軽減税率は貧困対策に効果的なのか?

導入するなら「インボイス方式」が必要

 

荻上 僕もこの番組で何度か軽減税率の話をしてきました。その中でよく新聞について触れてきたのですが、新聞社はこの間ずっと「軽減税率キャンペーン」をしています。読売新聞は一面トップで連載を始めて、その中で「軽減税率を導入することが如何に欧州の知恵なのか」と取り上げています。僕は、軽減税率の一つの問題点がここにあると思うのです。

 

先ほど飯田さんが言ったように、各業界ごとに陳情合戦が起こる。それを報道機関である新聞が我先にと始めると、本来きちんと議論しなくてはいけない点が、前提のように報道されてしまう。ある意味では、軽減税率の持つデメリットを、新聞自体が見本を見せてくれているような感じがするのですが。

 

飯田 新聞自体ももちろん私企業ですから、自分の業界に対して利益誘導をすることは避けられないとは思うのですが…。本来、新聞は報道機関として世の中の議論や姿勢を正していく機能があります。それが、ここまで「政治の問題」に自社の利益・自分たちの業界の利益を絡めた話をしてしまうと、結局は各紙の信頼性を下げることになるでしょう。おそらくその信頼性の低下は2%の軽減税率よりもずっと後で高くつくと僕は思うんですよね。

 

荻上 そうした中で、既に軽減税率の話はセットされて色々と議論が始まっている。「欧州の知恵だ」といった連載を読売新聞が始めるように、ヨーロッパでは成功しているんだ、という主張が前提としてあるように思います。僕が気になっているのは「どの国で導入されているか」ではなくて「どの国でどんな効果があったのか」という論点です。例えばヨーロッパの軽減税率は、低所得者対策としては成功しているのでしょうか。

 

飯田 低所得者対策という意味合いはほぼ無いと思います。何よりも、ヨーロッパの場合は消費税率だけで低所得者の補助をできるほど、甘っちょろい格差ではないので。

 

それに、フランスに至ってはもっと戦略的に軽減税率を使っていて、国産の農作物と海外産の農作物で税率変えたりしています。例えばトリュフは軽減税率だったりします。さらには安価なマーガリンは標準税率なのに、バターは軽減税率と言う国が多い。これは国内の農家の保護という名目です。こういう風に、結構政治力で軽減する税目が決まってたりする。そういう状況ですから、全然低所得者対策とかじゃないんですよ。

 

荻上 日本だと「海外で成功している」と説明されていますが、まずそこから誤解なんですね。

 

飯田 そうなんです。また、消費税課税の方式がヨーロッパと日本では違う点も重要です。ヨーロッパの場合、「インボイス方式」と呼ばれますが、税務請求書を使う方式が取られているので、どの段階でどの税率の商品を購入したか、日本よりは追いかけやすいのです。

 

ところが日本の場合は事後申告方式ですので、正確に複数税率を運用するのは不可能でしょう。仮に本当で軽減税率を入れるのであれば、まずは現在の課税の方式をヨーロッパのようなインボイス方式に直さないと、そもそも難しいと思います。現在の方式で複数税率を入れてしまうと、正直に申告しようとすればするほど事務手続きが困難になる。そして、不正直な申告をしても、それを税務当局が補足することが難しいと考えられます。

 

 

本気じゃない日本の格差対策

 

飯田 そもそもヨーロッパでは低所得者対策として「直接給付」と「住宅の支援」をしっかりやっています。むしろこちらの方が効果があります。

 

荻上 なぜ日本ではそうした対策ではなく、軽減税率の話になっているのですか。

 

飯田 そもそも、所得格差の是正をやる気が無いのではないかと思います。例えば、所得格差を図る指標としてジニ係数が代表的ですが、日本の場合、所得の再分配をしてもジニ係数があまり下がらないんですね

 

再分配前と後で比べると、働く年齢層のジニ係数が8%くらいしか改善しない。OECD平均ですと26%くらい改善するのですが。日本の場合は再分配による改善をほとんど行っていないのです。

 

荻上 要するに他の先進国と比べて格差是正効果が3分の1以下しかないということですね。

 

飯田 そうなんです。例えば経済学では、中央値の半分以下の所得しか得ていない人を「相対的貧困状態」といい、その比率を「相対的貧困率」といいます。市場所得、つまり再分配をやる前は、日本は相対的貧困率が低い国なんです。日本は16%で、OECD平均は18%。平均以下なんです。

 

一方、相対的貧困率を分配後について比べると、先進国平均は10%切っているのに対して、日本は13.5%。再分配前は比較的平等な国だったのに、再分配後はOECDの中でもトップ5に入るくらい不平等な国になってしまった。

 

荻上 つまりこの国の格差対策は「ずっと本気じゃない」と。

 

飯田 そうですね。日本の格差対策は、「高齢者の格差を是正する」ことに資源を投下してきました。つまり、働ける人間は働いて稼げばいいんだから、格差是正は必要ない。ただ高齢者の場合は、年金システムを通じて格差を縮小するというわけです。だから高齢者に関しては、日本の方が格差改善率は高いんです。

 

荻上 でも全世代で見ると他の国よりもかなり劣っている。そもそも格差に関する議論はこの国では弱いわけですね。安倍政権の経済政策にも「格差」というフレーズは当然入ってこない。そうした中で、貧困対策かのように言われている軽減税率は、もともとヨーロッパでもそんな目的では行われていない。では、なぜ公明党はこのように言っているのですか?

 

飯田 確かに単純な計算では、低所得者対策に「ならなくはない」ですから。そしてやはり食料品の軽減税率はキャッチーなテーマではありますよね。その意味ではどちらかというと政治的な主張だと僕は考えています。

 

荻上 本当は格差対策のためではなく「食料品の消費税は上げないから今回は見逃してくれ」、つまり増税に賛成してもらうためのスローガンなのかもしれませんね。

 

 

旧三本の矢はどこに行ったのか

 

荻上 安倍総理は先日のNYでの記者会見の中で、「なぜアベノミクスは最初の三本の矢を新しい矢に変えたのか」という質問に対して、次のように答えました。

 

「従来の三本の矢の政策は、経済政策の手段を示すものでありましたが、アベノミクス第2ステージの新「三本の矢」においては、具体的な目標を掲げることにいたしました。第一の矢は、従来の「三本の矢」を強化することによって、戦後最大の経済に向け、GDP600兆円を目指す「強い経済」。その上で人口1億人の維持のため、第二の矢として、国民の希望する出生率1.8を達成するための子育て支援。

そして第三の矢として、これは団塊の世代が介護を必要となる年齢に近づいていくわけでありますが、その子供たちの世代が、これは第二次ベビーブーマーの世代になるわけでありますが、彼らが両親の介護のために離職するという事態になれば、これは経済に大きなダメージを与えることになるわけであります。

そうした不安を払拭していくことも我々に求められているわけであります。介護を理由に仕事を辞める人がゼロになるという社会を創っていくための社会保障という2本の矢を加えることにいたしました。いずれも一朝一夕には成しえないわけでありますが、この新たな三本の矢を全力で放ち、新たな国づくりを進めていきたいと思います。」

つまり三本をやめて新しく打ったのではなくて、今までの矢がより効くために新しく打つのだ、と言っているんですね。

 

飯田 先日の総裁再任の後にこの三本の矢が出てきました。旧三本の矢は何をやるのかが明白でしたよね。少なくとも一本目と二本目については、ある程度経済が分かっている人間だったら何をやるのか理解できた。ところが今回は抽象度がぐっと上がっています。

 

これは田中角栄の言葉ですが「首相の力は就任の直後が一番強く、その後は基本的に下がっていくだけ」。そして一定の線を下回った段階でその内閣が終わる。そう考えると、最初は強いこと、具体的なことが言える。具体的なことを言うと反発も食らうわけですが。2012年に提示された三本の矢に比べると、今回は極めて具体性に欠ける。これは「リスクをとるような政策を打ち出したくない」ということだと思います。

 

 

需要を増やし、社会保障を見直すべき

 

荻上 安倍政権の経済政策に再分配の話や貧困対策の話は入ってこないな、とずっと感じていたのですが、今回名前だけは入りましたね。まだ具体的な中身は示されていませんが。

 

飯田 「社会保障」という言い方に必ずするんですよね。日本の社会保障費のほとんどが年金と医療に対する支出です。公的年金はしっかり年金掛け金払えた人だけが受け取れるシステムですから、再分配政策としては一部しかカバーしていないことになります。やはり日本は、しっかり再分配することにあまり熱心ではないのです。

 

荻上 その面が、実はこの消費税に関する議論も少し歪めている。貧困層が見えていないのでとったお金をどうするのか、という議論も甘い。

 

飯田 まさに2014年の消費増税のあと、もっとも貧しい20%の層が1割以上消費を減らしています。実際、大幅に生活が苦しくなり「節約しなきゃ」と思うようになった。それだけの負担を与えてしまった消費税。それを5%に戻すという話をしているなら大変結構だと思うのですが、むしろ上げるという話になっている。そして、還付方式の提案だったり、それに対する反論を通じて、あたかも10%への引き上げが前提かのように話されている状況。これは危険だと思うんですよね。

 

荻上 10%にすることによって、新三本の矢を含めた安倍政権の経済政策にはどんな影響が出るんですか。

 

飯田 消費増税をすることは消費することにペナルティをあたえるということです。つまりは需要抑制策なわけですよ。経済は、需要と供給する力(供給能力)のうち、少ない方で決まります。例えば需要の方が供給能力を上回ると、だんだんとインフレが定着してきます。更に進むと、これ以上の成長のために成長戦略が必要になってきます。

 

しかし消費増税で消費を減らしてしまった結果、まだまだ供給能力に余裕がある状態なんですよね。そうしたら、もう一回需要政策で立ち直らせていかなくてはいけない。その意味で旧一本目の矢(金融緩和)、旧二本目の矢(財政支出)にもう一度回帰する必要があるんじゃないかと。

 

ポール・クルーグマンというノーベル賞経済学者が、最近のインタビューでも「日本が今一番やってはいけないことは消費増税だ」と言っています。「できることならば、むしろ財政支出を行なうべきだ」と言う論者もいます。中でも先進的な意見としては、「『ベーシックインカム方式』で給付金を行ったらどうか」。僕自身もこれは一理あると思っています。

 

例えば低所得者、典型的には住民税非課税世帯に、給付金2万円を年4回給付する。これで2.4兆円かかります。消費税1%分でいいんです。そして、子ども全員に同じく2万円×4回で年間8万円給付する。これも2兆円かかりません。1.5兆円ですみます。

 

低所得者及び子育て世代を助けるために、給付型でしっかりと所得補償をし、消費増税分の負担を軽減する方法をとっていくべきだと思います。将来的には、日本の社会保障はしっかりベーシックインカム方式に転換すべきだと思いますが、その一歩として給付金を検討してほしいなと思います。

 

荻上 まずは実際の消費を刺激することと同時に、最初の目的の一つであった貧困層対策に本腰を入れろということですね。

 

 

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