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岩手県知事・達増拓也「超復興の実務と理想」を語る - 対談:佐藤健志〔1〕

宮沢賢治と「アマノミクス」で日本は甦る


現場を踏まえた行動を


佐藤:医学には「超回復」という言葉があります。英語なら「super recovery」。激しい運動をすると、筋肉の細胞が壊れて筋肉痛になりますが、この細胞が再生するとき、次は同じ力が加わっても大丈夫なように、以前より太く、強靱になること。筋トレをやると体が逞しくなるのは、これが繰り返されるためです。

 同じことは社会システム全体にもいえます。岩手県は東日本大震災でダメージを受けましたが、真の復興を成し遂げるには、震災前の状態に戻すだけでは不十分です。それでは「復旧」止まり。従来よりも強靭で、活力のあるシステムに進化してこそ本物です。これを「超復興」と名付けたいですね。英語に訳せば、「超回復」と同じく「super recovery」になります。

達増:私が震災後に考えたのも、まさに「前よりも安全かつ豊かで、安心な県にしなければならない」ということでした。安全・安心・豊かという理念に即して「安全の確保」「くらしの再建」「なりわいの再生」という復興に向けた三原則を設け、それぞれが関わる10の分野で、計画の柱を立てました。参考にしたのは1923年、関東大震災からの復興を手掛けた後藤新平さん(満鉄初代総裁、東京市市長、台湾総督府民政長官、逓信大臣、内務大臣、外務大臣などを歴任)の政策です。

佐藤:くしくも後藤さん、岩手県のご出身(現・奥州市水沢区)ですね。まさに偉大な先達。

達増:はい。関東大震災後の「帝都復興計画」は、東京を震災前より美しく壮大な都市にする、というものでした。東京市政調査会というシンクタンクを創設していた後藤新平は、科学・技術的な必然性に基づいた復興計画を立てました。彼のことを「大風呂敷」と呼ぶ声もあったけれども、夢想家ではなく、優れたリアリストです。まずは後藤新平さんに倣い、岩手大学や東北大学、東京大学の先生など各分野の専門家に集まっていただき、専門委員会を設けました。

 さらに科学・技術的な必然性の上に経済・社会的な必要性をまとめるために、復興委員会を発足しました。岩手県内の農協や漁協、医師会、商工会議所連合会や工業クラブの会長など各団体の代表者に意見を伺いました。そこから体系的、網羅的な復興計画を策定したのです。

佐藤:岩手再建をめぐる達増知事の方法論を学ぶことには、「防災」の枠を越えた普遍的な意義があります。社会システムは、さまざまな要素が複雑に関係し合うかたちで成立しているもの。ゆえに全体的なダメージを受けたシステムを修復する際には「あらゆる点を同時に立て直さねばならない」状況に直面させられます。

 逆にいえば、「どこから手を付けてよいかわからない」という混乱も生じやすい。あちらもこちらも、すべてダウンしているからです。再建についての総合的・体系的な方法論がない場合、目立つところ、手を付けやすいところばかりに取り組むことにもなりかねない。しかし、それでは良いシステムは構築できません。

 現在の日本は、多くの分野で従来のシステムが機能不全を起こしており、「祖国再生」の必要性が唱えられています。「システム全体の効率的な修復に基づいた、より良いシステムへの移行」、すなわち超復興は、被災地のみならず国全体の重要な課題なのです。

岩手県の復興実施計画にしても、たんなる「被災地自治体の取り組み」ではなく、社会システムの修復とレベルアップをどう進めるかという点に関するモデルケースと位置付けられるべきでしょう。最初の計画を策定するまで、どれくらいの期間がかかったのですか?

達増:関係団体や被災地と相談しながら、ほぼ1カ月で原案を立ち上げました。国が復興の基本方針を定めるより早かったと思います。私は国の復興構想会議のメンバーも務めていましたが、岩手県がすでに準備を進めている計画を国の会議の場で逆提案するのが常でした。

佐藤:国の方針に対して、何か思われるところは。

達増:心配するのは近年、政府が地方の詳しい内実がわからなくなっているのではないか、という点です。地方分権の名のもとに地方支分部局(全国各地にある国の出先機関)を廃止・縮小する方針が示されて以来、地域の情報が政府に入りにくくなっています。民主党政権の時代、政府がプロジェクトチームを立ち上げて震災後の避難所の運営について衛生状態や食事回数など、各種項目の調査をしたことがあります。当初、中央から調査官が派遣されるのかと思ったら「市町村ごとに調べ、県で取りまとめて報告せよ」という。宮城県の回答率が35%、福島県が28%程度。岩手県は90%近い回答率でしたが、それは自衛隊に手伝っていただいたからです。

佐藤:地方分権どころか、完全に中央集権ですね。震災直後、被災地に実態調査を命じるほうがどうかしている。現場の置かれた状況が想像できないのでしょうか。

達増:市町村は個々の避難所に人を割り当てるだけの余力がないし、県がカバーしても焼け石に水。国も情報が集まらない、という状態でした。後藤新平さんが帝都復興を迅速に進められたのは、被災地が首都東京だったからだとつくづく思います。目の前で何が起きているか、問題の所在を掴むことができたので、第二次山本内閣も国会も素早い対応が可能だったと思います。

佐藤:テレビドラマ風にいえば「災害は官邸や霞が関の会議室じゃなく、現場で起きているんだぞ!」。

達増:まさにそう。震災発生直後の岩手県はいわば総動員体制で、知事の私もあらゆる団体に協力のお願いの手紙を出しました。物資や人の手配など、県総出で手分けして行ないました。国でも同じようにすればいいのに、と思っていました。緊急時に経団連や全農など各団体を集め、ヒアリングや指示を行なえる体制の構築は東日本大震災のときですらなかったし、現在のアベノミクスでも見られません。どの経済・産業分野に見込みがあるかを聞き取り、丹念に現場の実態を調べたうえで、投資や規制緩和の対象を個別に決めなければいけません。

佐藤:いまは(新)自由主義的な風潮が強すぎます。政府があれこれ口を出さず、勝手にやらせておけば、市場原理や民間活力が発揮されて万事解決という次第。これでは総動員態勢など無理です。

達増:現場のリアリティについての感覚を、中央政府が失っていることを危惧します。

佐藤:近年の日本では、現実を踏まえた理想ではなく、現実と無縁な幻想がもてはやされがち。オリンピックすら、抽象的・人工的な「日本」イメージのPRイベントという感があります。東京の土地柄に根差した祝祭、真の「お祭り」とは違う気がしますね。

達増:東北の被災地では地元のお祭りが再開したとき、多くの住民の方が安堵して「ああ、ようやく立ち直れるかもしれない」という希望を抱いたそうです。もともと日本は地方分権の意識が強い国ですから、この150年ほどが例外だったといっても過言ではありません。

佐藤:しかも多様性のあるシステムこそ、変化や衝撃にも強靱。中央集権型は案外、脆かったりします。

リアリズムこそ理想を守る


達増:甚大な被害を受けた陸前高田市など、国の直轄で再生すべきではないかとも思いましたが、考えてみればわが国が近代化以降、国主導で町づくりを行なった例は、筑波研究学園都市(茨城県つくば市)ぐらいではないでしょうか。家康の江戸や秀吉の大坂のように、首都づくりは国家を挙げてやるけれども、地方都市を政府直轄でつくる話はほとんど聞きません。天台宗の天海大僧正が津軽弘前の町づくりにアドバイザーとして徳川幕府から派遣された、という例はありますが。仙台をつくったのはやはり伊達政宗ですしね。

佐藤:その意味では「オールジャパン」も要注意です。下手をすると「日本全体で帳尻が合えば、疲弊したままの地域があっても構わない」ことになりかねません。

達増:復興の仕事をしていて思うのは、国の外交や防衛というのはある程度、犠牲を払ってでも国益を追求し、目的を達成しなければならない。最も極端な例は戦争です。国家には戦争の勝利という目的のため、ある程度の人的犠牲は厭わない、という側面があります。

 しかし、地方自治というのは取りこぼしが許されない。地方自治法にある「住民の福祉の増進」は、すべての住民の方が一人残らず享受すべきものです。被災者であればなおさらで、現在も仮設住宅などに避難されている方は、岩手県だけで3万6825人に上ります(2013年10月10日現在、復興庁による)。被災の範囲をもっと広く取ると、5万人もの被災者の皆さんが今日も不自由な暮らしを余儀なくされています。大事なのは、一人ひとりに事情とニーズがあり、その人ごとの復興があるということです。「一人一復興計画」の総体が、県の復興計画です。県がスイッチを押せば、全体が自然に動くというものではない。岩手県ではつねに変化する状況に合わせて復興計画を修正し、対応を行なっています。

佐藤:達増知事が「安全の確保」「くらしの再建」「なりわいの再生」の三原則を掲げたように、復興にはめざすべき目標としての理念や理想が欠かせません。

 ただし理想は、しばしば現実と対立します。他県の復興計画では、海岸に防潮堤をつくる件で、県と住民が対立しました。県は安全を最優先に、高い防潮堤を築こうとするのですが、一部の住民は「漁に出るのが不便になる」「町の雰囲気が壊れる」と反対しています。「安全の確保」と「なりわいの再生」がぶつかったかたちです。これを克服するため、心掛けるべきことは何でしょう。

達増:岩手県の場合、県内に135の防潮堤設置箇所があります。そのうちの20については、住民の皆さんの意見を取り入れ、家の土地の嵩上げを行なうなどの対応を行ない、防潮堤の高さを当初計画よりも低くしています。

 私は「安全の確保」「くらしの再建」「なりわいの再生」の三つの要素を複合的、創造的に組み合わせれば、必ず解はあると考えています。復興とは一つを追求して他を犠牲にするトレードオフの関係ではなく、安全を確保し、なおかつ生活しやすい住宅の配置や、漁の仕事に出やすい環境を可能なかぎり両立させることです。複雑で困難な作業ですが、諦めずにねばり強いリアリズムで解決に取り組むことで、われわれは理想を手放さないで済むのではないでしょうか。現実の施策を組み合わせることで、さらに強く高い理想をめざす。それが行政の手腕の見せどころ、自治の醍醐味だと思っています。

佐藤:理想と現実を対立させないのも、理想の力なんですね。同時にリアリズムこそ理想を守る。さすがです。

達増:私は、岩手県ほどのポテンシャルなら、皆さんが今後も希望をもって沿岸の地域に住みつづけることができる、と確信しています。ご存じのように、岩手の沿岸は世界三大漁場の一つ、三陸漁場を擁して海の幸に満ちている。風光明媚な国立公園の三陸海岸や釜石製鉄所のような近代産業地域もあり、沿岸南部では古生代の地層から出る石灰岩を利用したセメント工業も盛んです。こうした地域資源の豊富さを見れば、沿岸だけでも30万人の方々が豊かに生活できるはずです。

(〔2〕につづく/『Voice』2014年4月号より)
〔2〕はこちらから→岩手県知事・達増拓也「超復興の実務と理想」を語る - 対談:佐藤健志〔2〕

達増拓也(たつそ・たくや)岩手県知事
1964年岩手県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。1991年、米国ジョンズ・ホプキンス大学国際研究高等大学院修了。1996年、衆議院議員(連続4期当選)。2007年より岩手県知事、現職(2期目)。2011年~12年、東日本大震災復興構想会議委員を務める。2012年より復興推進委員会委員。

佐藤健志(さとう・けんじ)評論家・作家
1966年東京生まれ。東京大学教養学部卒業。1989年、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。作劇術と文明論を融合させて時代や社会を分析する評論活動を展開。近著に『震災ゴジラ!』(VNC)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、編訳書に『新訳 フランス革命の省察』(PHP研究所)がある。最新刊は中野剛志氏との共著『国家のツジツマ』(VNC、3月22日発売)。



■Voice 2014年4月号 <総力特集>反日に決別、親日に感謝 世界のほとんどは親日国家だが、中国と韓国だけは強烈な反日国家。今月号の総力特集は、日本人の気持ちをストレートに表した「反日に決別、親日に感謝」。「テキサス親父」の愛称で親しまれる「反日ロビー」と戦う米国人評論家トニー・マラーノ氏のインタビューも掲載した。第二特集「アベノミクス失速の犯人」では、経済成長率が鈍化しはじめた原因を探る。

また、東日本大震災から3年を経過するにあたり、村井嘉浩宮城県知事や達増拓也岩手県知事に、復興にかける決意を語っていただいた。さらに、作家の阿川佐和子さんと安倍昭恵総理夫人、経営者の秋山咲恵さんの「女性活用」に関しての特別鼎談も興味深い。ぜひご一読いただきたい。

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