白紙撤回から5か月、新しい設計案が決まりました。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムになる新国立競技場、その設計案が、2015年12月22日に決定されました。これで新国立競技場の計画は、建設に向けて再び動き出すことになります。
しかし、オリンピック開催まで時間がない中での白紙撤回だっただけに、今後、検討していかなければならないことも少なくありません。
選ばれた設計案と残された課題について考えます。
選ばれた設計案が、こちらです。
建築家の隈 研吾さんと大手ゼネコン、それに設計事務所で作るグループが提案しました。
日本建築の“ひさし”をイメージした木材を使った外観が特徴です。高さを50メートル以下に抑えて、周辺への景観に配慮し、神宮外苑の森との調和を図っています。
新国立競技場の問題は、建設費がふくらんだことから、安倍総理大臣が「白紙撤回」を決め、2015年9月、設計施工を行う業者の公募が行われました。
その公募で求められた条件です。収容人数は6万8000人で、前の計画の8万人から縮小されています。建設費は、1550億円を上限としています。
提案されたA案とB案は、いずれも建設費が1500億円を下回り、完成時期は目標とされた時期より2か月早い、2019年の11月末で同じです。
どちらも同じ様に条件を満たしています。それでは、A案の何が評価されたのでしょうか。
審査は7人の審査委員が、項目ごとに得点をつけて行われました。
その結果がこちらです。
A案の合計点が610点で、B案より8点高かったのです。
「施設計画」では、B案の方が評価が高かったのですが、「コスト・工期」、特に「工期の短縮」の評価はA案の方が27点も高かったことが結果に大きく影響しました。
A案・B案とも完成時期は同じだったのに、何が評価を分けたのでしょうか。
審査委員会の村上周三委員長は、「工期を守れる実現可能性が十分あるかという点で差がついたと理解している」と説明しましたが、提案のどの点で評価に差がついたのか、具体的な説明はありませんでした。
審査委員会では委員一人一人の点数は公表しない方針です。そうであるならば、完成時期が同じなのに、なぜ27点の差になったのか、審査の透明性をはかる上でも国民が納得できる丁寧な説明が求められます。
設計案は決まりました。ただ、今回の公募に参加したのは、2つのチームだけでした。
3年前に巨大なアーチのデザインを決めたコンクールには、国の内外から46件の提案が寄せられたことを考えると少ないといわざるを得ません。
白紙撤回されたイラク出身の建築家、ザハ・ハディド氏のデザインでは、日建設計などが設計を担当し、大成建設と竹中工務店が施工する予定でした。
A案、B案のチームを見てみますと、ハディド氏がデザインした競技場に関わった会社が建築家とチームを組んで提案しています。
ハディド氏自身も日建設計と組んで準備を進めましたが、施工会社がみつからず、参加を断念しています。
公募開始から設計案の提出まで2か月半しかありませんでした。難しい条件の中、公募に参加できたのは、ハディド氏の計画を途中まで進めてきた経験を持つ、ごく限られた企業だけだったというわけです。
白紙撤回の判断が遅れたことは、応募の数にも影を落としたのです。
この2つの案については、「似ている」という印象を持った人が多かったようです。
どちらも特徴として木材を使っている点が共通しています。
これには、審査基準が影響しています。コストや工期の他に、特に配慮すべき事項として、「日本らしさに配慮し、木材の活用を図る」という内容が盛り込まれていました。
このため、外観、あるいは柱などに木材を印象的に使ったのでした。
そして、形。
一つの部分の隣に、同じ形のユニットを作るようにすると材料の大量生産ができ、工事も同じ作業の繰り返しで進められるため、コストや工事期間を抑えることができます。
アーチを使ったデザインにすると、同じ形の繰り返しはできません。工事の効率を追求した結果、A案・B案とも似た形に行きついたとみられます。
公募は、著名な2人の建築家が競う構図になりましたが、形が似たのはデザインの自由度が狭くなってしまった結果ともいえます。
設計案は決まりましたが、残された課題は少なくありません。
その一つが、「本当に建設費や工事期間が提案どおりにおさまるのか」ということです。
建設費や工期を守ることについては、発注するJSC=日本スポーツ振興センターと建設会社側が「協定書」を交わし、歯止めをかけることになっています。
一層のコスト削減や工期短縮を図るには、これから着工までの1年間が大きなポイントになると考えます。
詳細な設計を進める中で、建設費の縮減策を検討することが必要です。
また、着工前に地盤の整備などの準備作業ができれば、工事期間の短縮が図れるという指摘もあります。
こうした検討を着実に進める体制はできているのでしょうか。
以前は、「責任の所在が不明確だ」と批判された体制。現在は、JSCについて、スポーツ庁が指導・監督し、遠藤オリンピック・パラリンピック担当大臣が議長を務める関係閣僚会議がJSCから報告を受け、点検するという体制で取り組んでいます。
責任の所在が明確になり、省庁の連携も進んでいるように感じますが、これからは迅速な意思決定を行い、着工までの1年間を建設費の縮減や工期短縮につなげることが求められています。
さらに、課題としてあるのが、オリンピック後の競技場の活用です。
これについては、議論すら本格的に進んでいないのが現状です。政府は、22日になって、ようやく検討するワーキングチームの設置を発表しました。
新しい競技場はオリンピック後、陸上競技をするにしても、選手がウォーミングアップをするサブトラックが常設されないため、全国レベルの国内大会でさえ条件を満たさず、開くことができません。
サッカーのワールドカップ招致を念頭に、陸上のトラックをつぶして、観客席を8万人に増やすこともできるように計画されていますが、8万人が入る大会やイベントを年何回開けるのでしょうか。観客席を増設する費用や、規模拡大に伴う施設の維持管理をどうするのかといったことも課題になります。
当初の巨大なアーチの時に計画されていたような開閉式の屋根がないため、コンサートなど幅広い用途に使うことも簡単ではなく、高い稼働率と収入を確保することは難しくなっています。
「新国立競技場は、どういった施設を目指すのか。」
白紙撤回の後、この肝心な議論を棚上げにして、ここまで進んできました。
たとえば、
▽高齢化社会にあって、赤字覚悟で、より多くの人たちが自由に利用することができる「市民の健康増進を図る競技場」という使い方を提案するのか。
▽サッカーなど特定の競技の「聖地」と位置付け、競技レベルの向上を狙うのか。
様々な考え方があると思います。
国民不在で物事が決まっていった過去の反省にたって、開かれた場で議論を進めることが求められています。
設計案は決まりましたが、どのようにして国民に愛される競技場にするのか、これからが正念場と言えそうです。
(中村幸司 解説委員)