ブログトップ > 日々の活動 > え!そんなんアリ?
大切な会合。
おっさんも、この日に向けて頑張ってきてん。
ほんでこの会合ではP券がないと駐車場に車を止められへん。
C部長は近くに止められる場所あるし、直接行って大丈夫やて言うてる。
まあ会館近隣には止められる場所は沢山あるもんな。
そやから誰もP券とか駐車場のことは気にしてないわ。
いざ出陣!
仕事を放りだしてきたから、意気揚々とはいかんけど、今日は外せへん!
調子の芳しくないポンタくんに鞭打って、会合のある会館まで旅や。
会館近隣には空きスペースがぎょうさんあるから、適当なスペースに駐車。
19時からやし急がんと!
ヨタヨタ歩いて会館まで来たら、無線機装着、誘導棒もった創価班?
爽やかさゼロなダミ声で話かけてきてん。
「徒歩or車どっちできたん?」
ポンタに乗ってきたて言うたら、ちょっとイラっとされた。
「近隣には止めたらアカンで!」
「駐車場はP券ないと使えへんで!」
チョット切れ気味に断られる。
おっさんが、なんか方法ないでっか?て聞いても
「一切、ダメって上から言われてるねん!」
「文句は所属してるとこの長にいうて!」
「P券ないんやったら帰ってんか!」
彼との心の距離を縮めたいねんけど、どうも難しい感じや。
所属の長であるC部長に連絡し彼との対話を試してもらうがダメそうや。
彼との対話中、責任者も駆けつけてきた。
その責任者に要領よくテキパキと、おっさんとの経緯を説明しはるねん。
そんなことを言うてる間に、おっさんの近くに停めてた
おばはんは、「送ってもらいました!」っちゅうて堂々と会館に入っていきよったやん!
あらまー!
正直に言わんかったら会合に参加できたやん!
うーん、どうよコレ。
確かに、この辺の道は交通量も殆どないし、1~2時間、停めたからといって誰かに迷惑かける訳でもないやろう。
でも路駐はアカンし、そんな行為を認める訳にもいかん。
そやけどねえ
嘘つき、おばはんは、会合に参加できたし、この路駐のことで誰にも迷惑も掛けてないやろう。
正直者、おっさんは、会合に参加できんと、路駐のことで年下のボンに切れらC部長にも迷惑を掛けた。
19時まわって、会合始まったけど。。。
あれれ?
おっさんの目はおかしい?
駐車場に、空きが、あるよーに見えるんやけど。。。
まだ停められそうやん?
なーんか、かみ合わんな。
ブツブツ言いながら肩を落として帰っていくと、後ろから
「ご協力ありがとうございましたぁぁぁ!」て、そんなデカイ声で言わんでも、聞こえてるっちゅうねん。
てか空きけっこうあるんやし、そこに誘導したろう、とか思わへんのかなあ。
挨拶して追い返してる場合じゃないと思うねんけど。
おっさんね、めっちゃ出たい会合やってんで。
嘘ついてでも、入ったらよかったんかなあ!?
10月27日(火)15時12分|日々の活動
|コメント27
|Λ
え~? 結局 入れなかったって事~?。:゜(;´∩`;)゜:。
おちよはん、まいどおおきに!
結局、会館には入れへんかったし、会合にも出れなかってん。
そやけど会館周辺には結構、車が停まってたから嘘ついて入った人もいるんやろうね。
うーんな感じ。
自分だったら、近くのコインパーキングに停めますね。多少歩くことになっても。
コインパーキングさんは商売でやってる訳だし、ちゃんと利用料金を払えば、地域の経済に貢献してます。かたや駐車場さん側は、法華経の行者さんに協力したので功徳がもらえて、両者いいこといい尽くめです。
路上には停めません。近隣の皆様に迷惑をかければ、「法を下げる」になってしまいますしね
その創価班の対応は「遠路はるばるありがとうございます」の気持ちが足りない気がします。
あと、嘘ついて黙ったほうが得をする。というのも、その場は良くても、魔の因となり、後々問題の種になると思います。
ただ、私は、何があっても愚痴は言いません。全部私が悪いからです。だから、何かあれば、すぐにお題目をします。
そして、智恵が湧いたら行動に移します。
※駐車場に、空きが、あるよーに見えるんやけど
※挨拶して追い返してる場合じゃないと・・・
緊急車両・障がい者さん対策等々で、100%にはしません。
ネットで愚痴こぼしてもなんの解決にもなりませんよ。
※おっさんね、めっちゃ出たい会合やってんで。
--
仮に駐車スペースが少ない会館だということをあらかじめ
知っているのなら、他に対策の取り方はいろいろあるとおもいます。
自分の車で自分の都合の良い時間に行きたいというのは我欲でしかありません。
パーキングスペースが足りないとそうなりますね。
沖縄は電車がないので、ほとんどの会員は車で会館にきます。
財源の問題あるから簡単ではないけど会館の収容能力に見合ったパーキングスペース確保してほしいですね。
最近は会員の高齢化が顕著です。会館とパーキング場が離れていると高齢の会員、障害ある人には不便と思います。
障害者用パーキング場もあってもないような状態になりますね。
障害者が利用しにくい会館が多いです。
できるだけ多くの会員がパーキングできるようにすると障害者が利用できない事あります。
会員のパーキングスペイスの問題は高齢、障害者が利用
しやすいように、近隣の迷惑にならないように、じっくり検討してほしいですね。
関西のおっさんへ
それは大変でしたね。おっさんらしいというか・・・田舎でも会館に行くときは駐車場の情報をしっかり持ってから行きますよ。会館が駄目なら、有料Pを調べておかないと、路駐はトラブルのもとやし、世間と学会両方に迷惑がかかります。そんなに行きたい会合ならなおさら。
創価班の対応もちょっとどうかなと思いますが、やはり駐車場のあてなしに行ったおっさんの方が今回は分が悪い。嘘ついて入ったおばさんの行動は御本尊様に筒抜けです。会館に入るのに嘘つく時点でその方の信心に問題あり・・・厳しいけどそうですよ。
学会の会合は参加する以上は真剣勝負、念には念を入れて準備の上、参加しないと事故など魔が入りやすいものです。もしも事情があって会合に入れないような時は、会合の成功を外から祈ってお題目を送りながら、潔く帰りましょう。(笑)
次からは頑張ろう!
こんばんわ、お邪魔します。
「どうしても」という一念があれば、不思議にも「乗せてあげるよ」という人が現れます。
これが、ほんとうの諸天善神のはたらきです。
勘違いしてはならないのは、心の奥底でそういう人の登場をアテにしているのはNGです。
学会には親切な人が多いので、期待しがちですが
大事なのは「どうしてもゆきたい」「でも方法がない」。
そこからの「祈り」ですね。
祈りのないところで、「乗せたるわ」がきても、それは諸天と違います。
おそらく、その創価班の方も自分と戦っています。
例えば、どう考えたって仕事の都合がつくメドがない状況であっても、任務につかなくてはいけない体制にあって、そこを「どうしても着任したい」という一念が、当日の「叶う」を実現されているのです。
そこは僕も昔、牙城会で多々あった現実です。
だから、「おっさん」さんが、交通手段や時間等、いろんな困難(不利)な状況の中を乗り越えて「参加できた!」のなら、それが「勝利」というヤツです。
だから、こういうのを「参加を 勝・ち・取・る 」と言います。
「そんなの無理やで~」というところから、学会の訓練は始まっているのです。
若い頃は、相当な「理不尽」(笑)で鍛えられるわけで、
男子部の若い子ら自身も頑張っています。
だから、僕ら壮年部が、創価班の子らに愚痴ってたら、示しがつきまへん(笑)
あ、それと
もし、タクシーを使い、えらい出費となっても
ほんとうに祈りの「下支え」があるなら、きっとどこかでその経費は「還って」きますよ。
それが信心の世界ですわ。
お互い、頑張りまひょ(^◇^)
創価班は、昔は、富士大石寺の登山会の「輸送班」だったそうです。
しかし、今は登山会が無くなったので、今の創価班になったそうです。
しかし、お年寄りも増えて、会館に行くのが大変な人が多くなってきたという、最近の事情を考えると、
もしかしたら、会館の送迎を任務とした、「輸送班」を、創価班の中に、創設する可能性もあるかもしれない。
と思えてきました。
皆さんは、どう思われますか?
おっさんがよく言っている
「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。」
これが 如実に現れたのでは?
振る舞いに出なくても その時の心はどう?
あ~ 残念!
今度は きちんと P券もらってこよう!
あ~ 自分の会合に出ようとした時の 準備はどうだったか?と反省
今日の新聞には「苦難に負けずに進む、その振る舞いが、信仰の力を表してる」って
本当の振る舞いって こういう事なんじゃないかな~?
全部 自分やで~って 私は おっさんから 教わってきたよ
感謝してる!
もう一度 おっさんの心の声がききたい(笑)
久遠の凡夫さん そう思ったら まず 自分が行動やで~(笑)
※しかし、今は登山会が無くなったので、今の創価班になったそうです
創価班の前身が輸送班と考えてよいかとおもいますが、創価班は別物です。
登山があった頃からも創価班は存在しました。
※もしかしたら、会館の送迎を任務とした、「輸送班」を・・
輸送班は登山を無事故で運営する為の人材グループでした。
創価班は会館の会合を無事故で運営する為の人材グループであるのと
同じです。
たとえば、遠方からは電車・フェリー等を使って静岡までいってましたが
各、大Bから登山責任者が選出され、道中の引率・会合の運営をされていました。輸送班は各地の駅や港での安全誘導をしたり、大石寺内の警備をしたり
していた別けです。
そもそも学会の会合にしても高齢者対策、駐車場の具合で送迎をするのなら、
各ブロックや地区などで対応できる事です。
学会幹部や人材グループは会員が通常出来る行為の「便宜」を図る為に存在
しているのではありませんよね。
幹部としての矜持としてはたしかに「会員に奉仕する」という概念がありますが
会員の召使いでも小間使いではないでしょう(笑い)
ついつい、なんでも不便なことは本部や組織に「やってもらおう」という発想が
でてしまうことがあるかもしれませんが、それはすでに「一人たつ精神」から
外れていることに気がつかないと、不満や愚痴のタネになりかねません。
>輸送班は登山を無事故で運営する為の
人材グループでした。
>創価班は会館の会合を無事故で運営する為の
人材グループである
輸送班は登山を無事故で運営することを
主任務とする人材グループとして発足をしていますが、
首都圏と大阪を中心とした関西では、
登山会の「輸送」のみではなく、
総本山での登山会運営そのものも行っています。
また、輸送班の本義は、男子部の人材育成です。
創価班は、1976年(昭和51年)11月2日に結成。
(創価班発足式は、11月4日)
池田先生(当時・会長)は、創価班発足式の席で、
「創価学会のすべてを推進していくのです。
創価班こそ、広宣流布の精鋭中の精鋭である」
「創価班は、一にも二にも、学会を守っていくのです」
と、指導されています。
確かに輸送班から登山会の運営・輸送業務を
引き継いではいますが、会合の無事故運営を
含め、それのみが創価班の使命ではありません。
現在では、各地での大規模会合開催時、
①事故防止②会館内の場内整理③会館周辺の交通整理
④不審者の警戒などが主な任務です。
創価学会の全ての会合が、無事故安全で円滑に行われる
ようにするのが創価班の最大の使命であり、それは、
実際に任務に就く会合や会館に限られたものでは
ありません。
厳しく言うなら、
全国いずれの会合であっても、事故が起きたり、
会員の安全が脅かされたりした場合、それは全て
創価班の責任であると自覚しなければいけません。
創価班は、他のどの活動よりも創価班の着任を
優先しなければいけませんが、各活動において、
先頭を走り続ける覚悟もまた必要です。
※引き継いではいますが、会合の無事故運営を
含め、それのみが創価班の使命ではありません
--
たしかに、少々コトバ足らずで誤解をまねくような
表現で申し訳ありませんでした。
牙城会、白蓮等々、その他いずれの学会公認の人材グループも人材育成が本来の
大目的であると同時に、各地域の広布のリーダーとしてあり続ける覚悟を
熟成していく貴重な訓練だとおもいます。
こんばんは。
仕事に余裕がなくって勤行、唱題のリズムが狂いだしたら、見事に己心の魔にやられました。
ほんで今日わかったんやけど、おっさんだけじゃなく、おっさんと深いご縁のある方々も軒並みやられてましたし、ほんま大反省です。
勤行のリズムが狂ってきたとか、題目がたりないかなあ?とか、わずかでも感じたらすぐに修正して納得のいく勤行、唱題に変えていかんとエライこっちゃになりますわ。
おっさんみたいに、忙しいことを言い訳にして、納得のいかん勤行、唱題をしてたら、自、他、の色んなところに魔を寄せてしまって、負の渦に巻き込まれて今回みたいなことになりますねん。
ほんま猛烈に凹んでます。
おっさんは、こういダメやったことが、調子よくなってくると、忘れてしまうねん。
だけど絶対に忘れたらアカンことやもんね。
うん、絶対忘れへん!
こんばんわ。
大反省して絶対忘れまへん。
知恵を絞ってね、ありとあらゆる手段で忘れん努力をしますねん。
ほんで、勤行、唱題からやり直してますねん。
こんばんは!
おっさんを含めて、殆どの人が初めていく会館やったし、近隣との協定もあって、運営側の方々も普段と勝手が違う会館やし必要以上にナイーブになってはったと思うねん。ほんで、おっさんも魔にやられてるし。
高齢者、障害者の方が駐車スペース使えず会合断念とかね、そんな事態があるんやったら即、改善しんとアカンやんね。
とっても深刻な問題ですやん。
こんばんわ!
もう反省至極ですねん。
何も言い訳できまへん。
己心の魔にやられて凹んでましたけど、おっさんの周囲にまで、魔をよせてしまったのが分かって目が覚めました。
まずは勤行、唱題、をキチンと納得いくまでやらせてもらって、魔をシバキ倒したろ思うてますねん!
こんばんわ!
ほんま恥ずかしいですけど、言わはる通り。
言い訳できまへんし大反省ですねん。
絶対忘れまへん。
今は凹んでますけど
とにかく勤行、唱題、納得いくまでさせてもらいます。
こんばんは!
詳細を書いてくれはっておおきにです。
創価班の訓練は、とっても理不尽な印象が(笑)
駐車枠に誘導した車がほんの少しでも歪んで停車なんかしたら、エライこっちゃで、指導が。。。
「お前の一念はどないなっとるんや!」
「そんな一念で誘導しとったら、帰り事故、起こさはんぞ!」
「もっと真剣にならんと、なんの為に着任しとるんや?」
なーんてね(笑)
こんばんわ。
おっさんの心の声でっか。
聞こえてきまへんか(笑)
聞こえた~\(^o^)/
お~い、みんな~
ここに観音菩薩がいたよ~
(観音=世音を観ずる→人々の苦悩などの、心の声を聞く
参考「法華経の智恵」六巻(下巻)観音菩薩品)
※知恵を絞ってね、ありとあらゆる手段で忘れん努力をしますねん。
--
困った時が知恵の絞りどころちゃいますか(笑い)
創価班にかぎらず、人材グループは(特に男性の)「まぁなんもなけりゃ、ええんちゃうの?」という己心にある惰性からの脱却がキモのように感じますな。
運営側の気持になってみられたら、分かるのだと思います。
きっと、会合参加が、最重要で、それこそが正義だと思われています。
それは学会の中では通用しますが、それを常識に振りかざせば世間では大顰蹙です。
私もよく任務についていましたが、何か勘違いをして当然という人が多い。
重要な会合だから参加できないと大問題だからと、他人の玄関の前に駐車して平気な人とか。その人の頭の中では“少しくらいいいやん”と思っても被害者の側に立ってみましょう。
一人一人に文句があるわけではありません。
人は団体になるとどうしても意識が「まあええやん」と粗雑になりますし、
反対に、世間の人は、団体を見ると「どうなの」と厳しい目で見るようになります。
これを忘れてはいけないと思うのです。
たった一人で、他人の家の前に駐車する人はいませんもの。
また個人で道路の片側に駐車して塞いでも、それなりにしか思いません。
団体で、その時間になると、まいど道路を塞がれる近隣の苦痛を考えてください。
近くの人が自分で止める場所にしているつもりの所もあるはずです。
特定の団体によって、それがいつも道路が防がれてることがどんな波及効果を
生むのかを考えると、近隣の駐車は許せるものではありません。
とおおおーくの所にとめて、歩いてきてください。あるいは自転車で。
ルールを守らずに嘘をついた婦人は参加できたとのこと。
罰論はともかく、その婦人は機転をきかせて参加できたのですから、いいでしょう。
でも、“その分、学会に迷惑をかけている”ということだけは忘れずにいてほしいです。
あなたのその一歩が学会を貶めてでも参加しなければならないのか。
それは私にはわかりません。ただ少なくてもそんな苦情くらいは言われて当たり前、
そう、覚悟して参加してほしいです。
どうしても言われたくなければ、何か工夫を。本当にできないか悩んでいくこと。
それがどんな仏道修行でも大切なのではないでしょうか。
恐れ多いですが、書かせていただきました。
会館、近隣の路駐もそうやけど、家庭訪問なんかにお邪魔するときでも、ついつい路駐とかしてしまう場合あるもんね。
大都市では考えにくいけど、田舎なんかだと、ありがちやもんね。
おっさんも、任務につくときあるから、うんと、はんの、思いはよーわかりまっせ。
そやけど、違法駐車がダメなんは、みんな知ってるやん。
なんでダメなのを承知でするんやろうね?
こんにちわ。
「おっさん」さん、創価班だったのですか?
なら、もう説明は要らないでしょう。
創価班の歴史がどうだとか、これからの創価班は… とか、話のポイントはそこではありません。
「おっさん」さんにとって、
あの「愚痴」にひそむ「忘れかけていた勝利の要諦」を思いだしていただければ、それで十分です。
人材グループ出身者なら尚更ご存知の、「勝・ち・取・る」という意味を、
今一度、思い起こせば、
ただ単純に「会合に行きたいねん」で終わる話ではないことがおわかりだと思います。
◇
私も、牙城会の着任についてブログ記事にしたことがありますが、
仕事を抱え、距離もある中、
到底、18時の着任に間に合うこと自体、常識的に無理なのです。
(関西はとくに30分早く着任の慣行があります)
何も、もともと休みが取りやすい職業だとか、家が近いだとか、そんな人ばかりじゃない。
いや、むしろハナっから無理な人ばかりです。
それを、着任前日に唱題1時間必須をはじめ、「必ず着任、無事故」のたたかいは、既に数日前からはじまっているのです。
(創価班出身者の方なら、それもよくご存知のはず)
メンバー全員がそのことを互いに知っているからこそ、他のメンバーのことも祈れます。
そういう訓練があって、今があるはずです。
何があっても負けない自分があるはずです。
「おっさん」さんには、そのベースがあるのですから、
何があっても、自信をもってがんばってください。
威風堂々を胸中に、がんばりますねん。
いっつも激励おおきにです!
こちらの勝手な思い込みの誤解かもしれませんが、
自分の周囲で起きた話題を、自分がやったこととして提示します。
そうすれば、本当は自分がやったことでは無いのに、それを知らない人たちから痛烈な批判を受けます。
でも、そういうことが、自分の周囲で起きたこと自体「全部自分の信心が悪いせい」と覚悟しているので、それらも全て、甘んじて受けます
だとしたら、すごい立派な人ですよね。
自分なんかは卑怯者ですから、自分のことを、他人がやったことにして紹介したくなったりするのに(笑)
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