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企業に求められる化学物質管理活動
−法規制と企業の自主的な管理活動−

  1. このコラムは、化審法(「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」を指す。以下同様。)見直し合同委員会のメンバーでもあった北村卓氏に、化学産業界の第一線で過ごされてきた豊富な経験に基づき執筆をいただいたものです。
  2. このコラムに記載されている内容に関し、法的な対応等を保障するものではありませんのでご了承ください。
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第1回 化学物質の法規制とは

第2回 毒物及び劇物取締法(毒劇法)

第1回 化学物質の法規制とは&

1) はじめに   世界的に化学物質の安全管理に関心が高まる中で、1992年のリオデジャネイロ環境サミット以来、化学物質の規制は既に法制度を持つ先進国ではハザードベースからリスクベースに変化していますし、途上国もこれに倣って法制度の整備を進めています。法規制は強制力が強く、違反して処罰されれば事業の継続が難しくなることもあります。反面、法の規制は社会に対する影響も大きいので次のような制約もあります。

① 未規制の物質に起因する事故災害が認められてから、その物質が規制対象に追加される「後追いの規制」になりがちである。
② 規制対象とするには、事故災害との因果関係の科学的な証明が求められるので適用が遅れがちとなる。
③ 多くの事業者が遵守可能で現実的なものであることが求められる。
④ 多様な業種や取扱い方法が対象となるため、詳細な部分を定めることが難しい。

  このような理由から、化学物質を取扱う企業にとって、法の遵守だけでは、化学物質に起因する事故や災害の未然防止には十分でないことがわかりますし、上のような制約から規制をどんなに強化してもそれは変わらないでしょう。法の規定は最低限の基準を示したものにすぎないので、企業の自主的な管理活動の必要性は高くなっています。

  世界各国・地域の化学物質に対する法規制は、それぞれの国や地域が抱える喫緊の課題やポリシーの違いを反映するので決して一様ではありません。時として自国産業の保護・育成の手段に用いられることもあります。本連載では、国や地域によって違いのある法規制を日本の法制度と比較しながら、企業の対応における課題を考えたいと思います。

  日本では多くの法律が独立した体系で化学物質を規制しているので、全てに遺漏なく対応することが実務的に難しくなっています。気が付かないうちに違反状態となることもあるでしょう。事業の多様化が進めば、それまでよりも広い範囲の法規制への配慮が求められるようになります。そのためコンプライアンスに関わる専門家を確保し、必要な部署に必要な人員を配置することが難しくなっているだけでなく、担当者も対応に日々追われているのが実状でしょう。

  化学物質の法規制というとまず考えるのは、各国・地域で整備が進んでいる化学物質の登録制度です。多くの国や地域で、化学物質の製造・輸入のために予め物質の登録が求められるようになってきました。その物質がその国や地域で取り扱えるかどうかという点は確かに大きな問題で、登録ができなかったり大きく遅延したりすることで、事業に大きな影響を及ぼします。また国や地域によって異なる登録の手続きとその煩雑さは規制の仕組みを理解していないと煩わしいものでもあります。しかし、一般的には一度登録が済めばその後は製造・輸入が継続できるので、同じ作業に悩まされることはないでしょう。それに対して、化学物質の持つ特性、特に人の健康や環境に対する有害性にもとづく規制は、新しい知見や社会の関心の強さによって常に影響を受けますし、規制は厳しくなることはあっても緩和されることはほとんどありません。そのような理由から、筆者には化学物質の登録制度よりも環境規制・安全規制の方が、事業に対する影響が大きいように思われます。このような規制では強化されるときにその都度対応を考えるよりも、先手を打った対応を考えるほうが結果として効率的になることもあります。それは自主的な対応の場合もありますし、日本を含んだ先進国の規制への対応を途上国で先行して実施することもあります。将来的にその国や地域で法規制がどのような方向に変わっていくのか考えておくことは好ましいことと思います。

  日本企業がまず考えなければならない日本の法規制の中には、世界的な制度とは異なった仕組みのものもあり、日本での法令遵守の手法だけでは、海外での有効な解決策とならない場合もあります。そのため、日本の法規制の基本的な考え方を理解し、それが海外の法規制対応に有効であるのかどうかを考える必要があります。類似する法規制への対応でも、日本国内で行った対応が必ずしも海外でも通用するとは限らないのです。

  法令違反は企業の経営リスクとなります。該当する法令の条文を十分に読みこなすことが必要であることはいうまでもありませんが、条文は慣れていないと読みにくいこともあり、理解しづらいこともあるでしょう。法規制への対応では、細かくそして多くの場合は読みにくい法律の条文の解釈だけにとらわれて思い悩むよりも、原点にかえって規制に至った背景や法律の目的や構成を知ることが、より深い理解の助けとなり現実的な解決方法を見出すことにつながることもあります。しかし、国内の法規制ですら、制定から時間が経過したり改正が度重なったりしている場合は、そのような歴史的な背景は伝承されないこともありますし、まして海外の法律ではその背景などはなかなかわからないことがあり、適切な判断が難しいことがあります。それでもグローバルな規制の方向と国や地域の課題を関連付け、さらに日本国内の法規制対応がどのように応用できるのか、という点を考えておくことは、企業の安定した海外事業のためには必要であるように思います。

  このコラムでは、そのような動きの中で、地球サミット以来重要性が指摘されている自主管理活動をどのように位置付けることができるのかという点についても考えてみます。

2) 化学物質を規制する法律の仕組み   日本では多くの法律が化学物質を規制していますが、そのおおまかな仕組みを知ることは法律を理解するだけでなく適切で効果的な対応を容易にします。

  化学物質の法規制の仕組みは、
① 特定の化学物質をリスト化し、その物質あるいは含有する製品を規制の対象とする。
② 危険有害性のクライテリアを設定しそれに合致する化学物質(製品)を規制の対象とする。

という方法に大別されるでしょう。二つの手法を組み合わせることもあります。これまでは化学製品(化学品)に含まれる化学物質のみを対象とすることが主流でしたが、近年は成形品中の化学物質も規制対象とされることがあります。そのため化学企業以外の企業も、化学物質の規制を無視することができなくなっています。

① 特定の化学物質を対象とする規制
  毒物及び劇物取締法(毒劇法)・労働安全衛生法・化学物質排出把握管理促進法(化管法)などの多くの法律がこれにあたります。化学品を購入し使用する企業は、含有化学物質を知ることで対応の要否が判断できます。ここにあげた三つの法律はSDS(Safety Data Sheet;安全データシート)などで対象物質に関する情報の販売先への提供を義務づけているので、対応に不都合は生じないはずです。しかし、それ以外の法律の規制物質や海外の法律への対応では、対象物質にSDS等による告知義務があるとは限らないので、必要があれば購入先に問い合わせて確認することになります。特に消費者用製品に対して含有物質の規制がある場合には、社会的影響が大きく、製品の回収や代替品の開発や提供で対応が困難な場合もあるので、注意が必要です。製品分野を限定せずに成形品全体に規制を拡張した欧州のREACHが、わが国のサプライチェーンにも大きな影響を与えたことは記憶に新しいところですが、その傾向は世界に広がろうとしています。

② 特定の危険有害性のクライテリアに合致する場合の規制
  消防法化学品や輸送に関係する船舶安全法の危険物船舶運送及び貯蔵規則(危規則)・航空法などがこれにあたります。化学物質による健康影響だけでなく環境影響や火災・爆発などの物理的危険性にも配慮すると、このタイプの規制になるようです。規制への該否は原則として化学品の有姿としての試験結果からの評価によるので、該否の判定では混合物化学品と単一物質化学品との間に区別はありません。海外の規制法規と違いのある消防法と異なり、危規則や航空法の該否判定方法は海外の輸送法規とほぼ整合しています。物理的危険性の試験方法は国によって異なることがあるので、測定値の微妙な部分が気になるのであれば試験方法の確認が必要になります。法規制ではありませんが、世界的に普及が進んでいるGHSもこのタイプに分類されるでしょう。

  このように化学物質の法規制は二つのタイプに分けられますが、①のタイプの毒劇法・労働安全衛生法・化管法に、危険有害性のクライテリアで判断する②のタイプのGHSが取り込まれているので、これらの法律への対応では両方を考慮することが必要となることもあり複雑な作業になります。GHSは法規制というよりも企業の自主管理活動に近い性格をもっていることが、その原因の一つであるように思いますが、その対処法はそれぞれの法律の項で考えたいと思います。

第2回 毒物及び劇物取締法(毒劇法)  

  我が国の化学物質を規制する法律では、毒物及び劇物取締法が最も古く、1912年(明治45年)の「毒物劇物営業取締規則」に始まります。当初から製造業・輸入業が届出制、販売業が許可制となりました。1947年(昭和22年)に「毒物劇物営業取締法」となり、販売業では事業管理人を置いて、その事業所における毒物又は劇物の取扱いに関する業務を管理することが求められるようになりました。1950年(昭和25年)に名称が現在の「毒物及び劇物取締法」(毒劇法)となり、製造業・輸入業は厚生労働大臣、販売業は都道府県知事への登録制で、販売業者に加え、製造・輸入業者に対しても、資格を持った毒物劇物取扱責任者を置くことが求められ、規制対象になりました。[1]

  毒劇法の目的は「保健衛生上の見地から必要な取締を行う」ことですが、毒劇法には海外を含めて他の化学物質を規制する法律とは異なった特徴を見ることができます。

  第一の特徴は、法の歴史からわかるように販売行為に関する規制です。販売事業者は、販売時の記録を作成・保管し、購入者(譲受人)には譲受証の発行が定められています。この規定は、偶発的な化学物質による事故災害だけでなく、意図的な誤用・悪用の防止にもつながります。現在世界的な広がりを見せている、サプライチェーンを含めた化学物質の管理につながる考え方に近いといえるでしょう。海外では類似の販売行為に明示的に規制を定めている例は少なく、中国の猛毒化学品に対する規制(危険化学品安全管理条例)があげられるくらいでしょう。[2]

  第二の特徴は盗難や紛失を防ぐための、施錠管理、非対象物質との区分管理や在庫・使用量の定期的点検などです。毒物・劇物はその判定基準[3]に従えば半数致死量(経口)が成人で数g〜20g程度と見積もられるので、少量の紛失からも重大事故や事件につながる可能性があります。汎用的な溶剤が劇物である場合には、貯蔵数量やバッチ式の反応で一度の使用数量が数十トン以上になることもあり、さらに蒸留・回収・再使用などの複雑な工程を経ることもあるので、上記の半数致死量に相応する量までの厳密な在庫管理は技術的に困難な場合もありますが、少なくとも事業者はそのような管理が可能となるシステムを事業所内に構築・運用しなければならないと考えることができます。また、考慮すべき量としては、桁は異なりますが、原材料の在庫管理はコスト管理や放出抑制による環境管理にもつながります。漏洩・流出を防止するための施設・設備・容器あるいは運搬方法に関する基準などは、消防法などの基準とも重なる部分がありますが、取扱者の安全衛生の確保だけでなく、毒劇法の視点からは在庫管理を適切に実施することが求められ、漏洩・流出を放置することは不適切な在庫管理につながると考えることができます。

  第三の特徴は、急性毒性及び、腐食性/刺激性という限られた健康有害性をもとにした判定基準から毒物・劇物が指定されることです。いうまでもなく、この判定基準に合致する物質の全てが指定されているわけではありませんし、判定基準から外れていても社会的な影響の大きさから劇物に指定されることもあります。かつては人の生死にかかわる急性毒性が化学物質の健康有害性にかかわる最大の関心事でしたが、現在では、ばく露された個体(人)が死に至らなくても、発がん性・生殖毒性・変異原性などの特定の臓器に重篤な影響をもたらす遅発性の毒性や次世代に及ぶ可能性のある影響についても考慮するようになっています。我が国ではそのような有害性に関する規制は化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)や労働安全衛生法(安衛法)などに委ねられていますが、海外では化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)に示される健康有害性を総合的に考えるようになっているので、毒劇法のような特定の健康有害性にかかわる化学物質の法規制の形が途上国を含めてこれからも世界に広がることはないように思われます。

  毒劇法は、法の目的を達成するために事業者の自主的な規範として、「毒物劇物危害防止規定」の作成を勧めています[4]。厚生労働省が公開している書式はどちらかといえば取り扱う作業者への健康影響の未然防止に重点が置かれているように見えますが、海外事業所でも同様に危険有害性を持つ化学物質の管理を進めるのであれば、労働安全衛生管理システム(OSHMS)に危害防止規程の考え方を組み込むことが現実的でしょう。国内では既に多くの事業所がマネジメントシステム(MS)の仕組みを取りこんでいるので、海外展開に同様の仕組みを適用することは、それほど難しい問題ではないと思います。毒劇法が早い時期からMSに近い考え方を取り入れてきたことは注目できます。特に重大でない限り事故災害事例が公表・報道されることはないので、実際に海外事業所で化学物質に起因する事故災害が発生した場合に、事業者が法律的・社会的にどのような責任を問われるのかは推測の域を出ませんが、国内の事例を参考にすれば、重大事故や災害の発生で事業者は経営上の大きな痛手を被ることになるでしょう。そのような場合にも、適切に運用されている労働安全衛生管理システム(危害防止規程など)を持っていれば、事業者としての安全配慮への努力が認められ過度に事業者責任が問われることが抑制できるかもしれません。

  毒劇法は、毒物・劇物を定めた場所に施錠して管理するとともにそれ以外の化学物質(品)からの区分を求めています。多くの種類の化学物質(品)を取り扱う立場、特に大学や企業の研究室などでは、毒物・劇物と同等以上の急性毒性を持つ物質を使うことも多いのですが、これらをどのように管理するのが適当なのか工夫が必要でしょう。毒性物質が法規制によって毒物・劇物とその他の物質のように区別されていない国や地域では、結果として事故災害のもととなれば、事業者の責任は同一視されるので同等の管理が必要となるでしょう。

  毒劇法は化学物質把握管理促進法(化管法)や安衛法とともにSDSの配付を義務付けているので、法規制とGHSの関係を考えたいと思います。化学品による危険有害性からの影響の最小化を目指して、リオデジャネイロの環境サミット(1992)で採択されたアジェンダ21以来、危険有害性を関係者にわかりやすく理解できる形で周知するとともに、世界各地でその仕組みを調和させていこうとする活動が始まり、ラベル等の表示やSDS等で危険有害性情報を提供するときにGHSの利用がされています。

  GHSの基本的な枠組みは国際連合やその他の国際機関で構築されますが、実際にそれを使うのは化学品の製造事業者であり使用事業者です。化学品を含めて工業製品は自由に世界中を移動する時代ですので、化学品を規制する仕組みを持たない国や地域にも出荷されることもありますが、その場合でもGHSにもとづいたSDSやラベルであれば、安全を確保するために化学品の危険有害性情報の伝達と理解が進むことが期待されます。

  GHSの仕組みは着実に世界に広がっており、ラベル表示から化学品の危険有害性の概要がわかるようになっていますが、一方で既に法規制のある国や地域では、事業者はGHSに基づく表示とともに法の要求に応えることが必要となります。法規制の根拠とされる危険有害性データは、国や地域によって異なることもあり、同一の物質であっても危険有害性の分類・区分が事業者によって異なることもあります。したがって、既存の法規制への対応がGHSによる化学物質の危険有害性の判定結果とは異なることがあることも承知しておくことが必要でしょう。このような事例は、このコラム連載の中で考える法規制に則して、その都度触れますが、今回は毒劇法に関係する部分を記します。

  毒劇法の「医薬用外毒(劇)物」の表示が求められる毒物・劇物の判定基準はそれぞれGHSの急性毒性の区分1、2及び3に一致していますが、毒劇法ではそれ以外の要因も考慮して指定するので、区分1、2及び3に使用される「どくろ」マークが必ずしも「医薬用外毒(劇)物」の表示に対応するものではありません。混合物製品に対してはGHSでは、急性毒性は加算式を用いて判定するのに対して[5]、毒劇法では調剤規定に従うので[6]、判定結果には食い違いが生じやすくなります。これまでの事業者の関心は、法規制に違反しないことやそれによる刑事・民事的な罰を受けないこと、行政処分を受けないことなどありましたが、これからは、社会的責任として、製造・輸入・使用・輸送・廃棄など、全てのライフサイクルでのリスクアセスメントを自主的に実施することが求められるようになるでしょう。そのときには、GHSで表示される危険有害性と化学品の物理的特性などを用いたリスクアセスメントが世界各地で求められるようになると思われます。

[1] 各法令の出典は次のとおり:
毒物劇物営業取締規則
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788083/62
毒物劇物営業取締法
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00119471218206.htm
毒物及び劇物取締法
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/009/0512/00912070512008a.html
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO303.html

[2] 危険化学品安全管理条例
http://www.chemical-net.info/pdf/20110721_China_j.pdf

[3] 毒物劇物の判定基準:毒物:LD50:50mg/kg以下、劇物:LD50:300mg/kg以下
http://www.nihs.go.jp/law/dokugeki/kijun.pdf

[4] 毒物劇物危害防止規定について
http://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/51520_1332107_misc.pdf

[5] GHS第3.2章 皮膚腐食性/刺激性 3.2.3 混合物の分類基準 表3.2.3

[6] 毒物劇物の判定基準
http://www.nihs.go.jp/law/dokugeki/kijun.pdf

《過去のコラム》

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