重力波研究の歴史

重力波の予言

重力波は、アインシュタイン博士が1916年に提唱した一般相対性理論で予想された時空の歪みが伝搬する波動現象です。しかし、アインシュタイン博士自身、この重力波の効果はあまりに小さすぎて、実際には検証が極めて困難であろうと思っていたそうです。

共振型重力波アンテナの開発

しかし、重力波は、メリーランド大学のウェーバー先生によってその研究が世に大きく知られることになりました。ウェーバー先生は、重力波を検出する装置として、「共振型重力波アンテナ」を考案しました。重力波によって、金属でできた大きな共振体の共振振動が励起されることで重力波を検出しようとするものです。1960年代に、ウェーバー先生は2台の検出器を用意し、かつ、地球上で起こる同じ原因で両方の検出器から同じ信号が出てくる可能性を低減するために、2台の検出器を離して設置しました。先生は、それらからの信号を解析し、偶然の確率をはるかにうわまわる確率で同時に信号が検出されたということで、宇宙からの重力波を検出したと主張しました。しかし、現在まで、それが真に重力波信号だったかは検証できていません。しかし、先生の挑戦のおかげで、世界の多くの研究者が、この極めて困難な重力波の直接検出を目指すようになりました。アメリカでは「ALLEGRO」、ヨーロッパでは「EXPLORER」「AURIGA」「NAUTILUS」など、様々な共振型重力波検出装置が開発されました。

重力波の間接的な存在証明

重力波の直接的検出は、困難を極めました。世界中の共振型重力波検出器で、その検出限界感度をより改善する努力が継続されましたが、それでも、確実な重力波信号と特定できる有意な信号は検出されません。ところが、ハルス先生とテーラー先生は、連星中性子星という、極めて強い重力場を持つ中性子星同士が互いに近接して連星系をなす、極めて稀な天体(PSR1913+16)を1974年に発見しました。そして、もし、その連星運動から強い重力波が発生していたら、連星系の回転の勢いが奪われ、連星の公転周期が短くなるはずだと予測しました。何年にもわたって、PSR1913+16という中性子星連星系の公転周期の変化を観測したところ、1979年、ついに、その公転周期の短縮変化が重力波が原因であると仮定して得られる理論的な予想と、誤差1%程度で一致する結果を得て、結果、これが重力波の間接的な存在検証となりました。この成果により、二人の先生は1993年にノーベル賞を受賞されました。

レーザー干渉計重力波検出器の開発

共振型検出器は、原理が簡単で作成しやすい長所がある一方、検出できる重力波の周波数帯域幅が、その共振体の共振周波数に限られるという短所がありました。そこで、マサチューセッツ工科大学のワイス先生達が、マイケルソンがエーテルの検証実験で使用したマイケルソン干渉計を改良した装置を重力波検出器として利用することを提案しました。干渉計では、その装置の構成が複雑かつ大規模という短所はありましたが、広帯域に重力波を検出できる長所が、重力波天文学の創生には不可欠という理由で、現在は、ほぼレーザー干渉計型重力波検出器の開発のみが行われています。まず、先導的な研究開発は、マサチューセッツ工科大学とカリフォルニア工科大学共同で行われました。そこでは、基線長が40メートルのレーザー干渉計が開発され、100Hz程度の周波数をもつ重力波に対し、約10-19 [m/rHz]という感度が達成され、その成果をもとに、現在ではLIGO計画(http://www.ligo.caltech.edu/)という基線長が4キロメートルもあるレーザー干渉計型重力波検出器が2台建設され、現在も改良中です。ヨーロッパでも、ドイツやイギリスの研究機関が10mクラスの基線長をもつプロトタイプレーザー干渉計型検出器を開発し、現在では、基線長600メートルのGEO600(http://www.geo600.org/)という検出装置が建設され、LIGOと共同観測を行いました。イタリアとフランス、のちにオランダも参加し、VIRGO計画(http://www.ego-gw.it/)として、基線長3kmのレーザー干渉計型重力波検出装置が建設され、これもLIGOとの共同観測を行っています。オーストラリアの研究者たちも、同レベルの重力波検出器の建設を計画しています。

図:世界の重力波望遠鏡

日本における重力波検出にむけた研究

日本においては、京都大学の中村先生が、コンピュータを駆使した数値相対論を利用したブラックホールの発生およびそれに伴う重力波の発生のメカニズムの解明を世界に先駆けて行い、その成果により、相対論や宇宙論といった物理学・天
文学の一大テーマの解明のため、電磁波とは異なる重力波によって宇宙を観測することの学術的重要性が認知されるに至りました。一方、実験的に重力波の直接検出に乗り出したのは、東京大学の故平川先生です。ウェーバー先生と同じく、最初は共振型重力波アンテナを開発しましたが。その後、時流の変化で、開発の中心はレーザー干渉計に移り、1990年代には、20m~100mクラスのプロトタイプ干渉計が、国立天文台や、宇宙科学研究所で開発され、その後、その要素技術を結集し、国立天文台にTAMA300という重力波望遠鏡が建設されました。
TAMA300(http://tamago.mtk.nao.ac.jp/tama_j.html)では、LIGOやGEO600やVIRGOの建設にさきがけて2001年に1000時間連続観測を行うなど、一時期はその性能と観測において世界をリードしましたが、現在では、先に述べた国外の観測装置に感度性能の点でが追い越されています。しかし、本KAGRA計画により、再度最高性能を達成し、世界に先駆けた重力波の初直接検出を目指しています。

1年に数回の重力波イベントの観測を目指して

残念ながら、現在世界で最も感度のよいLIGO重力波望遠鏡ですら、まだ、数百年に一度の重力波イベントしか捉える能力がありません。そこで、世界の重力波観測グループは、感度をさらに10倍改善することで、人類初の重力波の直接検出、および、1年に数回の重力波イベントの観測による重力波天文学の創生を目指しています。

図:重力波望遠鏡の観測可能範囲

特に、本KAGRA計画(図:KAGRA計画)では、この感度向上のため、他の装置にはない二つの挑戦を行っています。一つは、神岡鉱山内という極めて地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置するということです。実は地面は、風や打ち寄せる波、地球自身の固有な振動で常に振動しています。それが地下に潜ることにより低減され、神岡鉱山内の振動は地上の1/100まで小さくなっています。このことは重力波検出装置を長時間運転し、観測する上で大きな利点となっています。実際同じ神岡鉱山内に設置された、規模は20メートルサイズと小さめですが、光が走る距離を大型干渉計並みに似せたプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転が可能であることが示されました。

図:KAGRA計画

二つ目は、KAGRAでは、検出器にサファイアという光学素子を使用し、かつそれをマイナス253℃(ちなみに、物理の法則上、これ以上冷やせない温度、つまり絶対0度はマイナス273.15℃です。)まで冷却することで検出器の感度を制限していた熱雑音をさらに低減することを目指しています。そのプロトタイプとして、すでに同じ神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)(図:CLIOレーザー干渉計)検出器を建設し、低温鏡を利用した検出器の実証実験が行われています。写真は鏡を冷却するための装置です。鏡を冷却するには、液体ヘリウムではなく、電気で動く冷凍機というものが使われます。冷凍機は神岡の静粛な環境を台無しにする振動を発生させるのですが、KEKと住友重機械工業の努力で、世界最低振動の冷凍器が開発され、CLIOで使用されています。(図:鏡を冷却する冷凍機能付き真空槽)


図:CLIOレーザー干渉計

図:鏡を冷却する冷凍機能付き真空槽