  魔の蠢動多し!
何もわからなければ「人は救えない」
どうでもいいなら・・無視。

難と闘わなければ・難を乗り越えなければ宿命転換出来ぬ!全部宿業炙り出せ!叩き出せ!
のが気ではない! 題目を避けて何処へ行く!
 

うららさま、物事ははっきり言う貴女が好きです!

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2015年12月27日(日)21時50分32秒
  皆、人間革命の途上であり、師匠と伴に進化して行くのか、それとも間逆の道を歩むのか?懐古趣味な師弟の道はあり得ないと私は思っています。桜梅桃李でそれぞれの表現があり、考えがあり、人生があります。同志だから、均一に好きになれとか、同じ考えを持てなんて言い始めたら、54年問題をひた隠しして師弟~師弟~と均一化を会員に求める勝負パンツ野郎と変わらなくなります。嫌いな奴は『大嫌いだ~』で良いと思います。先生と同じです。(^o^)  

綾 様

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年12月27日(日)21時44分9秒
  投稿ありがとうございます。
掲示板は多様な意見が飛び交う場所です。

いろんな意見が入り乱れていて、理解しがたいことがあって当然です。また、反対に、これは自分の意見に近いと思うこともあるでしょう。

掲示板というのはそうしたものだと、まずは気楽に眺めていくスタンスもありです。投稿しないで、そうしたスタンスを取っている方も多いのではないでしょうか。

学会の世界も、多種多様な人がいます。本来は金太郎飴のような世界ではないはずです。

これが、私たちが住む世界の本来の姿であり、掲示板もその一部にすぎません。
もっと言えば、創価学会だって世界の全てではありません。
こう言うと反発される方もいるでしょうが。

頑張って読んでいくことは大事ですが、無理に理解しようとする必要もないし、全て同調する必要もないでしょう。

ありのままで自然に受け入れる、また、受け流すのも大切です。
アルベア論がどうしても気になるならば、素直にお聞きしてみてください。また、わからないことがあって当然という位でよいのだと私は思っています。
 

狼煙を上げろ!

 投稿者:九州金吾塾  投稿日:2015年12月27日(日)21時42分59秒
  いよいよ、九州でイクサが始まりますかー!
九州は濁ってますかー?
九州の同志よ、狼煙(のろし)を上げろ!
真の池田門下になるか?
提婆達多になるか?
重大な帰路に立った事を弁えよ!!

 

本日も、聖教新聞紙上に『日蓮世界宗創価学会』の御発表がございませんでした。

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2015年12月27日(日)21時38分46秒
  あおさま、並びにあおさまが敬愛している創価の権力者の皆さま、新年号で大々的な御発表でしょうか?心待ちにしておりますので、勝負パンツがはみ出す前に、御発表を宜しくお願い申し上げ奉ります。  

大好評

 投稿者:十界  投稿日:2015年12月27日(日)21時35分8秒
編集済
  アルベアさん復帰おめでとうございます。
機嫌の取り合いが本当の同志ではないと思います。

遠慮せずこれからも伸び伸びとアルベア論をお聞かせください。
わからないことがあれば力になってください。
 

九州金吾塾様

 投稿者:のんびり  投稿日:2015年12月27日(日)21時22分14秒
  久しぶりに投稿します!ロム専になってましたが、金吾様の投稿見ていてもたってもいれなくなりました。
反安保の名簿作成ですか?!本当バカばっかりですね。怒りしか湧きません。いよいよ九州も戦の舞台になって来ましたね!
不倫県長!!しかも脱税県長ですか?!
 

それって!?

 投稿者:博多ラーメン  投稿日:2015年12月27日(日)20時42分19秒
  脱税したヤツじゃネーの!
10月末か11月はじめに、国税局が入ったと噂で、
あくまでも、ウワサで聞いたよ!
ゴメンなさい、裏は取れてませんからネームは控えます。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年12月27日(日)20時42分4秒
  久しぶりに書き込みをします。

体感覚知・境智冥合・仏界の生命。??

これからの厳しい戦いの為に私はお題目を自分の仏界の生命に
充電するようにお題目をあげています。
そしてご本尊様に「広宣流布のために私にアルベア様の言われる体感を
教えてください」と祈りました
でも、アルベア様はお題目は関係が無いと言います
そして何時間もお題目をあげる事をしなくてもいいと言います
でも早く体感をしなければ時間が無い。

分からないのです。本当に分からないのです。
何だか不安でいっぱいです。愚行、妄想、幻想。
体感出来ない自分はだめな自分。一体どうすれば。

うららさんと革命こそ蘇生さん。そして同志の歌さんの
投稿を見て何だかホットして涙が出てしまいました
アルベア様の事を非難しているわけではありません
アルベア様は本当に凄いことを教えてくれていると思うのです
でも愚かな私には本当に分からないのです

皆様のように教学力も無く頭も良くありません
お願いです。どうぞこの投稿で非難しないで下さい
立ち直れません。このサイトは私にとっては希望を
見いだせたサイトなのです
支離滅裂な文章ですみません
ただこんな不安な思いを誰かに知ってもらいたくて
書き込みをしてしまいました

でもへこたれません。

 

冤罪?

 投稿者:感性  投稿日:2015年12月27日(日)20時22分5秒
編集済
  魔女狩り!   投稿者:九州金吾塾   投稿日:2015年12月27日(日)19時49分38秒

その県長は何県の誰だろうと思い検索してみたら該当者らしきは見つかりませんでしたが、
市議選出馬を世間に公表していた公示前の九州某県の公明県本部役員(当時)が2011年4月頃、
市内にてバイクを運転し、違反を警察に発見された際に、容疑を否認したうえ免許証の提示を拒むなど
取り調べに応じなかったため逮捕されたという事案が当たりました。

で、その方のお名前で検索すると現在、その市の市議になっておられますね。
事件当時の報道は
公明党県本部は「事実関係を確認し対応を検討したい」としている。
と報じていますが、交通違反及び免許証提示拒否は冤罪だったのでしょうか?

そうでない場合、晴れて市議になっておられるということは支援団体幹部との情実が働いてしまったのかな?
まあ、市議に就任された以上は幹部へのしがらみや恩義に縛られることなく初志を貫いてもらいたいものです。

それにしてもこういうことには非常にうるさいのが公明じゃなかった?
 

アルベア様 教えてください

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年12月27日(日)20時09分24秒
編集済
  連日、精力的にありがとうございます。
学ばせていただいています。
繰り返し読むことで少し理解が出来てきました。
まだまだ浅学ですので不正確な学びだと承知の上で質問させてくださいませ。

慣れない用語が難しいと感じます。
自我は何となく理解できますが、自己が出てくると自我との区別がわかりにくく感じますので教えてください。

質問①
このように理解してよいでしょうか?

自我は思い込み
つまり、自分のフィルターを通して事象を認識。

自己は眼差し
つまり、俯瞰的眼差しにより事象を認識。

質問②
また、先ほど、九識論が出てきました。
仏法用語を使わないで展開されていることは承知しています。
例えば、自我と自己を九識論の中に配していくことはできますでしょうか?

例えば、このように理解するのは誤りでしょうか?

自我   ―「第七識・末那(まな)識」

自己   ―「第八識・阿頼耶(あらや)識」

よろしくお願い致します。
 

魔女狩り!

 投稿者:九州金吾塾  投稿日:2015年12月27日(日)19時49分38秒
  九州方面にて、新年早々から『公明批判・安保反対者』の方々の名簿作成!
その後、総家庭訪問の開始を実施!
昔から内部で、公明批判の方や政策に反対の方は沢山いたのに…。何故?
それほど問題ですか?
それほど怖いですか?
私のところには、誰が来てくれるのかなぁ?
それよりも、『県長でありながら、国法を犯した人間が
なに食わぬ顔で壇上で指導している』事の方が問題じゃ無いのかなぁ?
不倫三昧の県長の方が問題じゃ無いのかなぁ?
まだまだあるよ!
 

(無題)

 投稿者:サスケ  投稿日:2015年12月27日(日)19時44分31秒
編集済
  アルベア様 すばらしい講義ですね

見識が深まりますm(__)m
 

誰一人落とすな!

 投稿者:たまご  投稿日:2015年12月27日(日)19時31分17秒
  アルベア様は上から,地方のおばさん様は下から
私たちを見守ってくださっているんだと思います。
対話しましょう。
対話聞きたいです!


 

リアルに「弁証法的現象を学ぶ」2 

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年12月27日(日)19時24分32秒
  リアルに「弁証法的現象を学ぶ」2

閲覧者の方々が増えています。すごい事です。カウントを知っている方々は「びっくりぽん」で

す。いろんな方々に「びっくりぽん」現象が起きているようです。例⇒身体の不具合、不調の改

善など日々、閲覧している方々、わかる人には「わかりやすかった」のではと思います。仏法の

原理・法則は言葉という単語の事を言うのではなく「現象」そのものを「表している」のです。

「内実性の貧困」が愚考と言う「言葉遊び」になっているのです。だから「わからない」「トン

チンカン」「チンプンカンプン」なのです。

そして人は誰でも「直面」するから「本性があらわになる」のです。⇒「六道輪廻」

「直面」するから身体(からだ)が反応するのです。自己の働き作用です。(自我ではない)

また「直面」し「反発」するから「気づき」という「智慧」がもたらされるのです。

「反発現象」⇒「反発の働き作用」⇒「逆縁」として「反転」がもたらされる現象です。

「反発」するから、自分自身という「主体」が明らかになるのです。「気づく」のです。「反

発」という現象には、「自分自身を知る」という働き作用があるということなのです。「反発」

という現象も必要なことなのです。反発に「気づいて」いくと「反発の閾値」も上がっていきま

す。そして、いつしか「反発」する必要性が消失するのです。「相対的現象・現実」からの「離

脱」「脱却」がもたらされるからです。

例⇒思春期に見られる「反抗期」⇒大人たちの愚考「自我」に対する子供の「反発現象」等は、

自分自身を知る働き作用として現れている。(成熟過程の現われ)

(※ 私は「反抗期」という言葉は愚考な大人の都合からの呼び名なので、「反発」と言う言葉

を使っている)

今回の学びは、「同志の歌様」に対する私の投稿から始まりました。本日の「革命こそ蘇生様」

までに寄せられた様々な投稿をプリントアウト・または電子媒体にして整理すると「生きた教

材」になります。

仏法の世界は生々しい世界、新鮮な世界を「現象」からとらえ、絶対的幸福境涯を促しているの

です。「生々しさ」とは「生命現象」であり「生命感覚」です。「直面」するから「生々しさ」

が現われてくるのです。

愚考で生きていると、この「直面」が無い、しかし「直面」すると、恐れ、慌てふためくので

す。不安なのです。自分事だからです。「直面・回避・逃避・葛藤」と言います。

ようするに、現実を避け、逃げて、遠目で悩んで(葛藤)勝手に苦しんでいるのです。思い込

み・信じ込みという妄想・幻想に生きているという「自我の世界」なのです。⇒一人芝居なので

す。自分事ではなく常に他人事(ひとごと)を生きているのです。⇒(わかりますか)

直面することを避けているから「三毒」がスグ現象化するのです。信心していても、いなくても

「三毒」が体から抜け切らないから、心身の不適応が回復改善しないのです。ちなみに「生命で

感じた人」は「好転反応」が起きるかもしれません。体内毒素の排出が起こるからです。心配は

ありません。例⇒片頭痛・下痢・便秘・発熱等

不適応の既往歴がある方は再発するかもしれません。「気づけば」再発してもスグ回復します。

「気づけば」です。


「相対的現象・現実」の体感・体験はいかがでしたか?

「弁証法的現象」をリアルに体感・体験することは、いわゆる「魔を起こし」「「魔と闘い」

「勝利する」という現れの現象構造と同じ現象なのです。「法難」という構図はストーリーの中

で語られていますが、「弁証法的現象」から見ると「気づく」か「気づかない」の違いなので

す。「魔」に気づき、見破れば「魔」は消えるのです。

「相対的現象・現実」の中にいるという事に気づけば「魔」は退散するのです。「気づけない」

から「魔」であり、「難」なのです。今の創価を取り巻く状況は「法難である」と言っているの

は「気づかない」「気づけない」という「難」なのです。

日蓮大聖人は「自ら難を起こされ、法華経を身読された」ということは、大聖人御自身が自然に

「弁証法的現象」という「現象」を知っていたから「できた事」なのです。(当時は、「弁証法

的現象」という言葉はなかった)体感覚知すると「あらゆる現象が自然にわかってくるのです。

「法華経の戦を自ら起こし」とは「相対的現象・事実」の世界ですから、誰の目にも見える形で

人々に「気づき」を促したのです。

人は誰でも内面的な成熟がもたらされないと「絶対的現象・現実」「弁証法的現象」があること

がわからないのです。それなりの時間と苦闘・苦悶が必要だったと言う事です。(従来型の覚

醒・目覚め・至高体験等は、あれ、これやって20年から30年かかっていたのが一般的です)

今回の「リアルな思考実験」で、その原理・法則が「わかった」と思います。これだけでも30年

分の「学び」です。「時短」です。あとは自分自身の生活の中で「検証」しながら振る舞ってい

けばいい事なのです。自然に「智慧」がもたらされます。つまり「弁証法的現象」を見る「眼差

し」で日常生活をするということです。

「命で感じた」⇒「体感した」と言う人は「体感覚知」の基盤ができたということです。

「命で感じない」見かけ上の「気づき」の方々は30年経過しても「わからない」という現実を選

択していくことになります。今までと同じことが続く。選択は自由です。

体感・体験し「わかった人」は、「法華経の智慧」等の先生の指導・講義内容が「弁証法的現

象」として読めるようになります。自身の「眼差し」が「俯瞰的」になってきたからです。

信心年数30年40年50年かけても「わからない人は、わからない」のです。しかし、今回の「リア

ルな思考実験」により「弁証法的現象」の「眼差し」を知ると、たった24時間で「わかる人」も

出てくるのです。(この「差」はなんでしょうか?(「命で感じた人」「命で感じない

人」・・・・どうでもいいことですが)

仏法は体感・体験による意識の成長成熟をもたらす技法なのです。そして、それは「眼差し」の

学びなのです。だから大聖人は「開目抄」を現されたのです。

教学用語・学会用語をいくら羅列し、自分の都合で論じても、先生の講演・スピーチを貼り付け

ても、しょせん自分自身への言い聞かせ、決意表明という愚考であり、能書きなのです。永遠に

「開目」にはならないのです。皆目わからんのです。だから「相対的現象・現実」の世界という

のです。⇒自我の信心

自我の信心は「思い込み・信じ込み」であり、疲弊し閉塞を招いているのです。当人は気づけな

い。

自己の信心は「体感」となり、歓喜・感動がもたらされるのです。当人はよく見えている。
 

「体感」という言葉について

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年12月27日(日)19時20分8秒
  「体感」という言葉について  地方のおばさん 様

「体感」という用語は、スポーツのコーチング・メンタルトレーニング・フォーカシング等で頻

繁に使われている言葉です。また一般的に広く使われています。「禅宗の悟り体感」「体感する

禅」「絶叫マシンを体感する」「3Dテレビを体感する」など使われています。 日本では武道

の稽古で使われます。武道の中で「体感」することが求められています。

仏教では「体感すること」を六根「眼根(視覚)耳根(聴覚)鼻根(嗅覚)舌根(味覚)身根

(触覚)意根(意識)と言っています。五感の感覚の体験を「体感」と表現する場合もありま

す。言葉にとらわれないで、そのままの理解の方がいいです。 以前、私は「謗法臭い、禅宗ぽ

い、と言われるかもしれません」と述べましたが「言葉の表現」により誤解を招く事があるから

です。自分が感じることを「体感」といいます。

「体感」とは自分自身の身体の反応です。ちなみに大聖人の仏法では「九識論」の「六識」「六根」という

用語が使われています。「法華経の智慧」第6巻74ページで池田先生が「六根清浄」について語

られています。
 

無題

 投稿者:大杉山の近くの人  投稿日:2015年12月27日(日)18時52分20秒
  日法上人謹刻 日春上人第三十三回忌為菩提  

(無題)

 投稿者:サスケ  投稿日:2015年12月27日(日)18時43分57秒
  すみません、度が過ぎましたm(__)m

うららさんの返信後アルベア様のコメがなくなって
アルベア様が謝罪とおかしな空気になってものだから

さっきのコメは無視してください
 

(無題)

 投稿者:ほくせつ  投稿日:2015年12月27日(日)18時37分24秒
  私はアルベア様の投稿をいつも待っている一人ですが、

同志なんですから「うららが謝罪しろ」という言い方はないと思いますよ。



 

(無題)

 投稿者:サスケ  投稿日:2015年12月27日(日)18時22分41秒
編集済
  アルベア様 頑張ってください


うららが謝罪しろ
 

ひとりごと

 投稿者:地方のおばさんメール  投稿日:2015年12月27日(日)18時14分49秒
  「意識のイノベーション」「体感」・・・って、『禅』の考え方ではありませんか?

ごめんなさい、アルベア様、もう二度とこの件ではコメントしません。体感できない愚かなおばさんの独り言と思ってください。皆様、お許し下さい。

一日中、『禅』の雑誌にあったことが頭をよぎり、気になっていましたものですから。
 

来年度防衛費予算初の5兆500億円超!日本経済が危ない!!我らは軍備増強に反対!!! ー 正しい師匠・池田先生のご指導に学ぶ

 投稿者:平和の弾丸  投稿日:2015年12月27日(日)18時04分7秒
  平和的投資に日本発展の要因

ー  更に名誉会長が、大の知日家である博士に、「戦後、日本が急速に発展した要因」について質問を。

【(ガルブレイス)博士】
    終戦の翌年、1946年のことです。当時のトルーマン大統領が、私を、国務省における日本、ドイツ、オーストリア、韓国の経済政策の担当官に任じました。
    それ以降、これらの四カ国は皆、大きく繁栄しました。つまり、私が数カ月間、日本の経済政策を担当していたことに発展の要因があるのかもしれません(爆笑)。

【(池田)名誉会長】
    日本の指導者にも聞かせたいようなお話です(爆笑)。

【博士】
    その時、私はワシントンにおり、マッカーサー将軍は東京にいたのですが、私が日本を担当するようになってからでさえ、彼は私の存在を知らなかったようです(笑い)。もっとも、私が日本の発展に貢献したというのは無理があるようですが(爆笑)。
    冗談はともかく(笑い)、日本とドイツの経済的な成功は、非常に重要な意義を含んでいると思います。一般に、両国は優れた教育制度のもとにあり、国民も「規律」や「労働」を尊ぶ気質をもっています。
    そのうえで最も重要なことは、「戦争に勝利しても平和を勝ち取ることができない。戦争に負けても平和を勝ち取ることができる」という点です。
    1945年以降、(敗戦国の)日本とドイツは、訓練された労働力  ー   エンジニアや科学者などを、効率的に民間の(非軍事的)生産に投入しました。
    逆に、(戦勝国の)アメリカやイギリス、またフランスも同様だと思いますが、こうした熟練労働者や資本の大きな部分を、「防衛」「軍事」のために投じてしまったのです。
    要するに、日本などの経済的な成功の源泉は、資本と労働力を民間の生産強化に投じたことにある。アメリカは、あまりにも多くのものをペンタゴン(米国国防総省)に投じすぎたのです。

【名誉会長】
    よく理解できます。経済的観点からだけでも、平和がいかに大切か  ー 重大な歴史の教訓です。

【博士】
    アメリカには「日本はもっと軍事費を増やすべきである」との主張があります。私は、それは(アメリカ経済にとっては)大変に〝賢明な〟主張であると思いました。
    軍備の増強は日本経済の競争力を弱め、経済基盤を弱体化させるのに役立つからです。もっとも、主張する人たちがそこまで(先を)読んでいるのかどうか、わかりませんが(大笑い)  ー  。

【名誉会長】
    なるほど。日本も〝賢明に〟判断すべきです(笑い)。私はいかなる意味においても、軍備の増強には反対です。

………………………………………………

ジョン・ケネス・ガルブレイス博士と会談
(平成2年10月5日)  聖教新聞社 より一部紹介
 

再確認

 投稿者:革命こそ蘇生  投稿日:2015年12月27日(日)18時01分42秒
  再確認のリンクです

54年問題
http://6027.teacup.com/situation/bbs/25356
安保法案
http://6027.teacup.com/situation/bbs/26848
http://6027.teacup.com/situation/bbs/31440
http://6027.teacup.com/situation/bbs/29222
http://6027.teacup.com/situation/bbs/30137
 

知性のアラシか?アルベア論!

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2015年12月27日(日)17時25分2秒
  ここまで展開されると、初期に反板がコピペしてこの板を批判していたことが、恥になりました。
金と権力におもねり、その家来となって善を叩こうとする者は、時と共に馬脚を顕す、ケダモノの尻尾がはみ出してしまうと言う事です。
今は、お気楽・極楽な人生で充分に楽しんで下さい、後生は地獄でしょうが拝金主義で生き抜いてきた(うまく泳いできた)のですから、今更、作り上げた創価人生を棄てることは無いのです。我が道を逝く、自ら選んだ極楽道を!!
 

待っていました

 投稿者:十界  投稿日:2015年12月27日(日)17時08分42秒
  アルベアさん論待っていました。
これからもアルベア論よろしくお願いします。
 

専守防衛

 投稿者:たまご  投稿日:2015年12月27日(日)16時40分50秒
編集済
  平和自衛権
真3要件
我が国の平和に対する武力行使が発生したこと、又は国々の友好が破壊され、核により人類の存立が脅かされ、人間が平和、自由及び幸福を築く義務を果たす権利が少しでも揺らぐような予兆があること
これをすばやく認識し、人類の存立を全うし、平和を守るためにあらゆる手段を見出すこと
最大限に武力行使を抑止すること

幸福は築くもの,欲望は追求するものと思う。
自由と幸福と平和を守るのは人類の義務だと思います。
新3要件は欲望を追求し,利権とか身分をまもるためには武力行使もすると言っているのと同じだと思う。やくざの論理。
 

再掲します

 投稿者:備忘録者  投稿日:2015年12月27日(日)15時03分3秒
編集済
  【2009年2月頃の御指導  投稿者:ダメよ~ダメダメ 】
投稿日:2015年 5月23日(土)18時44分16秒

2009年は創立80周年の前年。年頭より様々御指導して下さっております。

2月頃の折々の指導には

昭和54年の会長辞任の事にふれられ「あの時は学会の中枢が逃げたんだ!諸葛孔明もこう云って

いた『側近が危ない!』側近の幹部、最高幹部がずるくなってはいけない。

私がどれほど苦労し、戦って今日の学会を作ったか。今は何も心配いらない学会になった。

何もしないで、出来上がっている上にただ乗っかっているようではおかしくなってしまう。

最高幹部は絶対にいい調子になってはいけないよ。」(趣意)と


又、「幹部は、お金だけはインチキはあってはいけない。あれば厳しく糾弾していく以外にな

い。師弟の魂こそ学会精神であることを、幹部は真剣に青年部・後輩に教えていかなければいけ

ない。最高幹部にその息吹がなければ学会は滅びてしまう。

師匠がいる。師匠から指導が受けられる。凄いことなんだ。今こそ学会を師弟で立て直していこ

う。私は戸田先生にお仕えした事が最高の誇りである。戸田先生は、それはそれは厳しかった。

峻厳だった。峻厳さの無い世界は烏合の衆に過ぎない。」(趣意)


又、この前年2008年10月の本部幹部会・青年部幹部会での冒頭、中継では当然カットになってい

ますが、有名な「今は、学会が貴族仏教だと言われている。難も無く、金が有って。。。。

将来ダメになります。衰亡しますよ。私は戸田先生の仰る通りにやってきた。私は自ら難を起こ

してやってきた。なのに今は何だ?」(趣意)と仰られていました。

その後、「昭和54年は、私が絶頂の時ですよ。それでやっかんで私を追い落とそうとしたんで

す。私と奥さんが理想的な夫婦だから、やっかんで。」とも



結局、現在の問題の根っこは昭和54年問題にあり、その総括は現在も為されていないばかりか現在も続いていると思われます。
 

人間の尊厳を護れ!「国益」よりも「人類益」を優先!!国連が重要!!! ー 正しい師匠・池田先生のご指導に学ぶ

 投稿者:平和の弾丸  投稿日:2015年12月27日(日)13時31分10秒
編集済
  国家の枠をこえて人間の尊厳を護る

【池田】
    こうした国際的な法規範の整備とともに、国連など国際機関は、人道面をはじめとする「人間の安全保障」拡充のために貢献してきました。

  「人間の安全保障」は、国連開発計画(UNDP)などを中心に提唱されている概念で、人間の尊厳がさまざまなかたちで危機にさらされている現代にあって、制度的要素よりも人間的要素を重視していくという発想です。

    一言で「安全保障」といっても、そこに暮らす人間の生存、福利、自由などを無視して成り立つものではない。〝戦争がない〟ということが平和を意味するのでは断じてないのです。

    現代もなお、人権や人道といった「人間の尊厳」は日常的に脅かされています。国益が優先されるあまり、人間が真に人間らしく生きるための基本的権利がニの次とされてきた面は否めません。

    また、環境問題や貧困問題などに象徴されるように、「人間の安全保障」が対象とする問題群は、恣意的に引かれた国境線などでは、けっして分けられない、グローバルかつ複合的な性格をもっています。国家という枠をこえて「人類益」を志向しながら、「人間」という視点に立ち返ってアプローチしていく以外に解決の方途はない問題ばかりです。

    地球上のだれにでも関係する問題でありながら、どの国もなかなか積極的に行動しない  ー   こうした問題に、地道に取り組んできたのが国連だったと思うのです。

………………………………………………
文明間対話   インドの精神
                        仏教とヒンズー教

池田大作   ×  ベッド・P・ナンダ
東洋哲学研究所     より一部紹介
 

「意識のイノベーション」??? 

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年12月27日(日)12時48分26秒
  「意識のイノベーション」???

「意識のイノベーション」は、意識の使い方、「体感覚知」をお伝えする内容の投稿です。相対

的現象・現実の中でのことですから「思考」「概念」となります。「思考」「概念」で伝えられ

た「モノ」を、どの様に理解するかは、読み手の意識レベル(境涯)により異なります。

文章を読んでも理解できない、わからない、また自分の都合でアレンジして読む人もいます。こ

のような「差」が生じる事が、現実の現象なのです。私に反発する人、反発しない人、執行部の

方々に反発する人、いいなりの人等々、人間の関係性は常に自分の都合で全てを選択していると

いうことなのです。関係性とは、状況により自分自身で取捨選択している「関係」の事実です。

だから事実・真実と言っても「人数分」の幻想・妄想だということなのです。

信仰・信心という世界での「思い込み・信じ込み」という現象も同じです。それが「期待」「依

存」へと反転し、自らのオリジナリティーを放棄している奴隷となるのです。(創価の奴隷化現

象として見る事もできる。)

今の自分自身を「わかっている」つもりで行動しているのが本当の姿。(わからない人はわから

ない)このような事が地球上で絶えず起きている現象なのであり、全ては「思考」「概念」とい

う自我の働き作用なのです。

だから「何も変わらない現実」がある。そして多くの人は「思考」「概念」で悩み・苦しんでい

る。「思考」「概念」がわかれれば「幸福」になれるのに気づかない、気づけない。

事実・現実は千差万別ではない、百人百様ではない、百人一様なのです。こうした基本的な事ま

で「わからない」世界になっているのです。気づき」の消失現象なのです。自我の肥大をもたら

せ、自己を排除する機能が現代人の心の中でいつも毎日、起きている現象なのです。

「自己機能」「自己」は「絶対的現象・現実」であることが「わからない」なぜか、それは自分

自身の身体(からだ)に意識を向ければわかることだが、意識が向かない、自我により条件づけ

が起きているからです。

身体は人間である以上、全ての人々は「同じ機能を持ち」生命的活動を営んでいる。このこと

が、全ての人にとって「絶対的現象・現実」なのです。生命活動を無視した存在が人間の愚考と

なっているのです。自分自身にとってかけがいのない「絶対的な存在」とは、自分自身の「身

体」なのです。このことを「百人一様」といいます。千差万別ではなく「一」(いち)です。

「自己」不在が、生命軽視・生命の「モノ化」現象として現れ「己を知らない」状態があるので

す。このことを「自己」を知らないと言います。自我の働き作用が自分だと思い込んでいるので

す。「自我」と言う概念は、近代西洋的学問により作られた仮説・解釈の賜物なのです。

「理」は、自我機能による理解・「事」は、自己機能による理解、です。「理の一念三千」知っ

ていても「事の一念三千」を具体的に語れないのは、なぜか、それは自己機能が自我により排除

されているからです。「事」とは自らの生命現象を自ら知ることによりわかるのです。

天台教学から日蓮教学へのシフトは「理」から「事」でした。知識として知っているがシフト体

験がないから終始「言葉の遊びになっている」能書き上手の世界にいることに気づけない、それ

が創価の実態であり、日本、世界の姿なのです。能書きで平和はこない、安保法制の国会中継は

与野党の能書きプレゼン大会でした。

「自分自身の人生とは、能書きではない」しかし「能書きで生きているのが現実」

「自我の世界」「自己の世界」の異なりを知らないからです。能書きで「成仏」と言う現象は起

きない。「煩悩即菩提」能書き知っても、歓喜・喜びの現象を起こせない。

ちなみに御書に書かれている内容は「相対的現象・現実」と「絶対的現象・現実」から書かれて

いることに気づけない。「法華経の智慧」、小説「人間革命」も同様です。まさに「能書き人

生」わからない世界を自身で選択している。「気づく、気づかないは、縁があるか、無いか」既

に確定していることですが・・・
 

雑感

 投稿者:河内平野  投稿日:2015年12月27日(日)12時30分35秒
  現在の学会組織の幹部は、上から下まで権威主義に凝り固まった観がある。

「いやちがう、それは職員幹部だけで末端幹部は良い人ばかりだ」という人もいるだろう。

もしそうなら、何でこんなに学会総体が疲弊し、新聞購読率が下がり、公明票が減るのだろうか。

家庭訪問して感じることは、昔の未活動家はただ宗教に学会に興味がない人が多かった。
しかし、今はどちらかというと、そういう学会員よりアンチ学会員が増えたように感じる。

大幹部が――と言わずとも、自分の身近に権威主義の幹部がいる。無能な幹部がいる。

役職が上がることが信心のバロメーターと考えているバカな民間幹部もたくさんいる。

役職で人は動くと考えている幹部は今でもそこかしこにいる。

また、職員でもない民間幹部が

「除名・役職解任・活動停止・会館出入り禁止・学会員と接触禁止」等の処分をあちこちで受けている。

悪の四人組――などと、大それたことを言わずとも、自分の目の前に哀れな敵がいる。

これが全国の県・圏・本部・支部・地区における現場の状況ではないだろうか。

アンチ学会員を作るのは、悪の四人組ではない。 身近にいる職業幹部・民間幹部だ。(※もちろん元は四人組)

この創価学会の現状を転換し、人間主義の学会に戻っていく道程を想像すれば、幹部に現罰が出るしかないと考える。

でなければ、仏法は何でもあり、になってしまうからです。

これは自身の体験から学んだことです。

悪党が、わが世の春を謳歌するのは池田先生のご存命中だけだろう。

そう言い切れる「因」を現在作っているのは、職員幹部ではなく末端の会員だと確信する。
 

レポート送付状況やメールへの返信など

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年12月27日(日)12時06分23秒
  教学部レポートの希望、絶え間なくいただいております。
順次送付しております。
また、様々な情報提供いただきありがとうございます。
全て返信できておりませんが、この場を借りて御礼申し上げます。

レポート送付ですが、稀にメールエラーなどが発生しています。万が一、1週間以上経過している場合は督促をいただけると助かります。

【教学部レポートとは】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/32708
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
*教学部レポート希望はこちら

【日本語版希望はこちらを確認】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/14020

【英語版希望はこちらを確認】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/32706
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 

【対話ぬきの処分は権力者の手口】池田先生指導

 投稿者:河内平野  投稿日:2015年12月27日(日)11時22分2秒
  大聖人は「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」(御書一一六九頁)

――仏法というのは道理である。道理というのは、主君という権力者にも勝つものである――と仰せである。

これは、四条金吾が、同僚から讒言され、信仰をやめよと主君から迫られて、
最大の苦境におちいった時、大確信をもって激励されたお言葉である。

その後、間もなく、主君も、金吾を讒言した同僚たちも、当時流行していた病に倒れている。

大聖人は、十羅刹女が金吾を助けるために、この病が起きたのであろう、とされている。

医療の心得があった金吾は、その主君の病を治療し、救う。
そして、ちょうど一年後には、主君の信用も以前にも増し、所領も三倍になるという、大勝利の実証の姿を示している。

強盛な信心さえあれば、《最大の困難》の時こそ、《最大のチャンス》である。
偉大な変毒為薬がなされ、福運を無量に積みゆくことができる。

ゆえに、何が起ころうとも、心配することはない。いよいよ「信心」を奮い起こせばよいのである。

対話をぬきにした、一方的な「処分」は、権力者の手口である。

開かれた話し合いを拒否しての「策謀」や、破門、追放などと脅す「脅迫」も、仏法者の行動ではない。

しかし、大聖人が仰せのごとく、必ず「道理」は「権力」に勝つことを確信していただきたい。

大聖人は、熱原の法難にさいし、
「いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、
彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書一一九〇頁)と仰せである。

――どのように人が脅しても、決して恐れることがあってはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。
かれらは野干(狐の一種)が吼えているようなものであり、日蓮の一門は師子の吼えるのと同じである――。

臆病な狐が、遠くで叫んでいるような脅しなど、少しも恐れることはない。
私どもが、師子の吼えるがごとく、正義の叫びを続けるならば、ネズミや狐狸のような輩は、必ず恐れて退いていくからである。

従わなければ、追放する――行智の脅しに、信心弱く、未熟な者たちは恐れをいだいた。

三河房頼円は、滝泉寺にいられなくなることを恐れ、起請文を書いて退転し、難を逃れている。

いかなる理由があり、どう正当化しようとも、退転すれば、成仏の《種子》をみずから壊すことになる。

【関西最高協議会 平成三年十月十七日(全集七十九巻)】
 

今日の寸鉄

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2015年12月27日(日)10時33分16秒
  日顕のC作戦25年。学会は192カ国へ大興隆。
邪宗門は大凋落。厳しき因果

~~~~~~~~~~~~~~~~

日顕宗が大凋落したのは、池田先生という正義の人を迫害したからです。
それは池田先生の信心の中に正義がある証拠です。

先生の正義を守る弟子を、除名、役職解任、活動停止、更迭したのは誰か。
因果は厳しいゆえに、正義の人を迫害した創価学会の未来はどのようになるのか懸念する。

最近の板が自界叛逆を起こし、54年問題から外れた論に他国侵逼されゆくのをみて、安堵している輩がいるに違いない。

『如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには』

法華経の剣を抜くときは一凶の首を取る時。
池田先生の望まれる未来の学会を守るためにも。



 

アルベアさま

 投稿者:うらら  投稿日:2015年12月27日(日)08時55分29秒
  おはようございます。
私は特に思い込んで、信じ込んで、信心を続けてきたわけではありません。
他の方に中にもたくさんそういう方がいらっしゃるでしょう。
下記の信濃町さまのお話、光合成、厳然とあった、というのも以前から感じ捉えてきました。
何か、アルベアさまのお話を否定しているのでもありませんし、そのアプローチも学会の中で触発の方途として交わされる安直で中身のない幹部のものとはまた違う角度から、皆さんが興味関心持たれることも良いことだと思います。
ですので、その上で声をあげ、書き込みされている方々もいらっしゃるのだということも考慮ください。
私がアルベアさまにお願いしたいのはそれだけです。
この掲示板の趣旨が変更されていない以上は、世俗的で無意味な話題であるようでいて、重要な証言や事実や皆さんの思いをとどめておく貴重な場を提供していただいてると思いますし、その話題が書き込みにくくなる指摘、批判、罵りは控えられることでまたこの板が活発になり、アルベアさ間のお話もさらに有効にたくさんの方々に活かされる、と思いますので。
 

「光合成」という働き作用って?

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年12月27日(日)07時52分22秒
編集済
  おはようございます。

宿坊の掲示板内を光合成のキーワードで検索してみてください。アルベア様が諸々語っています。

以下、アルベア様の投稿の一部を引用します。

★☆
民族・宗教等の異なりはあるが、共通して見られる現象は「太陽」である。まさに人間の持つ内面に「光合成」という働き作用があることを示すものである。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35665


【宗教の発生??投稿者:アルベア】

宗教の発生が「光合成?」とても「理解しがたい」と思いますが、生命論からみていくと「光合成」という現象⇒働き作用が宇宙の根源的リズムを生成しているのです。

地球の自転・公転、銀河宇宙の在り様も「光合成」という普遍的な原理によりもたらされているのです。

先にも触れましたが大聖人は「光合成」の働き作用を民衆共済の原理として文字曼荼羅により現されたのです。それは自身の「気づき」「発見」だったのです。南無妙法蓮華経の存在は無始より、「厳然と在った」のです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/18357

★☆

ちょっと難しいでしょうか?

では。
光合成?って何でしょうか?

なんだそれ? 小学校で習ったな。
葉っぱがデンプンをつくる話が関係あるのか?
こんな感じでスルーされる方はどうぞスルーしてください。

何か気になった方は【光合成】って調べてみてください。自分たちが知っている内容は凄く浅いものです。

(例えばこれとかを見てください)
http://www.photosynthesis.jp/whatis.html

光合成は植物の生き方そのものだと理解できます。

つまり、植物=生命
生き方=働き作用
となります。
光合成とは生命の働き作用であり、生命の働き作用とは仏法が説いてきたものだと気づくはずです。
 

立正安国論の指導原理について24/30

 投稿者:まなこ  投稿日:2015年12月27日(日)06時54分25秒
  投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2014年12月 6日(土)08時59分2秒

では、明王と聖人は何によって生ずるのでしょうか。政治にしても、経済にしても、教育にしても、これらは「人間」の営みであり、人間生命の具体的な表現です。

この人間生命を正しい方向に導き、変革し、最高に輝かせていく方途は、日蓮仏法しかないでしょう。その仏法を教える人が、仏法上における「聖人」の立場です。
過去の歴史を見ても、民衆のことを思い、国家のことを考えて、政治を行う指導者が現れたときは、その国が繁栄し、国力も富に充実していました。

しかし、悪い為政者に支配された時の国家や国民は、悲惨な目にあわされています。その善悪を決定したものは、指導者が持った「法や理念」の正邪、高低です。

さて、その後主人は、客に対して、法然のどこが悪いのか、法然の思想書である「選択集」の何がまちがっているのかを、道理と経文を通して、順々と説いていきます。そして客は、主人の主張に理解を示し落ち着きを取り戻していくのです。
「客、則ち和いで曰く」(二七頁)がそれにあたります。しかし客は、すべての主張に納得したわけではありませんでした。

客は「確かにあなたの言うように、法然の『捨閉閣抛』という思想は、経をないがしろにし僧を誹謗していることになる。だからといって、あなただって法然の思想をないがしろにして法然を誹謗している。これは同罪ではないのか。

あなたと法然とは、どちらが賢いのか愚かなのか、
どちらの主張が是なのか非なのか、自分には判断ができない」(同頁)と述べます。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=517


 

民衆が主人だ!!幹部や職員、議員は下僕!!民衆を陥れる悪とは、堂々と戦え!! ー 正しい師匠・池田先生のご指導に学ぶ

 投稿者:平和の弾丸  投稿日:2015年12月27日(日)05時58分7秒
  民主主義こそ戦争をなくす最善の手段

【池田】
    貴国は、自国政府の戦中の態度について、戦後も、積極的に議論し、過去と向き合ってこられた。私はそこに、貴国の民主主義の堅固なくす基盤を垣間見る思いがします。
    過去を正しく直視してこそ、未来への展望が開かれます。
    戦時中、軍国日本は、アジアの国々を蹂躙し、あまりにも深い傷跡を残してしまった。わが国がアジアのなかで信頼を得ていくためには、歴史と向き合う真摯な姿勢を、人々の心に届く明快な言葉で示し続けていかねばなりません。アジア、そして世界の民衆と連帯する、揺るぎない民主主義社会の「平和の文化」を建設していくことが、さらに必要だと思っています。

【ヘニングセン】
    不戦の世紀へ、尊きご尽力を続けておられる池田会長のご信念に心から賛同します。私も、まったく同じく戦争への嫌悪感を共有しています。世界中の多くの人々も、同じ気持ちです。
    それなのに、あの悲惨な結末を迎えた第二次世界大戦が終わった後も、戦争は止むことなく、続いています。民主主義こそ戦争に対する最善の、最も効果的な手段の一つであるというのが私の持論です。
    ある特定の人たちにとって、戦争がある種の情感に訴えるというのは、事実なのかもしれません。でも私には、それが大多数の一般大衆に当てはまるものとは思いません。
    多少なりとも民主主義が根づいた国々では、その国民の意思によって、互いに戦争をしかけるのを防げるはずです。今日、ヨーロッパの諸国間での戦争が考えられなくなったのは、たんにこれら諸国のそれぞれが、もはやアメリカのような強国な大国でないことだけが、その理由ではないしょう。

【池田】
    全面的に賛成です。
    東洋の仏典では、戦乱の世の象徴的な様相として、端的に「当世は世みだれて民の力よわし」(『御書』1595頁)と論じております。
    これは、民衆の無力を嘆いたものです。
    民衆が断固として強くなり、断固として団結していかねばなりません。民衆を不幸に陥れる悪に対しては、堂々と発言していく勇気を持たなければなりません。
    それが民主主義の根本だと確信します。
    そして、戦争と暴力の連鎖を断ちきっていく、民衆による平和勢力の連帯を築いていく努力が必要です。
    そこに、私どもSGIの民衆運動の眼目があります。

【ヘニングセン】
    よくわかります。
    また、私の持論のもう一つの理由として、今日の民主主義が、1920年代や30年代の民主主義よりも、はるかに強力な位置を占めているからなのです。
    今日の民主主義がすべての面で望ましい型で機能しているわけではありません。しかし、大多数の人々が、民主制度というものに真剣に献身しています。こうした状況がふたたび変化するかどうかは、もちろんだれにもわかりません。
    私たちは、現在の民主主義を、あって当然のものと思うべきではありません。民主主義は、あくまでも人々が支え、育てていかなければならないものです。

【池田】
    私の恩師である戸田先生も、そこに焦点を当てておられました。日本正学館という出版社を経営しておられた師は、終戦の翌年(1946年)、いち早く、『民主主義大講座』を発刊しています。
    当時は、だれもが「民主主義」を口にしはじめ、希望を託そうとしていた時代でした。しかし、恩師は、民主主義も、それを支える民衆自身が賢明になっていかねば、「衆愚」となり、不幸な歴史が繰り返されることを危惧していました。
    ゆえに、民主主義の内実をいかに充実させ、永遠ならしめていくか、そこに心を砕き、出版に踏み切られたのです。

【ヘニングセン】
    卓見ですね。

【池田】
    恩師は、民主主義とは、「民衆が主人なのだ。いかなる権威の人間も、民衆に仕えるためにいる。それを逆さまにするな」とも厳しく喝破しておりました。
    これまでの歴史を見れば、権力のエゴに、民衆がどれほど利用され、翻弄されてしまったことか。その転倒に、断じて終止符を打たねばなりません。

【ヘニングセン】
    以前、池田会長からいただいた書簡のなかに「現今の世界情勢を見るにつけ、グルントヴィの提唱した〝人間のための宗教〟という視座が、今ほど必要とされている時はありません」という言葉がありました。
    デンマークの20世紀の神学者にも、まったく同じ意見を持つことに深い感動を覚えました。

【池田】
    ありがとうございます。
    ともあれ、すべての根本は、人間が等しく持つ生命の尊厳である。ー今こそ、この人間主義の思想を現代に開花させていかなければなりません。どこまでも、「人間のための国家」であり、「人間のための教育」であり、そして「人間のための宗教」であるべきです。

………………………………………………
明日をつくる〝教育の聖業〟
デンマークと日本    友情の語らい

ハンス・ヘニングセン(アスコー国民高等学校元校長)×
池田大作(創価学会名誉会長)
第三文明社    より一部紹介
 

リアルに「弁証法的現象を学ぶ」 

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年12月27日(日)04時47分20秒
  リアルに「弁証法的現象を学ぶ」

「同志の歌様」に対する私への批判、または擁護の投稿、有難うございます。この件に関する様々な皆さん方

の反応が「弁証法的現象」なのです。身近に起きた「相対的現象・事実」なのです。⇒ネット上の「思考実

験」です。

そして「同志の歌様」と私に「縁」ある方々がそれぞれ反応しているのです。学会用語で言えば「眷属」とい

う集団現象です。ちなみに内面的世界も類似しています。そうです「命で感じている」のです。(「命の違

い」はあるが)相対的現象・現実の世界です。

予測された通りの現象がキレイにもたらされました。「俯瞰的眼差し」からのアプローチでした。

また知的理解に劣る人は、「わからない」と言うだけの「怒りの反応」であり、「理解する、しない」以前の

段階の人々です。能書きで書いていますので「わからなくて当り前」本当は「極めてシンプル」です安心して

下さい。

「板」の上ですが、リアルな学びができたのではと思います。それぞれの課題に「気づいた」のでは・・・


人は、なぜ反発するか、相互・両者に同時に見られていた反応です。

1-自分自身の枠外、否定・拒絶されることによる警戒反応として反発する。

2-「わからない」という感情的反応により怒り反応として反発する。

3-「思いが違う」(思い込み。信じ込みの世界の違い)ということの反発

4-「合わない」という直感的な気分反応による反発

5-「自我機能」「自己機能」の働き作用の違い

このような状況が、どこでもあるのです。いじめ・虐待・堕落・不正等・人種差別、宗教差別・戦争等、いま

のままだと、なくなるわけがない。わかります?人間の自我機能の思い込み・信じ込みは「もろく、スグ壊れ

るのです」この反応が皆さんの方の反応だったのです。この自我機能を、どの様にコントロールするかが「意

識のイノベーション」なのです。思い込み・信じ込みが「もろく、壊れやすい」ということは、変える事が可

能だという事です。つまり「気づけば」変わるという事です。

「創価の腐敗堕落」という「現実」どうするのでしょうか、池田先生の何を学んできたのでしょうか、ストー

リーとエピソードなら、誰でも読めばわかること、「気づけない・気がづかない」だけなのです。


現代の「知識の学び」と言う幻想ありきの世界です。「智慧」なき世界です。本来の創価教育は「智慧」の学

びによる「知識の学習」でしたが・・・「意識のイノベーション」は「智慧」の学びです。


皆さま、お疲れ様、ご苦労様でした。そして有難うございました。
 

ふうすけ様ラカニエンヌ様

 投稿者:いいぐる  投稿日:2015年12月27日(日)04時43分34秒
  皆様大変にご無沙汰です。
ふうすけ様私がこの版にいるのかとはどの様な意図からでしょうか?時折ロムはさせていただいておりますが?夢野氏はお元気のようです。何かお伝えする事があれば管理人様経由で御連絡下さい。管理人様お手数ですが宜しくお願い申し上げます。
ラカニエンヌ様初めましてでしょうか?同時代でお会いしていますでしょうか?懐かしいお話をどうも。岡庭さんを鎧も武器も教えず利用した勢力の振舞いを忘れてはいません。Sの幹部の実態を赤裸々に語られたKOのK先生の音声なども保管しております。他、コレクション多数。

勿論、師匠の在世に公開するつもりも今の所ありませんが良くこの版で攻撃なさる方々が証拠を出せとおっしゃいますがありますよ。御自身の素性を明かして堂々と知りたいと言うのであればお会いしてお見せする意思は有りますのでやはり管理人様経由で御連絡下さい。
 

生命現象の弁証法的現象

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年12月27日(日)04時24分23秒
  5-なぜ「相対的現象・現実」と「絶対的現象・現実」があるのか、3つの世界⇒弁証法的現象

  基本的弁証法による手法を用いて「現象世界を見る」と3つの世界があることが認識される。


  トライアングル (triangle)現象⇒である。「正・反⇒合」この現象は、固定された「三角形」ではな

  い、「三角」という形状が「生命活動」の形態・形質として常に活動していることを示している。つまり

  「トライアングル運動」とでもいう運動・現象が繰り広げられているのが「生命活動」なのだ。

  例⇒「舎衛の三億」「三大秘法」「三証」等の概念もトライアングル現象の現われ。

弁証法は、元々は、「世界を見るため」、「議論を高めるため」に用いられてきた手法である。

弁証法的発想は、生命的感覚が成熟してくると「自然に内側から湧いてくる『現象観察』の体感現象によるも

の」である。つまりこの事も誰もが「気づく」体感・体験する現象なのだ。

現象を観察すると、人間による意図的な現象「相対的現象・現実」があり、「絶対的現象・現実」という自然

の現象がある。観察される「現象」により、生命現象をより人間の存在の在り様に即して見ていく手法として

示したものである。⇒生命現象の弁証法的現象と言う。

  基本的な弁証法を示すと、(数字は「現象」をわかりやすく示したものである。)

  テーゼ(定義)=1―意見・1―反対の意見「アンチテーゼ(反対の定義)」⇒正・反の現象

  2つの意見から、新たな高次元な見識2-「ジンテーゼ(総合)=1つの結論」が生まれる。合意形成

  さらに、より高次元の見識に達する事、3-「アウフヘーベン(止揚)」
  相対的現象・現実の世界は 、「私」(1)「相手」(1)・「主体」(1)と「客体」(1)がある。

  (1)と(1)の合意・統合(2)された現象も含まれる。ここまでが「相対的現象・現実」の世界

  (3)「アウフヘーベン(止揚)」は絶対的現象・現実を言う。「自然の原理・法則の現象」

現象世界を「人間の現象」(1-1-2)と「自然界の現象」(法則)」からの(3)を生命現象の弁証法的

現象と呼んでいる。(池田先生の生命論を用いて言うならば「生命論的弁証法」とでも言える。)

「自他」・「不二」・「即」・「生死」・「善悪」・「仏と魔」「男女・「+-」・「敵VS味方」・「勝負」

等は、弁証法的現象の働き作用による現われである。対立する現象の本質は生命現象の働き作用によるもので

ある。生命が内包する、内在する、働き作用ということである。

なぜ「対立」する働き作用が生命現象に内在しているのか、

それは「力の働き」の「作用反作用」があるからだ。(中学理科・地球上の物理法則)

「正・反⇒合」という弁証法的現象の構造は「正」は見ている「主体」「反」とは「主体」から見た「客体」

である。「眼差し」(見方)による現象である。トライアングル (triangle)現象⇒「正・反⇒合」

例⇒ニュースを見たり、新聞を読んだりして、スグにその内容に「反発」する現象等

それは個別的存在(個人・集団)が、「対立」を通してしか「主体」である個別的存在が「わからない」から

であり、個別という全体性を知らしめるために、もたらされている現象だからである。

「対立」は「差異」を生じさせ、「差異」により「主体」の特性・感覚が発動させるからである。

例⇒化学的物質の反応の全ては、相互が「対立」することにより「差異」という反応が生じ「物質」の特性が

認知されるからである。

心理学の実験⇒重力を感じない・上下・左右を感じない「真っ暗闇」の部屋に人間が入ると、どのような行動

をするのか(刺激遮断の実験)、部屋を動き回って「触れた壁」により、部屋の「空間を認知する」その「空

間認知」は同時に自分自身の置かれた「位置」を認識させる。

部屋と人間は、「対立する」状況である⇒人間は手さぐりで「壁」を探す⇒「壁」に当たる(触れる)ことに

より、わかる。自分自身の置かれた位置を知り、空間を把握する。という実験である。

「壁」に当たり「自分自身がわかる」ということである。「人生」を生きていく中での様々な対立により人生

と言うドラマが物語として形成されているという事でもある。

「真っ暗闇」の部屋で、なぜ動き回るか、それは「暗闇」という「不安」「恐れ」があるからである。「空間

認知」は、同時に自分の「位置」がわかることにより「安心」するという実験である。(犬・猫等の動物実験

でも同様な結果が出ている)⇒生命現象の弁証法的現象

日常的な現象⇒対立現象は日常的に現れている。政治・政策、スポーツ・ギャンブル・営業成績・売り上げ・

収入・仕事・雇用・年金・いじめ・会議・会合・打合せ等々、毎日、毎日、対立現象が起きているのが見られ

る。しかし、厳密に言うと自らが対立を起こしているのである。自我の優先原理が働いているからである。

対立からの離脱・脱却は、「絶対的現象・現実」からのアプローチしかないのである。このことを知らないか

ら苦しみ・苦悩し・戦うという対立の中の人生となるのだ。止めればいいのだ、止めれば対立は起こらない。

「止める」ということは「絶対的現象・現実」を体感することである。

パラドックスではあるが、「絶対的現象・現実」を「体感」するために「相対的現象・現実」があるとも言え

る。その現象の現れとして、宗教的形態が人間にもたらされたのである。「愚考」と見るか、「智慧」と見る

か、読む者の意識により異なる。
 

★用語解説

 投稿者:アルベアメール  投稿日:2015年12月27日(日)04時17分8秒
  ★用語解説

4-現象を観察する「眼差し」

古今東西の哲学・宗教は、身の周りで起こる様々な現象を、その地域・民族により自然を観察し

てきた。収穫のための種まきの時期・収穫の時期等、天文観察により自然と向き合い、自然現象

として見られていた。このような生態系は地球上の文明で共通して見られている。自然現象と自

分自身の存在、在り様が常に「観察」されてきたのである。「現象を観察」するということは同

時に自己言及・自己追求でもあった。「現象を観察」することは、今日では多種多様な領域・分

野まで及んでいる。人間は「現象を観察」することにより世界を知り、世界を変えてきた。しか

し2500年前釈尊は、外なる「現象の観察」から内なる「現象の観察」へと「眼差し」をチエンジ

し、深淵なる内的宇宙と外的宇宙が一体性を持つ全体性であることを知ったのである。一人の

「現象の観察」がもたらせた出来事が仏法の誕生であったのだ。

日蓮大聖人は「現象を観察」することにより衆生の救済の方法を具体的に提示したことは御存じ

の通りである。

「現象の観察」とは「眼差し」によりもたらされる働き作用である。職人は職人の「眼差し」で

仕事をする。武道は自他の関係で目に見えない道を見る。「眼差し」は「現象」と「観察」の頂

点にある、このような見方・考え方が人間の営みの底流に常に流れている、「現象の観察」は人

間が持つ生命現象でもあるのだ。

そして、その「現象の観察」という機能は生命維持の働き機能として動植物にも見られる現象で

もある。

現象は「客体」観察は「主体」という構図もこのようなことから生まれてきた現象なのである。

世界を知るキーワードは「現象」と「観察」そして「観察」する「眼差し」なのである。

映画や小説、御書、池田先生の著作等を読むとは、本来は、書き手の「眼差し」を学ぶことでも

あった。残念ながら作品としてのストーリーやエピソードに「眼差し」が向くだけで終わってい

るのが現代人なのだ。「眼差し」の不在とでもいえる現象がある。「眼差し」が不在であるがゆ

えに、絶えず、自分の都合でアレンジして思い込み・信じ込み、愚考を生きている現象が続いて

いるのだ。「身口意の三業で読む」「身読」すると言う言葉を知っていても「できない世界にい

る」だけなのだ。本当は簡単なことなのに・・・

「意識のイノベーション」とは「眼差しの」転換による意識の変革なのである。
 

対話

 投稿者:革命こそ蘇生  投稿日:2015年12月27日(日)02時55分27秒
  少し整理しよう

少なくとも
あくまでも、御書根本
日蓮大聖人が正しいという立場でなければ
全ては空虚である

なので、自由な論議といえど
自分の言っている事が
どれだけ、その仏法に適ったものであるか
それを納得してもらえるよう言葉を尽くし
批判に際しても、それに即したものであるべきである

とは言うものの、それは教学力の無いものには発言権がないという方向性ではいけない

例えば、求道心を無くした者の教学よりも
まだ教学力は乏しいが求道心あふれる者の身口意の方が良い結果を生む場合もあるはずだ
須梨槃特の話にもある通りである

さて
今ここにある矛盾を一つ考えよう

「今までやってきた事が間違いとならないように」という事をもって
拙速な教義変更には反対とする意見がある。

一方のアルベア論は
今までのやり方は体感するものがいないという間違いがあるから、体感の方法を紹介するので実践方法を変更しましょうという方向性だ。

また、一方で
教義変更にまともな説明が無いのはどういうことか!と糾弾する意見がある。

また教義変更反対とアルベア論の両方を賛美しながら
どう繋がるか、納得のいく説明ができていない人がいる。
(これは私が含まれ、アルベア論ではそもそも教義とかどうでもいいと言っているので含まれない)

これでは混乱するという話。


もう一つは、
前回食ってかかった在り方の問題。
導き方(紹介し方)の問題。
私の謗法観は今、十四誹謗を採用している。
例え本当に、完全な事の一念三千に導く方法があったとして
その導き方(紹介し方)に十四誹謗が現れてくる事になれば
今は良いように見えても後が恐いですよってこと。

本質的には一念の問題のようでもあり
池田先生のような包容力ある論調で再現できないものか?という問題でもある。

掲示板は交流の場であり
対話の場であります。

一旦は愚考だという門前払いではなく
対話を求めます。
 

お邪魔します!

 投稿者:+ドライバー  投稿日:2015年12月27日(日)01時59分50秒
  今日、内のばぁちゃんと今の学会の事、安保の事を、
再度色々話を互いに話ばしました。
この前の先生と奥さまの写真の事に対して、どげん思ったかも、語り合いました。
婆ちゃんも写真見て寂しかったの一言!
此が今の学会のあり方。
身近な婆ちゃんと思いっきし対話したつもりです。
業が深い我が家は正しい信心をせんとこの先、来世はまた同じやのぅ、もっと学ぼう体験掴もうやと決意しましたが、当然半信半疑。内の奥さんも正ながらそうです。
自分の対話が奥さんや婆ちゃんの心に響いてないんでしょう!
身近な幹部も同様、身内にも、どうしゅうしょうぎ
起こせる様にスッポン様に一回くらいついたら
離さん執念で慈悲の心を持って呵責対話を続けて参りたいです。
また其を体感し確信を深めていきたかと思いました。
ともかくにも御題目。
わがに勝つ意外なしっすね!
 

アメリカSGI 事情 (2)

 投稿者:「 事実と真実」さんメール  投稿日:2015年12月27日(日)01時50分23秒
  引き続き、「会則改定」に関する、アメリカSGI での 報道/情報をお伝えします。日時が若干、前後します。

[報道/情報]  5: WT (Jap) 10/16/2015: WT 10/2/2015:

記事「原田会長、世界広布 55 周年を記念するアメリカSGI各方面総会で指導: 新理事長と共にアメリカの新時代を勝ち開こう!」

(抜粋)  「 --- 19年ぶりにアメリカを訪問させていただきましたが、聞きしに勝る  アメリカSGI の大発展 ぶりに驚き、大感動いたしました。 ---」


[報道/情報]  6:  12/6/2015:   アメリカ各地の「12月度 広宣流布勤行会」でビデオ放映:

1) 11.18 記念特別ビデオ (三代会長の精神と実践)
2) 「第14回本部幹部会/ SGI 総会 (11/18/2015)」:(キューバSGI 会員の体験談; 原田会長、再任の挨拶と指導)

(特別ビデオについての、ある会員間の対話:A、すばらしかった、毎年、11.18 に見せるとよい;B、 ビデオで三代会長を祀り上げ、自分(会長)が、三代会長と会員の間に入り込む;A、えー?)


[報道/情報]  7:  WT 12/11/2015:  聖教 11/20/2015:

記事 「SGIに新リーダー:副会長に4 氏」
SGI副会長:Tariq Hasan (SGI-USA: Council Chairman); 他 3 名
(WT:Danny Nagashima (SGI-USA: Executive Advisor) も SGI副会長)

(ある会員のコメント:A、SGI副会長って、何をするんだろう?  ;B、Tariq は、
パキスタン出身で、元イスラム教徒だから、文明間対話に貢献できるよ;A、??)

 

あおさま、並びにあおさまが、敬愛する創価の権力者の皆さま、昨日も聖教新聞紙上に『日蓮世界宗創価学会』の御発表がございませんでした!

 投稿者:谷川の住人  投稿日:2015年12月27日(日)00時04分29秒
  この板で、是非とも、あおさまが敬愛している権力者のお名前を教えて下さいまし!  

題目闘争2

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2015年12月26日(土)23時27分47秒
  失礼しました。

私は、関西、特に京都の創価学会の所属ですので、
山内関西長と米島京都長のご健康とご多幸も
併せて題目をお送りさせて頂きます。
 

題目闘争

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2015年12月26日(土)23時23分23秒
  京都乃鬼一家関係者の皆様。

私、京都乃鬼は、
目の覚めるような創価学会の発迹顕本のため、
お題目を唱えさせて頂きます。


原田会長様、長谷川理事長様及び、谷川主任副会長様の
ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
 

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