皇室この一年「天皇皇后両陛下 戦後70年慰霊の旅」 2015.12.23


あさがこの日待ち合わせをしていたのは一体誰なのでしょうか?
あっいてた。
(歓声)戦後70年の今年。
天皇皇后両陛下は太平洋の島国パラオを訪問されました。
太平洋戦争の激戦地となったペリリュー島。
両陛下は日本から持参した菊の花を供え戦没者を慰霊されました。
この一年天皇陛下は戦争の歴史に向き合い平和への思いを表されてきました。
全国民と共に戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し心からなる追悼の意を表し世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
今日82歳の誕生日を迎えられた天皇陛下。
皇后さまと共に歩まれた慰霊の旅。
そしてご一家のこの一年を振り返ります。
新年の一般参賀。
新しい年を皆さんと共に祝う事をまことに喜ばしく思います。
天皇陛下は新年にあたり戦争の歴史に対する思いを文書で述べられました。
戦後70年の節目となる今年。
天皇陛下は皇后さまと共に慰霊の旅に出かけられました。
太平洋戦争の激戦地パラオへの訪問です。
日本から3,200キロ離れた太平洋に浮かぶ島国パラオ。
昭和19年日米両軍の激しい戦闘が行われ多くの犠牲者が出ました。
天皇陛下はパラオへの出発にあたり訪問への思いを述べられました。
太平洋に浮かぶ美しい島々でこのような悲しい歴史があった事を私どもは決して忘れてはならないと思います。
4月8日。
(歓声)両陛下はパラオに到着されました。
(歓声)
(歓声)かつて日本が統治していたパラオ。
今も日本の文化が残り多くの日系人が暮らしています。
(歓声)
(拍手)その日の夜。
両陛下は歓迎の晩餐会に出席されました。
(拍手)太平洋戦争の激戦地だったミクロネシアとマーシャル諸島の大統領夫妻も招かれました。

(拍手)天皇陛下は戦争で犠牲となった人たちへの追悼の気持ちを述べられました。
ここパラオの地において私どもはさきの戦争で亡くなった全ての人々を追悼しその遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います。
天皇皇后両陛下はこれまでも各地で戦没者の追悼を続けられてきました。
戦後50年には長崎。
広島。
沖縄。
そして東京。
戦後60年には太平洋の激戦地サイパンで海外の戦没者を慰霊されました。
今回のパラオは天皇陛下が長年訪問を強く望まれていた地でした。
日本軍が戦略上の重要な拠点としていたパラオのペリリュー島。
この小さな島で2か月以上にわたり激しい戦闘が繰り広げられました。
およそ1万人の日本軍はほぼ全滅しました。
近代軍事史が専門の庄司潤一郎さんです。
パラオへの出発前天皇陛下は庄司さんをお住まいの御所に招きペリリュー島での戦いについて熱心に説明を聞かれていたといいます。
パラオの沖合に停泊する船。
両陛下の訪問に合わせて派遣された海上保安庁の巡視船です。
初日の日程を終えた両陛下がヘリコプターで降り立たれました。
このヘリコプターはパラオ本島からおよそ50キロ離れたペリリュー島に渡るため海上保安庁が用意しました。
この日両陛下は巡視船に宿泊し翌日に備えられる事になりました。
翌日ペリリュー島に到着された両陛下。
日本政府が建てた慰霊碑に向かわれました。
そこには両陛下の到着を待つ人たちがいました。
ペリリュー島で戦った元兵士の一人です。
昭和19年24歳の時に海軍の兵士としてペリリュー島に派遣されました。
持久戦を命じられ洞窟に籠もって戦っていた土田さんたち日本兵。
アメリカ軍は火炎放射器などで執ように攻撃を繰り返しました。
両軍入り乱れての接近戦。
目の前で多くの仲間が命を落としたといいます。
およそ1万人いた日本兵のうち最後まで戦って生き残ったのは土田さんを含め僅か34人。
戦後その悲惨な体験が語られる事はほとんどありませんでした。
両陛下は土田さんたちが待つ慰霊碑に到着されました。
日本から持参した白い菊の花を供えられました。
更に両陛下は対岸の島が見える場所まで進まれました。
10キロ離れたアンガウル島です。
この島もおよそ1,200人の日本兵が戦死した激戦地でした。
両陛下は元日本兵や遺族ら一人一人に言葉をかけられました。
皇后さまは遺族の女性が持っていた写真に目を留められました。
はい。
ありがとうございます。
戦車隊の一員としてペリリュー島で戦った父親の写真でした。
慰霊の様子を見守っていた土田喜代一さん。
「ようやく仲間の死が報われた」。
そう感じたといいます。
1泊2日の日程を終えられた天皇皇后両陛下。
戦没者や遺族一人一人に心を寄せられた旅でした。
終戦から70年。
日本の運命を決めた歴史の舞台の映像が今年初めて宮内庁から公開されました。
今も皇居に残る防空ごう御文庫附属室です。
昭和20年8月。
ここで戦争の終結を決定する重要な会議が開かれました。
当時日本は連合国に降伏するか本土決戦を迎えるかの瀬戸際にありました。
広島と長崎に原爆が落とされ日本と中立条約を結んでいたソビエトが侵攻。
昭和天皇に最終的な判断を仰ぐ事になったのです。
昭和天皇が出席した御前会議。
ここで終戦を決める聖断が下されました。
その場所がこの御文庫附属室だったのです。
昭和天皇の肉声を収めた貴重なレコード盤も70年の時を経て公開されました。
(玉音放送)「堪え難きを堪え忍び難きを忍び以て万世の為に太平を開かんと欲す」。
ラジオを通じて国民に終戦を告げた玉音放送。
その音声を収めたものです。
これまで知られていた玉音放送はこのレコード盤からコピーされたものでした。
終戦の時天皇陛下は11歳。
皇后さまは10歳。
それぞれの疎開先で玉音放送を聞かれていました。
それから70年。
両陛下は皇太子さまと秋篠宮さまと共によみがえった音声に耳を傾けられました。
宮内庁から依頼を受けレコード盤の再生を担当した新忠篤さんです。
両陛下は椅子に座り終始姿勢を正して静かに聞き入られていたといいます。
近代政治史に詳しい東京大学名誉教授の御厨貴さんは戦後70年の節目に公開された事に大きな意義があると考えています。
戦後70年の終戦の日。
天皇陛下は例年のおことばを大きく変えて戦後の日本の歩みを振り返られました。
そしてさきの大戦について初めて「反省」という言葉を盛り込まれました。
天皇皇后両陛下は今年も災害の被災者や障害者に心を寄せられてきました。
9月関東や東北で発生した記録的な豪雨による災害。
堤防が決壊し広範囲にわたって浸水しました。
8人が亡くなり1万6,000棟を超える建物が被害を受けました。
(歓声)災害の発生から3週間後。
両陛下は大きな被害が出た茨城県常総市を訪ねられました。
雨の中向かわれたのは住宅が流された現場でした。
このあと救助活動に当たった人や被災した住民たちに言葉をかけられました。
こんにちは。
ありがとうございます。
(一同)ありがとうございます。
10月両陛下は大分県にある障害者支援施設を訪問されました。
お二人は長年にわたって障害者スポーツの発展を後押しされてきました。
この日はスポーツを通じて障害者の社会参加の機会を広げてきた施設の式典に出席されました。
(拍手)両陛下はパラリンピック出場を目指す選手たちの練習をご覧になりました。
脳性麻痺などの障害がある人のために考案されたボッチャという競技です。
皇后さま!皇后さま!ジャック。
ジャック。
はい。
ラッセル・テリア。
ジャック・ラッセル・テリア。
あまり聞いた事ない珍しい犬種なんでしょうね。
ここ散歩おさせになるの?毎日。
そうですか。

(ピアノ)皇太子ご一家と秋篠宮ご一家のこの一年です。
皇太子さまは55歳になられました。
天皇陛下が即位された時と同じ年齢です。
天皇陛下が即位されたのと同じ年になったと思うと身の引き締まる思いとともに感慨もひとしおです。
象徴とはどうあるべきかその望ましい在り方を求め続けてこられた天皇陛下と陛下をおそばでお支えになっておられる皇后陛下のお姿に学びながらこれからも努力していきたいと思っています。
7月皇太子さまと雅子さまはトンガの国王の戴冠式に参列されました。
雅子さまにとって2年ぶりの外国訪問となりました。
Receivethecrownofroyaldignityandhonor.
(拍手)
(歓声)「ねこのピートはあたらしいくつでおでかけ」。
皇太子ご夫妻は東京都内の子育て支援施設を訪ねられました。
「こんなうたをうたうよ」。
・「あかいくつ」・「かなりさいこう!」・「あかいくつ」子どもの施設への訪問は今年天皇皇后両陛下から受け継がれた公務です。
中学2年生になられた愛子さま。
さまざまな経験を積み重ねられています。
学習院での演奏会でチェロを披露。
アメリカンフットボールの試合を観戦される機会もありました。
夏には戦時下の人々の暮らしを伝える施設を訪ねられました。
日本がたどった戦争の歴史を知ってほしいという皇太子ご夫妻の思いからでした。
今年結婚25周年を迎えられた秋篠宮ご夫妻。
外交関係樹立120周年を迎えたブラジルを公式訪問されました。
15日間で10都市を回り日系人などとの交流を深められました。
(拍手)双方向の交流が両国国民の相互理解および関係の増進につながっている事を大変心強く思います。
イギリスの大学院での留学を終えられた長女の眞子さま。
今月初めての外国への公式訪問で中米2か国を訪ねられました。
エルサルバドルでは大統領を表敬訪問されました。
日本との関係を花になぞらえて挨拶をされました。
エルサルバドルのマキリシュアットと日本の桜は共に桃色の美しい花を咲かせます。
これらの花のようにこれまで長年にわたって培われてきた両国の交流と相互理解が将来に向け一層花開きます事を心から願っております。
成年皇族になられた次女の佳子さま。
佳子さまご成年おめでとうございます!お一人で公務に臨まれるようになりました。
9月には全国の高校生による手話を使った演劇などのコンテストに出席。
参加者に手話でエールを送られました。
手話に対する理解と聴覚に障害のある方々に対する理解が一層深まるとともにこの大会が皆さまのすばらしい思い出となります事を願い私の挨拶と致します。
(拍手)悠仁さまは9歳小学3年生になられました。
夏休みには秋篠宮ご夫妻と山形県を訪れ伝統芸能に親しまれました。
(太鼓の音)
(太鼓の音)
(一同)お〜。
(拍手)天皇陛下は82歳の誕生日にあたり記者会見に臨まれました。
この一年を振り返るとさまざまな面でさきの戦争の事を考えて過ごした一年だったように思います。
年々戦争を知らない世代が増加していきますがさきの戦争の事を十分に知り考えを深めていく事が日本の将来にとって極めて大切な事と思います。
戦後70年。
天皇皇后両陛下の慰霊の旅。
来年1月には太平洋戦争の激戦地となったフィリピンを訪問されます。
平和を願う道のりをこれからも歩み続けられます。
2015/12/23(水) 08:15〜09:00
NHK総合1・神戸
皇室この一年「天皇皇后両陛下 戦後70年慰霊の旅」[字]

きょう82歳の誕生日を迎えられた天皇陛下。戦後70年の今年、皇后さまと共に歩まれた「慰霊の旅」の軌跡を描くと共に、皇太子ご一家、秋篠宮ご一家の一年を振り返る。

詳細情報
番組内容
戦後70年の今年は、天皇皇后両陛下にとって先の大戦に向き合われた一年となった。4月には太平洋の島国・パラオをご訪問し、太平洋戦争の激戦地だったペリリュー島で戦没者を追悼された。8月には、玉音放送の原盤音声や、終戦を決めた御前会議が開かれた「御文庫附属庫」の映像が宮内庁から初めて公開された。番組では、天皇皇后両陛下の「慰霊の旅」を描くとともに、皇太子ご一家、秋篠宮ご一家の一年を振り返る。
出演者
【語り】兼清麻美

ジャンル :
ニュース/報道 – 報道特番

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