日本列島の各地で、野生動物による被害が目立っている。

 シカやイノシシ、サルが農作物を食い荒らす。農林水産省によると、農業被害は毎年200億円前後に達する。

 丹精を込めて育てた作物が食べられた農家の嘆きは深い。シカに樹皮をかじられて木が立ち枯れたり、貴重な高山植物が消失したりする被害も深刻だ。

 11年度現在の推計では、シカは全国に325万頭、イノシシは88万頭いる。

 環境、農林水産両省は23年度までにシカとイノシシの個体数を半減させるという目標を掲げた。これを受け、全国の自治体が捕獲活動を強化している。

 放っておけばシカは年20%程度の割合で増えるといわれる。被害に歯止めをかけるには当面、捕獲で個体数を減らしていくしかない。

 ■増加の原因は

 ただ、動物がなぜ増えているのか。原因の根っこにも目を向けていく必要がある。それはすなわち、人と動物の関係を問い直すことだ。

 環境省によると、シカは14年度現在、全国の6割の地域で分布が確認されている。78年度と比べ、分布域は2・5倍に広がった。イノシシも同1・7倍になっており、どちらも東北や北陸で急速に拡大している。

 江戸時代から戦時中までは、乱獲や乱開発の影響で、野生動物は減少の一途をたどっていたとされる。

 近年になって動物たちが一転して急増したのはなぜか。専門家の見方はさまざまだ。

 高度成長期に燃料が木炭からガスや電気に代わり、人が入らなくなった里山に動物たちが入り込んだ▽国の造林政策で伐採された広葉樹林の跡や、過疎化で放棄された田畑に生えた草が、格好のえさになった▽狩猟者が減少し、高齢化も進んだ――。

 総じていえば、自然に対する人間の働きかけの変化が、動物の増加につながった可能性が高いということだ。

 だとすれば、動物たちを捕獲し、数を減らすだけで問題は解決しない。

 今年5月に施行された改正鳥獣保護法は、野生動物の「管理」を目的に明記した。

 増えすぎた動物の数や生息地を「適正」にすることが「管理」と定義されるが、ではどのような状態が「適正」か。絶対的な答えがあるわけではない。

 ■「被害」の管理も

 生息状況は地域によっても異なる。各地で科学的なデータを積み重ね、あるべき「管理」を探っていくしかない。

 野生動物の管理にいち早く取り組んできたのが兵庫県だ。丹波市に07年、拠点となる森林動物研究センターを開設した。

 活動の柱は研究だ。シカについては県内の個体数を科学的な根拠に基づいて推定し、年ごとの捕獲目標を設定している。

 もう一つ力を入れているのが、地域住民への啓発だ。

 「知らず知らずにしている『えづけ』をやめましょう」。センターの専門員たちは集落を回って呼びかけ続けている。

 動物たちが集落に来るのは、人は気づいていないが、魅力的なえさがあるためだ。

 例えば、畑に放置した野菜くず、稲刈り後の田やあぜ道に生えてくる雑草は、シカやイノシシの好物だ。住民がこれらをきちんと処理し、集落や田畑を柵で囲めば、動物たちはわざわざやってくる理由を失う。

 クマは、なったまま放置されているカキやクリの実に目をつけて近づいてくることが多い。

 「不要な木は伐採し、切れない木はトタンを巻いてクマが上れないようにすれば、出没は確実に減らせる」と専門員の広瀬泰徳さんは言う。

 ■都市住民も関心を

 こうした取り組みは「被害管理」と呼ばれる。被害を抑えるために、人間がまず自分たちの側の要因を取り除く。動物たちとの共生に向けて、忘れてはならない観点といえよう。

 ただでさえ高齢化が進む中山間地で、獣害対策はたいへんな重荷だ。都市に暮らす人々も関心を寄せてほしい。

 動物の捕獲や農業被害を防ぐ柵の設置には多額の費用がかかる。専門家の育成も急務だ。

 野生動物が人里に近づかなくても暮らせる森林の再生に向け、自治体が独自の税を導入する動きも相次いでいる。都市部の納税者の理解は欠かせない。

 動物を引き寄せる果実をもぐ作業は高齢者にはきつい。各地のNPOなどが募集している果実もぎのボランティアに参加するのも大きな貢献になろう。

 動物の肉を活用したジビエ料理も注目されている。衛生管理の徹底が前提だが、都市で販路が広がれば、中山間地の新たな産業に育つ可能性も秘める。

 人間社会とのバランスが崩れた結果、動物たちは人里にあふれ出た。調和のとれた関係を結び直すために何ができるか。一人ひとりが考えていきたい。