なんでこんなことになったのだぁ
これから数回続けて光学ネタになるが,レンズブログになったわけではないし,特別にこの方面が得意というわけでもない.もとはといえば,友人にカメラの絞りと被写界深度の関係について聞かれたのが発端である.「せっかく図をかくのだから裏ブログに載せるよ」というわで,2,3日でさくっと済ます予定だった.
しかし・・ 良い意味で,はまってしまったのだった.「レンズの公式ってどうやって出すんだっけ? そういやファインマン物理に秀逸な説明あったよな」とか「<レンズを沢山組み合わせても1次近似(近軸光線)の範囲では1枚のレンズに等価になる>ってガウスが証明したのか~.で,どうやるの?」とか言ってるうちに,みるみる拡散して,もとの質問はもはや何だかわからんという状態に.
いや,やっぱり光って面白いよね.ゾーンプレートとかアラゴの斑点(ポアソンの斑点)のような光の波の性質が絡むアダルトな話題も素敵だが,実は中学レベルの実像・虚像というのもよくわかってなくて,虫メガネ買ってきて試したり・・ ちょっとマイブームなのだった.
今回の元ネタ
それで,今回のお題は「レンズの公式」である.いわゆる
という形をしているやつだ.自分の中では「焦点深度を被写界深度に換算するのに使う」というので出てきたような気がするが,それはどうでもよくて,この有名な式をなるべく直観的にわかるにはどうするか,というのが趣旨である.
元ネタは「ファインマン物理」の日本語版2巻(原書1巻)の中にある光学に関する2つの章である.そこの説明の特徴は「フェルマーの原理」(最小時間の原理)からダイレクトにいろいろなことを導いていく点にある.フェルマーの原理自体を波動から説明する部分も含めて,ファインマン自身の仕事に通じるものがあると思う人もいるかもしれない.
英語版がウェブで無料で読めるので,ここでわざわざ解説する必要はないかもしれないが,改めて眺めてみると,記憶にあるのよりも詳細で本格的な展開になっている.キモの部分だけならもっと短く話せそうなので,やってみることにした.
ファインマン物理の該当の章(英語版.レンズの公式はこれの次の章になる)
The Feynman Lectures on Physics Vol. I Ch. 26: Optics: The Principle of Least Time
フェルマーの原理
まず,出発点になる「フェルマーの原理」とは何か.
とりあえず,ちょっと不正確なバージョンでいうと「2点の間を結ぶ光線は通過時間が最小になる経路を通る」というものだ.これで「屈折」という現象を説明してみよう.
水も空気も砂糖水も透明だが,なにかしら見かけに違うものがある.砂糖水を水に落として透かしてみると,もやもや混ざっていくのが見える.
一体なにが違うのか.屈折率が違う.正解だが,では,屈折率って何だろう,実は屈折率というのはその物質の中の光の速さなのである.屈折率がnというのは光の速さが1/nになることを意味する.たとえば,水の中では空気中より光は遅く進む.
下の図は水面に光線が入ったところで,上は空気,下は水である.A点からB点に光が進むとして「最短時間」の経路はどうなるだろうか.自分が光になったつもりで考えてほしい.まっすぐ進む緑の線より,遅くなってしまう水中の時間を短めにする赤い線の経路のほうが早くつく,それで光の経路が折れ線になることが説明できた.
本当に面白いのは,単に定性的に説明できるだけではなくて,きちんと最小化問題を解くと,本に載っている「屈折の公式」(スネルの法則)がばっちり出てくることである.しかし,ここではそれはやらない.フェルマーの原理からスネルの法則を出して,スネルの法則からレンズの公式を導く,というのが普通だが,ここではフェルマーの原理から直接にレンズの公式を出す.
光線はそんなに賢いのか
レンズの公式を出す計算には関係がないが,疑問になりそうな点をひとつ.
光線というのはそんなに賢いのだろうか
計算機で最小値を求めようとしたことがある人なら知っていると思うが,本物の最小値を求めるのは,あらゆる可能性をチェックしなければならないので,簡単ではない.比較的簡単に求まるのは「その近くでは最小」という,いわゆる局所的極小である.
光は波動の性質を持っているらしい.だから今はやりの量子計算機のように,ホンモノの最小値をずばりと当てることができるのかも,と思う人もいるかもしれない.
フェルマーの原理のウラに波動がある,というのはいい勘なのだが,残念なことに光線が選ぶのは本物の最小値とは限らず,局所的極小のこともある.さらに一般には最大値や最大最小の混じった峠のような経路になることも可能である.そういうのをひっくるめて「停留値」という.停留値は「そのまわりで(下の図の左の灰色のもにゃもにゃのように)少し経路をずらしたときの到達時間がほとんど変わらない」という性質を持っている.下の図の右でいえば,赤のあたりは停留値で,緑のあたりは停留値ではない.
正しいフェルマーの原理は「2点の間を結ぶ光線は通過時間が停留値になる経路を通る」ということになる.多くの場合は最小値になるし,そのほうがわかりやすいので,ファインマン物理を含めた多くの教科書で「最小時間の原理」として最初は導入されるというわけだ.
もちろん,本当に気になるのは「停留値」の背後にある理屈である.あとの記事で触れる予定だが,すぐ知りたい人は,上のリンクのファインマンの説明(1章目の最後)を見てほしい.
レンズってどういうもの?
ところでAとBの間を最小時間で結ぶ経路は1本だけとは限らない.実はそれが無数にある場合がいわゆる「焦点」なのである.
もちろん,上のように何もなければ最小値も停留値も「AとBを結ぶ直線」しかない.図のほかの折れ線はそれより長く,時間がかかり,停留値にもならない.
そこで「何か」を間に入れてやることで,全部の折れ線の通過時間をAとBを結ぶ直線の通過時間と等しくしよう.
この何かに,薄いガラスを使うのが凸レンズというわけだ.ガラスの中では光の速度が1/nになることを使って「経路の短いところほど厚いガラスを通過させる」のがキモである.ぶっちゃけ,経路の長さの差に比例してガラスを厚くするわけだ[*1]
どんな形状のものを入れたらよいか,折れ線の経路の長さを図解してみよう.わかりやすくするために左右を赤と緑で塗り分けることにする.
下の図の一番上のように端っこを揃えてならべると,あいだの隙間が距離の差になる.これに比例した厚さのガラスを通過させればいい.
隙間の形がなんかどこかで見た形である.上から2番目のように灰色に塗ってみると,おおお,凸レンズの形だ!
念のために言っておくと,両側に膨らませる必要はなくて,たとえば上から3番目のような形でもよい.しかし,一番下のようなのは性能が良くなさそうである.
ピタゴラスの定理
「レンズの公式」を出そうとすると,さすがに図解だけでは無理で,ちょっとは計算が必要になる.
まず必要なのは,ピタゴラスの定理で,直角三角形の斜辺の長さを で求める.両側のそれぞれについて計算すると,およびとなる.
これで経路の差が厳密に求まるが,通常の「レンズの公式」は,折れ線と「AとBを結ぶ直線」の角度があまり大きくないときの近似式なので,が小さい時の平方根の近似式を使う.
こういう式は「自分の鼻の穴と同じくらいよく知っている」か「全然記憶にない」のどちらかではないかと思うが,念のために導出をあとにつけておいた.試しに数字を入れてみると, なので,かなりいい近似になっている.ちなみに高校までは「近似的に等しい」は≒だが,大人の世界ではを使うことが多い.
この近似式を使うと
となって,これらの和からAとBを結ぶ直線の長さを引くと
となる.
レンズの公式
この結果から何が言えるか.
まず,凸レンズのガラスの厚さだが,近似的にに比例するという答である.これは2次関数で放物線だが,下の図でわかるように,この近似のレベルでは円とあまり変わらない.いままでずっと2次元の断面図で考えてきたが,実際には3次元的になっているので球面ということになる.
実際にレンズを作る場合,以前の技術では球面以外の形は難しかったので,これは好都合である.しかし,写真レンズではの大きいところまでの光を集めたいので,そうすると近似式はダメになってボケてしまう.またここでは論じていない,光の色(波長)に関するずれもある.多くの物質では色によって屈折率が変わるのである.それらの対策として,球面でガラスの材質が違うレンズをたくさん組み合わせたのが,実際に使われる写真用のレンズである.いまでは球面でないレンズも以前より安く作れるので,必要に応じてそれも混ぜて,合わせ技的にうまく光を集めるわけである.
次にこれが本題なのだが
という式をよくよく眺めるとわかるように,との間に
という関係があれば,すべてのについて,折れ線と「AとBを結ぶ直線」の距離の差は等しくなる.ということは,同じレンズでAからの光をBに集めることができるわけだ.
逆にレンズを固定して考えると,いろいろな距離からの光は,距離のところに集まることになる.
レンズによって決まる上の定数をと書くことにすると,上の式は
となる.これが求めるレンズの公式であった[*2].
今回のメインの話はこれでおしまい.
眼とフィルムの違いとか(ほぼおまけ)
ところで,読者はレンズの初歩の話を学校で習ったことがあるだろうか.自分は中学まで独自カリキュラムの私立だったので教わっていないが,同世代の人は「実像」とか「虚像」とか義務教育で習っているようだ.しかし世代によって違うのかもしれないし,苦手だった人もいそうなので,ちょっとだけ復習しよう.得意分野ではないので,自分の勉強も兼ねてである.
まず,いままでは中心軸の上にある1点が光る(点光源)として考えていたが,すこしずらすと次の図のようになる.赤と緑の長さの比率だけ拡大・縮小されるわけだ.一般の光源はいろいろな明るさの点光源の集まりだと考えればよい.
次に下の図の赤い線のところに写真のフィルムを置くとそこにピントのあった写真が写る.青の線や緑の線の位置だとピンボケになる.デジカメのセンサーだとそれぞれに小さいレンズがついていたりして本当は少し複雑だと思うが,基本的にはフィルムと同じだ.このとき,上の図の赤と緑の関係をみればわかるように像は上下も左右もさかさまになっている.フィルムの場合でもセンサーの場合でもそうなのだが,直接見るわけではないので意識しないだけだ.
フィルムに写る像をダイレクトに見ようとすると,赤い線の位置に白紙を置いて前からみたり,半透明の紙を置いて後ろから見たりすることになる.これらの場合は,いったん集まった光が紙の繊維で散らばってそれが眼に入って・・となるわけで,実はそれなりに複雑なプロセスが背後にある.
さて,混乱しやすいのは,直接にレンズを目で覗いた場合である.この場合に何が起きるか.レンズの位置と対象の物体を固定して,レンズに眼を近づけていくと,緑の線のあたりでは鮮明な逆さまの像がみえる[*3 ].次に赤い線のところまで行くと,像はぶわああっとなって見えなくなる.対象が点光源に近いものだと,レンズ全体が明るく輝く感じだ.さらに青い線を越えて近づいていくと,こんどは逆さまになっていない像が不鮮明に見えてくる.写真ならピントが合うはずの位置で直接に眼で覗くと,一番何も見えない,というのは不思議な気がする.
眼で覗いた場合が複雑なのは,眼の中に水晶体と角膜[*4] というレンズがあって網膜にピントを結ぶようになっているからだ.しかも,水晶体の厚みを変えることで,いろいろな距離の物体から出る光を網膜の上に集めることができるという優れものである.ただし,有限の距離の物体から出る光というのはいつも発散する方向で,無限大の距離になってはじめて平行になる.そこで,収束してくる光はいわば「無限遠より遠い」ということになって網膜に集めることが難しい.
緑の線のところでは像は逆さまだが,光線は発散方向なので,人間の眼に適合性があって鮮明に見える.しかし青い線では収束方向なのでぼんやりとしか見えないことになる.赤い線のところでは眼の中のレンズのちょうどのところに光線が集まるので,秘孔を突かれたようなもので「何も形が見えない」ということになるらしい.この場合も,紙に焦点を結ばせて横から見る場合は,紙の繊維でいったん乱反射されてから眼に入ってくるので問題なく見えるわけだ.
もうひとつ,発散光線になって鮮明に見える場合としては,下の図のように,対象の物体をレンズに近づけすぎて焦点を結ばなくなった場合がある.これだと距離によらず,眼で覗くと逆さまでない像が見えることになる.赤い点線の交点に物体があるかのように見えるのだが,これは人間の眼のレンズを介して網膜に写るという話なので,眼の位置にそのままフィルムや紙をおいても写すことはできない.
あー,難しかった.まだ間違ってないか心配である.「実像とか虚像とかジョーシキでしょ」という人もきっと沢山いるとは思うが,これって,どっちかというと中学生より大人になってからのほうが楽しめるんじゃないだろうか.
ちなみにウェブで検索するには「実像 レンズ」「虚像 レンズ」のようにするのがよい.「レンズ」を付けないと「アイドルの虚像」とかそんなのばかり出てきてぐったりする.もっとも,子供向きの虫めがねなら安いので,上の説明で「あれ?そうだっけ?」と思ったら,まずは実際にやってみるのがおすすめである.
(おまけ1)平方根の近似式
を1より十分小さい数,たとえば1/10とか1/100として
と書くことにする.もまた1より相当に小さい数字になることが期待される.すると
から となるが,はよりさらにずっと小さくなる.
が1/10なら,は1/100だ.そこで,この項を無視して
という近似をする.すると
となり,いちばん最初の式にこれを代入すると,求める近似式
が得られる.
いちいちこんな計算をしなくても,微分すれば一発である.しかし,ある意味では話が逆で,こういう1次式による近似を組織的に求める手法を集大成してできたのが微積分なのだ.
(おまけ2)フレネルレンズ
フレネルレンズ(Fresnel lens)という段々になったレンズがある.安いプラスチックのものはよく見かけるのでみたことのある人も多いと思う.歴史的には灯台に使われたのが重要らしい.
ウィキペディア(英語)
Fresnel lens - Wikipedia, the free encyclopedia
普通はたくさんのレンズあるいはプリズムを寄せ集めたものとして説明されることが多いが,フェルマーの原理との関係はどうなっているのか.たとえば,こちらの興味深い講義では「最小値」でなく「停留値」である例として扱われている.段々のそれぞれの中では停留値なのだが,最小値はそのうちのひとつだけだ,というわけだ.
東京大学 学術俯瞰講義「光学と力学」
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/11351/2/notes/ja/02inouye20121018_1final.pdf
もっともなような気もするが,疑問もある.段のところで不連続になってしまっているが,それでも停留値といってよいのか.また,次回の話を先取りして,光を波動としてみる立場から停留性を導く立場からみると,段の前後の関係が余計心配になって来る.
光を波動として考えるのに慣れている人なら,次のように考えるかもしれない.「これはきっと段の大きさが光の波の波長の整数倍に対応しているのだろう.だったら光の波にとっては段がないのと同じになる.エレガントなアイディアだ!」
実際,フレネルレンズの形態をしたもので.そういうものは作られている.diffractive Fresnel lensというのがそれだ(phase Fresnel lensというのもたぶん似たようなものだと思う)[*5].可視光でなくX線用のは Kinoform というらしい.
しかし,普通のフレネルレンズは明らかにそうなっていない.上のウィキペディアの事例をみてもわかるように,粗大な作りのもので,段の大きさが波長レベルまで制御されているとはとても思えないのである.灯台用の古いものなどは,まんなかはレンズだが,周辺部は反射鏡だったりする.これでは位相制御などとっても無理である.
おそらく,段が光の波長よりずっと大きく粗大な作りになっていること,そして入ってくる光がレーザーのようなキレイな光(コヒーレント光)でないことがむしろ幸いして,段のために起こる面倒なことがほどほどで済み,通常の説明のように段ごとのレンズを独立に考えてよいことになっているような気がする.
そう思って探すと「普通のフレネルレンズはレーザーは苦手」という記述を見つけることができた.同じレーザーでも大気中を少し長く飛ばして「少し汚く」してやれば大丈夫の由である.
こちらのサイトにも「diffractiveなものと普通のを混同しないように」とある.
Demystifying Diffractive Optics – Trenton Talbot Photography
実は自分は最初2種類を混同してかなり混乱したのだが,調べてみると奥が深そうである.
*1:定量的には,各折れ線について (「折れ線の長さ」-「AとBを結ぶ直線の長さ」) = (通過するガラスの厚さの差)/(n-1) となるようにすればよい.
*2:実際は凹レンズとか凸レンズでも虚像になる場合にも負の量を考えることで同じ公式が使えるはずだが,そこは今回は省略.
*3:「実像は直接眼で見られない」と思っている人がときどきいるらしいが,虫めがねで試してみればすぐわかるように,そんなことはない,
*4:ちょっと意外だが,角膜の屈折する能力のほうが水晶体よりむしろ大きいのだそうだ.
*5:これらは光の波長を決めて設計されるわけで,単独では普通の白色光を入れると色収差がすごいことになる.それを逆用して,普通のレンズと組わせることで高度な色消しを実現する手法がニコンやキャノンで実用化されているらしい.