僕はプライドが高い。どのくらいプライドが高いかというと、朝に目覚めるやいなや、吐きそうになるほどだ。僕が何も手を下していない、定義していないにも関わらず、太陽は朝になると自動的に昇るし、重力は何の設定もなく存在し続けている。操作することさえ、ままならない。屈辱的な事実。忸怩たる毎日を過ごしているうちに、筆が鈍ってしまった。気がついてみれば15ヶ月もの間、連載を更新していなかった。
2015年11月7日から12月25日まで、六本木ヒルズで開催されている『星にタッチパネル劇場』が、動員記録を作るほどの大盛況。幕を下ろすこのタイミングで、やはり書いておきたくなった。開発者としての苦悩、そして喜びについてである。40歳に差し掛かろうとする人間特有のクライシスってやつだったかも知れない。ここに感覚と感謝をまとめて、カーテンコールの代わりとしたい。
休載時期のこと:ラジオ・レジスター・ポスター・舞台・テレビなど
連載を休んでいた間、いくつかの変化があった。まず、ラジオのレギュラー番組が始まった。J-WAVEでレギュラー番組をもつ開発者は、そう簡単に存在しないだろう。完全に浮かれていた。やってみると大変だった。数々の開発実績について話してゆけば、形になるだろう。それくらい軽く考えていた。とんでもなかった。過去の蓄積だけでは、ひと晩もたなかった。何しろ、声帯と感覚が直結のまま90分間喋りっぱなしである。通常のラジオであれば、曲やコマーシャルの間に気を抜けるかも知れないが、この番組『THE HANGOUT』に関しては、YouTubeLiveのカメラが回りっぱなし。加えて、普段使っているプログラムとは異なる言語(聴覚言語=ラジオ言語)を操らなければならない。ラジオのリスナーは、すでに数々の名番組を経験している。お笑い芸人、ミュージシャン、人気DJ、毒蝮三太夫、大沢悠里のゆうゆうワイドを天秤にかけて、時間を過ごしている。耳が肥えている。借りてきた雰囲気と聞きかじった知識で挑んでも、簡単に見透かされる。逃げも隠れもできない。普通の人の振りはできない。天才は天才として振舞うべきだ。「通りすがりの天才、川田十夢です」の挨拶から、始めることにした。1年以上続けたことで、ようやく構造がわかってきた。会話を軸とした、その日限りの読み切り。エッセイであり、小説であり、旅行記だと思った。作者は、僕であり、リスナーであり、楽曲を提供してくれるミュージシャンでもある。スタッフも含め、関わるもの全てが読者になりうる。誰かと過ごす大切な時間そのものである。好きな人をゲストに迎えたり、部分的に人工知能に任せたりしながら、なるべく永く続けてゆきたい。
実店舗のレジスターとバーコードリーダーを改造して、詩を出力できる装置を作った。『AR FASHION SHOW』や『感じる服考える服』などで何度か共演しているシアタープロダクツとの仕事。最果タヒ、辺口芳典、ウィリアム・シェイクスピア。時代を代表する作家の言葉が、商品に宿っている。買い物を終えてレシートをみると、詩が印字されている。生活様式と地続きであること、ファッションはそもそも劇空間への入り口であることが相俟って、よい装置になった。
森本千絵さんと一緒に手がけたのは、声にまつわる展示だ。彼女の仕事は神がかっていて、何度か森本マジックを目の当たりにした。多くの作り手が頼りにしている理由がわかった。我々は、ポスターの向こう側とつながる電話機を開発した。作・演出・開発を手がける舞台『パターン』を、2年連続で経験した。AR三兄弟が登場しない、役者に物語を委ねるというやり方に最初は戸惑った。いい役者に恵まれたこともあり、舞台の醍醐味が少しわかった。やがてそれは、フジテレビで深夜番組にもなった。東京ラブストーリーに出てた西岡徳馬さんと共演した。舞台でもテレビでも主演したマツモトクラブとは、小学校の頃からの親友だ。話せば長くなるので、また別の機会にしておく。AR三兄弟という名前のアプリをリリースした。特に人気は出なかった。NHKの『課外授業 ようこそ先輩』に出演した。30年ぶりに訪れた母校、小学生の間でいま一番なりたい職業がYouTuberだと知って、自分がヒカキンじゃないことが悔やまれた。自分に何が教えられるのか。想像の余白を拡張することではないか。成功か失敗かは、彼らが大人になって証明してくれるだろう。
以上が、この15ヶ月で起きた開発にまつわる出来事である。書こうと思えばそれぞれ1話ずつ書けるだけのエピソードがあるが、やはり筆が進まなかった。15ヶ月前に自分が書いた言葉が、手のひらが石に変わる呪文のように効いてきたのだ。
呪文を解く糸口となった森ビルさんとの会話
「変わりゆく季節を背景に、何を移植するか。どんな設定を与えるか。ワンパターンにならないような驚きをどこに配置して、ラストステージには何が待っているのか。人生について考えるように、その都度、考えてゆこう」
休載する前に自分が残した言葉。我ながら、重々しい。芯を食っている。厳密な指摘である。拡張現実というまだ誰も明文化してないようなものを相手にすると決めた以上、いつかは解決しなければならない難題。露骨に悩んだ。誰とも会話しない日が続いた。布団にくるまったまま目をつむって、それでも深遠に手が届かないから耳栓をして息を止めたりもした。そのまま気を失うこともあった。反比例するように、テレビ・ラジオ・雑誌に定期的に顔を出すようになった。企画は明らかに通りやすくなった。だが、あの難題を解決できる場所は見つからなかった。焦っていた。そんなとき、何度か対談したことのあるゲームクリエイターの水口哲也さんが、森ビルで行われるワークショップに招いてくれた。社風なのだろうか。水口さんの粋な計らいなのだろうか。どんな意見も受け入れてくれるようなオープンな雰囲気があった。呪文を振り払うように、自分のなかにあるアイデアについて明るく喋り倒した。六本木ヒルズの展望台、東京シティビューから眺める全景の街並みを拡張したい。季節を操作したい。夢と現実の間にあるスクリーンを発明したい。映画や小説の中に入りたい。時間も重力も忘れられる空間を作りたい。夢みたいな話に、真剣に耳を傾けてくれる人がいた。吉岡達哉さんと杉山央さんだ。何度か打ち合わせを重ねるうち、クリスマスシーズンの展示からテストケースを重ねて、段階的に実現しようということになった。あとから本人たちに聞いたところによると、わりと最近まで実現できるかどうか半信半疑だったらしい。僕はというと、闇の呪縛から解放されるかも知れないアイデアに夢中だった。夏のことだった。
テレビをスワイプしようとする子供たちの感覚がヒントになった
機会という名の光を与えられたら、もう悩むことは何もない。通りすがりの天才の本領を発揮するのみ。課外授業で共演した小学生の親御さんたちと会話したとき、テレビを見ても画面をスワイプしたがるという話が印象に残っていた。どんなものでも、画面にタッチすれば操作できるという前提。子供たちの感覚をさらに拡げると、きっと星空だってタッチパネルから簡単に操作できる。『星にタッチパネル劇場』だと思った。次に、宇宙をプログラムで再現する方法について考えた。素材となるのは、窓面に照射するプロジェクションマッピング映像や効果音、そしてプログラムで制御するアニメーション。それらを30台以上のスマホから同時に操作できるようにしなければならない。サーバサイドの密な連携と同期が必要だ。インターネット寄りの技術のほうが好ましい。テレビリモコンのタイムラグはちょっと嫌だが、宇宙ほどの距離にある星の明滅を操作するのであれば、インターネットにかかる通信時間など問題ではない。WebGLとPaaS(Heroku)で、開発を進めることにした。
東京の夜景が持っているもの、持っていないもの
次に、タッチパネル側の機能について考えた。六本木ヒルズの展望台、東京シティビューから望む夜景は、デフォルトで美しい。ビルのサーチライトは都市の輪郭を点描のように明らかにし、幹線道路をたどる車のヘッドライトは時間の流れを忘れさせてくれる。何も新しく加える必要はない。星という漠然としたアイデアはあったのだが、それを正当化する理由がまだ見つかっていなかった。布団を被っていた日々、深い闇を思い出した。夜景を生かしながら、東京の空にはけして現れない満点の星を浮かべるのはどうだろう。部屋の照明を変えるみたいに、簡単に調整できたら。2等星までしか見えなかった空に、16等星まで現れたら。東京に居ながらにして、海外の都市の星空を見上げられたら。パリ、ロンドン、ニューヨーク、ホムス、シドニー、南極。ワンタップで世界旅行することができたら。星空がジュークボックスになったら。それはもう夜景を邪魔するものではなく、都市の余白を拡張するものではないか。ワンパターンにならない工夫を加えているうち、機能の数は最終的に16になった。
星空のナビゲーション:ラジオ機能に込めたもの
なかでも特別な思いで実装したのが、星空のナビゲーション。J-WAVE全面協力のもとで、ラジオ局の看板ナビゲーター(ジョン・カビラ / クリス・ペプラー / 別所哲也 / サッシャ / 大宮エリー / クリス智子など)が総出演してくれた豪華な機能。特に編成の手塚渉さん、制作の日浦潤也さんの尽力により実現することができた。ここには、ラジオそのものを拡張したいという、開発者としての目論見があった。僕が考えるラジオの未来は2通りある。ラジオの内側にまだ持ち込まれていないものを輸入するか、外側に持ち出されていないものを輸出するか。今回は後者のパターンを実行した。ラジオのナビゲーターは、森羅万象をナビゲートすることができる特殊な技能の持ち主だ。星座までのナビゲーションだって、お手のもの。きっと、美術館だって、博物館だって、東京の歴史だって未来だって、ナビゲートしてくれる。現実を媒介として機能する副音声は、ラジオが担い続けるべきである。
声帯から生み出される宇宙、すらぷるためという男
星にタッチパネル劇場では、効果音が重要なファクターになっている。担当してくれたのは、ヒューマンビートボクサーのすらぷるため。インザハウス(意味よくわかってないけど雰囲気で使ってみた)である。何しろ、世の中にまだ存在しない音を生み出さなければならない。星が明滅する、光量を調整する、東向きだった窓を南向きに変換する、UFOが飛来する。誰もまだ聞いたことがない音。UFOに至っては、円盤型・アダムスキー型・三角型の三種類を区別しなければならない。星がスターの形になったりハート型になったり、月が木星と入れ替わったりもする。経験値ではなく、想像力で音を生み出す作業。こんなこと頼めるの、すらぷるためしかいない。
彼とはラジオで知り合った。若き天才と会話するという5分間のコーナー、ボイスパーカッションと紹介を言い間違えると、語気を少し強めて否定してきた。「ヒューマンビートボックスの一部がボイスパーカッションで、楽器の種類みたいなものだから正確ではありません」ヒューマンビートボックスという技術に、誇りがあるのだと感じた。同時に、彼が担っている責任の大きさを感じた。そういう男が、信頼できないはずがない。「星が電灯みたいに点いたり消えたりする音って作れるかな?」と、軽い感じで聞いてみた。「すぐには出来ないけど、声帯をやり直して進化させるので、ちょっと待ってもらえますか」みたいなことを返してきた。ヤバいやつだなと思うとともに、大丈夫だと思った。結果的に、すらぷるためは、16の機能全てに効果音をつけた。マイクと自分の声帯ひとつで、サンキュー・インザハウス(これは確実に使い方間違っているけど感謝を込めて)。
プロジェクションマッピングは終わらない
プロジェクションマッピングに関しては、吉川マッハスペシャル・阿部信明・吉田秀人の協力なくして、実現できなかった。公開の直前ともなると、連日朝方まで作業してくれた。窓に照射されたグリッド線を眺めては、あの柱の奥がズレている。もう少しどうにかならないか。ミリ単位の調整が続いた。僕にはその違いが全く分からなかった。眠たさもあった。プロフェッショナルの仕事だと思った。朝日が昇るのを何度か一緒に見た。「太陽のルーメン数、やばいな」僕らは同じところで何度も笑った。
今回の企画に取り組むにあたって、プロジェクションマッピングと名のつくイベントには、なるべく足を運んだ。僕らが開発する余地は、無限に残っていると感じた。どんな業界にも、いいものと悪いものが混在している。明らかに同じ素材を使い回して、場所も時間も人間も関係なく、ポエジーの所在も明らかにしないままただ投影しているのを見ると、悲しくなった。ARがブームになった時も同じだった。誰かひとりつまらないものを作ると、それだけで業界全体が退屈に感じられてしまう。飽きられてしまう。その一翼を担っているという責任感さえあれば、どんなに忙しくても手を抜かない。作品に関係した全ての人間・空間の可能性を拡張する仕事を、僕は続けたい。
BUMP OF CHICKENへの手紙
休載していた15ヶ月のなかで、ひとつ大きな仕事を手がけた。忘れていたわけではなく、特別な思いがあるから見出しをつけて書きたかった。BUMP OF CHICKENとの大仕事である。BOC-ARというスマホ向けのアプリケーションを共同開発し、ニューアルバムやライブと連動して、どんなアーティストも実装したことのないような機能を詰め込んだ。BUMPとの会話、会議、共演、全てが貴重な経験だった。彼らは、自分たちの楽曲へのこだわりだけでなく、どうやってリスナーに音楽を届けるかについて、常に頭を悩ませていた。リスナーの耳に届いて、響いて、はじめてBUMPの音楽は完成すると、藤原基央は語ったことがある。曲を作って、アルバムを作って、ライブやって、はい終わり。というわけにはいかないのだ。ベースのチャマのtwitterを読めば、一目瞭然だろう。ファンを待たせている自覚が、常にある。そして、リスナーもまた、BUMPの音楽を心待ちにしている。まさに蜜月、永遠に続く両想い。とても勉強になった。この密度のある関係性をそばで見ていたから、BUMPの音楽を簡単に使うことはできない。特に『天体観測』は、彼らにとっても、リスナーにとっても、大切な曲だ。いまだにライブで演奏され続けている代表曲でもある。今回の劇場に主題歌を与えるとしたら、やっぱりこの曲しかなかった。イメージを膨らませ、時間をかけて、東京の夜景に堂々と照射できるようなミュージックビデオを作った。窓にプロジェクションマッピングしてる模様を映像に撮って、彼らに届けた。喜んでくれた。公式につぶやいてくれたり、PONTSUKA!!(BayFMで毎週日曜日深夜3時から放送されているBUMPのレギュラー番組)で告知してくれたりした。15周年記念番組として放送されたPONTSUKA FOREVERでゲスト出演したときの対応が雑だったことなんて、もう微塵も気にならない。チームラボの猪子さんのことは丁寧に紹介するのに、AR三兄弟のことは「あれ」呼ばわり。それも、もはや全然気にならない。感謝を込めて、『三ツ星カルテット』と『Hello.world!』を、ジュークボックスの楽曲に加えた。マジでありがとう、BUMP OF CHICKEN。この年末は紅白、そして来年はスタジアムツアーと続きますね。健康とユーモアを忘れずに、またどこかで再会しましょう。
星空のメッセージボード
自分の名前をつけたマウスカーソルを星空に浮かべて、星座を探せる機能がある。ある日、定例アップデートのために現場に足を運ぶと、自分のカーソルを見失わないように加えた入力機能が、メッセージボードとして機能していた。そこには「AR三兄弟ありがとう」「通りすがりの天才、最高!」の文字。また別の日には、誰かの両親の結婚記念日を一緒に祝おうとする気持ちだとか、BUMP OF CHICKENのヒロくんの誕生日を祝うものだとか、「ますひでお」とだけ書かれた平仮名だとかが、毎晩のように浮かびあがった。開発者でさえ知らない使い方を、お客さんが発見してくれた。二度と見ることができない星空。開発者冥利に尽きる。来てくれた全ての人たち、本当にありがとう。あなたの想像力を信じてよかった。ひとりひとりの感想が、次の難題へ向かう勇気を与えてくれた。
最後に、星が瞬く理由について。
わりと前のほうで記したように、この劇場を作り始めるまで、僕は暗闇のなかにいた。布団をかぶって、耳栓をして、息を止めて、暮らしていた。天体をプログラムで再現する。これが単なるプロジェクションマッピングの企画であれば、そこまでする必要はない。でも、僕が勝手に担っているのは拡張現実だ。誰に指名されたわけでもないのだが、代表としての自覚がある。責任がある。天体に嘘があると、東京の隠れた星空が見えたことにならない。デフォルトで美しい夜を汚すことになる。ヒッパルコス衛星が蓄積していた118,217個の星の位置を示す生データをもとに、天体そのものを完全再現した。不思議なことに、それだけでは星は瞬かなかった。何が悪いのか。星のテクスチャを変えても、仮想カメラのレンズを広角の状態にしても、星はいっこうに瞬かない。プログラムの天体にまだ存在しなくて、現実では当たり前に作用しているもの。暗闇の中で確かに感じたもの。ずっと前から自分の中に内在しているもの。それは季節、そして時間。現実と同じ時間の概念を、プログラムの天体に与えた。肉眼ではわからない距離を、星がゆっくり辿ってゆく。途端に、星が瞬き始めた。そうか、大気の揺らぎだ。止まった時間のなかでは、空気が硬直してしまう。気圧が発生しない。風が吹かない。布団を被ったままの宇宙では、呼吸ができない。耳に届かない。人間の心で響かない。つまり、そういうことだったのだ。ご理解いただけるだろうか。申し訳ないが、僕は通りすがりの天才。これ以上、説明の言葉は持ちあわせていない。星が瞬く理由がわかったということだけお伝えして、いったん筆を休める。連載は続く、実装も続く。よいお年を。
AR三兄弟・長男 川田十夢(@cmrr_xxx)
1976年熊本県生まれ。通りすがりの天才。1999年メーカー系列会社に就職、面接時に書いた『未来の履歴書』の通り、同社Web周辺の全デザインとサーバ設計、全世界で機能する部品発注システム、ミシンとネットをつなぐ特許技術発案など、ひと通り実現。2009年独立。開発者、AR三兄弟、公私ともに長男。2011年 TVBros.連載『魚にチクビはあるのだろうか?』スタート。2013年 情熱大陸、2014年 舞台『パターン』作・演出・開発、2015年 NHK『課外授業 ようこそ先輩』。J-WAVE『THE HANGOUT』毎週火曜日23時30分から絶賛放送中。東京藝術学舎にて、2016年2月6日7日集中講座『拡張現実全論』開講。お申し込みはこちらから。
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