テトラ中性子核を発見:中性子物質研究の本道を開拓
プレスリリース 2015/12/22
下浦 享(原子核科学研究センター 教授)
木佐森 慶一(国立研究開発法人理化学研究所仁科加速器研究センター 日本学術振興会特別研究員)※1
上坂 友洋(国立研究開発法人理化学研究所仁科加速器研究センター 主任研究員)
発表のポイント
- 知られている原子核はすべて陽子と中性子の組み合わせでできているが、4個の中性子だけで出来た原子核の共鳴状態「テトラ中性子共鳴(注1)」を発見した。
- 通常、物質質量の大半を担う原子核は、陽子と中性子の組合せで構成されているが、新しい実験手法を開発し、ほぼ静止した4個の中性子系の生成に初めて成功した。
- 本研究により、原子核の安定性および相互作用に関する新しい知見を得るとともに、中性子星(注2)の構造解明につながることが期待される。
発表概要
物質質量の大半を担う原子核は、通常、陽子と中性子の組合せで構成されているが、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターと理化学研究所仁科加速器研究センター等の共同研究グループは、陽子を含まず中性子4個だけからなるテトラ中性子共鳴を初めて発見した。この共鳴は、原子核物理学の重要な研究課題である中性子物質(注3)の性質に直接関わるものとして実験的にも理論的にもその存在の有無が注目されていた。この状態のエネルギーは核力(注4)の性質のうち3つの中性子の間に働く三体力(注5)に直接関連づけられ、この力の強さが、中性子物質の状態方程式を決定づける重要なパラメータの1つとして興味を集めている。
研究グループは、理化学研究所RIビームファクトリー施設(注6)および東京大学が建設したSHARAQ(シャラク)磁気分析装置(注7)を用いて、不安定な原子核であるヘリウム8ビームを利用した新しい実験手法を開発し、実験室中でほぼ静止した4中性子系を生成し、共鳴状態を発見した。今回の発見は、宇宙に存在する主として中性子から成る中性子星の構造の解明への道を拓くものと期待される。
発表内容
背景自然界の物質質量の大半を担う原子核は、通常、陽子と中性子の組合せで構成されている。陽子の個数が元素の種類を表し、同じ陽子数で異なる中性子数のものを同位元素と呼ぶ。天然に存在する安定な原子核の陽子数と中性子数はほぼバランスをとっているが、どれだけバランスが崩れた原子核が存在できるのかを知ることは、陽子や中性子を結びつけている核力の性質と深く関連している。さまざまな組合せのうち、最も極端な中性子だけで構成される原子核が存在するか否かは、原子核研究における1つの重要な課題である中性子物質の研究に直接関わるものとして、実験的にも、理論的にも注目されてきた。中性子が2つの場合は束縛状態も共鳴状態(注1)も持たないことはよく知られているが、4中性子の束縛状態あるいは共鳴状態については、これを実験的に効率よく生成する手法が確立されていなかったため、その存在を確定させることができなかった。
研究手法と成果今回の発見は、東京大学と理化学研究所の包括的連携研究協定(2004年締結)のもと、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターと理化学研究所仁科加速器研究センターが共同で建設したSHARAQ磁気分析装置を用いた実験によりなされた。
理化学研究所仁科加速器研究センターの重イオン加速器施設であるRIビームファクトリーで得られたエネルギー15億電子ボルト(1500MeV)のヘリウム8核(8He)のビームを、液体ヘリウム(4He)に照射し、二重荷電交換反応(注8)(図1)により生じるベリリウム8核(8Be)から崩壊する2つのα粒子をSHARAQ磁気分析装置で精密分析した(図2)。
図1. 二重荷電交換反応の模式図
図2. 実験装置。ヘリウム8のビームを液体ヘリウム標的に照射し、二重荷電交換反応で生成されたベリリウム8から崩壊した2つのα粒子を磁気分析器SHARAQで測定、分析した。
天然に存在する安定核を用いた通常の核反応では、ビームが持つ運動エネルギーを内部エネルギーに転換させる必要があるため、生成核へ大きな衝撃を与えるが、研究グループは、不安定核8Heの大きな内部エネルギーを用いることで、ほとんど衝撃を加えず実験室中でほぼ静止した4つの中性子を生成する手法をあみだした。
得られた4中性子系のエネルギー分布は、反応後直ちに4つの中性子に崩壊する連続状態に加えて、4中性子の静止質量の和より僅かに高い質量で、連続状態としては説明ができない4つの事象を発見し、これをテトラ中性子共鳴と同定した(図3、図4)
図3. テトラ中性子のエネルギーの関数として、反応した事象数を表したスペクトル。横軸の0MeV(百万電子ボルト)は、4つの中性子がバラバラになるギリギリのエネルギー(しきい値という)を示す。テトラ中性子共鳴状態の候補が0-2MeVに4事象、反応後直接崩壊したと考えられる20あまりの事象とあわせて測定された。
図4. テトラ中性子核の想像図。
発見された共鳴は、3中性子に同時に働く三体力を無視した従来の手法による理論的解析からは説明が困難であり、逆に共鳴のエネルギーはこの三体力の強さに制限を与えるものとなる。さらにこの三体力は中性子物質の状態方程式を決定づけるパラメータであり、宇宙に存在する主として中性子から成る中性子星の構造解明への道を開拓するものと期待される。
なお、この研究は、主として、科学研究費補助金基盤研究(A)「不安定核の二次核反応による中性子多体系の研究」(研究代表者・下浦享)および同特別推進研究 「発熱型荷電交換反応による時間的領域でのスピン・アイソスピン応答」(研究代表者・酒井英行)により実施された。
※1 東京大学大学院理学系研究科大学院生・国立研究開発法人理化学研究所大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)
発表雑誌
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雑誌名 Physical Review Letters(2016年1月29日号に掲載予定) 論文タイトル Candidate Resonant Tetraneutron State Populated by the 4He(8He,8Be) Reaction 著者 K. Kisamori※, S. Shimoura※, T. Uesaka et al., DOI番号 ※ 要約URL http://journals.aps.org/prl/accepted/bc074Y0fT381c267930c21d41180409e9864e070b 用語解説
注1 共鳴状態、テトラ中性子共鳴
陽子や中性子などを放出するが、放出する確率が低く、比較的長い寿命を持つ状態を共鳴状態と呼ぶ。寿命の長さと崩壊エネルギーの拡がりは逆比例し、実験的にはエネルギースペクトルの中に、幅の狭いピークとして測定される(図3)。4つの中性子で構成される共鳴状態はテトラ中性子共鳴と呼ばれ、今回発見された状態の寿命は、共鳴がないと仮定した場合と比較して少なくとも数十倍以上長いと見積もられた。↑
注2 中性子星
10キロメートル程度の半径を持つコンパクト天体だが、太陽とほぼ同規模の質量を持つ。全質量の95%程度を中性子が担っており、巨大な原子核と見なされている。その構造には謎の部分が多く、内部では通常の原子核の数倍以上の高密度となっており、ストレンジ物質やクォーク物質の発現も示唆されている。↑
注3 中性子物質
中性子だけで構成される物質で、中性子星の中に存在すると考えられている。中性子物質は密度によってその硬さが異なると考えられており、それを数学的に表現した状態方程式を決めることは原子核物理学における重要な研究課題の1つである。中性子間の三体力の強さは状態方程式を決める重要なパラメータとなっている。↑
注4 核力
原子核内の陽子・中性子を結びつけている力。湯川秀樹は、中間子論の発明により核力の記述に世界で初めて成功し、1949年にノーベル賞を受賞した。↑
注5 三体力
複数の物体が力を及ぼし合っている時、2つの物体間に働く力が、3つめの物体の位置や状態に依存することがある。この場合、3つの物体の間に同時に働く力があるとみなすことができ、それを三体力と呼ぶ。原子核物理学においては、藤田・宮沢が最初に理論的に予言した(1957年)。実験的には、2つの中性子と1つの陽子あるいは1つの中性子と2つの陽子に働く三体力の存在が知られておりその強さもよく調べられている。一方、3つの中性子あるいは3つの陽子に働く三体力は実験的にはほとんど調べられていない。↑
注6 RIビームファクトリー(RIBF)
理化学研究所が有するRIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される重イオン加速器施設。RIビーム発生施設は、2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」で構成される。ヘリウム8のように、中性子数が非常に大きい短寿命同位体のビームを世界最高強度で供給することができる。↑
注7 SHARAQ(シャラク)磁気分析装置
理化学研究所RIBF施設内に、東京大学が建設した、RIビームを用いた原子核反応を高分解能で分析する装置。四重極磁石3台(うち2台は超伝導)、双極電磁石2台で構成される。↑
注8 二重荷電交換反応
陽子ビームを照射して中性子が生成される(p,n)反応のように、ビームの電荷が変化する原子核反応を荷電交換反応と呼ぶ。この場合は電荷が1単位変化しているが、陽子2個と中性子2個が交換する反応のように、電荷が2単位変化する反応を二重荷電交換反応と呼ぶ。(図1)↑