私が虚偽報道と指摘した2011年5月21日産経新聞朝刊の記事の全文を以下に示す。
<見出し>
地震翌日1号機「首相激怒」で海水注入中断
<本文>
東日本大震災で被災した東京電力福島第一原発1号機に関し、3月12日に東電は原子炉への海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が「聞いていない」と激怒したとの情報が入り、約1時間中断したことが20日、政界関係者らの話で分かった。最近になって1号機は12日午前には全炉心溶融(メルトダウン)していたとみられているが、首相の一言が被害を拡大させたとの見方が出ている。
政府発表では3月12日午後6時、炉心冷却に向け真水に代え海水を注入するとの「首相指示」が出た。だが、政府筋によると原子力安全委員会の斑目春樹委員長が首相に海水注入で再臨界が起きる可能性を指摘、いったん指示を見送った。
ところが、東電は現場の判断で同7時4分に海水注入を始めた。これを聞いた首相が激怒したとの情報が入った。東電側は首相の意向を受けてから判断すべきだとして、同7時25分に海水注入を停止した。その後海水注入でも再臨界の問題がないことが分かった。同8時20分に再臨界を防ぐホウ酸を混ぜたうえでの注水が再開されたという。
自民党の安倍晋三元首相は20日付のメールマガジンで「『海水注入に指示』は全くのでっち上げ」と指摘。「首相は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべき」と断じた。これに対し、枝野幸男官房長官は「安倍氏の発言が偽メール事件にならなければいいが」と牽制。首相周辺も「激怒はしていない。安全を確認しただけだ」と強調した。
以上が2011年5月21日付産経新聞記事の全文だ。
もっとも重要な点は見出しになっている「首相激怒で海水注入中断」が事実かどうかだ。この見出しを読んだ読者は、海水注入の開始を聞いた菅首相が激怒して、停止するように指示し、その結果海水注入が中断されたと理解するのが普通だろう。
しかし、武黒氏や斑目委員長同席の午後6時から30分ほどの会議に時点では海水注入は始まっておらず、会議終了後武黒氏が海水注入が開始されていたことを知った時点でも私には報告はなかった。つまり首相である私が「聞いていない」と激怒したというのは全くのでっち上げ。そんな場面は時間的にもあり得ない。その上、6時からの会議では海水注入については私を含め出席者の誰も異論を唱えた者はおらず、私が中止を指示したことはどの時点でもない。
産経新聞の「極言御免」でも、東電の武黒氏が吉田所長に停止を指示した事を認めている。そして武黒氏の指示にもかかわらず、吉田所長は冷却のためには海水注入を停止すべきでないと判断し注入を継続した事も認めている。つまり極言御免でも「(菅)首相激怒で海水注入中断」は事実でなかったことを認めているのだ。それにもかかわらず、虚偽報道という指摘には肯定も否定もせず、ごまかそうとしている。
産経の記事で次に重大な影響があったのは、「首相の一言が被害を拡大させたとの見方が出ている。」という部分だ。つまり私が指示して海水注入を中断させたために被害が拡大したという指摘だ。2011年5月21日に産経と読売、一部のテレビで同様な報道が流れ、安倍晋三議員のメルマガに続いて自民党議員が国会で取り上げたこともあり、「菅首相の間違った判断で事故が拡大した」という間違った報道による悪評が広い範囲で定着してしまった。
5月21日の報道から数日後、東電自体が「海水注入は中断していなかった」と発表した。しかし、いったん定着した「海水注入を止めたのは菅首相」という間違った報道を完全に打ち消すことはむつかしく、現在でも私が海水注入を止めたと誤解している人が多数いる。
産経新聞は他紙の虚偽報道に対して厳しく糾弾してきた。そこで、産経新聞自体の虚偽報道に対してどういう態度をとるのか。虚偽報道であったことを肯定も否定もせず、黙殺するとしたら、他紙の虚偽報道を糾弾する資格は完全に失われる。報道機関として失格だ。