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岩手県知事・達増拓也「超復興の実務と理想」を語る - 対談:佐藤健志〔2〕

〔1〕はこちらから→岩手県知事・達増拓也「超復興の実務と理想」を語る - 対談:佐藤健志〔1〕

地方の時代と「アマノミクス」


佐藤:三陸海岸といえば、いまやNHK連続テレビ小説『あまちゃん』で知らぬ者なしです。県の観光スローガンも「いわてはドラマより、じぇじぇじぇ!」。番組制作には、岩手県もかなり協力されたとか。

達増:もう全面協力といっていいですね。

佐藤:知事もツイッターで、折に触れ『あまちゃん』をフォローされていました。そこから生まれた政策理念が「アマノミクス」。アベノミクスと似ていますが、ひと味違います(笑)。いわく、日本がバブル以降の失敗を繰り返さずに、1980年代の元気を取り戻すための方法論。地方から真の改革を成し遂げる道でもあるとか。

達増:『あまちゃん』の物語は1984年、主人公のお母さんが上京するシーンから始まります。私自身もそのころ高校を卒業して東京の大学に入り、80年代当時の日本のエネルギー、活力を体験しながら成長しました。

1980年代を取り戻す、というのは、『あまちゃん』の一つのテーマだと思います。80年代は地方の時代です。内需拡大型の経済構造改革によって地方が次第に豊かになり、一方の都会にはゆとりが増え、通勤地獄も解消して大きな家に住む、というビジョンがありました。ところがその後、日本はマネーゲームに踊ってしまい、バブル崩壊に至る。その挫折が、『あまちゃん』の主人公のお母さんの挫折とぴったり重なるわけです。

佐藤:1988年、当時の竹下首相が「ふるさと創生事業」(各市町村に一億円ずつ交付する政策)を決定、地方活性化の機運が高まりました。しかしバブル以降の日本は堂々めぐりで、変化が多いわりに本質的な問題は放置されたまま。『あまちゃん』を観ると、東日本大震災が起きるまでは、ずっと1980年代だったかのような印象を受けますが、これもそのためでしょう。

達増:そこでいま、頓挫した内需拡大型の経済構造改革を、地方に根差すかたちで再生する必要があります。再び地域の資源を見つめ、地元の海に潜って地域資源のウニを獲り、琥珀を掘る。それらを加工して全国とコミュニケーションを取りながら販売し、日本各地がつながる、というビジョンです。

佐藤:「地方からの改革」に加え、アマノミクスのもう一つのキーワードは「潜る」。むろん海女さんは海に潜りますが、知事の真意はそれだけではありませんね。

達増:「潜る」というのは、理解を深める、ということでもあります。三陸のウニの生態を知り、琥珀がどのようにつくられ、どこに埋まっているか。近くに恐竜の骨が埋もれているかもしれない。地元の生物・環境に対する深い理解を探ることが「潜る」の意味に込められています。そうした深い理解から、サービスや製品にも知識・情報の付加価値が生まれるのではないでしょうか。

好きこそ経済の上手なれ


佐藤:そこまで興味が広がるのは、つまり好きということですね。知事はアマノミクスについて「好きであることに支えられた経済」だとおっしゃっていますが。

達増:好きだからこそ理解が深まるし、多くの人に伝えたい、と思うわけです。最近は生産や消費が「何となく」「やらなければならない」という義務感や惰性に陥っています。そこでもう一度、労働と消費の楽しさを取り戻したい。「好きだからやる」という原点に立ち返って経済や社会を再構築すれば、われわれ本来の人間性を回復できるのではないか。

佐藤:関連して思い出されるのが「アマチュア」の語源。アマチュアは通常「素人」と訳されますが、じつはラテン語「アマトール(amator)」に由来します。

達増:これも「アマちゃん」ですね。(笑)

佐藤:海女が獲るからアマトール、ではありません(笑)。アマトールは「愛する人」の意。何かに惚れ込んでいる、とにかく好きだからやる、それがアマチュアです。だからこそ、アマチュアはディープに熱中して「潜る」ことができる。たいがい損得も度外視です。

 こういう情熱は、往々にして物事を変えます。そこまで好きだと、苦労が苦労でなくなるからです。近代的な効率主義や「仕事は義務」という発想は、画一的な大量生産にはよいが、画期的な業績にはつながらない。

 効率一辺倒の人は、アマチュアの行動を「下手だし、割に合わない」と評します。最初はそうでしょう。しかし5年後、10年後はわからない。頑張り抜けば巨大な市場が生まれ、採算が非常によくなるかもしれない。

 アマノミクスの担い手たるアマチュアは、いわば「下手の横好き」を極めることで、第一次産業から第三次産業まで横断し、かつてない可能性を開拓しうるのです。『あまちゃん』にも、潜って獲ったウニを加工し、インターネットで宣伝、列車内で売る場面がありました。これを産業の六次化(一次×二次×三次=六次なので)といいますが、各地にさまざまな業種が同居し、愛をもって交流することが、経済活性化のカギだと思います。

達増:全国の皆さんに岩手を好きになっていただき、岩手も全国を好きになる。これが理想だと考えています。好きになったところはどこでも地元になる。『あまちゃん』の主人公アキちゃんはじつは東京生まれで、親の実家があるということで岩手に来ます。けれどもそこが気に入って、彼女にとっては岩手が地元になる。一人にたくさんの地元があってもいいし、世界も広がると思います。

イーハトーブの日本再生


佐藤:岩手の超復興を語るうえで、国際リニアコライダー(ILC)の招致計画は欠かせません。目下、北上山地(一関市)が候補地となっていますね。

達増:全長30kmを超える直線地下トンネルのなかに線形加速器を設置し、トンネルの中央で電子と陽電子の衝突実験を行なう先端技術施設のことです。

佐藤:北上山地の自然を保全しつつ、最先端のテクノロジーを通じて未来の繁栄を模索する。自然と文明の共生は、いまや世界的なテーマですが、これについても岩手には偉大な先達がいます。つまり宮沢賢治です。

 童話が多く、農村の風土に根差している点で、彼には土着的で純朴なイメージがあります。しかし作品を読み返すと、科学的な視点がふんだんに盛り込まれているのに驚かされる。有名な詩人・佐藤惣之助も、1924年の詩集『春と修羅』をこう絶賛しました。いわく、宮沢賢治は通常の詩や文学の言葉とは無縁だ。気象学や鉱物学、植物学、地質学の言葉で詩を書いている。

 『春と修羅』の「序」には、「わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」と書かれています。人間とは生身の肉体をもった電燈(精神の輝きがあるため)で、それらが交流することで社会が形成される。そして自分は、ブルーの光を放っているというわけです! このセンスや世界観は、SF的なまでにテクノロジカルでしょう。

 童話『グスコーブドリの伝記』にも、科学者が火山の動向をチェックする場面がありました。この描写たるや、大正時代に書かれたとは信じられません。コンピュータや液晶パネルなどの概念がない時代に「デジタル技術による環境管理システム」を記述したという感じです。

 その意味で宮沢賢治には、早すぎたSF作家の側面がある。しかるに彼は、テクノロジーを万能視する発想を取らない。自然と人間、人間と動物、人間と機械、さらには有機物と無機物まで、すべてが一体となる世界を夢想し、そこに救済と幸福を見出しています。近代的でありながら、近代を超越した天才といえるでしょう。

 宮沢さんが岩手について、理想郷「イーハトーブ」と位置付けたのは有名です。あらゆることが可能で、正しいものの種子を宿し、罪や悲しみでさえ美しく輝く世界。ここにはわれわれが今後、向かうべき方向性が示されています。彼は1920年代の時点で、なんと2020年代に切実となるテーマに踏み込んでいたのです。

達増:宮沢賢治の世界観を読み解く一つの鍵は、縄文文化にあると思います。縄文時代の人びとは、鮭が毎年どのくらいの時期と数で川を遡上するかを、感覚的に知っていた。自然のサイクルを踏まえて鮭の漁獲調整を行ない、毎年の循環を維持したことが今日の研究で知られています。山のドングリやキノコ、木材も同じで、乱獲をしない。人類の文明は往々にして、木の切り過ぎで滅んでいくわけです。ところが縄文人は森のサイクルを考え、木々を守ることで1万年もの文明を維持しました。その感覚が、賢治ワールドに色濃く反映されています。

佐藤:「コスモポリス」という言葉は、いまでは巨大な国際都市のことですが、本来は「自然界と調和した人間社会」を指しました。高層ビルが立ち並ぶ現代の街並みより、縄文時代の風景のほうが、じつはコスモポリスの本質に近いのです。

 むろん近代の成果を全否定はできませんが、近代文明自体が曲がり角に来ているのも事実。国際リニアコライダーの招致をめざしつつ、環境保全にも配慮する達増知事の行政ビジョンは、真のコスモポリスを現代的なかたちで追求するものといえます。このような姿勢こそが、超復興を達成するのだと思います。

達増:「超復興」というのは、例えるなら縄文の日本をもう一度見直す、ということかもしれません。

佐藤:過去の優れた点を復活させるのが、ルネッサンスの真の姿です。岩手の復興、そして日本の再生には、縄文文化の伝統をはじめ、わが国の歴史がもつプラスの要素を潜って掘り起こす必要があるのでしょう。

 日本全体が参加するリレーのようなものです。東北の方々は否応なく先頭ランナーになっていますが、他の地域も必ず走るときが来る。首都直下地震や南海トラフ地震の危険性を挙げるまでもなく、いずれは誰もが復興に取り組むことになるのです。だったら嫌々ではなく、いまから好きで走り出すほうが賢い! よい結果も得られます。

達増:ぜひ一緒に、走りましょう。(笑)

(『Voice』2014年4月号より)

達増拓也(たつそ・たくや)岩手県知事
1964年岩手県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。1991年、米国ジョンズ・ホプキンス大学国際研究高等大学院修了。1996年、衆議院議員(連続4期当選)。2007年より岩手県知事、現職(2期目)。2011年~12年、東日本大震災復興構想会議委員を務める。2012年より復興推進委員会委員。

佐藤健志(さとう・けんじ)評論家・作家
1966年東京生まれ。東京大学教養学部卒業。1989年、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。作劇術と文明論を融合させて時代や社会を分析する評論活動を展開。近著に『震災ゴジラ!』(VNC)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、編訳書に『新訳 フランス革命の省察』(PHP研究所)がある。最新刊は中野剛志氏との共著『国家のツジツマ』(VNC、3月22日発売)。



■Voice 2014年4月号 <総力特集>反日に決別、親日に感謝 世界のほとんどは親日国家だが、中国と韓国だけは強烈な反日国家。今月号の総力特集は、日本人の気持ちをストレートに表した「反日に決別、親日に感謝」。「テキサス親父」の愛称で親しまれる「反日ロビー」と戦う米国人評論家トニー・マラーノ氏のインタビューも掲載した。第二特集「アベノミクス失速の犯人」では、経済成長率が鈍化しはじめた原因を探る。

また、東日本大震災から3年を経過するにあたり、村井嘉浩宮城県知事や達増拓也岩手県知事に、復興にかける決意を語っていただいた。さらに、作家の阿川佐和子さんと安倍昭恵総理夫人、経営者の秋山咲恵さんの「女性活用」に関しての特別鼎談も興味深い。ぜひご一読いただきたい。

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