(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(桂文珍)ありがとうございます。
たくさんの拍手を頂戴致しまして。
いろいろな催しが世の中にはあるもんでございますが歌というのはまことに歌っていましても楽しいまぁ聴いておりましてもええもんでございますな。
歌というか音楽というかそういうものの楽曲の司と言われるのが義太夫文楽という世界でございますな。
お浄瑠璃お浄瑠璃の中でも大阪では何といいましても義太夫でございますよよろしいですな。
皆さん方もお出かけになる事があろうかと思いますが見台をド〜ンと置きましてねええ房がド〜ンド〜ンとこう付いてね太夫がこの肩衣という物を着ておりますな。
床本というこの本がこう分厚うてね押し頂いてねこう開きはってからに…。
・「い〜い〜い〜い〜い〜い〜」・「い〜」
(笑い)「い」だけで5分ぐらいかかるんでございます。
(笑い)ええ。
笑う時にも「ハハ〜」っと笑たりは致しませんな。
「ウ〜ンウウ〜ンタ〜ハ〜」。
これ笑うてはるんでございますから。
(笑い)すごいですな〜。
泣く時でも「エエ〜ッ」って泣いたりなんか致しませんなええもう「寺子屋」なんか見ておりますと「お〜でかしはったでかしはったズズズ〜ッ。
でかしはったわやいのぅズズズ〜ッ」。
最初うどん食べてはんのかいな思た。
(笑い)そういうふうに語るとまたええんやそうでございますな。
太夫がウワ〜っと大きい大きいこう語りますと横でええ三味線のお師匠はんが・「チンチンツントンツントンツントンツントンツントン」とこうやりよりますな。
・「チンチンツントン」あれを聴いてると・「年中貧乏貧乏貧乏」
(笑い)すごいんです。
そういうもんですな。
これがまぁ大阪の誇るべきまぁ伝統芸能なんでございますけれども私もあれが大好きでございましてねええ「酒屋の段」というのをちょいとお稽古させて頂いた事がございました。
ええ。
あっどんなんかと申しますとお聞きになったらご存じやと思います。
・「今頃は半七っつぁん」・「デデ〜ン」・「どこにどうして〜ござろうぞ」・「今更帰らぬことながら〜」いうてやるのでございますよ。
(拍手)やっやややややややっや〜や〜。
(拍手)もうその拍手の意味は分かっているんです。
「それ以上はいいぞ」と。
(笑い)それを察知するのがプロなんでございます。
(笑い)それが分からないままにズ〜ッとやりたがるのが素人なんでございます。
(笑い)この節回しがまことに難しいもんでございますから覚えますとやりたくなる。
それを聞きたくない。
(笑い)この出会いが面白い事になるようでございまして。
・「あ〜あ〜あ〜あ〜」「今日はなかなかええ声が出ますな」。
・「あ〜あ〜あ〜っ」「よしよしよしよし。
え〜今日は誰がハア〜町内の皆さんに触れて回ってくれてますかいな?ええ?ああ?久七?あ〜それなら安心じゃ。
いや以前になあれな定吉に行かせたところがなあの提灯屋さんに言うのをコロッと忘れてしまいよってあれから提灯屋さんに会う度に『旦那さんこの間お知らせがございませんでして聞き逃しました。
是非とも次回はお忘れの無いようにええ言うとくんなはれ』っちゅな事を道端で言われるもんじゃでもう恥ずかしいてな。
あ〜そうか今日は久七が行っとりますかそれなら安心じゃ」。
・「あ〜あ〜あ〜あ〜」「アハハ」。
・「あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜」「あっあっあ〜久七戻ってきましたか」。
「あっ旦那さんただいま戻って参りました」。
「お〜ご苦労さんご苦労さん。
どうじゃな?町内皆回ってきてくれましたか?」。
「ええ。
旦那さんのお浄瑠璃の会が今夜あるっちゅうんで皆触れて回ってきたようなこってございます」。
「あ〜ご苦労さんやったな。
ああ。
あの〜提灯屋さんに行てくれました?」。
「ええ。
定吉の事がございましたんでいの一番に行かせて頂きまして」。
「どうじゃな?喜んでましたやろ?」。
「えっ?」。
(笑い)「いやいや『えっ』やなしに喜んでましたやろ?」。
「ええ〜。
そりゃもうもう涙を流さんばかりに」。
「ほう涙を流さんばかりに。
そうですか喜んでました?」。
「ええええ。
『もう旦那さんの長屋に住まわして頂いてるせいで旦那さんの浄瑠璃を聞かないかんっちゅうのは何ちゅうこっちゃろう』っちゅうて」。
(笑い)「お前さんちょっと言葉がおかしないか?何ちゅうこっちゃろうてそれどういう事?」。
「いえいえいやあっなんでございますあの〜『旦那さんにその〜なんでございますあの〜住まわして頂いてるおかげで浄瑠璃を聞けるというのは何というありがたい事やろう』とこういうふうに申しておりました」。
「あ〜そうか。
それならええねや。
うんうんうん。
それで来るな?」。
「いえ。
来まへんのでございます」。
「何で来ませんね?」。
「いえそれがなんでございますねや三が町が一時に祭り提灯を注文してしまいまして明日の朝までにこれを納めないかんというこってございましてもう夜なべでえらいこってございましてええでまぁ『旦那さんのお浄瑠璃を聞きたいのはやまやまでございますけれども今日のところはどうしても行けまへんのんでひとつ旦那さんにくれぐれもよろしゅうに』とこういうこってございました」。
「あっそう?運のない男やのう」。
(笑い)「ほなまぁあの人には個別に語る事に致します」。
(笑い)「ええっ?」。
「『ええっ』やないがな。
な〜。
それがええわうんうんそう。
え〜豆腐屋さん」。
「ええ豆腐屋さんに行きましたところがこれも同じでございましてその〜なんでございます『大きな法事がございましてで飛竜頭やら厚揚げやら一時にぎょうさん作らないかんという事で夜なべでございまして仕事を放ってまでという訳には参りませんのんでええ今日のところはどうしても行けませんので旦那さんにくれぐれもよろしゅうに』という事で参れませんのでございます」。
「あっそう?フ〜ン。
金物屋の佐助はん」。
「ええ金物屋の佐助はんはあの〜金物組合の寄合でございましてえええ〜組合長をなさってまして『どうしても今日は行けん』というこって『ひとつよろしゅうに』っとこういうこってございました」。
「フ〜ン」。
・「あ〜あ〜あ〜あ〜」「ええ声が出んねんけどな」。
・「あ〜あ〜」「うんうん。
あっそう?甚兵衛さんは?」。
「じ…エ〜エ〜甚兵衛さんはエ〜トえ〜え〜何にしましょう?」。
「何にしましょう?」。
(笑い)「な何にしましょうとはどういう…?」。
「いやいやいやあの〜なんでございますよななな…。
あっそう甚兵衛はんはあの〜臨月でございますな」。
(笑い)「お前さん自分の言うてる事分かってるかい?甚兵衛さんは男やで何でそんな臨月…」。
「いやヤ〜ッヤ〜ッ違うんであの〜なんでございます甚兵衛はんの嫁はんあ〜があの〜臨月でございましてええもういつ生まれるや分からんちゅうて甚兵衛はん『もう人手が足らん』ちゅうてもう湯沸かしたりえらいこってございましてええエヘヘ『あのお浄瑠璃聞いてる間にホギャ〜って生まれるって事になったらえらいこってございます』っちゅうんでエヘヘヘエヘヘあの〜『今日はどうしても行けんのでひとつよろしゅうに』とこういうこってございましたな」。
「あ〜そう?手伝いの又兵衛」。
「いえそう手伝いの又兵衛はんは観音講でございますな導師をやってはりますんで今日は来れませんな」。
「フ〜ン。
森田の息子は?」。
「え〜京都へ行たはりましてねでお母さんは病気で寝てはる。
息子さんが京都お母さんが病気こういう事でええ参れません」。
「フ〜ン。
お前さんなんか『参れません』て言う度にうれしそうに見えんねやけど」。
(笑い)「ええ?あっ裏長屋の連中は?」。
「ええ〜裏長屋はあの〜死人が出たんでございますな」。
(笑い)「誰が死にました?」「いえあの〜寡婦が亡くなりましてええで今日は夜伽をせないかんというんでもうそらぁええもう皆でエヘヘお通夜でございますんで今日のところは参れませんので」。
「あっそう?ほなこの町内は誰が来ますんや?」。
「エヘッえ〜そういう事で誰も参りません」。
(笑い)「誰も参りません。
あのなお前さんちょっともうちょっと前へおいなはれ。
あのなそれなら最初からゴジャゴジャゴジャゴジャ言うてんといきなり『誰も今日は参りません』とこれで済むんと違うか?おかしい。
何じゃゴジャゴジャゴジャゴジャ言うてからにせっかく料理も作ってもう酒も用意してお師匠はんに来て頂いて見台も新しいして御簾も吊って用意してんのにウ〜ンそれせっかく…。
あっあっそうや今日は店の者に語りましょう」。
「えっ?エエ〜ッ?エエ〜ッ?」。
「いやいや店の者や」。
(笑い)「ウハハ〜ッそれは困ります」。
「何が困んねん?」。
「いえいえいえ私が困ってんねやございません番頭はんが困ってはるんでございます」。
「番頭さん何が困ります?」。
「ええ〜番頭はんはなんでございますねやあの〜昨日お客様のおつきあいでございましてええ深酒をなさいましてもう今朝は朝早うから上へ下へえらいこってございますんで『昼間の間は一生懸命働かして頂きますけれども夜のほうはちょっとあの〜旦那さんのお楽しみのほうでございますんでちょっと私先に休まして頂きたい』言うて『二階の奥のほうの部屋でしたら浄瑠璃が聞こえへん…』。
いやあの〜…」。
(笑い)「何やて?」。
「いやいやいやあの〜それぐらいの所で聞こえる所で聞きながらちょっと横にならせて頂きたい』というんで休んではります」。
「あっそう?それはえらいこっちゃな〜。
じゃああの〜杢兵衛は?」。
「いいえ杢兵衛どんはえ〜脚気でございますな」。
(笑い)「フフフ脚気?脚気いうたって脚が痛いねやろ?脚痛かったってあれですがな聞けます」。
「いえ〜。
『旦那さんのお浄瑠璃脚投げ出して聞くっちゅうなそんな行儀の悪い事はできませんのでええひとつご容赦のほどを』とこういうこってございますな」。
「フ〜ンあっそう?ヘエ〜そうかいなヘエ〜。
あの〜太七は?」。
「えええええええ〜え〜ア〜ア〜ア〜ア〜」。
(笑い)「何を探して…?」。
「いえいえいえいやあの〜あっア〜ア〜ア〜そうがんがん眼病でございます」。
「が眼病ちゅうたら目の病気やろ?」。
「そうそうそうそう眼病は目の病気でございますな。
耳病は耳の病気でございますよ。
持病っちゅうのはもともとの病気でございますな。
お尻も痔病でございます」。
「何?何を言うてん?ええ?何を面白い事言うてなはんね?ウ〜ン。
あっ家の家内はどうしました?」。
「アア〜ッア〜ッご寮人さんはなんでございますよあの〜朝ええ私が『おはようございます』と挨拶しましたら『家の旦那がえらい朝から機嫌がええねんけど何ぞあんのんか?』って仰いますんで『ええ。
今日は旦那さんのお浄瑠璃の会がございます』言うたら『あ〜そうか。
ほなちょっと2〜3日実家へ戻らしてもらう』」。
(笑い)「戻っていかれたままでございますな」。
「あっそう?フ〜ンそらぁしゃあないな。
うん。
あっそうや久七お前さんが聞けるじゃろ?」。
「エエ〜ッ?」。
(笑い)「わわわ私でございますか?アハハ〜ッ」。
(笑い)「あいにく私は悪い所がどこもございません」。
(笑い)「何を言うてなはんね?悪い所なかったらこんな結構な事はないやな」。
「ユダダダダダダダ〜ッそうですそうです。
どうぞ語っとくんなはれ語っとくんなはれ。
もういつかこんな日が来るとは思とりました」。
(笑い)「どうぞ語っとくんなはれ。
どっからでも語っとくんなはれ」。
(笑い)「アア〜ッそうかそない何やかんや…。
聞きたないねやな?アア〜ッそうか。
今分かりました。
私の浄瑠璃を聞きたないとこういうこっちゃな?」。
「今頃分かったか」。
(笑い)「何を言うてなはんね?ええ?いや〜そうかアア〜ッそういう事やったんか。
ああ〜そうそうそうそうあのな私はそうです下手です玄人やないねやそんなもん下手に決まったあるやないかいな私は下手です」。
「やっと気が付いたか」。
(笑い)「何を言うてんね?ええ?あのな浄瑠璃ほど結構なものは無いねんで。
せやろ?ええ?昔から名人上手と言われる人がああ〜もうなああ〜武張ったところは武張ったように悲しいところは悲しいようにもう一生懸命書き上げてあんねや。
ええ?それをなああ〜こう素読みしてるだけ本に読んでるだけでもこれがなええ?ありがたいもんやのにそこへ私が節をつけてますねん。
ええ?誰?『その節が迷惑』て誰がそんな事言う?」。
(笑い)「あのな奥で文句言うてんと表出てきて言いなはれ。
ほんまに何をゴチャゴチャ言うてなはんね。
あのな私はなこんなんお金取ってんのと違いますねんで酒やとか肴を用意して皆さんにご馳走をして聞いてもうてますねんで。
ええ?何?何?『あんなもんで金取ったら警察が許さん』?誰や?そんな事言う。
表出てこい」。
(笑い)「ほんまにもう腹が立つ腹が立つなほんまにもう。
お前さんらようそんな簡単な事よう言うてくれるな〜。
こんな難しいものは無いねんで。
大体なこここあのなこの浄瑠璃をなこの紙をな一枚でも二枚でもなお前さんらなあ〜あ〜こんな高い所へ上がって語れるもんなら語ってみい」。
「低い所で聞けるもんなら聞いてみい」。
(笑い)「アア〜ッ腹が立つ腹が立つ。
あ〜そうか。
ああ〜分かりました分かりました私はもう生涯生涯ああ浄瑠璃は語りません語りません語りません。
ああ。
そのかわり言うときまっせ家の長屋に住んでる連中皆出てってもうて出てってもうて。
大体提灯屋なんかなあんな者な居られたら火の用心に悪いわ。
それからあの豆腐屋豆腐屋あんなん水使う仕事やええ?あんなもん根太が腐ったらああ〜もう長屋が早う腐ってしまうわ。
ああもう出てってくれ出てってくれ。
ああ〜っ。
そそれから何?何?あの甚兵衛はん?甚兵衛はん所ええ?嫁はんが臨月?あれ先月産んだんと違うか?」。
(笑い)「何や祝いしたような気がするで〜。
ええ?もうそんなもうもうそうもうなもう腹大きいまま出てってくれっちゅうて。
ああもうそれ構わん構わん構わんもう。
ああ。
ほんでな手伝いの又兵衛も何が観音講ええ?観音さんがええねやったら観音さんに金貸してもらえ。
あいつは何やかんや言うて金が足らんようになったら家へ来て『下方へ金が要りますんで貸しておくんなはれ』て。
私が嫌な顔一度もした事がありますか?いつもニコニコ笑てお金を貸してやってて。
ええ?あの金を貸しているのはこういう私の浄瑠璃を聞かすためにおお貸しているのに。
あ〜分かりましたもうもうもうそれやったら観音さんにああ〜金借りたらええねや。
ああ〜もう出てってもらえ出てってもらえああもう。
それからな家の連中もええ?そない何やかんや病気ばっかりなるねやったらもう皆実家へああもう暇出しますさかい実家へ帰っておくんなはれ。
私はもう生涯ウ〜ッ浄瑠璃は語りませ〜ん」ともう子供みたいなもんでございます。
(笑い)ええへそを曲げてしまいましてもうヤンチャそのもんでございますな。
その道楽さえ無けりゃええ旦那さんなんでございますけどもな。
まぁ賢い連中がまた町内をグル〜ッと回りましていろいろ説得をして参りまして。
「あの〜旦那さん旦那さん」。
「ンンン何じゃいな?何じゃいな?ええ?私はもう生涯語りませんと言いましたやろ?うん。
あ〜皆出てってもらうように言うてきましたか?」。
「それが旦那さんなんでございますえ〜ちょっと提灯屋さんへ参りましてその話をしようと思て参りましたところが提灯屋さんがあの〜着物を着替えてはりますんで『どこへお出かけでございますか?』とこう聞きましたら『いや〜旦那さんがあの〜今日お浄瑠璃を語ってはるのに私ら提灯をこう仕事をしておりましても今旦那さんどの辺りをどういうようなお声でどんな節で語ってはんのかと思うともう仕事が手につかんような事で提灯の字を逆さまに書いたりなんか致しまして嫁はんに笑われて『それやったら職人雇うてやってもろたらどや?』ってな事で今から聞きに行かしてもらうとこですねや』言うてえ〜もう今来ておりますんで」。
(笑い)「そんな〜一人やそこらではあんた」。
(笑い)「ああいうのはね『聞きましょう』『語りましょう』そういう気持ちが一つにならんとそんなもん…」。
(煙草を吸う音のまね)「たった一人にそんなもんな〜?ああ」。
(煙草を吸う音のまね)「そんなもん…」。
(灰をはたく音のまね)「語れませんな」。
「いえあの〜豆腐屋も来ております」。
「何で豆腐屋来てんねん?」。
「いいえそれも同じでございます『仕事が手につかん』っちゅう」。
「2人か〜」。
(笑い)「いえいえ。
それからあの〜なんでございますよあの〜金物屋の佐助はんも来ております」。
「金物組合の寄合やろ?」。
「組合が潰れたんでございます」。
(笑い)「潰れた?フ〜ン。
で来てる?」。
(煙草を吸う音のまね)「あ〜そう?」。
(灰をはたく音のまね)「あ〜あ〜それからあの〜甚兵衛はんも来ております」。
「甚兵衛はん?嫁はんが臨月やろ?」。
「あの〜先月生まれてたんでございます」。
(笑い)「せやろ〜?私ゃな〜確か祝いを出したと思てましたんや。
そない毎月ポコポコポコポコ。
犬の子でもそない生まれへんでええ?そうやろ?そうかいな。
ああ〜」。
「それからあの〜皆手伝いの又はんも来ております」。
「そうか。
ええ?」。
「店の者も皆待っておりますんでええ是非ともええ語って頂きますよう」。
「いやそんな事言うたってお前さん男が一遍そんな…語らへんっちゅうて言うてしもたのにそんなもんお前そんな事できま…。
いやフフッフフ〜ン」。
(笑い)「いやいや芸惜しみしてるっちゅう訳やないけどそれ…。
エエ〜ッ?いやそ…オホッ芸惜しみやないけどなウフッウフッウフッ。
ほんならやろうか?」。
(笑い)「な〜?皆も好きやな〜」。
(笑い)「そう?ウウ〜ン」。
(煙草を吸う音のまね)「ハア〜ッアハッ」。
(灰をはたく音のまね)「ほんなら語る事に致しますかな?アハッ。
お師匠はんまだ居たはるか?」。
すっかり機嫌が直ってしまいまして。
ええ。
まぁ用意したほうは大変でございます。
「あっ皆さんどうもこんばんは」。
「こんばんは」。
「こんばんは」。
「ご苦労さんです」。
「どうもすんませんな急に無理言うてもう無理やり来て頂いて。
そのかわりと言うてはなんでございますけどこういう物が出回っておりますんで」。
「何ですねん?これ」。
「耳栓でございますな」。
(笑い)「み…耳栓?」「ええ。
いざ危ないっていう時には耳にパッとこうやって頂いて。
それが通りすぎるのを待って頂ければなんとかしのげると思いますんで」。
「えらいこってんな〜せやけどほんまに。
そういう物があるとありがたいですけどな。
しかしまぁここの旦那さんはね〜えらい声出しますからな〜。
あれねあれどない例えたらええんですかな?ア〜ッ猫がトタン板の上を爪を立ててギイ〜ッと落ちるというかね…」。
(笑い)「ああいうそら何か夜遅うに動物園の裏通ったらあんな声がしまっせ」。
「ええ。
あれはひどいですな〜。
きっとね何かね先祖で何か太夫を絞め殺したような何かそういう祟りがあるんと違いますかな?」。
「何ぞ悪い事してますやほんまに」。
「えらい声ですな〜ほんまにな〜ええ?あっおおっあ〜森田君あ〜若旦那あ〜息子はん。
アア〜どないした?えらい顔色悪いやないかいなどないしました?」。
「いやもうえらいすんません遅うなりました」。
「どないしました?」。
「いえ今京都へ行っておりまして帰ってまいりましたらお母さんが着物を着替えてはりますんで『お母さんどうあそばした?』って聞きましたら『今からこちらの旦那さんのお浄瑠璃の会があるんで今から出かける』『お母さん。
何という無謀な事を仰いますやら』」。
(笑い)「『私のような達者な人間が聞きましても体の節々が痛うなりますのに』」。
(笑い)「『お母さんのような病気の方が聞かれたらもう〜とてもやございません』『いや。
伜何を言うねや一家に一人は出さないかんようになってんねやさかい…』」。
(笑い)「『私はもう先のない体やさかいな』」。
(笑い)「『お前はまだまだ先があるねやさかい私が今からあの浄瑠璃にあの人殺しの浄瑠璃に立ち向かってみせる』『お母さん。
阿呆な事を仰いませんように。
私が私が替わります』言う。
『ええ〜私が行てまいります』言うてお母さんをド〜ンと突きましたらお母さん後ろへド〜ンと倒れられて。
お母さん今頃私のことを心配して『脳みそが溶けてんねやなかろうか…』」。
(笑い)「『肺が腐ってんのやなかろうか』と思てお母さんは心配をなさっとると思いますが私はこの浄瑠璃に立ち向かって見事に闘ってみせます」。
「えらい大層な話でんな〜。
ええ?」。
「いやまんざら嘘でもおまへんでいや〜ね〜前にね〜卵屋の大将がここの長屋へ引っ越してきた時にねええ『今日は何がおますねん?』『いやいやここのねええあの旦那さんのお浄瑠璃の会がおますねや』『いや私好きですね〜ん』っちゅうてね知らんっちゅうのは恐ろしいでんな…」。
(笑い)「一番前の真ん中の席へド〜ンとこう座りはってね〜で旦那さんがこう出てきはってねええ前に人がいつも居てないのに居てるもんやさかいニタ〜ッと笑いよった。
あの時に何ぞ悪い事が起こるなと思たんや。
ええ。
ほんで旦那さんが『うう〜っ』と語り始めた。
ええ?あの赤ら顔の元気な卵屋の大将が脂汗をダラダラダラダラ流し始めてええ?旦那さんがいつもの調子で『うあ〜っ』と語ったらその途端にあの卵屋の大将が後ろへド〜ンとこう倒れてすぐに病院へ連れていって診せたら『何で倒れましたんや?ええ?』『義太夫に当たりましてん』『アア〜ッ浄瑠璃に当たった?それは治しようがないわ』いうてあれ一月ほど寝込んでね〜ええコロッと死んでしまいはりましたがな」。
(笑い)「あんまり死に方がおかしいさかいいうて大学へええ持ていてな〜ああもうあなたお医者はんに調べてもろたら胸の所からああ浄瑠璃の塊がゴロゴロ〜っと出てきた」。
(笑い)「そな阿呆な事ありますかいな。
ええ?」。
「おうおうおうそろそろ始まりまっせ始まりまっせ」。
「皆頭下げときなはれや」。
ね〜?ボチボチ用意がでけたもんと見えましてポツ〜ンとこう灯火が入りますな。
前には料理がズラ〜ッとこう並んでおりまして。
「ええ皆さん順番によばれとくんなはれよばれとくんなはれええ。
エヘヘヘ」。
「いやいやいや始まりまっせ始まりまっせ頭下げときなはれやアハッあんなもんに当たったらどえらい目に遭いまっせ」。
「いや〜しかしね結構ですなうんうんうんうん。
ウ〜ン。
ア〜ッええ酒ですわええ酒ええ酒。
ええ酒と料理がありましてねほんまにこれでこの浄瑠璃が無かったらどれほどええか」。
(笑い)「阿呆な事言いなはんなこの浄瑠璃があるさかいこんだけの料理が食べられまんねや。
ええ?ちいと褒めてやんなはれや」。
「褒めないけまへんな。
ヨオ〜ッウンウンウンウンウ〜ンウンッうまいど〜うまいうまいウンッうまいこの卵焼き」。
(笑い)「卵焼き褒めてどないします。
ええ?浄瑠璃を褒めなはれ」。
「あっそうでっか?ヨオ〜ッ待ってました〜いいぞ〜ヨオ〜ッ日本一ヨオ〜ッおうおう後家殺し〜イヒッ人殺し〜」。
「阿呆な事言いなはんな」。
(笑い)皆がワ〜ワ〜ワ〜ワ〜言うておりますが旦那のほうは一生懸命「うわあ〜っ」語っておりますな。
この皆腹が膨れてまいりますというと目の皮のほうがたるんでまいりましてね1人がゴロッと横になると皆がゴロゴロゴロゴロ寝てしまいます。
旦那のほうはそんな事は関係ございません「うわあ〜っ」語っておりまして表のほうが静かでございますから「聞き込んでおるな。
どんな顔して聞いてよんねやろな?」と思て御簾をクルクルクル〜ッとこう上げてみますというと皆がゴロゴロゴロゴロ寝ておりますから。
「こらっ何ちゅうこっちゃ。
番頭さん番頭さん」。
「ほうどうするどうする」。
「どうするどうするやあらへんがなええ?お前さん起こさないかん立場やないかいな同じように寝てどないしますんじゃ」。
「エエ〜ンエエ〜ン」。
「お〜誰や泣いてるやないか。
お〜っ定吉やないかいな。
そうかそうかお前さんはああ浄瑠璃の情が分かるんじゃなそうか泣いてくれてな。
10や11の子がこないして泣いてんねやそうかえらいな〜。
明日から番頭になるか?どうや?ええ?」。
(笑い)「そうかどの辺が悲しかったんや最初のほうか?」。
「最初のほうは何ともなかったんです」。
「ほな中ほどか?」。
「中ほどからだんだん悲しいなりました」。
「そういうもんじゃな。
最後のほうは?」。
「もう最後のほうはたまらんようになりました」。
「あ〜そうかそうか。
それほど私の浄瑠璃が良かったんか?」。
「いや。
せやないんですせやないんです」。
「せやないのに何で泣いてんねや?」。
「皆さん寝たはりますけど私寝る所が無いんです」。
(笑い)「寝る所が無いってどういう訳や?」。
「旦那さんの語ってはったあの床がちょうど私の寝床でございます」。
(拍手)
(打ち出し太鼓)2015/12/20(日) 14:00〜14:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「寝床」[解][字]
第357回NHK上方落語の会から、桂文珍さんの「寝床」をお送りします(11月12日(木)NHK大阪ホールで収録)。
詳細情報
番組内容
第357回NHK上方落語の会から、桂文珍さんの「寝床」をお送りします(11月12日(木)NHK大阪ホールで収録)。【あらすじ】家主が義太夫に凝っていて、奇妙な声で語るものだから皆に迷惑がられていた。今夜も長屋の者に聞かせようとして、店の者に呼びに行かせるが断りの言い訳を言って誰もこない。家主が怒ってしまってえらい騒ぎになったため「義太夫の会」が開かれることになるのだが…。
出演者
【出演】桂文珍,内海英華,桂米輔,桂米左,桂佐ん吉,増岡恵美
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0x0808)
EventID:30741(0x7815)