ミリィと二人、鬱蒼とした森の入り口に立って木々を見上げる。
ゴライアスの森は広く、深い。
これは骨が折れそうで、ミリィもそう思っているようだ。
腰に手を当ててうーんと唸っている。
「……でさ、どうやって探すの?」
しかしワシに丸投げである。
こいつは……。
まぁ当然手は用意してあるが。
「まぁ見ていろ。考えがある。……とりあえず耳をふさいでいるんだ」
「?」
ミリィは不思議そうにワシを見ながら、大人しく両耳を塞いだ。
そしてシルシュに念話をかける。
(シルシュ、聞こえるか)
(は、はい。聞こえます!)
(今から合図を送る。空の方を見ていろ)
(空、ですか?はぁ……)
シルシュの呆けた返事を聞いて、手を空にかざす。
狙うは遥か上空、効果範囲ギリギリを狙ってバーストスフィアを念じた。
ごぉぉぉぉん!!
――――と、轟音と共に大気が震え、木々がざわめく。
横のミリィはうずくまり、耳を強く押さえている。
(……見えたか?)
(~~っと……はい。南西の方角になんだかすごい爆発が。……距離は結構あると思います)
ということは北東に歩いて行けばシルシュのいる場所に辿り着くというわけだ。
「行くぞミリィ、ここの魔物は身を隠して襲ってくる。見つけたらすぐにスカウトスコープを念じておけよ」
「わかった!……ところで何する気?」
「道を作ろうと思ってな」
手を前にかざし、グリーンスフィアと念じる。
生まれた緑色の魔力球が、木々をゴリゴリと押し倒していき、道なき道を切り開いていく。
今は緊急事態だし、真っ直ぐ行った方が早い。
ミリィが呆れ顔でワシを見ている。
「無茶苦茶するねぇ……」
「緊急事態だしな。ワシは道を作るから、ミリィは魔物を退けてくれ」
「うんっ!」
なぎ倒された木々を避けながら、瞑想をしつつ歩みを進めていく。
真っ直ぐ、真っ直ぐと。
時々現れるトレントエイプは、ミリィのブルーゲイルで撃破していった。
一撃である。
大魔導とはいえ威力の低いブルーゲイルで、ワシの合成魔導並の威力があるか。
ミリィの成長速度は凄まじい。
(シルシュ、そちらに今向かって行っているのだが、わかるか?)
(はい。時々竜巻が上がっているのが見えます。あれですよね)
(そうだ、このまま真っ直ぐ進めばいいか?)
(そうですね……あの、本当に色々、すみませんでした)
(気にするなと言っているだろう?)
(……はい)
ブルーゲイルは、丁度いい目印にもなっているようだ。
そのまままっすぐ進んでいると、不意に魔物の気配が濃くなっている。
耳を澄ませば、辺りからは獣の息づかいが聞こえてくる。
これは……。
「……囲まれているな」
「ゼフが無茶するから、目立っちゃったんじゃないの?」
「かもな」
トレントエイプ複数、それもこんな視界の悪い所で一斉にかかってこられると、厄介だ。
「先手を打つぞ、ミリィ、構えていろ」
「オーケイっ!」
タイムスクエアを念じ、時間停止中にレッドウェイブとブラックウェイブを念じ、解き放つ。
「パイロウェイブ」
言葉と共に辺りにワシらの周りを爆炎風が吹き荒れる。
炎は木々を焼き払い、風は草を吹き飛ばしていく。
「きゃああああっ!?」
「ゴガアアアアッ!?」
ミリィのスカートがバサバサと揺れているが、見えないように頑張って押さえているようだ。
ミリィと隠れている魔物たちの悲鳴が辺りに響く。
魔力による炎はすぐに消え、辺りにはその破壊の後だけが残った。
「えほっけほっ……ゼフう……」
煙を吸い込んだのか、涙目で咳き込むミリィ。
焼け野原となった辺りには、トレントエイプ三体とその三倍はあろうかという巨影。
漂う煙を太い腕で薙ぎ、ずしんという地響きと共に姿をあらわしたのはゴライアスの森のボス、ギガントエイプである。
鋭く太い爪と牙、大きく逆立った毛と燃えるような赤い瞳は、ワシらへの敵意を露にしていた。
奴がワシらを睨み付けると共に、ビリビリと大気が震える。
強烈な威圧感、ミリィもそれに気づいたようだ。
ボスが発狂モードになると使ってくるテレポート封じの威圧の魔導。
北の大陸のボスは、発狂モードになる前から使ってくるモノもいるのだ。
「威圧の魔導……!まだ発狂モードになってないよね?」
「北の大陸にはこういうのがたくさんいる。色々と一筋縄ではいかないからな、気を付けろよ」
「……うんっ!」
しかしギガントエイプか、これは少々面倒な相手だな。
一応シルシュに連絡しておいた方がいいだろう。
(シルシュ)
(何ですかゼフさん?)
(悪いが、少し遅れるぞ)
(え?えと……?)
一言だけ言ってシルシュとの念話を切り、前方に意識を集中させていく。
息を飲むミリィの背を叩き、気合いを入れてやる。
「ゴガアアアアアッ!!」
ギガントエイプが咆哮を上げ、樹の影に紛れるその瞬間、奴に向かってスカウトスコープを念じた。
ギガントエイプ
レベル71
魔力値359112/359325
森に隠れるギガントエイプと裏腹に、ワシらへ向かって突進してくるトレントエイプ三体。
「ブルー……!」
「待てミリィ!」
即座にブルーゲイルを放とうとするミリィの手を掴み、横へと逸らした。
竜巻はトレントエイプ三体の中心から少し外れた位置に発生し、二体を巻き込み撃破する。
残ったトレントエイプの突進を、ミリィの身体を抱いたまま飛んで避ける。
そのままゴロゴロと転がり、身体を起こすと、下になっていたミリィが頭をもぞもぞと動かし、ぷはっと顔を上げた。
「った~……もうっ!何すんのよゼフっ!」
「言い忘れていたが、ギガントエイプは取り巻きのトレントエイプを全て倒すともう一度呼び寄せる。それも何度も、だ。一体は残しておかねばならない」
「そ、そうなんだ……」
「あぁ、だからこれ以降はギガントエイプの方を狙うぞ」
「……で、何でそんな事知ってるのよ」
ジト目で尋ねるミリィから目を逸らし、答える。
「昔、ちょっとな」
「だから無理あるでしょその言い訳ーっ!」
「……戦闘中だぞ」
「うぅ……ずるい……」
文句を言うミリィを立ち上がらせ、再度突進してくるトレントエイプに向かってブルーウォールを念じる。
氷の壁がトレントエイプを包み込み、その動きを封じ込めた。
これでギガントエイプ一体に集中できるな。
「……で、どうするの?」
「ふむ」
クロードもレディアもいない。
ギガントエイプ、魔導師二人ではかなり厳しい相手だ。
――――まぁ、勝つことは不可能ではないが。
森の中から飛んでくる、太い枝を余裕をもって避ける。
「ミリィ、ギガントエイプは見えているか?」
「うんっ!ばっちりっ!」
「30秒でスカウトスコープの効果は切れる。その前に更新を忘れるなよ」
ちゃんと言った通りスカウトスコープを使っているようだ。
ギガントエイプは取り巻きに直接攻撃を任せ、自分は隠れて遠距離攻撃をしてくるボス。
この深い森の中、倒しても倒しても追加されるトレントエイプ、それを盾に飛び道具での攻撃してくる、普通に戦えば、相当に厄介なボスなのである。
しかしパイロウェイブにより周囲の木々を焼き払い視界は良好、尚且つ相手の位置は森に隠れていてもスカウトスコープで丸見えだ。
出所がわかればあの程度の飛び道具を避けるのは、レディアに特訓を受けたワシらにとっては容易いものである。
念のため、自分とミリィにセイフトプロテクションをかけておく。
と、ミリィの方へ石が飛んできた。
助けるか?と思ったがミリィならばこの程度の攻撃は躱せる筈。
リゥイではないが甘やかしていても本人の為にはならない。
そんなことを考え、差し出そうとした手を引っ込めると、ミリィはそれを危なげなく避けた。
ほっ、と安心するワシを拗ねるように見てくる。
「……あのくらい、大丈夫だから」
一瞬、庇おうとしたのを見破られたようである。
うーむそこまで見破るか。
成長したなミリィ。
「……そうだったな、悪い悪い」
そう言ってミリィの頭を撫でてやると機嫌が少しだけ治った気がした。
飛んできた大木をワシとミリィ、左右に飛んで躱し、ミリィがブルーゲイルを構えると共に、タイムスクエアを念じた。
時間停止中にブルーゲイルを二回念じ、ミリィと同時に解き放つ。
「「ブルーゲイルトリプル」っ!」
ワシとミリィの声がハモる。
ワシがトリプルをかけてくるのもお見通しというワケか。
自分はもう一人前だと言いたいのだろう。
ミリィの方を見ると、どうだと言わんばかりに白い歯を見せてきた。
やれやれ、そう言うところがまだまだ危なっかしいのだが。
氷刃混じりの巨大な竜巻が、数字のあるあたりに発生する。
ダメージは47000、申し分ない威力だ。
「発狂モードになるまで、ギガントエイプは遠距離攻撃しかしてこない。瞑想しながら狙い撃つぞ」
「うんっ!」
とはいえブルーゲイル、特にタイムスクエアを使ってのダブルは、相当量の魔力を消費する。
全快からでも二回しか撃つことは出来ないので、ワシの方は温存していかねばならない。
トレントエイプの動きを封じるためにブルーウォールも維持しなければならないしな。
瞑想を行いながらもミリィと二人、ギガントエイプに何度もブルーゲイルを念じるのであった。
飛んできた岩を避け、ミリィの放ったブルーゲイルが木の葉を散らす。
ギガントエイプの魔力値は現在133245。
魔力値も三分の一近くなり、そろそろ発狂モードになる頃合いか。
「……もうすぐよね」
ミリィもそれを、ちゃんとわかっているようだ。
発狂モードになったギガントエイプは接近戦を挑んでくる。
直前まで削った後、ミリィと共にブルーゲイルトリプルを二回。
後は魔導の連打で倒す算段である。
削る作業はミリィに任せ、魔力回復に集中する。
――――瞑想。
アードライから貰った魔力回復薬はまだ少し余っているが、万が一に備えて温存しておかねばな。
「ゼフっ!そろそろいいよ!」
「わかった、こちらも準備オーケイだ」
ミリィの魔導に合わせ、ブルーゲイルトリプルを発動させる。
巨大な竜巻が森に発生し、ギガントエイプの雄叫びが聞こえてくる。
ぴしぴしと、何かがひび割れるような音も。
発狂モードに入ったのだ。
隣でミリィがごくりと息を飲み、がさがさと茂みが揺れる場所に意識を集中させていく。
――――そして、茂みからあらわれたのは、森の奥で待っていたはずの……。
「シル……シュ……?」
ミリィの小さな声が、静寂の森に響いた。