お正月に読みたい児童書5冊に選んだ「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」を読み終えた。ピックアップした5冊について、 ひとつひとつ感想を書くつもりはなかったんだけど、あまりにも感情を揺さぶられたので、せっかくだからちょっと書いてみようと思う。
最初は、正直「読みにくい」と思った。それは、桜庭一樹さんの作品をはじめて読むからかもしれないし、軽い感じの文体で書かれたものをあまり読んだことがなかったからかもしれない。いずれにしても、読み慣れない文体への抵抗感が強くて、もしかしたらこれ、途中で脱落しちゃうかも?と不安になったのは確か。
でも、途中から一気にスピードが上がってきて、文体への違和感なんて消し去るような重いのに軽やかっていう不思議な雰囲気になっていって、気づいたら最後まで駆け抜けていた。
で、号泣してた。あっという間の出来事だった。
その日、兄とあたしは、必死に山を登っていた。見つけたくない「あるもの」を見つけてしまうために。あたし=中学生の山田なぎさは、子供という境遇に絶望し、一刻も早く社会に出て、お金という“実弾”を手にするべく、自衛官を志望していた。そんななぎさに、都会からの転校生、海野藻屑は何かと絡んでくる。嘘つきで残酷だが、どこか魅力的な藻屑となぎさは序々に親しくなっていく。だが、藻屑は日夜、父からの暴力に曝されており、ある日―。直木賞作家がおくる、切実な痛みに満ちた青春文学。
砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet (角川文庫) | 桜庭 一樹 | 本 | Amazon.co.jp
主人公の山田なぎさ、ひきこもりの兄・友彦、転校生の海野藻屑、藻屑に好意をよせる野球部の花名島。そして、なぎさと友彦の母親、藻屑の父親、なぎさたちのクラスの担任教師。
この中で一番印象に残っている登場人物は誰か?と聞かれたら、迷わず「担任教師」と答える。最初はあまりいい印象がなかったんだけどね。
このお話は、主人公のなぎさ目線で語られていく。そうすると、当然ながら描かれる担任教師像は、なぎさのそれと重なる。なぎさにとっての担任教師は「空気が読めない大人」「頼りない大人」だった。でも、視点を変えると見え方も変わる。
子供からみた大人と、子供を思う大人との間には、大きなギャップがある。なぎさと担任教師の間にも確かにあった。
例えば。ひきこもりの兄・友彦について言及する場面あたり。この辺から担任教師の言葉に魂がこもりはじめるのだが、なぎさにはそれが受け止められない。
「山田は高校に行け。働くべきなのは兄のほうだ。そいつは、山田がなんと言おうと、なまけもののくそ貴族だ」
「ひきこもりはたいがい、家族には口が立つんだ。家族の中では専制君主なんだ。だけどその牙城は弱い。他人とはまともに口が利けなかったり、目も合わせられなかったりするんだ。山田にもわかる。兄に必要なのは他人だってことが。それと、山田に必要なのは安心だってことが」
なぎさは激しく抵抗するけれど、やがてこの言葉の意味がわかるときがくる。ああそういうものだった。そういうものなんだよな。埋められないギャップではないけど、それは確かにある。今すぐには埋まらないかもしれない。それは思春期特有のものかもしれない。
だから何を言っても無駄?わかりあえるわけない?
無駄かもしれない。わかりあえないかもしれない。でも、大事なことは肩をつかんでだって言わなきゃならない時がある。今しか言えないことがある。担任教師の姿は、わたしにそれを教えてくれた。
そして物語の終盤。担任教師が胸中を吐露するこの言葉で涙腺が崩壊。
「あぁ、海野。生き抜けば大人になれたのに……」
生き抜けば大人になれた…。この言葉に尽きる。わたしは生き抜いた。生きてればいいこともある。大人になったからって、楽になるわけじゃないけど、できることがうんと増える。できることが増えれば、確実に世界は広がる。13歳の女の子にできなかったことも、せめてあと5年、あと5年あれば…。
学校と家だけの小さな世界で息を殺していたあの頃に、この本と出会っていたなら。わたしはどう感じただろう。もう少し楽に息ができただろうか?それとも、絶望のほうに身を寄せただろうか。
好きって絶望だよね。
おわりに
実際に読んだのはこちらです。
砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet (角川文庫)
- 作者: 桜庭一樹
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2009/02/25
- メディア: 文庫
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角川文庫の方の装丁や装画もすてきですよ。*1
わたしはすっかりサイコロジカル・ミスディレクションにはまっていた気がしている。子供のことを真剣に考えていた担任の先生の言葉で、そのトリックが明かされ、ハッと我に返った。その感覚がとても心もとなくて、新鮮だった。
感情を揺さぶる言葉と、不思議な読後感。砂糖菓子のように甘くないので、甘党の方はお気をつけて。
おしまい。
▽ 過去記事
*1:
カバー装画:「不規則な部屋」増田佳江
カバーデザイン:鈴木成一デザイン室