印南敦史 - コミュニケーション,スタディ,仕事術,働き方,時間管理,書評,生産性向上 06:30 AM
うまく手を抜きながら、効率的に働く方法
「常に100%の力を出せてこそ一流といえる」というような言葉は、ビジネス書やウェブサイトなど、さまざまな場所で目にすることができます。しかし、逆に「手抜きを仕事に活用してこそ一流」だと断言するのは、『すごい手抜き - 今よりゆるくはたらいて、今より評価される30の仕事術』(佐々木正悟著、ワニブックス)の著者。
「ここぞというところで力を発揮する」ことができるのは、逆に言えば「ここぞというところ以外で手を抜いている」とも言えるはずです。(中略)「いつも100%の力を発揮しているが、ここぞというところでは200%の力を発揮するのだ」と言う人もいますが、現実に力というのは100%が最大です。ここぞというときに通常の2倍の力を発揮できるということは、通常が半分の力ですまされているとしか言いようがありません。(「はじめに」より)
この部分だけを引く抜くと、水掛け論的なようにも思えるかもしれません。しかし、「ここぞというところで実力を発揮できる人は、ここぞでないところで巧みに力を抜いている」という考え方には、不思議な説得力もあります。
そこで本書では「うまく手を抜く仕事術」を紹介しているわけですが、冒頭の「正しい手抜きを知る」では、まず最初に「ライフハッカー[日本版]」からの記事の引用が登場します。
正しい手抜きを知る
作家として、筆者は次のことを学びました。「酒に酔いながら書き、しらふの状態で編集する」
評価することなく、心に浮かんだことを書き連ねるのです。そのあと、大事ではないことを削って徐々に改善していきます。
『失敗の恐怖をモチベーションにしない。「完璧主義」をやめて「達成主義」で仕事しよう』:ライフハッカー[日本版]
(12ページより)
著者は2013年10月10日の「ライフハッカー[日本版]」に掲載されたこの記事を引き合いに出し、仕事で手を抜くことは決して非難されるべきことではないと主張しています。「仕事で手を抜くなんてとんでもない」という考え方は、ある意味では「普通」。しかし、「必要ならば手を抜くことも仕方がない」という発想もまた「普通」なのだという考え。
それに実際のところ人間は完璧ではないので、「なにもかも完璧にしたい」と思ったところで、それを実現できる人など存在しません。そして「完璧主義」と呼ばれる人たちも、そのことはうすうすわかっているはずだと著者は指摘しています。
では、完璧主義の人がなぜ手抜きをできないのかといえば、それは「怖いから」だというのが著者の見解。完璧を追求し、「妥協せずにどこまでもがんばった」という事実を保っていないと、不安になってしまうということです。いわば「酒を飲んでモノを書く」という行為も、不安心理と戦うために、アルコールで気を大きくしているということなのかもしれません。
そもそもアルコールの力を借りるというのは、一般的には考えられないことです。しかし、そうやって書いたものをしらふのときに修正することによって"きちんとしたもの"ができるのであれば、仕上がったその原稿は評価に値するはず。同じように、「手抜きは悪くない」と考えれば、失敗に対する不安から解放されるという発想です。(12ページより)
「できっこない」を理解する
中日ドラゴンズを53年ぶりの日本一へと導いた落合博満元監督が、「できることをやる」ということについて次のような発言をしているのだそうです。
監督は「周囲が選手にやれないことを期待して、そのうちだんだん選手自身も"できる"と思うようになると、うまくいかなくなる。"できっこない。"それを理解できない選手は、プロ野球では生き残れない」(22ページより)
できないことをやろうとして時間やエネルギーをムダにするのは、むしろ致命的なことだということ。しかし同じように不毛な努力をしている人は、私たちがいる世界にもいるものです。たとえば、あまり社交的ではない人が、急にあらゆる人に好感を持たれるようにしようと努力しはじめるとか。
しかし、達成できない目標をいつまでも激しく追求していくのはナンセンス。理由はシンプルで、「できっこない」ことは「できっこない」から。
世の中には、誰かが「できっこない目標」に向かって時間を費やしている間にも、「できること」だけをコツコツと着実にこなしている人が必ずいるもの。そして地味そうに見えるそんなタイプは、「できること」しかやっていないからこそ、成果を出すのも早いのだといいます。
しかし「できることを確実にこなしていく」ことは、「手を抜く」とは同義ではないはず。大きな仕事をしたいからと無謀な挑戦をするよりも、できることを着実にこなしていく人の方が経験を多く積むことができ、力を蓄積できるということ。一方、できないことに時間を費やしている人は、自分がその仕事を成し遂げられるという「想像」しかできていないわけです。(22ページより)
完璧主義を言い訳にしない
あえて自分を不利な状況に置くことを「セルフ・ハンディキャッピング」といいますが、完璧主義の人は知らず知らずのうちに、この言葉を言い訳にしている可能性があると著者はいいます。
手抜きができない人は、仕事の見通しをはっきりさせるのが苦手。大抵の人が問題なく、最後まで成し遂げられるようなことについてさえ、締め切りを守れなかったりするといいます。そして本人も、その点において自分に自信が持てていない。しかし、どこのオフィスにもいそうなこういうタイプが見通しを立てられない原因は、ふたつあるのだといいます。
ひとつ目は、課題達成をどう評価されるのかについて自信を持てないとき。ふたつ目は、そもそも課題を最後まで達成できるという見通しが立たないとき。そして、こうしたときでも、人の心は「自分」を守ろうとするもの。完璧主義者だとすればなおさら、「締め切りを守れない言い訳」を自分や他人のために用意しておくといいます。
しかし、「完璧に手を抜かず」締め切りを守るというのは難しいことです。そこで完璧主義者は「セルフ・ハンディキャッピング」という戦略を用いるわけです。たとえばダメ出しする上司から仕事を割り振られたら、とにかく「完璧」にこなそうとする。しかしその結果として時間が足りなくなって達成することができず、「時間が足りなかったから仕方がない」と自分に言い訳する。
「手抜きをせずに完璧を期す」ということそれ自体は、批判しがたいことです。だからこそ、セルフ・ハンディキャップとしては、とてもよく機能してしまう。しかし実は「自分は仕事が遅い」と思いたくないからこそ、「自分は完璧なのだ」と思い込んでいる可能性があるということ。でも当然のことながら、「完璧主義だから仕方ない」「許される」と思うことは、なによりも避けなければならないことであるはずです。(28ページより)
「習慣化」で安定させる
どんな人でも多かれ少なかれ、「楽して働きたい」という思いは持っているもの。むしろ楽したいと思うからこそ、「手は抜けない。手を抜くと『楽したい』という気持ちに陥ってしまう」という恐れを抱くのかもしれないという考え方もあります。
つまり「手を抜いてはいけない」と強く意識することが、仕事の質を担保するための歯止めになっているということ。「いつも、どんな仕事でも手を抜かず全力を尽くす」と決めているからこそ、仕事の質を保っていられるというわけです。しかし、そういうタイプには、すぐにでも仕事の質の保ち方を変えてほしいと著者はいいます。
大切なのは、「いつも全力を尽くす」から、「習慣化する」というやり方へと切り替えること。これがうまくいけば、仕事の質も量もこれまでと同じように担保され、しかも、いまほど苦しまずにすむようになるそうです。
そして著者は、習慣化とはさまざまなタイプの職業に有効な方法だともいいます。たとえば「創造的な仕事は習慣の力で生まれるようなものではない」と思われがちですが、作家や作曲家の多くが「パターン化した習慣のなかで創造的な仕事をこなしていた」というのはよく聞く話でも。
たとえばヘミングウェイに代表される多作な作家は、毎日書く語数のノルマを決めたり、書いた文字数を毎日数えたりしていました。1日最低2時間は机に向かい、最低でも1000語は書くという機械的な手段で仕事を前進させていたわけです。しかし「質に絶対妥協しない」という姿勢に固執していたのでは、これを続けていくことは不可能です。
「一定の時間椅子に座り続ける」「午前10時には必ずものを書き出す」といった「習慣化」を実践している人が少なくないのは、そんな理由があるから。習慣化を軸として安定的に仕事を進めることによって、質と量が保たれるということです。
そしてこのことについて重要なのは、繰り返すほど、うまくなるものだという事実。毎日同じ分量の仕事を、同じような時間帯に、困難や邪魔にもめげず繰り返していくうち、仕事を進めるのが上手になり、しかもスピーディになるわけです。
「手を抜かない」といえば聞こえはいいかもしれませんが、「理想的にできないなら仕事をしない」というやり方だと、「徐々に理想に近づきながら成長する」という展開が期待できません。最初から完璧にできる人でない限り、なにもしないということになってしまうというわけです。(34ページより)
「手抜き」という言葉にはネガティブなイメージがありますが、ここで著者が強調しているのは、無駄な努力で時間を浪費せず、効率的にものごとを実現することの大切さ。そういう意味では、義務感と常に対峙している人にとっては有効な内容だといえそうです。
(印南敦史)
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