シュヴァルツェスマーケンはいろいろひどい



 よく知らないが、内田弘樹さんの「シュヴァルツェスマーケン」(アニメ公式サイト)というスピンオフラノベが今度アニメ化されるそうだ。アニメ化されたら世界展開になるのだろう。
 そうなってしまったら、日本人のドイツ語に対する態度のデタラメさが世界に暴露されることになって、日本人として非常に恥ずかしい

 というのは、この「シュヴァルツェスマーケン Schwarzesmarken」という題名は、ドイツ語の文法から見ても、発音規則から見ても、非常におかしいものだからだ。

 まず、-en で終わる複数形の名詞に -es 語尾の形容詞がつくわけがないだろう。こんなの、5月に習う初級文法だ。  それに、Marken を「マーケン」と読むなら、「戦艦ビスマーク」で「レオパート戦車」で「ラインハートさま」になってしまうぞ。そもそも「シュヴァーツェス」だ。
 ウィキペによると「テオドール・エーベルバッハ」という人が出てくるそうだが、それも「テオドーア・エーバーバッハ」にしないといけないだろう。「ベルンハルト」も「ベアンハート」だろう。

 そもそもこの題名の意味がわからない。「デレンガイヤー」みたいなもので、意味などないのかもしれないが。
 ウィキペによると「黒い宣告」とか「トリアージの黒い印」とかいう意味にしたかったそうなのだが、それなら Schwarzer Spruch(シュヴァルツァー・シュプルーフ), Schwarzes Urteil(シュヴァルツェス・ウアタイル)、 あるいは Schwarze Kennzeichnung(シュヴァルツェ・ケンツァイヒヌング)であろう。辞書ぐらい引いてほしいものだ。辞書を引く能力を欠いているなら、ドイツ語のわかる人に聞いてほしいものだ。

 それにしても、ドイツ語の知識がまったくないのなら、なぜドイツ語を話す現実のドイツに近い国を舞台とした物語を書こうなどと思ったのだろう。おとなしく日本の軍艦の擬人化ゲームのノベライズでも書いていればよかったのだ。
 これでは「ぢぬんをぐろぐろ」とか「なとのりトトロ」「戦艦カデクル」「日本の富豪ヒシュル・トリ」「ヨルバ一等兵、アサンティ二等兵」を笑えない。まったく、ひどいものが世に出ているものである。嘆かわしい。



 作者はあとで苦しい言い訳をしている。
 なんでも、この名前はドイツ語をよく知らないソ連軍の軍人がつけたものなのだとか。
――それはそれでおかしな話。ロシヤ人が外国語とはいえ性数格の語尾を間違えるとは思えない。ロシヤ語の方がそのへんの規則は厳しいのだから、外国語を話すときもそこは気をつけているだろう。
 百歩譲ってほんとにドイツ語を知らない外国人がめちゃくちゃに間違ってつけた名前だとしても、それならばドイツ語の汎用語尾である -en を両方につけて「シュヴァルツェン・マルケン」と言いそうなものである。
 でなきゃ素直にロシヤ語で「черный решение チェルヌイ・レシェーニエ」と言うか。それをドイツ語風に崩して「チェルニゲ・レシェーニエン」とするとかね。
 劇中しゃべっているのはドイツ人なんだろうから、「ちょっと文法的に間違えたドイツ語」というのは「崩れた母国語」なわけで、それはこっけいに感じられこそすれ、かっこいい名称にはならないだろう。「ヨリコンデクダサイ」とか「ショッギョ・ムッジョ!」みたいな感じになるのではないか。
 それに対して、ロシヤ語を崩してドイツ語風にしたもの、というのはいかにも前線の兵士が使いそうではないか?
 そういった、「ありそうな名前」はいくらでもつけられるのに、わざわざ「明らかにおかしい」名前をつけるのは、仕事が雑だと言われても仕方がないだろう。



 主題歌(エンディング)の情報。なぜにデュオのユニット名が単数形、しかもわざわざ古語。ツェーレ Zähre などという難しい語、どこから掘り出してきたんだ。素直にトレーネン Tränen にしなかった理由が聞きたい。



 ドイツにこの手のサイトがあったら教えてあげたい。



・余話

 ドイツ軍において「666」といえば、「獣の数字」なんかではなく、懲罰大隊の番号だよなぁ。

 重傷度を赤・黄・緑・黒で示すトリアージは、「NATOトリアージシステム」と呼ばれている。読んでないのでわからないが、この話の中の世界では東ドイツはNATOに属しているのだろうか?

 この本、イタリアのアマゾンでも買えるらしい(訳本ではなく原書)。
 題名表記は “Shuvarutsuesumaken” である。賢明な対応といえるだろう。





 アニメ放映前にさらに予備知識を得ておこうと、ニコニコ大百科を開いてみたがいろいろひどい。


・謎すぎる人名のかずかず

 なぜ「アイリスディーナ」なのだろうか? Iris はドイツではもちろん「イリス」である。DDRでアメリカ風の名前をつけることがはやったのだろうか?
 「フレデリック大王」みたいな英語的読み方をするなら、Dina「ダイナ」である。「イリスディーナ」「アイリスダイナ」かどっちかである。混ざらない。

 「リィズ」ってどう書くんだろう。「リーゼ Liese」「リーズル Liesl」ならよくある名前だが。
 語末に /z/ 子音を置くつづりというのはドイツ語にはない

 「アネット」Annette か? これはふつう「アネッテ」と読む。フランス人かと思ったが、「ホーゼンフェルト」という名前はユグノー風ではない。




・意味不明な副題のかずかず

 「屍戚」って何だろね。ハングルで書いた文を日本語のエンコードで読むと出現する文字列だが、ネット上の漢籍には見当たらない語である。

 「縹渺たる煉獄」というが、東ドイツで支配的なルター派の教義では煉獄の存在は認められていない

 「紅蓮なる弔鐘」って何だろね。赤い鐘? 想像つかない。

 「相剋の嚮後に」っておかしくないか。「嚮後」はほぼ「今後」「これから」と置き換え可能な語である。「嚮後万端よろしくお願い申し上げます」などと使う。
 用言を修飾する副詞であるのに、名詞になっているのはおかしい。

 「克肖」だけでは「似ている」「引き継いだ」という形容詞である。 (百度辞典)
 「克肖者」だと東方正教会における聖人の称号になるが、前述の通り東ドイツはほぼ全域ルター派新教であり、正教会用語を持ち出すセンスは不可解

 漢語を操って衒学的な響きを出したいのなら、まずは漢文に熟達しないとね。内田さんは白文で隋唐の漢文がすらすら読めたりするのだろうか。




・センスのない兵器の名前

 なんで西欧汎用機が F-5 なのだろう。F-5 というとアジア発展途上国のイメージだ。
 西ドイツ空軍は F-5 系列を使ったことはない。ドイツなら F-104 だろう。西側汎用機なら F-4 だろう。センスを疑う

 「チェブラーシュカ」くらいきちんと書いてほしいもんだ。固有名詞だろ。

 ロシヤ語で「アリゲーター」はАллигаторAlligator, アリガートル)だなあ。




・「イギリス陸軍第11王立戦術機機甲大隊「アックスブリッジ」」とは何物か

 こんな名前のイギリス陸軍の部隊はあり得ない。

 まず、「アックスブリッジ」というと騎兵指揮官で有名な将軍であるから、この部隊も騎兵部隊を母体にしているのではないかと思うのだが、イギリス軍の騎兵部隊・戦車部隊に「大隊」battalion はないのだ。連隊 regiment の下は中隊 squadron である。

 また、イギリス陸軍においては、部隊の固有名称に将軍の名前がつく例は少ない
 昔は連隊長の貴族の名前を冠した連隊も多かったが、次第に淘汰され、19世紀以降は王族の称号を冠するか地名を冠するのが例である。例外はデューク・オヴ・ウェリントン連隊くらいか。アクスブリッジ卿ぐらいの功績では部隊名になるのは難しいだろう。
 そもそも固有名は連隊につくものであり、歩兵大隊は連隊の中の番号で呼ばれる。大隊には固有の通し番号すらない。これは日本陸軍でも同じなのだから、なぜそれがわからないのか非常に謎である。
 さらに、「王立」というと Royal なのか King’s なのか King’s Own なのかわからないので、あまり陸軍の部隊名の訳語には使わない方がよい。

 だいいち、戦術機を装備しているから「戦術機機甲大隊」、なんてかっこ悪い命名をイギリス陸軍が好んでするとは思えない。戦車に乗っていようがロボットに乗っていようがペガサスに乗っていようが、「第9/第12クイーンズ・オウン・ロイヤル槍騎兵連隊」とかそういう名前にするのが、イギリス陸軍らしいやり方というものである。

 いちいちややこしすぎるって? そうだろう。しかしこの「ややこしさ」こそがイギリス陸軍部隊をイギリス陸軍部隊らしく見せるために必須な「味つけ」なのであって、それがいやならイギリス陸軍部隊など出さなければいいのである。
 このような手軽に使える一覧もあるのだから、 (リンク1) (リンク2) もうちょっとありそうな名前をでっちあげるくらいのことはできなかったものか。






 内田弘樹さんのインタビュー記事を見つけた。

 戦場で味方に死をもたらす存在といえば、ベタだがヴァルキューレじゃないのかなぁ。「戦場のヴァルキュリア」ともろにかぶるから題名にはできなかったんだろうけど。
 「死神部隊」的なニックネームを考えるならば、Henkersbeil(断頭斧)とか RichtschwertträgerRichtschwert 斬首剣 と Schwertträger 剣付き騎士十字賞受賞者 をかけた造語)とかかな?
 いずれにせよ、ネイティヴに聞いてみて変な名前でないかは確かめる必要がある。「スゴイタカイビル」「スコシ・タイガー」みたいな命名をしている危険は常にあるからだ。

 「シュルツェン」って何のことか知らないだろあんたら。辞書引けよ辞書。エプロンを手に持って振り回すなんておかしいと思わないのか。




・内田弘樹さんの怪しげな行動

 ひぇ〜っ、この本、作者からNHKテレビドイツ語講座のアシスタントをやってたマライ・メントラインさんに献呈してるのか! 厚顔無恥にもほどがある所業といえよう。

 内田弘樹さんがマライ・メントラインさんとtwitter上で親しくやりとりをしているのは、もしかするとメントラインさんがハンドルネームに「@NHKドイツ語講座」とつけておられるからなのか?とふと思った。
 なぜそう思えるのかって?
 現在「内田弘樹 ドイツ語」でぐぐると、内田さんが書いたドイツ語についての記述よりもはるかに多く、内田さんとメントラインさんのやりとりがヒットするからである。
 内田さんは、自分が書いたドイツ語についての記述の痕跡をネット上から消したがっているのかもね(邪推)。

 時に、Folk Costumes というのはだれがどう見てもドイツ語ではなく英語だと思うのだが気のせいだろうか。
 また、Volkskostüm「フォルクスコスチューム」でぐぐってヒットするページはわずかに46ページ(20. 11. 2015調べ)。
 ドイツ語で「民族衣装」は Tracht, Volkstracht あるいは traditionelle Kleidung (伝統的服装)という。





・まとめ

 この作品のニックネームは「柴犬」だそうだが、これを読んだ皆さんにおかれては、「シュヴァルツェスマーケン」と聞いたら、
「ああ、あの「ぢぬんをぐろぐろ」アニメね。」
と返すという風習を広めてはいかがでしょう、と思う冬の日であった。

(6. Juni 2015 - 16. Dez. 2015 Daimyoshibo)
おお、ノルマンディのDデイからバルジの開始日だ。





「イラストでわかる!東ドイツ軍」について


 内田さんが、2015年冬コミにこんな同人誌を出すそうだ。(アーカイヴ
 「イラストでわかる!東ドイツ軍」。横文字題名は „Ostdeutschland Army Girls” だそうな。

 これはまた困った題名をつけてくれたものだ。

 英語とドイツ語のごちゃまぜなのも困るが、もっと困るのは „Ostdeutschland”(オストドイチラント)という単語である。
 実は、ドイツではこの言い方はあまり一般的なものではない。
 日本語では、1949年から1990年まで存在した「ドイツ民主共和国 Deutsche Demokratische Republik, DDR」のことを「東ドイツ」というけれども、それをそのままドイツ語に直訳するわけにはいかないのだ。

Deutschland のカナ書きは「ドイチラント」「ドイッチラント」「ドイチュラント」「ドイッチュラント」などとあるが、ここでは「ドイチラント」で統一した。
 なお、「ドイチェラント」「ドイッチェラント」は誤り。


 歴史的には、Ostdeutschland というと、旧ドイツ帝国領土の東部に属する地域、つまりプロイセンやシュレージエンといった、いわゆる「オーデル・ナイセ線」の東側の地域を指す。ドイツ全体をもっと大ざっぱに東西に分けるならば、境界はエルベ川になる。
 第二次世界大戦にドイツが敗れて分裂国家になったあとの用法については、私がはんぱな知識で述べるよりは、ドイツ語版ウィキペディア„Ostdeutschland” の項に頼ろう。以下の訳は大名死亡訳である。適宜訳注を挿入した。(色変え)

=====引用訳=====

https://de.wikipedia.org/wiki/Ostdeutschland

(前略)

・戦後の用法
 1945年以降、特に1949年のドイツ分裂以降は、「オストドイチラント」という語の使われ方は変わっていった。

 西ドイツでは、旧ドイツ領の東部地域(プロイセン、シュレージエン)のことは公式には「ドイツ東部領域 deutsche Ostgebiete」と呼ぶようになった。

 西ドイツ政府関係における慣用としては、国法上、また国際法上の問題から、ドイツ民主共和国(DDR)の地域を「オストドイチラント」と呼ぶ用法は避けられた。
 そのかわりに、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)では「ソ連占領地域  Sowjetische Besatzungszone, SBZ」、のちには「ミッテルドイチラント Mitteldeutschland」(中部ドイツ)という言い換え語が使われたが、一般的には「地域 Zone」「あちら側 drüben」「ソビエト地域 Sowjetzone」「東部地域 Ostzone」『DDR』(かぎかっこ付き)、「いわゆるDDR sogenannte DDR」といった呼称が用いられた。

 「新東方政策」(1960年代のデタントに伴う西独ブラント政権の東ヨーロッパとの友好政策)およびポーランドとの「オーデル・ナイセ線」条約(1970年)ののちは、「東部地域」の呼称は「DDR」および「ドイツ民主共和国」に変わり、「オストドイチラント」という呼称が公式のものになることはなかった。

 ただ、一部の新聞報道においては、西ドイツ発足当時には、「DDR」という「禁忌語」の同義語として「オストドイチラント」を使っていたことがある。

・再統一後
 1990年のドイツ統一以来、かつてのDDRの領土のことは「新州 Neue Länder」、「新五州 fünf neue Bundesländer」、「旧DDR ehemalige DDR」そして法的には「加入地域 Beitrittsgebiet」と呼ばれるようになった。

 2004年2月には、「シュレージッシェ・ナハリヒテン」紙は、「連邦政府の規則において、旧ドイツ領土東部領域を指す「オストドイチラント」という語は死語となった」と述べている。

 報道用語、あるいは統計用語としての「オストドイチラント」はまだ使われている。

 ドイツの各地方の歴史、言語、文化を述べる際には、メクレンブルク州は「ノルトオストドイチラント(北東ドイツ)」と、テューリンゲン州やザクセン・アンハルト州、ザクセン州、ヘッセン州の一部は「ミッテルドイチラント」と呼ばれることがある。

・その他の用法
(中略)
 英語圏では、“Eastern Germany” という呼称は一般的なものである。
 かつてのDDRの地域のことは “East Germany” と、現在ポーランド領・ロシア領になっているドイツの東部地域(シュレージエン、ヒンターポンメルン、ノイマルク、西プロイセン、東プロイセン、ダンツィヒ、ポーゼン)のことは「旧ドイツ東方領土 former eastern territories of Germany」、「歴史的東部ドイツ the historical Eastern Germany」と呼ばれる。

=====引用訳終わり=====

 なお、言うまでもないことなので上記には書いてないが、DDR自身が自分の国のことを「オストドイチラント」と呼ぶことは決してなかった。まあ、あたりまえである。

 1989年に私がドイツ語を学んでいた時期には、西ドイツでは「DDR」という呼称が一般的だったように思う。これは常に略称で、„Deutsche Demokratische Republik” という正式名称はあまり使われなかった。従って、「東西ドイツ」を西側のドイツ語で言うと、„Bundesrepublik Deutschland und die DDR” となる。
 そして、„Ostdeutschland” は、当時の用例としては聞いたことがない

 ウィキペディアの „Neue Länder” の項には、「口語では新州のことを「オストドイチラント」とも言う」とあるので、統一後の現代のことばとしては「オストドイチラント」は使われているらしい。
 しかし、DDRがあった当時には、これはそれほど使われていなかった語であると言えるのではないだろうか。
 この本にはドイツ人の監修がついているそうだが、おそらく若い人なのだろう。願わくばその人たちに、親の世代がどう言っていたか聞いてきてもらいたかったものである。

 最初に戻って、萌え絵で解説した「イラストでわかる!東ドイツ軍」という本にドイツ語題名をつけるなら、
„Das illustrierte Handbuch der Soldatmädchen der DDR-Streitkräfte”
あるいはもっと即物的に
„Das Handbuch der DDR-Streitkräfte mit Manga-Bilder”
くらいになるんじゃないかと思う。

 「フォルクスコスチューム」の件でも思ったが、内田さんは、英語の単語を機械的にドイツ語の単語に置き換えればドイツ語になる、と思ってはいないだろうか。それは大きな間違いである。
 ドイツ語が読めない書けないわからないなら、素直に英語で “East German Army Girls” とか “GDR's Army Girls” とでもしておけばよかったのだ。

21. Dez. 2015 加筆)



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